第317話:王女来襲5-4
ピザに続いて出てきたのはボンゴレビアンコだった。アサリの出汁のうま味に加えて白ワインと黒コショウの香りが効いている。早速質問が始まるかと思ったら違った。
「質問の前にこちらからのお知らせが一つございます」
王女が伯爵を見ると、伯爵は慌ててパスタを飲み込んでから話し始めた。
「北の飛び地への移動手段でございますが、竜籠を用います。竜籠とは文字通り、風竜に運ばせる客車のことでございます。つまり北の飛び地へは馬車や船は用いずに、空を移動します。これによって移動時間を大幅に短縮できますぞ」
俺たちはおもわずどよめいた。だって異世界冒険の象徴というべき竜だもの。間接的とはいえ竜に乗れるのだ。確かにゾンビドラゴンやバハムートは見たが、普通の竜を見たいじゃないか。俺たちの反応を見て伯爵は得意げな顔をして言った。
「王都の空を管轄する飛竜隊に特別な命を出して、北の飛び地との往復とその間の護衛を行わせます。通常は王族のみが利用できる特別な旅となりますぞ」
しかし羽河は冷静だった。
「確かに空を飛べば早いでしょうね。出来れば一度竜と竜籠を見せて頂けませんでしょうか?」
伯爵は余裕たっぷりに頷いた。
「もちろんですとも。飛竜隊は王都近くの秘密の場所に専用の屯所を構えております。皆様をご招待いたしますぞ」
「北の飛び地に行くかどうかは竜を見てから、ということでよろしいでしょうか?」
羽河の問いには王女が答えた。
「それで結構でございます。必ずご納得いただけると思いますわ」
自信に満ちた表情に北の飛び地訪問が確定したことを感じた。王女は続けて言った。
「それでは先日頂いた献策についていくつか質問させてください。まず下水処理場跡を養魚場にするのは素晴らしい発案ですが、なぜ大ナマズなのでしょうか?」
俺は簡単に説明した。
「油で揚げると思いのほか美味であること、悪食で何でも食べるので餌に困らないこと、成長すると一メートルを超えるほど大きくなること、肉だけでなく水の魔石も取れることですね。ちなみに養魚場の周りにはアズの木をたくさん植える予定です」
王女は手を叩いて喜んだ。
「なるほど!アズの実を餌にするのですね。アズの木は春になると薄いピンク色の美しい花が咲きますのよ。もし一面アズの花が咲いたらさぞかしきれいでしょうね」
俺は思わず桜をイメージした。同じことを考えたのか浅野が声を上げた。
「もしかすると花見ができるかもしれないね。それとも歌会が良いかなあ」
工藤がこたえた。
「俺は花見の方が良いな」
「お前は酒が飲みたいだけだろ?」
志摩が指摘すると、工藤は頭を掻いて笑った。
俺から花見や歌会の説明を聞いた王女は納得したのか、感心したような顔で浅野を見た。
「どちらも雅で華やかな催しですわね。何かの折に王家の主催で開きたいものですわ。その際には必ずお招きしますので、是非お越しください」
パスタの次は鯉のから揚げのトマトソースかけが出てきた。普通なら餡かけになるところがトマトソースになっている。中華とイタリアンの融合だろうか?パリパリに揚がっていて、頭まで食べられそう。場が和んだところで王女は続けた。
「次の質問でございますが、都市計画における『衛士』とは端的にどういう職種になるのでしょうか?」
水野が手を上げた。
「国を敵から守るのが兵士ならば、人民の暮らしや都市を守るのが衛士となります。活動範囲は犯罪の予防と取り締まり、防火と消火、交通法規の制定や周知、交通事故の予防と違反の取り締まりなどですね。出来れば堆肥作りや道路の清掃、保健衛生にもかかわって欲しいと思います」
王女の視線を受けて伯爵が答えた。
「ご指摘の職務は現状衛兵や関係部署が行ったり、各ギルドに外注しておりますが、それを一つの組織にまとめる訳ですな。外注はそのまま残したうえで、組織を一つにすればよろしいかと思いますぞ」
王女は不思議そうに聞いた。
「反対しないのですね」
伯爵は頷いて答えた。
「軍の本来の目的は戦うことです。状況によっては武器を捨て降参する敵を切り捨てることさえありまする。冒険者でも護衛や傭兵の仕事は受けない者もおります。護衛をしていて盗賊に襲われたら否応なしに戦わなければなりませんからな。
たいていは慣れるものですが、対人戦闘が苦手な人間にとっての逃げ道があればと常日頃から考えておりました。是非検討させていただきたいと思いますぞ」
良かった。組織改編も含めて前向きに取り組んでもらえるようだ。王女は続けて聞いた。
「特産品の開発、軍用嗜好品の開発、肥料の開発の見込みを教えてください」
最初に発言したのは利根川だった。
「特産品の候補を研究中です。来月には試作品をお見せできると思いますわ」
王女は喜んだ。
「順調ですね。嬉しい限りです。肥料の開発はいかがですか?」
志摩が手を上げた。
「匂い等の問題があるので、肥料の製造は王都の外で行いたいと思います。王都近くの街道沿いで空いている荘園を一つ用意していただけませんでしょうか?小さなもので結構です。商業ギルドさんと打ち合わせてからになりますが、そこで開発も行いたいと思います」
王女は目を見開いて叫んだ。
「すでに製造に関して目途がついているという事ですね。流石ですわ。早速手配しますので、よろしくお願いします」
タイミングよく平野がやってきた。
「軍用の嗜好品の見本が出来ました。デザートには早いですが、味を見てください」
給仕が持ってきた皿には約二センチ四方のサイコロ状の茶色い塊が山盛りになっていた。食べてみると甘くてしょっぱい。塩キャラメルだった。
「これ前からあったよね?」
俺の質問に平野は首を振ってこたえた。
「見た目は同じだけど中身が違う!」
「どこが違うんだ?」
俺の質問に平野は得意げに答えた。
「溶けない!」
簡潔な答えだった。平野によると、真夏の昼間にポケットの中に入れて歩き回っても溶けないそうだ。流石に柔らかくはなるらしいが。試食した伯爵は大喜びだった。即採用だそうだ。
上機嫌の王女様に会食の後に暖房器具の試作品をプレゼンすることを伝えると、さらに喜んでくれた。王女は満面の笑みから一転すると、王族のオーラを放ちながら静かな声で告げた。
「お陰様で懸案については全て解決しました。誠実なご回答ありがとうございます。実は先日ご要望された地下音楽室について提案がございます。問題の地下には非常にデリケートな遺物が埋まっている可能性が高く、そのためお断りしたのですが、条件次第で許諾することが可能になりました」
俺は出来れば続きは聞きたくないなと思ったが、浅野を見ると目を大きく開けて王女を見つめている。俺は羽河と顔を見合わせた。羽河は首を振ったが、浅野の顔を見ると聞かざるを得ない。許してくれと思いながら聞いた。
「条件は?」
王女はすました顔でこたえた。
「条件は一つです。国境の砦の慰問に行って頂けませんでしょうか。兵士たちの前でカオルが歌を披露すれば、士気は上がり砦を維持することが可能になるでしょう」
俺がこたえる前に羽河が発言した。
「条件は分かりました。検討させてください。明日、返答させていただきます」
多分俺も同じことを言ったと思う。王女がにこやかに笑って同意した時、誰かがステージで叫んだ。
「こんばんわー。みんなちょっと聞いてえな」
慌ててステージを見ると、夜神がいた。聞いてないぞ。皆の注目を浴びながら夜神は笑顔で言った。
「夏祭りまであと二日となりました。準備や練習で忙しい皆をねぎらい、体と心を癒すために、三年三組の伝統芸を披露します。青木君、尾上君どうぞ」
二人はちょっと緊張した顔でステージに上がった。いつの間にかピアノの横に小さな机と丸椅子が二つ置いてある。青木は椅子に腰かけ、机の上の大きな上っ張りを羽織ると、大きな声で叫んだ。
「腹減ったなあ。ラーメン一丁!あと水もくれ」
よく見ると、上っ張りの背中側には尾上が隠れていて、袖から出た両手は尾上の手のようだった。これは・・・二人羽織?王女が目を丸くして見つめる中、トレイに乗ってラーメンとコップが運ばれてきた。
「おお、ラーメンと水が来たぞ。ラーメンはトレイの真ん中、コップは右側にあるな。まずは水が飲みたいな」
青木が大きな声で独り言を言うと、右手が恐る恐る動き出した。テーブルを触ったまま右側から静かに動かす。手はコップに当たったが、掴もうとして倒してしまった。トレイの中は水浸しになった。
くすくす笑いが広がる中で青木は言った。
「すまん。水をこぼしてしまった。誰か注いでくれ」
夜神がコップを起こして水を注いだ。
「はい、入れたで。気いつけてや」
「おおありがとう。さあもう一回水を飲むぞ」
青木の声に合わせて右手がもう一度動き出した。今度は見事コップを掴んで持ち上げる。そのまま青木の顔の前まで持ってきたが、鼻に当たって止まった。なぜかそのままコップを傾けていく。青木が絶叫した。
「違う違うそこは口じゃないー」
青木の叫びも空しくコップの水が勢いよく青木の顔面にかかった。青木の悲鳴は皆の笑い声に隠れて聞こえなかった。気になったので王女を見ると大爆笑していた。これなら何とか大丈夫みたいだな。
その後は恒例のラーメン→ショートケーキ→熱いお茶のパターンで締めてくれた。青木は麺を顔のあちこちに付けられ、生クリームだらけになった上に最後は頭から熱いお茶の洗礼を受けた。まあよくやった。食堂にいた全員が笑い転げるという百点満点のステージだったと思う。鉄板ネタとはいえ、最高に面白かった。王女たちも含めて皆惜しみなく拍手した。
野田が休憩から戻ってピアノを弾き出すと、最後の皿になった。メインディッシュは鬼熊のステーキだった。牛とも豚とも鳥とも羊とも違う究極の肉。肉汁したたるのに全然しつこくない。無限に食べられるうまさがある。
付け合わせは食用花のサラダだった。多種多様な花の花びらや蕾を集めていて、赤青黄燈紫桃緑白と色がとんでもなく派手なのに普通においしいという、二重に驚きのサラダだった。
余韻を楽しんでいるとデザートが運ばれてきた。なんとクリームパフェだった。スポンジケーキ、ジャム、緑茶のジェラート、果物、イチゴのジェラート、プリン、生クリームがパフェ用の背の高いグラスの中で層になっている。王女様は見てびっくり、食べてびっくりで大喜びだった。
途中想定外のハプニングは起こったが、王女様には心から楽しんで頂けたようなので大成功だったのではなかろうか。料理も茶碗蒸しをスープと考えたら、イタリアンのフルコースといえなくもないと思う。お茶と一緒に挨拶に来た平野を王女が大激賞していたので、安心して江宮の工房にお誘いしたのであった。
宴席は無事終わりました。地下スタジオの建設と引き換えに国境の砦に行くことになりそうです。まさか地獄の黙示碌みたいにならないよね。それにしても青木と尾上は王族の前でいきなり二人羽織をやるとか、命知らずのチャレンジャー!これぞ本当の冒険者?