表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/326

第32話:ホームルーム

 6月9日、風曜日。空は厚い雲に覆われ、日の光は見えない。空気は重く、風はそよとも吹かない。落ち込みそうな気持ちを盛り上げるためには、体を動かすのが一番だ。いつもより一周多く回っていると、驚いたことに鷹町が走っていた。

  バリアジャケットの機能を考えたら走らなくても良さそうだが、そんなの関係ないそうだ。えらいぞ鷹町。


朝ごはんはオムレツだった。具はハムとチーズだけでシンプルなんだけど、バターがぜいたくに使ってあって香りが最高。なによりふわふわなのよ。おまけにケチャップも付いているので言うことなし。スープもジャガイモを使った冷たいスープで、のど越しが気持ち良い。起き抜けで食欲が無い時でもすーっと喉を通ってしまいそう。


 魔法学の講義は昨日に引き続き、魔法陣を体感することだった。ある意味、勉強するというよりは修行に近い地味な作業なのだが、こういう地道なトレーニングが苦手なヒデが嫌な顔一つしないで黙々とやっているのに感心した。

 それが原因ではないのだろうけど、授業の途中で青白い稲光と雷の音を合図に激しい雨が降り出した。スコールと言ってもいいような大粒の雨がざんざんと降り続く。


 中休みに入る頃には雷は収まったものの、雨は一向に止む気配がない。すると、中休み開けに先生からお知らせがあった。今日は練兵場での鍛錬は中止だそうだ。

 この雨の中で野外で訓練は勘弁してほしいと思っていたから嬉しかった。みんなも安心したみたい。空いた時間は自由時間だそうだが、ここで羽河が手を上げた。


「せっかくなので、ホームルームを開きたいと思います。中食後、この会議室をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 先生はしばらく考えてから頷いた。

「良いでしょう。許可します。ただし、私もオブザーバーとして参加して良いでしょうか」


 羽河は少し悩んだが、みんなの顔を見渡してから承諾した。先生は柔らかく微笑んだ。

「何か問われない限り私から声を上げることはございませんので、安心なさいませ」


 お昼ご飯は、なんとラーメンだった。平野がお箸のことを言っていたのはこれだったんだな。確かにフォークでも食えるけど、いまいち気分が出ねえなあ。おおっと、贅沢言ったら罰が当たるぜ。


 パスタより細めの麺を使い、スープは鳥ガラを使った濁りの無い黄金色のスープで、塩ラーメンか中華そばに近いラーメンだった。鶏肉を使ったチャーシューも燻製してあり、ネギに似たハーブの香りも良かった。


 青井が替え玉を要求したが、とんこつラーメンではないから替え玉用の麺は無いと拒否された。それでも青井が駄々をこねると、クルトンみたいなのを出してくれた。

 パンを細かく切って素揚げしたみたい。俺もちょっともらって食べたけど、スープをしっかり吸い込んでこれはこれでおいしいと思う。


 デザートはレモンのゼリーだった。飾りでのっていた濃い緑色のミント風のハーブが爽やかで口の中がさっぱりした。

 ホームルームは七時からなので、佐藤に頼んでウイスキー造りを見学した。地下室に降りると、例の騎馬武者は窓沿いに移動しており、武者の口に煙突が突っ込まれていた。なんかグロイというか、現代的と言うか、シュールな芸術作品になっている。


 武者の横には大きなテーブルがあって、紙を張ったビーカーやフラスコが雑然と置かれていた。武者の後ろにはエールと思しき大きな樽が置かれている。部屋の隅には樽がいくつも並べてあった。


 テーブルの前では椅子に座った利根川が試験管を光にかざしながら首をかしげていた。どこから手に入れたのか細い銀縁の眼鏡をかけ、白衣まで着こんでいる。

「なんだよその恰好?どこかの研究員様か?」


 利根川は右手の人差し指で眼鏡をクイッと押し上げると反論した。誰の真似だ?

「こっちの方が気分が出るのよ。苦労して探したんだから良いじゃない」

 苦労したのはお世話係のイケメン君だろ。まあそれはいいとして・・・。


「その眼鏡はどうしたんだ?」

「つぐみんの予備の眼鏡を借りたのよ。元々伊達メガネだったみたい」

「羽河のか。どうりで見たことがあると思った訳だ。で、うまくいきそうか?」

「取説のお陰でなんとかなりそうなんだけど、一つ問題があるわ」


「なんだ?」

たるよ!」

「樽?」

「樽が無いのよ。とりあえずこれを飲んでみて!」


 利根川から渡された試験管に入った液体をちょっとだけ飲んでみる。

「・・・麦の香りがするアルコールだな。度数は十分で、雑味は無いが・・・」

「ホワイトリカーの代わりにはなるけど、これはウイスキーじゃない」

「どうしたらいいんだ?」


「取説にはかし白樺しらかばの木で作った樽に入れて貯蔵しろ、と書いてあったわ」

「樽くらいあるだろ?」

「あるわ。でも杉なのよ。私は樫や白樺で作った樽が欲しいの」


 俺は佐藤と顔を見合わせた。あそこに行くしかないようだ。森と言うくらいだから、樫の木くらいあるだろう。

 早速ラウンジに行って先生を呼び出して貰おうとすると、端の小会議室に案内された。講義の期間は、先生の控室として使っているそうだ。


「谷山様、いかがなさいましたか?」

 先生は読みかけの本を閉じると柔和に微笑んだ。

「早速ですが、お願いがあってきました。今度の休みの日、月曜日に女神の森(勝手に名付けました)に行って良いでしょうか?」


「何をするのですか?」

「樫の木とはしの材料になりそうな木を探しているのです」

「魔物はいないので行くのは構いませんが、結界があるので入れないと思いますよ。ところで箸とは何ですか?」

 しばし箸について説明してから、馬車一台の手配をお願いした。当然、護衛も付くそうだ。


 先生に礼を言ってから羽河を探して女神の森に行くことを伝えると、同じ日に工藤はお堂参り、三平も魚釣りツアーを企画しているらしい。どうせならみんなまとめてホームルームで参加者を募ったら、ということになった。ピクニックみたいだけど、まあいいか。娯楽の一端と考えたらいいかも。


 昼休みが終わって教室に入ると、ほとんどみんな揃っていた。俺たちは入口の近くに席を取った。時間になると先生が入ってきて俺たちの隣、入口のすぐ横に座る。全員そろったことを確認してから、羽河が大きな黒板の前の右端、入口側に立った。


「それでは3年3組、6月9日のホームルームをはじめます。司会は羽河が努めます」

 みんな拍手した。

「今日は今後についての重大な提案と、次のお休みの日(12日)についてお知らせがあります。それではまず今後について発案者の木田さん、浅野君どうぞ」


 木田は落ち着いた顔、浅野は少し緊張した顔で黒板の前の真ん中に立った。木田は一度深呼吸すると話し始めた。

「私がこれを思いついたのはお風呂に入った時でした。石鹸はあるのですが、シャンプーとリンスが無いのです」

「僕ははじめてスカートを履いたのですが、とにかく動きにくくて困りました。走れない」


「シャンプーやスカートだけではありません。みんなも日常生活のいろんな面で不自由を感じていると思います。

 魔王を退治するまで最低でも一年半、どうかすると三年かかるそうです。その間この不自由さをずっと我慢するのは無理だと思いました」


「そこで、この世界の不自由や不便を少しでも解消するために『生活向上委員会』を立ち上げて、必要なものを作りたいと思います」

 浅野が力強く言い切った。俺は、いや、クラス全員が大きな拍手をした。やるじゃん、木田&浅野!


 羽河が広げた両手の手の平を下に向け、拍手を抑えた。

「満場一致で賛成となりました。一つ私から付け加えますが、略すのは禁止とします」

 確かに「生向委せいこうい」は少しまずいような気がする。


 工藤が手を上げた。

「じゃあ、『せこい』はどうだ?」

 わかりやすいけど、イメージが良くないな。

 鷹町が手を上げた。

「SKIは?」

 これもいいけど、分かりにくいぞ。


 結局、略称は決まらなかった。ここで水野が手を上げた。

「生活向上委員会は大いに結構だと思うんだが、俺の意見も聞いてもらえないだろうか?」

「ぜひ!」

 羽河は笑顔でこたえた。


「生活向上委員会の活動は俺たちの生活向上が主な目的と思うのだが、その活動の幅を広げてこの世界に生きる人の不自由や不便を解決することも視野に入れて欲しい」

 羽河は真顔で質問した。


「なぜでしょうか?」

「俺はこの世界のために何かをしたいと思っている。そして、この世界にためになることをすることで、生活向上委員会の活動は理解され、支持されると思う」

 志摩が手を上げた。


「水野の意見に賛成する。新しいことをやろうと思ったら、回りの協力は不可欠だ」

 この辺は、先日のメアリー先生の独り言の影響かもしれないが、異議のある奴はいないみたいだ。

「それでは水野君の意見に賛成の方は拍手をお願いします」


 羽河の言葉が終わると同時にみんな拍手した。

「ありがとうございます。満場一致で賛成となりました」

 それからは具体的なやり方を検討した。決まったのは以下の通り。


1.委員を選ぶ。

2.委員は回りの意見を聞いて作りたいものをピックアップする。

3.委員会を開いて、作るものをリストアップし、重要性と作りやすさの両面から作る物と順番を決める。

4.総会を開いて3を提案し、意見があれば修正し、問題なければ承認する。

5.作りたいものに合わせて実行メンバーを選出し、開発に入る。


 ここで江宮が手を上げた。

「今の計画はすごく良いと思うが一つ問題があるぞ」

 羽河が聞いた。


「何でしょうか?」

「金だ。開発するには何かと金がかかる。お金の手配はどうするんだ?」

 利根川が手を上げた。


「心配ないわ。実は先行してウイスキーを作っているの。完成したら、レシピを売るわ。初期費用としては十分な資金になると思う」

 続いて木田が発言した。


「あくまでウイスキーがうまくいったらの話だけど、次の段階として作ったものを世に普及するためのアンテナショップを作ろうと思うの。ウイスキーやレミが作ったお菓子とか、商品についてはいくつか目安がついているし。

 ここで収益が上がれば、継続して開発費用を賄うことができる」


「僕は是非スリット入りのスカートやパンツを販売したい」

 浅野は今のロングスカートに相当ストレスを感じているようだ。

俺の隣から大きな拍手が聞こえた。横を見ると先生が立って拍手している。満面の笑顔だ。


「先生、どうされました?」

 思わず羽河が問いかけた。先生は丁寧にお辞儀すると話しはじめた。


「皆様、私は心の底から感動致しました。皆様をこの世界に導いてくれた神と、やってきてくれた皆様に改めて感謝します。自分の不便を解消するだけでなく、この世界の救済まで視野に入れた志の高さに敬服いたしました。改めて御礼申し上げます。王家も全面的に協力するよう私も全力を尽くします」


 先生は再度お辞儀すると上気した顔で席に着いた。はからずも王女様のご意向通りになったのが、なんか良かったみたい。紐付きになる可能性はあるが、王家が協力してくれるなら実現性がぐっと高まるな。


 とりあえず、まずは委員を選ぶことにした。自薦・他薦で選ばれたメンバーは、発案者の木田と浅野の他は、羽河・利根川・水野・志摩と俺だった。なんで?俺一言もしゃべってないけど・・・。とりあえず委員長は羽河、会計は利根川が努めることになった。


 次は12日についてのお知らせだ。羽河が説明した。

「次のお休みの12日は三か所、外出を予定しています。まず一つ目はお墓参りですね。リーダーは工藤君です。それではどうぞ」


 工藤が立ち上がって説明した。

「正確に言うとお堂参りだな。先人を忍び、その志をたたえ、魂を慰労するために、王都見学の際に立ち寄ったお堂の掃除に行こうと思う。多数の参加者を希望する」

 工藤が座ると、羽河が続けた。


「次は、女神の森ですね。谷山君どうぞ」

 俺は立ち上がると簡単に説明した。

「王都の南にある女神の森にお箸の材料となる木や樽の材料になる木を探しに行きます。結界があるので中に入れない可能性がありますが、それでも良ければぜひ参加してください」


 羽河は微笑むと続けた。

「最後に、三平さんですね。もちろん魚釣りですね」

「いつも一人で釣っているので、たまにはみんなで行きたいなと思います。釣れるかどうかは分からないけど、川辺の風は気持ち良いよ」


「ありがとうございます。馬車の手配があるので、希望者は各リーダーか私に今日中に申し出てください。それでは本日のホームルームを終了します」

 最後は羽河が締めて拍手でホームルームは終わった。個人的にはお堂も魚釣りも行きたいんだけどいずれ機会はあるだろう。


 ホームルーム終了後は委員だけ残って2と3について日程を打ち合わせた。次の委員会は次の月曜日(12日)の七時半(日本時間の十五時)に集まることにして、それまでに何を作りたいか各自ピックアップすることにした。

 場所は羽河が小会議室を予約することになった。なんかこう責任みたいなのを感じた。うまくいくかなー。


 晩御飯のメインはトンカツならぬオークカツだった。付き合わせはもちろんキャベツの千切り!付き合わせのソースはデミグラスソースとケチャップ!もちろん、キャベツ用にはマヨネーズとフレンチドレッシングが付いている。俺は迷わずデミとケチャップを混ぜてカツにかけて食べた。うまーーーーーーーーーい。


 こうして改めてカツで食べたオークは、豚肉に近いが野性味があって、少し硬いけど奥深い味わいがあった。ヒデは五分で食べてお替りしている。俺はじっくり味わいながら食べた。みんな幸せそうな顔で食べている。


 デザートはサーターアンダギーだった。素朴だけど、ドーナッツとはまた違うおいしさがある。揚げ物続きだが、うまければなんでもいいのだ。平野、いつもありがとう。


 みな、落ち着いたみたいなので、ホームルームで話した欲しい物について聞いてみた。自動車・バイク・自転車・パソコンや携帯、テレビやゲーム機にウォシュレットなど、できるはずもない実現性のハードルが高いものやチョコレートなどの食品が多かったが、ドライヤー(無い)・トイレットペーパー(ごわごわ)・ブラジャー(無い)・生理用品(使い心地が最悪)・スニーカー(無い)など切実なものも多かった。


 今日の野田の演奏は三橋美智也をはじめとする日本の民謡の矢野顕子バージョンだった。凄くファンキーだった。「達者でナ」が終わって思わず拍手したら、俺のところまでやってくると「ピアノが欲しい」と言って戻っていった。


 ピアノは流石に難しいなと思っていたら、小山がやってきて「苦無くないと手裏剣が欲しい」とつぶやいた。またマニアックなものを、と思ったがよく考えると忍者には必需品なのかもしれない。


 12日のお出かけについては、ヒデと初音と冬梅がつきあってくれるそうだ。俺がいれば当然洋子も一緒に来ると思っていたが、皆の分もご先祖の供養をしてくると張り切っていた。あいつがこんなに信心深いとは知らなかった。

 ラウンジに羽河がいたので報告に行くと、他の班も含めメンバーは以下に決まったそうだ。


・女神の森探検隊:俺(谷山)、ヒデ、初音、冬梅、志摩、平井、小山

・お堂のお参り:工藤、尾上、一条、浅野、木田、楽丸、洋子

・魚釣り隊:三平、江宮、中原、青井、水野、藤原、夜神


 三つの班を合計すると計二十一人が外出することになる。まあ、部屋にいてもやることないしな。なお、利根川と佐藤は酒造りに励むそうだ。平野も手伝っているみたい。平野が参加したら、期待できるかもしれないな。

せこい、始まりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ