第313話:浚渫3日目-2
「そいつら人魚だろ。あんたら大丈夫なのかい?」
近くの荘園で働いている農夫たちだった。俺と小山が人魚に襲われているのではないかと心配したみたいだ。事情を話して安全であることを説明すると、大いに感心してくれた。
「そいつは驚いた。すると舟に乗って行き来しても大丈夫なのか」
「そうだ。ただしこれからは出来るだけ汚水やごみは川に捨てず、水を大事にして欲しい。また人魚とも揉めないで欲しい。でないと川の神に祟られるぞ」
最後の言葉は半分冗談なのだが、男たちは大真面目に頷いた。
「湖の主が後ろに控えているんだろ。分かった。出来るだけお前さんの言うとおりにするよ」
河童や人魚までうんうんと頷いているのが面白かった。
しばらく雑談したのだが、この街道をこのまま北に進むとデホイヤ山脈に至るそうだ。そのまま山と山の隙間を縫ってうねうねと続く道をひたすら上っていき、アマギ峠を越えたらハイランド王国との国境に着くそうだ。アマギ峠か・・・なんだか聞いたことがあるような名前だが、気にしたら負けだ。
農夫たちとの雑談は水不足に対する愚痴を聞いて終わった。本来であれば、夏場一度はまとまった雨が降るらしいのだが・・・。ここでも日照りの影響は大きいようだ。しかし天気ばかりはどうしようもない。気持ちを切り替えて、浚渫を再開した。
空は灰色でどんよりしているが、直射日光が厳しくないので、これはこれでいいかも。ゴールを決めていない船旅はのんびりと続いたが、夕暮れと同時に終了となった。おそらく石切り場近くの三叉路から五十キロほど北上したと思う。
人魚に三日間お世話になったことを感謝して、生姜飴を一袋と族長に渡すよう魔道具(物産展で入手した呪具。多分水に関する魔道具だと思う)を渡した。人魚達は大喜びだった。気前の良い男は大歓迎とのことで、婿に来ないかと誘われたが、丁重にお断りした。
河童にも生姜飴を渡し帰還の呪文を唱える。舟をアイテムボックスに収納し、一反木綿を召喚した。小山と二人乗りで風を受けながら川が東の街道と交差する橋を目指す。無言のフライトだが、気づまりではない。夕日を受ける右の頬が熱い。背中に感じる小山の体温から気をそらそうと、川面の色に注目する。浚渫する前とした後で水の色が変わって見えるのは気のせいだろうか。
橋のたもとで待っていた馬車に乗って宿舎に戻った。ラウンジには鷹町の姿は無かった。召喚はうまくいったのだろうか?待っていた洋子を含めて三人でサイダーで乾杯した。カウンターにいたセリアさんによると、サイダーを作る魔道具が完成して、材料さえ用意したら簡単に作れるようになったそうだ。ついでに自分用にこっそり取っていた宝石を小山と洋子に見せて好きなのを選んでもらった。
「いいの?」
小さな声で聞く小山に三日間の護衛のお礼代わりだと頷くと、遠慮がちに黒と間違えるような濃い紫色のガーネットを選んだ。洋子は貰うのが当たり前みたいな顔で、迷わずアレキサンドリアライトを選んだ。アレキサンドリアライトは光の加減によって赤にも緑にも輝く希少で不思議で帝政ロシアで大人気だった宝石だ。星座の関係で選んだのかな?
アイテムボックスを操作して今日浚渫した砂の仕分けを開始する。そろそろ風呂に行こうかなと思っていたら、江宮と利根川がやってきた。珍しい組み合わせだなと思っていると、用事は別だったみたいで、ジャンケンで勝った江宮から話し始めた。
「ジョーカーのカードが出来たんだ。見てくれるか?」
カードを見て俺は思わず呻いた。そこにはまるで幽鬼のように恐ろしい魔人が描かれていた。
「昨日の晩、飯を食っている時に夜神を見たら、夜神の後ろにこいつが見えたんだ」
俺は息を吐きながらこたえた。
「こいつは悪魔・・・じゃないな。むしろ死神?」
江宮も首を振った。
「俺もそう思う。ただこれじゃあんまりなんでデフォルメしたのがこれだ」
二枚目のカードはかなり可愛くキャラクター化されていたが、不気味でシニカルでニヒルで死を感じさせるのに、どこかおどけた雰囲気があり決して不吉に感じないのが不思議・・・。
「まあこれならなんとか・・・。でも、なんでこれを描くんだ?」
「俺にも分らん。他のを描こうとしてもこれになってしまうんだ」
きっと何か理由があるんだろう。小山も洋子も利根川も反対しなかったので、まあいいか。江宮は一瞬ほっとしたが、すぐに心配そうな顔になった。
「まさか何か変なのに取り憑かれたなんてことないよな?」
「夜神がか?」
黙って頷く江宮に俺は笑顔でこたえた。
「まさかそれはないだろ。生命力の固まりみたいな奴だぞ」
夜神の魔力の高さは平井や鷹町と同等で、俺達の中ではトップクラスだ。密かに「受肉した精霊」なんて言われているほどだ。そいつが霊にとりつかれるなんて・・・ありえるのか?とりあえず今後、それとなく夜神の動向を注意することにした。
利根川の用事はシンプルだった。白衣の内ポケットから差し出した試験管を俺に突き出して叫んだ。
「これと同じのを集めて頂戴」
試験管の底には小指の先位の量の灰色の砂が入っていた。どうやら俺がやった砂の中にこれが入っていたらしい。受け取って返事しようとしたら利根川は消えていた。どうやらこいつも忙しいようだ。
押し付けられた試験管をアイテムボックスに入れて解析すると、花崗岩の一種だった。仕分け済みの砂をもう一度ふるいにかけて、同じものを選り分けるようにする。明日には終わるだろう。
風呂に入ってから食堂に行くと、志摩につかまった。
「すまん。砂だけじゃダメだった」
何のことかと思って聞くと、養魚場の外壁に使う建設資材のことだった。
「貰った砂で建設用の資材を作ったんだけど、砂だけだと脆すぎるんだ。ちょっとした衝撃ですぐに罅が入ってしまう」
強化魔法を使うことも考えたが、資材の段階で強化魔法を使うのは効率が悪すぎる。二人で頭を抱えていると、横から声がかかった。
「土を混ぜたらどうだ。植物繊維もいいけど、土が一番安くて安定的に入手できるぞ」
水野だった。土が接着剤みたいになって、砂が安定するらしい。浚渫して仕分けた物の中に泥(土)があったので、とりあえず百キロ渡したら、「後で試作する」と喜んでくれた。
浚渫は無事終わりました。大量の砂以上にいろいろなものが得られたようです。王女の晩餐は宴会にチェンジしたようです。気軽でいいよね。