第323話:ほの暗き地下室で12-3
三人が頭を下げるのを見ながら王女は頭を振って姿勢を正すと、足元に置いた袋から小箱を取り出した。
「谷山様が、野田様・青木様・尾上様の無礼を詫びて献上してくださったものじゃ。見るが良い」
王女が蓋を取ると甘い香りと共に眩いばかりの輝きが部屋中に溢れた。十個の色とりどりの大玉と無数の楕円形の小さな色付きの木の実のような菓子が箱一杯に詰まっていた。侍女長は上気した顔で聞いた。
「これは平野様謹製の菓子でございますね。味見してもよろしいでしょうか?」
王女は笑顔で頷いた。
「良かろう。好きなだけ食するが良い。食べられるのであればな」
侍女長は箱に入っていたメモを読み上げた。
「この菓子は『グミ』と申しまして、果物の果汁と砂糖で出来ております。試作品ですがどうぞお召し上がりください」
横で聞いていた伯爵の辞書に遠慮という言葉は無かった。躊躇なく手を伸ばすと、血のように赤いひときわ大きな紅玉を掴んだ。
「これは飴玉ですかな?」
そのまま口に入れようとすると、王女が慌てて止めた。
「馬鹿やめろ!それは菓子ではない」
伯爵は口に入れる寸前で止めると、王女に聞いた。
「これは何ですか?」
「触ってわからぬか!それは極大のルビーじゃ」
伯爵は驚きのあまり手から滑り落ちそうになった宝石を慌てて両手で掴みなおすと、小箱にそっと戻した。
侍女長はしわがれた声で聞いた。
「まさか大玉十個は全て宝石なのでしょうか?」
王女は頷きながら答えた。
「そうじゃ、端の四個は我らも良く知るルビー・サファイヤ・エメラルド・ダイアモンド、真ん中の三個は希少な宝石であるアレキサンドライト・ブラックオパール・ピンクダイアモンド、残りの太陽のような黄金色に輝く宝石、暗闇でゆらめく青い炎のように輝く宝石、光によって青とピンクに変色する宝石は我も初めて見る宝石じゃ。そして十個とも大きいだけでなく、色・カット・透明度・明るさ・輝きのほぼ全てがSかAランクと思われる」
一同が静まり返った中で宰相が掠れた聞いた。
「金貨何枚分の価値があるでしょうか?」
王女は嬉しそうに笑いながらこたえた。
「例えばそのルビーを一個売ればわが王家の借金は全て無くなるであろうな。それどころかお釣りがくるやもしれぬ。希少なものはその数倍の価値があるし、見たこともないものとなると正直値段がつけられぬであろう。なんせこの世に一つしかないのだから」
侍女長は青ざめながら言った。
「余興の侘びごときでそのように貴重なものをなぜ?」
王女は両手で机を力いっぱい叩きながら絶叫した。
「吾にも分らぬわ。元々あれはたまたま招かれただけの私的な宴席であり、しかも吾が自ら無礼講とことわっておる。一言謝ればそれで済むのに、これだけの宝物をただの菓子のようにポンと渡せることも驚きだが、余興から見送りまでの半時間ほどで用意できたことがなおさら恐ろしいわ」
一同が沈黙する中で王女が呟いた。
「もしも谷山様がこれを個人として王家に献上したらどうであろう」
宰相が眉を潜めながらこたえた。
「無論、叙爵の対象になるでしょう。これだけの品であれば男爵どころか、子爵の可能性もあるやもしれませぬ」
ごくりと唾を飲み込んだ王女を見て侍女長が言った。
「王女様、谷山様の婿取りを妄想するのはおやめなさい」
睨みつけた王女を諭すように侍女長は続けた。
「例え閣下が許諾されても谷山様が首を縦に振るとは思われませぬ」
気まずい空気の中で神官長がポツリと呟いた。
「王女様、ここはもういつものお言葉で終わらせるしかないのではないでしょうか?少し無理な気もしますが・・」
「いつもの言葉とはなんだ?」
「此度の召喚者は・・・でございます」
王女は少し迷ってからぎこちない声で何とか告げた。
「こ、此度の召喚者はまっこと規格外よのう」
四人は淀みなくこたえた。
「御意」
これで終わりと思った所で、なぜか伯爵が手を上げた。王女は不機嫌そうな顔で聞いた。
「なんだ、どうした伯爵?」
「今日の宴席で印象に残ったものがもう一つございます」
「何じゃ?」
「これでございます」
伯爵が懐から取り出したのはトランプじゃなかったカードだった。
「皆様、お時間はございますか?」
「宰相はいいのか?」
「谷山様はあの場で一緒に見た人間以外に見せてはならぬと仰いましたが、宰相は既に我らが身内であり、一蓮托生でございます。同じ船に乗っているのであれば、沈む時は皆一緒です。あの場での決着を付けたくはないですかな?」
「望むところでございます」
「まずは七並べからじゃ」
「いや、魔王抜きが・・・」
訳の分からない宰相を巻き込んで、一同はカード遊びに興じるのであった。
谷山君の宝石が過大な評価をさらに押し上げたようです。宝石の残り三個はイエローダイアモンド、ベニトアイト、ベキリーブルーガーネットではないかと思われます。