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第35話:女神の森

 6月12日、月曜日。快晴。まるで俺の心のようだ。なんちゃって。休みなのに今日も朝からラン&スイープ。みんないつも通り走っている。感心だが、それだけじゃない。

 羽河や鷹町、工藤や夜神などお利口さんグループは、暇な時間にテストを出し合って学力低下を防ごうとしている。きっと帰還後のことを考えているんだろう。真面目過ぎるぜ、お前たち!


 朝御飯はポーチドエッグとポタージュ(スープ)だったが、パンがプレーンな奴じゃなくて、チーズとドライフルーツがたっぷり入った重めのパンだった。

 たまにはこういうのもいいな。食後お茶を飲みながらまったりしていると、厨房の助手Aが巨大なバスケットと小さなバスケットを持ってきた。


「大きな方にはランチと飲み物が、小さな方にはティータイム用のお菓子が入っております」

 平野と助手A~Cが一時間早起きしてパンとお菓子を焼いてくれたそうだ。護衛の騎士の分まで作ってくれたらしい。


 俺は礼を言ってからバスケットを受け取ると、そのままアイテムボックスに入れた。工藤と三平にはマジックボックスに入れて渡したみたい。なんかもう、ピクニックみたいだな。馬車が到着したので、ぞろぞろ乗り込んで出発した。


 メンバーは、俺・ヒデ・冬梅・志摩・平井・初音・小山の七人。探査持ちの盗賊(初音)に忍者(小山)、さらに戦闘能力の高い剣士(平井)とヒデがいるので大丈夫だと思いたい(他人任せ?)。


 当然、乗馬した騎士が四人(御者も含めると五人)護衛につくのだが、なんせお外(城外)に出るのははじめてなのだ。全員上機嫌で浮かれていた。案内役として馬車に乗り込んだセリアさんと志摩のお世話係のマーガレットさんもニコニコしている。

「二人とも外に出ることはあるでしょ?」


 不思議に思った初音が聞くと、

「よっぽどの用事が無い限り城外に出ることはありません」

「平民で外に自由に出入りできるのは、商人や冒険者くらいです」

 勢い込んで説明してくれた。


 二人が鑑札を見せてくれたのだが、これが無いと門の出入りができないそうだ。今日は特別に許可をもらったらしい。誰が随伴するか希望者多数になったので、くじ引きで決めたと茶色の髪に青い目のマーガレットさんが教えてくれた。


 馬車は王宮の北門を出て神殿を目指す。環状線との交差点で、工藤率いるお堂お参りグループは右へ、三平率いる魚釣り隊(三平自身で呼んでいた)も右へ、俺たちは左に曲がった。


 王都見学の時と同じルートを辿ったが、見るもの全て珍しいことに変わりはない。あれは何?これは何?とセリアさんたちを質問詰めにしてしまった。すまん。

 やがて馬車は西の大通りとの交差点を過ぎ、南の大通りとの交差点に出ると、右に折れて南の大門を目指した。門を通るときには顔パスとはいかず、全員の鑑札を確認したので、ちょっとばかり時間がかかった。


 門を出ると、右手には練兵場と同じくらいの大きさの城壁が、街道を挟んだ左側には昔のスライム下水処理場があった。三つの大きなプールの間を水路が流れている。 水路の元の方は王都の城壁、さらにその先はスライム処理場につながっているのだろう。王都を発した水路はプールの間を通って、街道沿いを南に流れ、いずれは川に合流するのだ。


 丁度、右側の城壁にでっかい荷車で長さ十メートルくらいの大木を運び込んでいたので、馬車を止めてもらって話を聞いた。

 なんとこの城壁は荘園ではなくて、製材所&貯木場だった。街道沿いで伐採した木は一度この製材所に運び込んで、使いやすい長さに切ってから乾燥させるのだ。東西それぞれの門の近くにも同じ施設があるらしい。


かしならの木は無いですか?」

「杉ならいくらでもあるんだがな。樫や楢はもともと数が少ないから今は在庫切れだ。あそこに行けばいくらでもあるんだが・・・」


 横幅と同じ位厚みのある筋肉もりもりのおじさんが、女神の森を見ながら教えてくれた。

 俺は礼を言ってから馬車に乗り込んだ。


「どうだった?」

「とりあえず、女神の森に樫の木はあることは間違いない」

「よっしゃ!」

 なぜかヒデが喜んでいた。


 製材所を出て女神の森に着くまで半時間(日本時間で一時間)ほどかかった。それまでの間、薪を満載した馬車と数台すれ違った。街道を右に曲がり、森の外周に生えている悪木を伐採するための細い道を進んでいくと、行き詰まりで俺は懐かしい植物を発見した。竹だ。孟宗竹と笹竹の中間位の太さだ。


「平井、悪いがあれを持って帰りたいんだ」

「樫の木じゃなかったの?」

「樫の木とは別に平野から頼まれてな。箸をつくりたいそうだ」

「そういうことならまかせて」


 平井は馬車から飛び降りると、護身用に持ってきた剣で竹を人一人が通れるほどの幅ですぱすぱ切り倒してくれた。

 切った竹は持ち運びしやすいように長さ二メートル位に切って、馬車の屋根に乗せてロープをかけた。そのまま平井に竹を切り開いてもらいながら、歩いて進むことにした。


 しかし、竹林は結界に覆われているようだ。お堂の時とは違って境界がどこにあるかも分からないんだけど、騎士やセリアさんたちはガラスのように透明な壁があるようで一歩も前に進めない。


「お気をつけて」

「危なかったらすぐに帰ってきてください」

 セリアさんとマーガレットさんから声がかかったので、手を振った。

 御者台から降りてきた隊長が俺の目を見て話しかけた。


「申し訳ないのですが、この結界は強固で誰も中に入れないのです。ここ百年程出入りした者はございません。結界の中に入れたのであれば、皆様は女神の客人として招かれたのだと考えられまする。

 よって危険はないかと思いますが、何が起こるか分かりません故、くれぐれもお気をつけください。なお、以前の記録では、招かれし者は女神から神器をたまわったとあります」


「危ないと判断したら即座に引き返しますので、ご安心ください」

 皆を代表してこたえてから、探検隊は出発した。幸いなことに竹のカーテンの厚みは十メートルほどしかなく、すぐに広葉樹と思しき丸っこい葉っぱを持つ木の領域に入った。


 ここが女神の森か。全員無事に入れて一安心。初音と小山に周辺を調べてもらったが、特に魔物や妖怪の類はいなかった。前方に湖があるというので、そっちに行くことになった。


 森は全く人の手が入っていないにもかかわらず、下生えは少なく歩くのに問題は無い。直径三十センチから五十センチ位の太さの木が十メートルから二十メートルほどの間隔で生えていて、見通しも良かった。

 太古の森というか、鳥のさえずりや木々の間を吹き抜ける風の音しか聞こえてこない。上空の緑の枝葉に遮られ、真昼間なのに全体が日陰になっている。


 何か神聖な場所、例えば神社の境内を歩いているみたいで、皆黙って歩いた。徐々に木の幹が太くなり、木と木の間隔が開いてくる。直径一メートルを超える巨木の中に、幹が白い皮に覆われた木が増えてきた。これは白樺?考える間もなく唐突に視界が開けた。湖だ。


 湖畔ぎりぎりまで生えている木々の間から差し込む日の光に湖面の中心がキラキラ光っている。長辺が百メートル、短辺が五十メートルほどの楕円形の小さな湖だった。湖の水は澄んでいて、底まで見えそうな感じだ。俺たちはしばらく見とれていたが、まずヒデが再起動した。


「予定通りだな。斧を出してくれ」

 俺は何も考えず、ヒデに斧を渡した。

 ヒデは迷うことなく斧を湖に放り込んだ。

「あ、手が滑って落としちまった(棒読み)」


「何をするんだ」と叫ぶ間もなく、湖面がぶくぶく泡立ち、女神が登場した。全身が透明な水でできている。顔立ちは息をのむほど美しいだけでなく、神々しく威厳に満ちていた。

 しかし、なんということでしょう。斧が頭にぱっくり刺さっている。真っ赤な血が左側の顔面に流れ落ちてホラー映画みたいだ。大昔テレビで見た「キャリー」を連想した。皆絶句した。


「すみませんでした」

 俺は光の速さで土下座した。

「よい」

 女神は寛容だった。

ぬしが落としたのはこの鉄の斧か、金の斧か、銀の斧か?こたえよ」


「すみません。その鉄の斧です」

 俺は正直に答えた。

「お前は正直だな。正直は美徳だが・・・」

 なぜか女神から滾々(こんこん)と説教されてしまった。要は正直なのはいいが、臨機応変に行動せよ、ということだった。俺が神妙に(神だけに)頷くと女神は満足したのか、二つの斧を手にした。


「褒美にこの金の斧を二本やろう。鉄の斧も持って帰るが良い」

「あのー、金の斧と銀の斧ではないんですか?」

 ヒデが馬鹿正直に聞いた。そんなこと聞かずに黙って受け取れと言いたかったが、女神は怒りもせずに答えた。


「銀の斧は在庫切れじゃ。アスクルに注文したが、納品は来年の予定になっておる。よって金の斧二本で我慢せい」

「有難く頂戴します」

 全員で平伏した。この世界にもアスクルはあるんだ。アマゾンじゃない所がしぶいな。


 女神が満足そうに頷いたので、俺は立ち上がるとまず金の斧を受け取った。思ったより軽かった。

「どんな巨木でも一撃で切り倒せる魔法の斧じゃ。倒す方向の指定もできるぞ。使う前にユーザー登録が必要じゃ」


 最後の言葉の意味がよく分からなかったが、とりあえず受け取った。志摩に預けてから俺は鉄の斧の柄に手をかけた。

「さっさと抜け」


 女神からせかされたので、思い切って振り上げるとするりと抜けた。勢いあまって尻もちをついた。見ると女神の傷口は瞬く間にふさがり、出血も止まっている。もしかするとドッキリだった?女神ってお茶目さん?


「その鉄の斧は我の血に塗れたことで、呪具と化した。振り下ろせばあらゆるものを破壊する戦神の斧じゃ」

 はっきり言って怖くて私では使えません。ヒデにでもやろうかな。


 女神が思ったよりフレンドリーなので、樫の木のことを相談してみよう。俺は俺たちが召喚されてこの世界に来たこと、訳あってウイスキーを作ることになったこと、熟成させるために樫の木が必要になったことを話した。


 女神はまったく表情を変えることなく答えた。

「主らは勇者とその仲間か。どうりで我が結界に入れた訳じゃ。それなら丁度良い。この辺りに生えているのは白樺に樫や水楢みずならの木じゃ。湖の回りの木々が成長しすぎて我が城が日陰になって困っておった。余が許す。伐採せよ」


「何本くらいですか?」

「そうじゃな、三十本くらいか」

「この斧があれば切るのは問題ないと思いますが、持って帰れません」

「何を言っておる。お前はアイテムボックス持ちじゃろうが」

「こんな大きな木を三十本なんて絶対無理です。勘弁してください」


 俺は必死にお願いした。女神は頷くと俳句を詠んだ。

「狭いなら広げてみようホトトギス」

 詠み終わるなり女神の右腕がゴムのように伸びて俺の頭をつかんだ。


 しまった。女神もホトトギス派だったのか。ショックのあまり俺は声も出せない。体も動かない。

 俺の頭を掴んだ指が柔らかく頭の中に沈み込む感覚が伝わってきた。またあれなのか。吐きそうだ。召喚時の時と同じく、頭の中をぐしゃぐしゃにかき回されるジェットコースタータイムに突入だ。


 全てが終わり女神の腕が俺の頭を離れると同時に俺は座り込んだ。気絶しなかったことをほめて欲しい。

「アイテムボックスのレベルを8に上げた。これでどうにかなるじゃろ」

「ありがとうございます」

 俺は血の涙を流しながら礼を言った。本当に勘弁してほしい。人の体をどう思っているのかと言いたかったが、言えなかった。


 その後、金の斧を使って湖畔の木を伐採して回った。斧は使用者を特定する仕様になっていたので、俺と志摩が登録した。女神が言った通り、倒す方向を指定して斧を振り下ろすと一撃で木が倒れた。開拓にはぴったりだな。


 ちなみに戦神の斧(鉄の斧)はヒデが遠慮したので平井に預けた。呪具だからなのか、威力は凄そうなのだが、魔力を馬鹿食いするのだ。斧に資格なしと判断されると、持ち上げる事すら困難だ。流石、神仕様!普通の魔法使いには無理です。


 途中で湖のすぐ横に直径三メートルほどの小さな泉を発見した。泉からは細い流れが、絶えることなく湖に流れ込んでいる。よく見ると泉の底から細かい気泡が無数に上がっていた。ひょっとすると・・・。俺は泉の水を汲めるだけアイテムボックスに格納した。


 伐採した木は全部で三十三本あった。根元の直径が一メートル、高さは十メートルを軽く越えるものもあるので十分だろ。恐ろしいことにアイテムボックスに全部収まった。どれだけ容量があるの?怖いよ。


 湖畔をぐるっと回って最初の場所に戻ると、女神が待っていた。改めて湖を見ると、湖の上空の開口部が大きく広がって、散髪したみたいに明るくすっきりしている。よく見ると、湖の中心に青い城みたいなのが見える。隣でヒデが小声で歌っていた。

「森と 湖に 囲まれて 静かに 眠る 青い 青い城・・・」


 それは確か「青い彗星」の代表曲なのでは?歌詞が少し違うような気がするが、気にしたら負けだ。

 俺はアイテムボックスから足つきの大きなお盆を取り出すと、平野が用意してくれたお弁当の中からホットドッグとお菓子を適当に並べた。ついでにコップも二つ置いて、一つには利根川から預かった麦のリカー、もう一つには冷やしたレモネードを注いだ。


「女神様、ありがとうございました。ささやかですが今日の御礼に供物を捧げます」

「良きかな良きかな、主は気が利くのう」

 女神は表情を変えずにこたえたが、なんとなく嬉しそうだった。全てきれいに召し上がられると、ご宣託タイムになった。


「異世界ゆかりの供物を受け取るのは久しぶりじゃ。今日の褒美ほうびに我が神器を授けよう」

 女神が手にしたのはくわだった。ただし、金色に輝いている。

「この金の鍬は資格あるものしか持つことが出来ぬ。もし、持てる者がいたら持って帰るが良い。あらゆる土地を豊饒の地に変える魔法の鍬じゃ」


 全員で試したが、地面から持ち上げることができたのは志摩だけだった。流石庄屋の息子だな。名前(豊作)からしてぴったりだせ。志摩は嬉しいのか嬉しくないのか複雑な顔で女神に礼を言った。全員で再度お礼をしてから、引き上げた。


 予め目印を付けていた小山の案内で森の外に向かう。竹のカーテンが見えた時には安心した。せっかくなので、金の斧を使って小山と一緒に伐採しながら外に向かう。

 切った竹はそのままアイテムボックスに放り込んだ。調子に乗ってかなり大量に切ってしまったが、まあいいだろう。竹のカーテンを抜けると、少し離れた所でセリアさんとマーガレットさんが待っていた。


「良かった」

「心配しました」

 隊長さんも安どの表情で声をかけてきた。

「皆様ご無事のようですがケガなどありませんか?」

 ヒデが能天気に「大丈夫だあ」と答えたので、力が抜けた。


 そのまま馬車で街道まで出て、水路を右手に見ながら南門を目指して進む。製材所の手前で日陰になっている草地を見つけたので、馬車を止めて敷物を広げた。ようやくお弁当タイムだ。


 セリアさんマーガレットさんはもちろん、護衛の騎士も呼んで一緒に食べた。特に騎士の皆さんは恐縮して何度も遠慮したのだけど、人数分あること、余っても捨てるだけであることを説明して無理やり座って貰った。

 だってホットドッグだけで三十個あるんだもん。敷物を二枚並べて二列に向かい合って座った。道路側に騎士五人とセリアさん、マーガレットさん、反対側に俺たちが座った。


 バスケットの中に入っていたのは、ホットドッグ・卵サンド・ハム&チーズ&ピクルスのサンド、そしてワインとレモネードとハーブティーだった。ホットドッグは細長い小ぶりなパンを使い、具はレタスみたいな野菜とソーセージのみ。もちろん、マスタードとケチャップがたっぷりかかっている。


 サンドイッチはもちろん食パンを使っている。わざとミミを落としていない所が、平野のこだわりかな。もちろん俺は大歓迎だが。ついでにいうと、カステラのミミも大好きです。ホットドッグもおいしかったが、卵とマヨネーズをぜいたくに使った卵サンドが絶品だった。


 しかし、騎士やセリアさん達はホットドッグやサンドイッチに慣れていないみたい。最初はおずおずと手に持ったが、一度口に入れると、皆夢中になって食べている。

 食べながら中の出来事を騎士さんたちに簡単に説明したのだが、感動のあまり話をよく聞いていないような気がした。何か問題があった訳ではないのでまあいいだろう。


 お茶を飲むころには落ち着いてきたので、聞いてみたら食事は基本的にフォーク・ナイフ・スプーンを使うもので、手掴みで食べるのは野蛮人かスラムの貧民くらいだそうだ。衛生的に問題ありそうだな。


 金の斧・戦神の斧・金の鍬を見せて説明した。みんな神器を身近で見るのは初めてみたいで、騎士に戦神の斧を触らせると目を輝かせて喜んでいた。

 試しに平井が道路わきの畳一枚・厚さ一メートル位の巨大な岩を一撃で粉砕すると、みんな腰を抜かして驚いていた。平井ってちっこくて見た目が可愛いだけに、斧の凶悪な破壊力とのギャップがすごいな。


とっくにお日様は中天を過ぎており、ティータイムの時間は取れそうにないので、お菓子の半分はセリアさん・マーガレットさん・騎士の皆様に分けた。

 皆恐縮しながらも嬉しそうに受け取ってくれた。手早く片付けると、製材所に向かう。中に入って朝方対応してくれたおっちゃんを探した。


「おやどうした、朝方きた坊主たちじゃないか」

「ちょっと見て欲しいものがあるんだが」

と言って樫の巨木を一本出すとひっくり返って驚いた。


「お前たちどっからこれを持ってきたんだ」

「女神の森さ。こいつは女神様から下賜かしされたものだ。立派なもんだろう」

「女神の森だと。嘘つくな。あそこは誰も入れねえんだぞ」


「俺たちゃ異世界の勇者の一行なのさ。疑うんならこっちの騎士さんに聞いてくれ」

 ヒデがいるから嘘じゃないぞ。おっちゃんは隊長さんと一言二言話してから頭を下げた。


「すまねえ。木があまりにも立派すぎて動転しちまった。で、こいつをどうしたいんだ?」

「事情があってな、こいつで酒樽を作って欲しいんだ」

「分かった。この木一本からだと、軽く五十個は作れるぜ。その分手間賃もかかるけど、どうする?」


「手間賃はこの木をもう一本でどうだ?」

 そういってもう一本、取り出した。丁度同じくらいの大きさだった。

 おっちゃんはまたまたひっくり返った。

「ア、アイテムボックスか。なんちゅう大きさだ。たまげたぜ」

 さっきはスルーしたくせに。あと三十一本あると言ったら卒倒するんじゃないか。


「で、どうなんだ。手間賃分くらいはなるだろう」

「おうよ、こいつで家具を作ったら上物ができるぜ」

 冬梅がつぶやいた。

「今在庫が無いんでしょ」

 初音が口を出した。

「女神の森で育った樹齢百年の樫の木よ」

 小山が追撃した。

「女神からの授かりものと言ったら、誰でも欲しがる」

 志摩が声を上げた。

「商業ギルドに持ち込んだらいくらになるかな?」


 おっちゃんは赤くなったり青くなったりしながら考え込むと、息を吐いて手を上げた。

「あんたたち、年に似合わず交渉上手だな。参ったぜ。色を付けよう。いくら欲しい?」

 俺は即答した。

「金貨十枚」

 おっちゃんは即座に言い返した。

「高い!」

 俺は肩をすくめると帰り際に収穫した竹を一抱え取り出した。

「おまけにこれを付けよう」


 おっちゃんは竹を見ると飛びついた。

「なんだこいつは!」

「竹さ。これも女神様から貰ったもんだ。木より軽くてしなやかだ。内装や飾り向きだな」

 おっちゃんは頭をかきむしると叫んだ。


「分かった。俺の負けだ。もってけ泥棒!おい、金貨十枚持ってこい」

「もってけ泥棒」なんて台詞せりふ日常会話で初めて聞いたような気がするが、とりあえず話がまとまって良かった。

 セリアさんに頼んで、送り先を説明してもらった。納期はおって連絡してくれるそうだ。ついでに杉の端材きれっぱしと樫の木の太めの枝を手ごろな長さにカットして貰った。箸の材料候補が増えたぜ。


 帰りの馬車の中では以下の計算式についてあれこれ意見が出た。

 樽五十個+金貨十枚=樫の木一本+竹一束

 結論から言えば、原木の伐採や移動の経費を考えたら、製材所の方が儲かるのではないか、ということになった。つまり、

 樽五十個+金貨十枚<樫の木一本+竹一束

となる。樫の木の質や女神様と言うプレミアムを考えると、家具の値段は天井知らずになる可能性があるらしい。やっぱり商売の道は難しいな。


「そういえば・・」

と平井が話しはじめた。平井はどうやら湖に剣を落とすと、湖の精霊が現れて妖精が星の光を集めて鍛えし王者の剣を渡してくれると思っていたらしい。なんかそれ、別の話が混じっているぞ。

すみません。金の斧と銀の斧をやりたかっただけなんです。こんなに大事になるとは思いませんでした。

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