第37話:ポップコーンと天ぷら
食堂を出てそのまま地下室に降りると利根川がいた。律義に白衣と眼鏡を着用している。平野のリクエストを伝えると、快諾。リカーは出来次第、直接渡してくれるそうだ。
ラウンジではヒデ達がだべっていた。お参り組と魚釣り隊も戻っていてみんなで騒いでいる。お菓子はきれいになくなっていたので、カウンターに行くとマーガレットさんがいた。まずは声をかけてみる。
「今日はお疲れさん」
「こちらこそ美味しいご飯と美味しいお菓子を頂き、ありがとうございました」
マーガレットさんの隣にいた女の子も丁寧に頭を下げた。
「伊藤様のお世話係を務めておりますレイナ・フェーダーと申します。私もお菓子のおすそ分けを頂きました。ありがとうございます」
レイナさんは金髪で薄い緑色の目をしている。
「美味しかったなら何より。今日のお茶請けは何?」
なんとポップコーンでした。それも大き目の籠に一杯入れてくれた。ついでに昼間のことを聞いてみよう。
「ここで働いている人のご飯も全部平野が作っているんでしょ。なんであんなに感動していたの?」
マーガレットさんは、ちょっぴり声を落としてこたえてくれた。
「もちろん賄いは全部厨房で作って貰っているのですが、普通は助手A~Dが作っているのです。平野様が自ら作った御飯を食べるのは、今日が初めてでした。それも生れて初めて食べる珍しいパンだったので、皆感動してしまったのです」
頬を緩めながらテーブルに戻ると「ありがとう」とか言いながらあちこちから手が伸びてくる。落ち着いて食べることはできそうにないので、紅茶を持って隣のテーブルに行ってみた。工藤をリーダーとするお参り組だ。とりあえず聞いてみようとしたら、先に声をかけられた。
「神器を授かったんだって。凄いなお前ら」
「お、おう」
「ちょっと見せてくれ」
こんな所で出していいかなと思いながら、金の斧・戦神の斧・金の鍬を見せた。「銀の斧は?」と聞かれたので、在庫切れだったと伝えると皆、残念そうな顔をした。 すまん。お参りについて聞いてみると、こっちも大事になりかけたそうだ。
庭の草取りからお堂の床拭きまで一通り掃除が終わった後、床の間の前で念仏を唱えていた工藤が突然倒れたそうだ。みんなで声をかけても身体をゆすっても全然起きない。いよいよもって尾上が担いで帰ろうとしたら、突然復活したそうだ。
本人曰く何も覚えていない、異常は無い、とのこと。浅野が確認したが、問題なかったそうだ。とりあえずお堂を借りてご飯をいただいた後、帰ろうとしたら今度は浅野がいない。
木田と安丸が目を離した一瞬のすきにいなくなったのだ。誘拐かと思って慌てて回りを探していたら、なんと浅野は向かいの孤児院で子供たちと遊んでいたそうだ。本人曰く、
「お堂の外に出てから全然記憶がないんだ。気が付いたら子供たちと遊んでいた」とのこと。しょうがないからエレナさんに頼んで、突然の慰問、という形にしてもらったそうだ。
残りのメンバーも参加して子供たちと一時間ほど遊んできたらしい。楽丸、工藤、尾上の男三人とも意外に子供好きで、鬼ごっこで盛り上がったそうだ。とりあえず大事に至らなかったので、良しとしよう。
なお、ウイスキーの助太刀については既に利根川が工藤に話したみたいで、「酒のことなら俺に任せろ」と笑っていた。俺はお前が心配だよ。
木田に浅野の様子を聞いてみたら、気分転換になったみたいで喜んでいたそうだ。ついでに伊藤のことを聞いてみたら、シャンプー&リンスの手伝いを喜んでOKしたらしい。
なんでも、お世話係の指導でこの世界の吟遊詩人の定番を特訓中らしくて、佐藤に防音の結界まで張って貰って日夜練習しているそうだが、何か息抜きが欲しかったそうだ。
呼ばれたので、次は魚釣り隊のテーブルに行った。まずは三種の神器(本当は違うが)を見せると、皆興味深そうな顔をしていたが、江宮が特に感動していた。
特に戦神の斧は気絶する位興味深かったようだ。背中を二、三回叩いたら復活したのだけれど「解析できなかった」とつぶやいた。どういう意味なんだろ。
釣果を聞くと、アジやキスに似た魚が入れ食いだったそうだ。ちょんど人数分の釣り竿も用意されていて、三平ほどじゃないけどみんな釣れたそうだ。三平はいつもは東門から出て橋のたもと近くで釣りをしているそうだが、今回は特別な許しをもらって北にいったそうだ。
なんでも北門は通常閉められていているそうで、門も北に伸びる街道も他の半分程度の幅しかない。これは北側には山沿いに小国が一つしかないことと、北門の傍には王家の墓や神殿があるので、人の出入りをなるべく制限したいという思惑があるらしい。
中原が俳句を詠んだり、青井が川で泳ごうとして水野と江宮が必死に止めたり(何がいるか分からないので)、藤原が様子を見に来た灰色狼(一応魔物です)をティムして騎乗して走り回ったり、こっちの組が一番面白かったみたい。ちょっとうらやましいぜ。
今日の晩御飯はなんと、天ぷらだった。アジ・キス・鯰、オークのロースの薄切り・鳥のささ身、そして各種野菜を三種類の塩=バジルの風味がする緑色の塩、柑橘系の香りがする黄色い塩、うすくピンク色をした岩塩みたいな塩で頂きました。もちろん、レモンを柵に切ったのも付いている。
なにより天ぷらの衣がふわふわなのにさっくりしているのよ。全然油っぽくなくて、いくらでも食べられる。早速炭酸水を使ったみたいだな。まいったぜ。天つゆがないのは残念だが、揚げたての天ぷらは暴力的にうまかった。
厨房を見ると、三つの鍋を使って平野が揚げまくっている。きっと、魚・肉・野菜で分けているんだろうな。揚げたものは油を切って、大皿に入れるとそのまま各テーブルにアツアツのまま配膳してくれた。
デザートが何かと期待していたら、なんとアイスクリームの天ぷらだった。やるじゃん、平野!和食も全然いけてるぜ。平野が江宮を見て「どうだ!」みたいな顔をしている。いつかはアイスが出てくるとは思ったが、こういう形で出てくるとは思わなかった。完敗だぜ!
後ろで誰かが「熱い・冷たい・甘い・おいしい」と叫んでいる。終わりよければさらに良しとはこういうことかなと思った。帰り際、先生に感想を聞こうとしたらいなかったのが、ちょっと残念。
忘れちゃいけないので、部屋に戻る途中、江宮の部屋をノックした。そのまま中に入ろうとしたが鍵がかかっている。
「誰だ?」
「俺だよ、谷山だ。話がある。中に入れてくれ」
「お前の部屋じゃダメか?」
「ちょっとそれはまずいんだ」
多分、洋子が待っている。
江宮はしばらく悩んでいたが、ドアを開けてくれた。
「この部屋の中にあるガラクタは見なかったことにしてくれ」
中に入ると、江宮の部屋の中は場末のリサイクルショップのようだった。木刀やバケツやじょうろから電気ストーブ、掃除機、ブラウン管型のテレビのような家電まで雑然と並んでいる。驚いてよくよく見ると、家電の殆どはガワだけ、中身のないがらんどうだった。
「なんだこりゃ?」
江宮は頭を掻きながら困ったような顔で説明してくれた。
「実は魔術師に特有なスキルで『投影』というのがあるんだけど、最近それに目覚めたんだ」
「どういうスキルなんだ?」
「簡単に言うと、頭の中のイメージを現実世界に投影して実在化する」
俺は最初江宮が何を言っているのか理解できなかった。もし江宮が言っていることが本当ならば、それこそイメージの現実化であり、魔法の本質そのものじゃないか。
「凄いぞ、江宮」
江宮は残念そうに首を振った。
「ただし、難しい。というか、実用的じゃない。バケツのような単純な物ならなんとかなるが、複雑なもの・機械・電子・電気物はほぼお手上げだ」
確かにテレビの中の部品までイメージするのは無理だ。でも、単純な物なら・・・。
「いや、それでも十分使えるスキルだと思うぞ。何かのサンプルを作るのに最適だ」
「そういえばそうだが・・・」
「実は、小山が困っているんだ。苦無と手裏剣が欲しいらしい。江宮が投影で見本を作ってくれたら、それを元にこっちのギルドと交渉しようと思う」
「俺で役に立つなら」
江宮がやっと笑ってくれた。
「実はもう一つお願いがあるんだ」
「ややこしいのはダメだぞ」
「実はドライヤーを何とかしたいんだ。俺たち男や髪の短い奴はまだなんとかなるけど、長い奴は大変らしい。冬場になったらもっと悲惨だ」
「でもどうやって作るんだ?電気が無いぞ」
「風魔法と火魔法を組み合わせたらどうにかならないか?イメージとしては電気コンロに風を当てるイメージで」
「たにやんもたいがい雑だな。でも、掴みとしては悪くない」
「先生と相談しながら進めるということでどうだ」
「いいぜ。ただし、お前も参加してくれ」
俺はしばらく考えてから頷いた。
「分かった。付き合う」
折りを見て一度先生と打ち合わせてから進めることにした。とりあえず、苦無の件で明日にでも小山と打ち合わせることにして引き上げた。予想外の展開もあったが、成功ではないだろうか。
部屋に戻ると案の定洋子が待っていて、遅いと文句を言われた、すまん。
その日の夜中、なぜか目がさえて眠れない。南棟の端にあるミーティングスペースに行くと工藤が一人で座ってウイスキーもどきを飲んでいた。
「どうした?」
「そっちこそどうした?眠れないのか?」
俺も席に着いた。
「気になることがあってな。工藤、お前さっき嘘ついたろ」
工藤の目を見た。
「何のことだ」
工藤は横を向いてこたえた。ばればれだぜ。
「お堂でお前が倒れた時だよ。本当は何があったんだ?」
工藤はしばらく黙っていたが、観念したようにこたえた。
「掃除が終わってから床の間に向かって経を唱えているとな、突然目の前が真っ暗になったんだ。次の瞬間には元に戻ったんだけど、誰もいない。
お堂の中俺一人だけになっていた。俺の目の前には黒い霧のようなものが空中で渦巻いている。強い意志のようなものが感じられて、逃げようとしたが金縛りにあって一歩も動けない」
工藤は一口ウィスキーを飲むと続けた。
「黒い塊から声が聞こえてきたんだ。『力が欲しいか?』と」
俺は一呼吸おいてから聞いた。
「何と答えたんだ」
「俺は『欲しい』とこたえた」
工藤は俺の目を見て言い切った。俺は知らずに息を吐いた。
「お前も思い切ったな」
「おう、今のところ何もないけどな」
工藤はようやく笑った。何か覚悟が感じられる笑みだった。
力が欲しいか?→ARMSからお借りしました。