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第36話:生活向上委員会

 宿舎に着いた。残ったお菓子の始末と竹を平野に渡すのはヒデと初音にまかせ、志摩と一緒に会議室に駆け込んだ。既に木田・浅野・羽河・利根川・水野と全員そろってる。


 そうなのだ。今日は生活向上委員会の一回目の会議なのだ。なぜか先生も部屋の隅に座っている。オブザーバーかな?休みの日なのに俺たちが外出するので、宿舎で控えていたのだろう。心配かけてすみません。


「遅すぎ!」

 利根川がむくれている。

「ごめん、ごめん、いろいろあって時間がかかったんだ」

 利根川に謝っていると、羽河が会議の始まりを告げた。

「それでは生活向上委員会の一回目の会議を開きます。先生はオブザーバーです。遅れた理由の説明もかねて谷山君から報告をお願いします」


「まず遅れてすみません。そして幾つか報告があります。まず、女神の森に行って女神様とのファーストコンタクトに成功しました」

 浅野が目を輝かして叫んだ。

「ひょっとしてこれやったの?」

と言うなり、隣に座った木田と右手の人差し指の先を軽くタッチさせた。


「それはETだろ?ちゃんと言葉で会話できたぞ」

 志摩が答えてくれた。俺は話をつづけた。

「女神の了解を得て樫の木をゲットしました。白樺や水楢ミズナラを合わせて三十本あります。ついでに竹もゲットしました。竹は平野に渡しました。お箸を作ってくれるそうです」


 皆拍手してくれた。やったね。

「次に、帰り道に製材所に寄って樫の木を一本渡し、樽を作って貰えるようになりました。おそらく五十個以上できると思う。納期はセリアさんに連絡が入るようになっている」


「でかした!」

 利根川が叫んだ。なんか殿様みたいだな。みんなも口々にほめてくれた。ちょっと嬉しい。

「でも、お金かかるんじゃないの」

 木田が心配そうに聞いた。


「心配ご無用。樫の木を別に一本渡して、それで手間賃を賄えるようになった」

「ブラボー」

 利根川が叫んだ。今度はアメリカ人かよ。

「それだけじゃないぞ。樫の木の質が良かったから、おつりが出たんだ」

 俺は金貨十枚をテーブルの上に広げた。

「ウラー!」


 利根川が叫んだ。確かロシア語で「万歳」だな。お前は一体何人なんだ?

皆も驚いていた。羽河が笑顔で提案した。

「これは今後の資金にしましょう。平野さんに頼んでエールやワインを厨房から回してもらうのも限界だったから助かるわ」


 やっぱりそうだったのか。ちょびっとだが頑張った甲斐があったな。利根川が目をキラキラさせながら金貨をかき集めた。そういえばこいつが会計だったな。利根川は大事そうに金貨を懐に入れると、俺に話しかけた。


「取説によると、樽に使う木によって味が変わるらしいの。だから白樺と水楢の樽も作って頂戴」

 俺は大きく頷くと発言した。

「最後に一つ、利根川に確認して貰いたいものがあるんだ」


 俺は空のコップを手に取ると、女神の森の泉で採取した水を入れて、利根川に渡した。利根川の目が金色に光った。

「炭酸水ね、それもかなり上質の」

やったぜ。これであれが作れる。


「で、何を作って欲しいの?」

 俺は迷わずこたえた。

「サイダー。出来ればコーラ」

「ありきたりね。でも悪くないわ。私に任せなさい、と言いたいところだけど」

「時間が足りないか・・・」


「ご名答!」

 利根川は右手の人差し指をピンと立ててこたえた。少しは残念そうな顔しろよ。

 羽河があっさり正解を出した。

「サイダー作りは平野さんに頼んだらどうかな」

「賛成」

 利根川が真っ先に手を上げた。他のメンバーも異存はないみたい。俺は続けて話した。


「先に話したお箸についても、この世界で広めてみたい。製材所の端材を材料にしたら安く作れると思うし、少ないけれど雇用も生まれる。

 スラム街に住む人でも買えると思うし、自分で作ることだってできる。箸が普及して手掴みがなくなれば、衛生面も改善できると思う」


「いいねそれ。ショップで販売しようよ」

「お箸もプロジェクトに入れていいんじゃない?」

「サイダーも量産化したら売れるかも」

浅野と木田が賛成してくれた。皆も頷いている。


「異論はないみたいなので、お箸もプロジェクトに加えます。サイダーは様子を見るということでいい?」

 羽河のまとめに誰も反対しなかったので、一安心。ついでに利根川に聞いておこう。

「もしかして『鑑定』が使えるようになった?」

 利根川は驚いたように俺を見た。


「よく分かったわね。酒造りの過程でエールや試作品を何度も試しているうちについたみたい」

 なるほどな。必要は発明の母か。俺を鑑定したイリアさんの目を連想しただけなんだが、当たったみたい。錬金術と鑑定の両方持ちは結構貴重かもしれないな。


「他は何かない?」

 羽河が話を進めてくれた。

「炭酸水は平野に回していいか?」

「もちろんいいわよ」

 みんな同意してくれたので、安心した。ここで志摩が発言した。


「俺からも報告があるんだ。まずはこれを見てくれ」

 志摩に頼まれてアイテムボックスから金の鍬を取り出した。

「き、金なの?」

 利根川の目が輝いた。またこのパターンか。


「湖の女神から授かった。俺しか使えないが『あらゆる土地を豊饒の地に変える魔法の鍬』らしい。これを使ってなんかやりたい」

 志摩しか使えないと聞いて利根川が肩を落としていた。花咲か爺さん的なものを想像したらしい。全員で考えたが、今すぐできることは見つからなかったので、ひとまず保留することにした。


「俺からも提案がある」と声を上げたのは水野だった。

 皆が水野に注目した。

「前回提案したこの世界にできることの一つとして、ゴミの分別とリサイクルの事業を始めたい」


 水野のお世話係のサラさんに調べてもらったところ、王都のゴミの収集は都内に百ヶ所以上ある集積所に各々持ってきたゴミを、ゴミギルドが収集してスライム処理場に運んでいるそうだ。


 場所によって収集する曜日が決まっているので、飲食店などは個別に契約して都合の良い日(例えば月曜日を除く毎日)に収集してもらうらしい。収集を嫌う家は自分で処理場に運んでいるとのこと。なお、収集にかかる費用は王家が負担しているとのこと。


 ここで問題なのは、収集しても分別せずにそのままスライムのプールに放り込んだいるのだ。スライムは何でも食べるということになっているが、ちゃんと好みがあるらしい。


 当然、有機物が好みで、無機物、石や泥、金属や木はよほど腹がすかない限り食べない。だから、スライムプールも十年に一回は底をさらって、掃除しているそうだ。


 水野の意見としては、ゴミを分別して、木材・金属・石などはリサイクルしたらどうかということだった。分別の費用はリサイクルの売り上げで賄う訳だ。

 利根川が聞いた。


「金属は溶かしたらまた使えると思うけど、捨てるような木や石はリサイクルできるの?」

「木はたきぎにすることができるし、石も一度粉砕してそれを材料に煉瓦の素材にすることを考えている」

「労力の割に儲からないんじゃないの?」


 水野は落ち着いてこたえた。

「ある意味、この世界で一番安いのは底辺の労働力だ。あの処理場の後ろには監獄とスラムがある。監獄には強制労働の刑に処された罪人が収監されているし、スラムにはその日のメシにも困っている人間があふれている。

 言い方は悪いが、どうかしたら食事を提供するだけでも喜んで働いてくれるかもしれないぞ」


 羽河はしばらく考えてから隅の先生の顔を見た。

「先生、今のアイディアをどう思いますか」

 先生は立ち上がると軽く礼をしてから話し始めた。


「素晴らしいお考えです。王家としてもスラム対策は長年の課題なのですが、城壁の修理も終わり大きな公共工事がほぼ終わった現在では、打てる方策がなく手をこまねいておりました。

 水野様のご提案は現状を打破する一歩となるでしょう。たとえ人数が少なくても、定期的長期的に雇えるのであれば、意味があると思います。

 王家や監獄・スライム処理場・日雇いギルドなどとの折衝が必要となりますが、私もできる限り尽力致します。材料や仕入れが安くなるならば、各ギルドも協力するでしょう」


 先生は一息入れると話を続けた。

「利根川様の先見の明、浅野様と木田様の発想力、谷山様と志摩様の行動力、水野様の志と知略、そしてそれら全てを束ねる羽河様の統率力、全てに感服致しました」


 なんか過剰に褒められたような気がするが、とりあえず協力してもらえそうなので、良かった良かった。

 羽河が確認した。


「水野君の提案は実現性があり、ご協力も頂けると考えてよろしいでしょうか?」

「もちろんです」

 先生は笑顔で即答した。それ以外には特に報告は無かったので、引き続き今後作る物についての協議に入った。


 まず全員のリストを出し、実現性の面でふるいにかけてみた。食品を除くと、リストの上位は、シャンプーとリンス、少し開いてドライヤー・スリット入りのスカート・ワイドパンツ・ブラジャー・ナプキン(生理用品)だった。


 そのほかではスニーカーやトートバッグなども目に付いた。シャンプー・リンス・ドライヤーは男女問わず要望が多かった。食品については平野が頑張ってくれているので、今回作るのは以下に決まった。各々のとりあえずの目標も決めた。


1.ウイスキー:資金作りのため先行して利根川メインで開発中。佐藤と平野が手伝っているが、平野が大変そうなので、平野の代わりに工藤に手伝ってもらう。ゴールはレシピ作り。次の商品としてはブランデーも検討する。


2.シャンプーとリンス:木田をリーダーにして進める。伊藤に手伝ってもらう。ゴールはレシピ作り。


3.スカートとワイドパンツ:浅野をリーダーにして進める。木田がサポートする。ゴールはサンプルの作成。


4.サイダー:平野に一任。おいしかったら将来的には商品化する。


5.お箸:俺(谷山)をリーダーにして進める。ゴールはショップでの販売。


6.ブラジャーとナプキン:今ある物を見本としてストックしておく。


7.ドライヤー:魔法学の勉強を進めながら研究する。リーダーは江宮を想定。


8.ゴミの分別・リサイクルプロジェクト:水野をリーダーにして進める。話が大きいので先生と相談しながら進める。


9.農業プロジェクト:まずは情報収集からはじめる。リーダーは志摩。


10.食品関係は野田におまかせ

11.スニーカーとトートバッグは次回検討。


 利根川が1と4でダブっているが、1がある程度目途が付いているので問題ないと思うのだが(本当はレシピを作ってからが大変かもしれないが)、厨房と掛け持ちしている平野が大変そうなので、未成年の癖に酒類に詳しい工藤を巻き込むことにした。


 2について、なぜ木田の天敵の伊藤の名前が出てくるかといえば、伊藤はお母さんが美容師だからなのか非常にシャンプーやリンスに詳しいそうだ。一度手作りのシャンプーをクラスの女子全員に配ったそうだが、好評だったらしい。浅野とは絶対に接触させないと明言していた。まあ頑張ってくれ。


 3はまあ、順当だろ。浅野だけじゃ無理だと思う。

 4は何も問題ないと思う。

 5はある程度目算付けているから楽勝だな。


 6は特にすることなし。

 7の江宮は俺が推薦した。江宮って料理だけじゃなく家電にもやけに詳しんだよな。

 8は話が大きすぎてアイディアだけ出して王家に丸投げした方が良いと思うのだが、水野がやる気なので、様子を見よう。


 9はまずは情報集めからスタートだ。

 ここで志摩が手を上げた。

「ほとんどのプロジェクトのゴールがレシピかサンプル作成になっているが、その先はどうするんだ?賛成してから言うのもなんだけど・・・」


 木田がこたえた。

「商品化や製造・販売は商業ギルドに丸投げしようと思ってる。あくまで向こうが乗ってきたらの話だけど。タイミングとしてはウイスキーについて商業ギルドと契約した後がベストかな。

 やっぱり信頼関係が無いと、いかに王家の後ろ盾があっても本気でやってくれないと思うから。プロジェクトの中では7までがこのパターンを想定しています」


 みんな感心して拍手した。凄い、ちゃんと考えている。そうだよな、あくまで生活向上が目標なんだから、金儲けは二の次だ。

 ここで、羽河が一つ提案した。


「張り切っている時に水を差すみたいで恐縮なんだけど、各プロジェクトのゴールの期限は特に設けず、無理そうと思ったらすぐに相談しよう」

 みんないつの間にか前のめりになっていたかもしれない。少し反省。俺は早速相談することにした。


「優先順位は低いと思うんだけど、ピアノと苦無くないについても取り組んでもいいだろうか。多分一人だけしか関係ないと思うんだけど、本人にとっては切実な問題なんだ」


 羽河が少し考えてからこたえた。

「野田さんと小山さんだよね。確かにそういう配慮も必要だね。ウイスキーがうまくいったら、ピアノは商業ギルドと交渉できると思うけど、苦無は難しいな」

 俺は頷いた。


「ピアノはそれでいい。苦無は個人的に動いていいか?」

 志摩が皆を代表して聞いてきた。

「当てはあるのか?」

 俺は大きく頷いた。


「ある。まかせてくれ」

 誰も異論は無かったので、明日の魔法学の講義の後にホームルームを開いて、今日決めたことを計ることにした。工藤には利根川、伊藤には木田、平野と江宮には俺が説明することになった。

 二回目の打ち合わせは来週の月曜日にすることで、一回目の委員会は終了となった。羽河が最後に締めた。


「成功するか失敗するか分からないけど、うまくいかないことも含めて楽しもう!」

みんな拍手した。先生も涙を拭きながら拍手していた。何か感動することあったっけ?

 とりあえず会議室を出た足で厨房に向かう。忙しそうに動き回っていた平野を呼び止め、ランチの礼を言った。


「ありがとう。本当にうまかったよ。やっぱサンドイッチはミミ付きに限るな」

「さすがたにやん、分っているね。それと、竹ありがとう。あれだけあれば全員分、いやもっと作れるよ」


「サンキュー、出来上がったら見本をくれないか。そいつを元にこの世界でもお箸を広めてみたいんだ」

「いいねえ、それ。楽しみ」

「ありがとう。これもお土産」


 テーブルの上に杉の端材と樫の枝を置くと、平野はカウンターを飛び越えて樫の木を掴んだ。

「これ、お箸の素材だね。気に入った。樫の木か。こっちは杉だね。これもいいな」

「それともう一つあるんだ」


 身近にあった空のピッチャーに炭酸水を注いだ。

「何これ?炭酸水?」

「ご名答。女神の森の炭酸水」


 平野はポケットに入っていたスプーンで一掬いして口の中に流し込んだ。目をつぶってじっくり味わう。

「これ、このままで売り物になるわ。もちろん料理にも使えるし。もっとないの?」

「もちろんある」

「あるだけ樽持ってきて!」


 平野が振り返って叫んだ。助手B・C・Dが樽を抱えて走ってくる。持ってきた樽にじゃんじゃん入れたら、全部で十樽が一杯になった。一樽が二十リットルくらい入るので、全部で二百リットルか、まあまあだな。


「たにやん、ありがとう。これでまた新しいメニューが作れるよ」

「そのことなんだけどさ、これを元にサイダーを作れないか?」

「喜んで!」

「で、最終的にはいつかこの世界で商品化したみたいんだけど、いいかな?」


「もちろん!でもその時は呼んでね」

「オッケー!それとお箸にサイダーで大変だと思うから、ウイスキー造りからは外れてもらっていいかな?」

「いいよ。忙しいから助かる。でも、ちょっと試したいことがあるから、リカーを十リットルくらい分けてくれない?」

 もちろん俺が否定する訳がない。平野のはじけるような笑顔が嬉しかった。

勇者がゴミのリサイクル?

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