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第322話:ほの暗き地下室で12-2

 大陸の覇者という言葉を聞いたせいか、王女の顔が一挙に明るくなった。

「団地についてはどうじゃ?」

 宰相は首を傾げながらこたえた。

「考え方としては素晴らしいと思いますが、具体的にはどうやって建てるのでしょうか?召喚者の皆さまは大工としての経験も技術も無いように見受けられますが」


 王女は一瞬で青ざめた。

「だ、大丈夫じゃ。谷山様は浚渫の時と同じく、我らが思いもよらぬ方法を考えておられるのだろう」


 神官長が補足した。

「谷山様は、浚渫で得た砂と氷室作りで生まれる土を資材に用い、スラムの住民を使って建設することをお考えのようです」


 王女は想像した。巨大な砂山と土の山の間でぼろ布を着た無数の労働者がひたすら泥団子をこねている。どんどん積み上がっていく泥団子の山、山、山・・・。

 王女は首を左右に振って不吉な妄想を追い払うと告げた。


「砂と土と人足だけではいかな谷山様でも家が建つとは思われぬ。いずれ家作りについて技術的な支援を求める依頼が来るであろう。その際には万全を尽くせ。必要に応じて石工ギルドや木工ギルドから人を派遣するよう手配するのじゃ」

 宰相がこたえた。

「御意」


 王女は続けて聞いた。

「飛竜隊の視察の準備はどうじゃ?」

 伯爵がこたえた。

「いつでも問題ありませぬ。カオル様が訪問されるかもしれないとのことで、隊の士気が大いに上がっております」

「北の飛び地訪問の可否がかかっておるからの。くれぐれもよろしく頼むぞ。それにしても勇者様や聖女様はどうでもいいのか?」


 伯爵は笑顔でこたえた。

「まったく問題ありません。お任せください。うまくいけば国境の砦の慰問にも使えますからな。なに、羽河様も我らが竜を一目見ればその威容に驚き、同意してくださること相違ありませんぞ」


 伯爵は豪快に笑ったが、伯爵以外の人間はみな一抹の不安を感じていた。しかし、それを口に出すのはばかれたので、王女は話題を変えた。

「伯爵、正直に申してみよ。衛士の創設についてはどう思っておるのじゃ?」


 伯爵は真面目な顔でこたえた。

「軍も近衛も本来は他国と戦争するため、あるいは攻められないための部隊でございます。しかし、様々な歴史的な経緯や平和な世が続いたことによってとても軍務とは思われぬことで便利に使われているだけの業務も多数ございます。

 一度それらを切り離して軍務のみに専念したいことに嘘はございません。『俺は軍に入ったのに・・』と考えながらいやいや行ったのでは意味がございませんからな」


 王女は数秒考えてから伯爵に告げた。

「良かろう。軍に残す業務と衛士に渡す業務、軍に残す人員と衛士に振り分ける人員の選別を至急行うが良い」


 王女は宰相を見て言った。

「伯爵と相談して衛士隊の長と副官の候補を至急勘案せよ。現状は軍に新たな一部隊を起こす形になるが、将来的にはどうあるのが良いかも勘案せよ」

「御意」


 宰相が手を上げた。

「なんじゃ」

「確認が一つございます。小規模な荘園の手配を承りましたが、これは一度王家で借り上げてそれを勇者様達に貸し出すということでよろしいでしょうか?」

「うむ、それで問題ない。もちろん勇者様達には無償で貸し出すのじゃ」

「承知しました」


 王女が目配せすると侍女長が自らお茶を入れた。休憩をかねたティータイムだ。伯爵がお茶うけにと供出したのは塩キャラメルだった。

「伯爵、気が利くではないか」

 王女は早速口の中に放り込んで相好を崩した。


「平野様の作るものはすべからく絶品であるな。程よい塩気が甘みを引き立てておる。今日の夜はパフェの夢を見るやもしれぬ。スプーンですくって口に運んだところで夢から覚めるかもしれぬがな。のお侍女長、そちが昨日の宴席で一番印象に残ったのは何じゃ?」

 侍女長はしばらく考えてからこたえた。

「暖房具のプレゼンでしょうか」


 王女は大きく頷いた。

「確かに。あの短期間で炬燵・火鉢・アンカ・湯たんぽ・懐炉と五種類もの見本を作るとか、いかに魔法を使うとはいえ到底考えられぬわ」

 侍女長は頷きながらこたえた。

「五つのうち二つは魔力を必要としないことも素晴らしいと思います。誰が何を必要としているのか、深く深く考えられておられるのでしょう。平野様の作る料理や利根川様の作る酒と同じく、江宮様の作る道具もまた匠の極みというべきです」


 王女は笑顔で同意すると続けた。

「馬車がどのようになるか今から楽しみでならぬわ」

 伯爵が遠慮しながら聞いた。

「部品の点数が千点以上とか、部品番号とかよく理解できなかったのですが」


 侍女長が考えながらこたえた。

「おそらく江宮様は今後馬車が大量生産されることを視野に入れておられるのではないでしょうか?」

「どういうことじゃ」

 なぜか王女が食いついた。


 侍女長は慌てずにこたえた。

「つまり江宮様やその弟子がおらずとも、設計図・仕様書・工具と一定以上のスキルがあればだれでも馬車を作れるようにしているのではないかと思われます」


 王女は感心したように大きく頷くと、神官長を見た。

「ぬしはどうじゃ?」

 神官長はすぐにこたえた。

「何もかも素晴らしいのでどれが一番とか言えませんが、一つだけあげるならば、帰り際にカオル様が王女様にお見せになられた宝石のペンでございます。離れた所から数秒しか見えませんでしたが、はっきり覚えております」


 王女は驚いたように聞いた。

「なんだ、見たのか。どうであった?」

「ダイアモンドでできたペンのように見えました」

「そうであろう、そうであろう。あれはガラスであってダイアモンドではないが。なお、ペンは全部で三種類用意して専用のインキまで作るそうだ」

「何とうらやましい」

「もしあれを通常通り献上したらそのまま宝物庫行きになるであろうな」

「それほどですか?」

「それほどだ。江宮様謹製の品であるぞ。出来ればあれ一本でも良いからそのまま持って帰りたかった」


 王女は顔をしかめると伯爵を見た。

「伯爵はどうじゃ?」

 少しためらってから伯爵はこたえた。

「くだらないことで大変恐縮なのですが、余興が大層面白くございました」

「二人羽織か?青木様と尾上様が演じられた芸であろう?」

「さようでございます」


 一瞬の間をおいてから地下室で笑い声が爆発した。

「あはははは、思い出しただけでなぜこんなに面白いのだ」

 王女が涙を拭きながら叫んだ。

「いひひひひ、私にも分かりません」

 侍女長も叫んだ。

「うふふふふ、止めようと思っても止まらない」

 神官長も涎をたらしながら笑っている。

「えへへへへ、息が、息が出来ない」

 伯爵もギブアップ寸前だ。宰相だけが呆然としていた。


 呼吸が止まる程笑ったのち、ようやく発作が終わった。神官長は顔を伏せ息も絶え絶えのまま呟いた。

「おそらく勇者様の国はこのような芸事の世界でも我らの国より遥かに進んでいるのでしょう」


 王女も顔を伏せたままこたえた。

「さもありなん。あの時吾は笑いながら恐怖にかられておった。このまま死ぬのではないかと思ってな。これは魔法を使った精神攻撃ではないか、笑い殺すとは本当にあったのかと恐れておった。

 体力を使い果たして笑うことが出来なくなってから、タガが外れるとはこのことを言うのだと思った。王族として生まれ、人前で感情のままに行動することを固く禁じられていたが、生まれて初めてそれが外れてしまった瞬間だった。

 いつの日か極限の怒りや憎悪、生の渇望や死の恐怖によってタガが外れる日が来ると思っておったが、まさか笑いによって外れるとは思わなんだ・・」

もう一回だけ続きます。二人羽織は相当のインパクトがあったようです。

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