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第38話:ほの暗き地下室で2

 谷山達が天ぷらを堪能していた頃、王宮の地下ではとある会合が開かれていた。出席者は、エリザベート・ファー・オードリー王女、レボルバー・ダン・ラスカル侯爵(宰相)、ラルフ・エル・ローエン伯爵(近衛師団長)、イリア・ペンネローブ神官長、メアリー・ナイ・スイープ侍女長の五人。いずれも勇者召喚に深く関わる人間ばかりである。


 今回は王女から現場組への情報開示があるようだ。口火を切ったのは当然、王女だった。

「皆の者、これを見よ」


 王女が右手を自分の後ろに回すと、80インチくらいの液晶テレビのような機械に明かりがついた。ディスプレイは真っ黒で、文字が緑色に輝いている。そこには「勇者管理システム」とミドガルト語で書いてあった。


「画面が古くないですか?」

 イリアが思わず問いかけた。

「うるさい。緑色は眼に優しいと秘伝書にも書いてあった。だからこれでいいのじゃ」


 侍女長が独り言をつぶやきながらため息をついた。

「今日の夕食は『テンプラ』だったそうです」

 王女は眼を剥いて叫んだ。


「何を言う。わらわが呼び出したのだぞ、何を置いても駆けつけるべきであろう。侍女長、報告が上がっておるぞ。昼食のみならず夕食まで宿舎で馳走になっているそうではないか」


 侍女長は落ち着いて応えた。

「平野様の作る食事は王宮の晩餐に勝ります。驚くほど簡素でありながら海の底まで達するような奥深さがあるのです」

「そこまで言うか・・・。これは何か考えねばならんな。いや、今はそれよりこれじゃ」


 王女は画面に手を触れた。召喚された三年三組全員の名前・クラス・スキルが一覧になっていた。

「羽河嬢がハッキングしたことにより文字化けして使用不可の状態になっていた本体が、ようやく復旧したのじゃ。これは各子機とつながっており、各人の状況は即時に把握できるようになっておる」


「子機に影響はありませぬか?」

 イリアが心配そうに尋ねた。

「問題ない。今回修正したのはあくまで本体の表示機能の設定だけじゃ。システムには関与しておらん」


 伯爵が興味深そうに眺めてから問いかけた。

「スキルのところでピンク色に表示されているのは何でしょうか?」

 王女は微笑みながらこたえた。


「よく気が付いたな。それは新規に獲得されたスキルじゃ」

 ピンク色で表示されたスキルは以下の三つだった。

・利根川幸:鑑定

・江宮次郎:投影

・工藤康:降霊術


 宰相が目を剥いて叫んだ。

「レベルアップもしておらぬのにもう新しいスキルを獲得したのか!」

 王女は満足そうに頷いた。

「今回の召喚者はいささか規格外のようじゃな」


 宰相は汗をぬぐいながら謝罪した。

「申し訳ありませぬ。つい、大声を出してしまいました。それにしても『投影』とは何でしょうか?」

 侍女長がこたえた。


「私の記憶によれば、『己が願望を現実に投影して実体化する』魔法とのことです」

伯爵が吠えた。

「なんと!魔法の究極ではありませぬか。これはえらいことですぞ」

 イリアが冷静な声で反論した。


「私もかって『投影』持ちと戦ったことがありますが、戦闘力は皆無でした」

「いや、このスキルは戦闘に使うものではないですぞ」

 伯爵の反論には侍女長がこたえた。


「いや、イリアのいうことは正しいと思います。記録によれば、複雑な構造をしたもの、金や宝石の類は一切創造できないそうです。いわゆる『外れスキル』でございます」


 伯爵の落胆があまりにも分かりやすかったので、みな微笑んだ。王女は顔を引き締めると一同を見渡して告げた。

「新しいスキルの特性や能力が分かったら都度報告せよ」

「御意」


 現場組が一斉にこたえた。王女は満足そうに続けた。

「魔物討伐に出てレベルアップするようになったら、今回のような報告も増えるじゃろう。以降も継続して召喚者のクラス・レべル・スキルを把握せよ」

「御意」


 再び三人が頭を下げると、王女は侍女長を見つめた。

「6月8日のことについて何か申し開きは無いか?」

 侍女長は落ち着いた声でこたえた。


「報告書に記載した通りでございます。本人も深く反省しておりますので、何卒ご容赦をお願いします」

「王都の、それも王宮の上空を飛んだとならば、不敬罪で一族もろとも死刑が妥当じゃ。相違ないか?」

 宰相は深く頷いた。


 侍女長は懐から小さな包みを取り出した。そのまま王女に差しだす。

「これはなんじゃ?」

「谷山様が騒動を起こしたことのお詫びとして王女様に献上したいと仰せになり、預かってまいりました。どうぞお収めくださいませ」


 王女が包みをほどくと紺色をした小指ほどの太さの細長い物体だった。

「これは何じゃ」

「かの世界ではボールペンというそうです。三色のインクを自在に使い分けることができる羽ペンでございます」


「インクはどこじゃ?」

「インクは内蔵されております」

「なんと!三色のインクがこの中に入っておるのか?紙をもて」


 侍女長は懐から巻物のようになった紙を取り出し、テーブルに広げた。そしてペンを取り上げると、黒色のノッチを押して王女に渡した。王女は何も言わずに受け取ると、テーブルの端から端まで一息で線を描いた。細い、均一の線が紙の上に描かれた。


「信じられぬ。一か所も途切れてないぞ。紙も破れておらぬ。書き心地も最高じゃ」

 王女は驚嘆していた。

「これで魔法陣を描いたらどれほど精密なものができるじゃろうか。空恐ろしいぞ」


 侍女長は色の切り替え方も説明した。

「黒、青、赤の三色を一回で切り替えられるとは・・・。やはり異世界の技術は侮りがたいな」

 侍女長は念のため確認した。


「それでは今回はお許しいただけると考えてよろしいでしょうか?」

 王女は簡潔に答えた。

「許す。王宮の記録も焼却しておこう。近衛も同様にせよ」

「御意」


 伯爵も異議は無い。宰相だけが面白くなさそうな顔をしていたが、高揚した王女様にあえて口を出すことは無かった。

 侍女長は笑みを浮かべると静かにお伺いを立てた。


「王女様、谷山様に関連して報告が三つございます。今申し上げてよろしいでしょうか?」

「許す、話せ」

「まず、召喚されし者三十名は協議を行い『生活向上委員会』なるものを立ち上げました」


「それはなんじゃ?」

「召喚されし者がこの世界で感じている不自由や不満を解決するための代表制による委員会でございます」

「具体的に何をするのじゃ?」


「まずは資金調達のために火酒を造っております。完成したら製造方法を販売するようです」

「あのエールを元にした火酒か?あれはそうたくさん売れるものではないぞ」

「彼らに言わせると、我らが飲んでいる火酒は飲むに堪えないまずい酒もどきだそうです」


「ドワーフの火酒並みにうまいものが出来れば金貨一枚でも飛ぶように売れるとは思うが・・・。それにしても彼らが召喚されてまだ一月もたっておらぬのだぞ。信じられぬわ」

「そう仰られるだろうと思って、見本を持ってまいりました」


 侍女長は懐から小瓶を取り出すと、用意していた人数分の小さなグラスに少しづつ注いだ。

「どうぞお試しあれ。利根川様から預かりました原酒でございます。イリア、毒は入っていませんか?」

 イリアの目が金色に光った。

「大丈夫です。問題ありません」


 みな一息で飲んだが各々反応は違った。王女は感心したような、イリアは嬉しそうな、伯爵は盛大にむせて、宰相は無反応を装った。

「すみませぬ。これは強すぎますぞ」

 伯爵が口を手で押さえながら謝罪した。

「私には分かりかねますが、利根川様は度数は五十度以上あると言っておられました」


「相当に強い酒であることは理解した。しかしそれだけだ」

 宰相は冷たい声で告げた。

「だから原酒なのです。これからさらに一手間かけるそうです」

 侍女長は想定内とばかりに微笑んだ。

「しかし、この短期間でどうやってここまでのものを作れたのでしょうか?」

 イリアが冷静に尋ねた。


「王都見学の際に、美術品を装った銅像の中に蒸留器なるものが隠されているのを利根川様が発見したそうです。火酒の作り方を知っていた利根川様は一目でそれを見抜き、金貨一枚で買い上げたそうでございます」


「金貨一枚でこれが作れるのか。勇者は相当な商売上手であるようだの」

 王女は感心したようにつぶやいた。

「目利きであることは分かった。それから先はどうするのだ?」

 宰相は追及の手を緩めなかった。


「製造方法を取りまとめ、商業ギルドに売ると申しておりました。それを今後の開発資金に充てるそうです」

 宰相の顔が歪んだ。どうも面白くないらしい。


「小僧共が小賢こざかしいことを考えおって。海千山千の奴らの手の平で踊らされて尻の毛まで抜かれてしまうぞ」

「案外踊らされるのはこっちかもしれぬぞ。なあ?」

 王女は笑いながら侍女長を見た。侍女長は頷くと、続けた。


「谷山様一行は既に酒樽五十個と金貨十枚を確保しておられます」

「馬鹿な!」

 宰相は再び叫んだ。

「年若く経験もなくこの世界に来たばかりなのに、なぜこれほどのことができるのだ!?何かがおかしい!」

 宰相はテーブルに手を叩きつけたい気持ちを何とかこらえた。王女は身震いする宰相を面白そうに見ると咳払いした。


「話がそれたようじゃ。資金を確保したら『生活向上委員会』は何をするのじゃ?」

「彼らが感じている不自由や不満を解決するための道具や雑貨を開発するそうです。しかし、それだけではございません。

 これは水野様の提案ですが、この世界のためになることも視野に入れて活動することについて全員が賛成しております。彼らが作った道具についても、この世界でも受け入れらえるものであれば、商業ギルドの手を借りて普及させたいとのことでした」


 王女は高らかに笑った。

「良きかな、誠に良きかな。吾が考えているよりはるかに先に進んでおるぞ。よくやった侍女長。主の働き、誠に見事である。さて、残りの報告も聞こう」


「過重なお褒めの言葉、誠にありがとうございます。ただ、これは全てご一行が自ら考え下した決断でございます。決して私の導きではございません。それでは二番目の報告を申しあげます。火酒造りの準備のため、谷山様・志摩様一行は女神の森におもむきました」


「あそこは結界がある。門前払いだろうが」

 宰相が嘲笑わらった。

「それが客人として招かれたようで、女神さまに拝謁はいえつできたそうです。詳しいやり取りは不明ですが、金の斧を二本と戦神の斧と金のくわたまわったそうです」


「結界に入り、女神に拝謁し、神器を四つも賜っただと!?ありえん!ここ二百年、誰も入ることすらかなわなかったのだぞ」

 宰相が頭を掻きむしりながら叫んだ。既にタイミングをつかんでいたので、イリアと伯爵は両耳を手で塞いでいる。王女は再び高らかに笑った。


「何もかも規格外、それが勇者なのじゃ。宰相よ、そろそろ現実を受け入れよ」

 宰相はぶつぶつ言いながら自分の世界に入ってしまった。

「最後は何じゃ。楽しみでならぬわ」


「これも水野様の提案ですが、この世界のためになることの一環として、回収したゴミを分別し、リサイクルする事業を検討されておられます。その際の働き手として貧民および強制労働の対象者を想定しています」


「スラム街対策としての一面もあるということか?」

「御意」

「確か処理場の裏は刑務所でさらにその裏はスラム街じゃ。そこまで想定してのことか?」

「谷山様が偵察済みです」


「たかがゴミのリサイクルごときでいくばくの貧民が救えるというのだ?」

 宰相が復活した。

「たとえ日に十人であろうと何かしたという事実は残る。手をこまねいて何もせぬよりはるかにましじゃ」

 王女が反撃すると、伯爵が間に入った。


「まあまあ。一手打つことによって次の一手が見つかることも往々にしてありますからな」

 宰相は黙り込んだ。

「決めたぞ!」

 今度は王女が叫んだ。


「何をです」

 侍女長が冷静に尋ねた。

「視察だ。宿舎に参るぞ。召喚者の生活ぶりをわが目で確認すると共に、生活向上委員会への支援を申し出る。侍女長、手配せよ」

「かしこまりました」

 侍女長は深々と頭を下げた。・・・どうなることやらと考えながら。

王女様はお喜びです。逆に出遅れてるのではないかと思って少し焦っています。

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