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第312話:浚渫3日目ー1

 8月28日、水曜日。今日は曇りだ。曇りだけど雨雲ではないので、雨の気配は無い。風は無く蒸し暑い一日になりそうな予感がする。今日は王女がお越しになられて晩餐の予定だ。ちょっとばかり憂鬱。ランニングが終わってラウンジに戻り、カウンターでジュースを飲みながらアイテムボックスを開いてみた。


 砂の仕分けは終わっていた。水分を完全に抜いたうえでフォルダごとに分けている。もちろん砂が圧倒的に多いけど、それ以外に岩・砂利・木・草葉・土・金属類・ゴミも相当量入っていた。特筆すべきは極少量だけれど水晶・翡翠・ガーネットなどの宝石や砂金・砂鉄・ミスリルなどの鉱石が含まれていたことだろう。遥か遠くの山々から流れてきたのだろうか。


 しみじみ考えながらジュースをお代わりしていると、鷹町がカウンターにやってきた。馬車の予約を頼んだので、声をかける。

「どこか行くのか?」

「うん、昼から城外に出てくる。東の草原に行ってみようかな」


 何をするのか聞いてみたら使い魔の召喚にチャレンジするそうだ。夜神に頼んで召喚の魔法陣を描いてもらったとのこと。召喚士である中原が復帰するまで待てば、と言っていたが、自分の使い魔は自分で召喚したくなったらしい。それにしても、夜神はなぜ召喚の魔法陣を知っているのだろうか?


「召喚するのは分かったが、何で草原まで行くの?」

「だって召喚の条件が『私に最もふさわしい使い魔』なのよ。何が出てくるか分からないでしょ。ドラゴンやワイバーンが出てきたら、宿舎じゃ大変だわ」


 ドラゴンやワイバーンが出てきたら、草原でも大変だと思うが・・・。キャンセルあるいは送り返せば良いと思うが、召喚の魔法は引っ張るだけの一択で、送り返すことはできないそうだ。だから魔法陣を描いた責任からか夜神が付き添ってくれるそうだ。変なカードを引いた時の処理係みたいなものだろうか。嫌な役回りだな。


 食堂に行く途中で江宮に呼ばれた。工房に入ると、生活向上委員会のメンバーが集まっている。

「どうした?」

 羽河が説明してくれた。

「トランプの名前を変えたいの」

「???」


 羽河によると、「トランプ」は日本だけの名称で本来は「カード」あるいは「プレイングカード」と呼ぶそうだ。トランプは元々は「切り札」という意味だとさ。

「丁度良い機会だわ。正しい名前で使うべきだと思うの」

「今更?」

 木田があきれたような声で聞いた。


「みんなが使う分には構わないわ。でも、正式名称は『カード』または『プレイングカード』であること、そして『トランプ』は通称ということで皆の認識を統一したいの。そしてこの世界の人に説明する時は正式名称を使って欲しい」


 羽河の提案に誰も異議を唱えなかったので、朝食の席で羽河が提案することにした。たぶん誰も反対はしないと思う。廊下に出た所で先生に呼ばれた羽河を置いて、俺たちは食堂に行った。


 今日の朝ご飯はベーコン・チーズ・ハーブ入りのクレープだった。トロリと溶けたチーズとハーブの香りが爽やかで、カットフルーツと一緒においしくいただきました。食後の紅茶を飲もうとしたら、遅れてやってきた羽河が話し始めた。


「お知らせです。本日、王女様がお越しになられて晩餐を予定しましたが、変更になりました。王女様に加えてラルフ・エル・ローエン伯爵、イリア・ペンネローブ神官長、商業ギルドのジョージ・サンボン本部長を招いての会食とすることになりました」


 ジョージさんまで加わるとなると晩餐よりかなりフランクな宴席になったような感じがする。何か理由があるのだろうけど、まあいいか。実務者レベルの協議会と考えて懸案事項があればアドリブで進めても問題ないような気がする。


 ざわつく中で羽河は「トランプ→カード」の名称変更を提案した。特に反対する人間はいなかったので、これで終わりかと思ったら、江宮が手を上げた。皆が注目する中で、江宮は顔を赤らめながら立って説明した。


「べ、別に羽河に反対しているんじゃないんだ。羽河とは別の話として聞いて欲しい」

 なんだ、何を話すのかちょっと期待したのにな。明らかに残念そうな顔をしている羽河をおいて江宮は話し始めた。


「昨日、馬車の改善の要求仕様が出来上がった。今日から作業に入るのだけれど、その前にみんなに約束したいことがある。この場を借りて発表したいのだが、良いだろうか?」

 いつになく真剣な顔をした江宮をほぼ全員の拍手で励ました。江宮は深呼吸すると話し始めた。


「俺は馬車を皮切りにこれからもいろいろな物を作っていくと思う。その中でこれだけは作らない、という物を決めたんだ」

 江宮は一呼吸おいてから続けた。


「俺は核物質、ビニール、プラスチックの類は作らない。簡単に再生利用できるもの、あるいは経年で自然に分解されるものを作る。この世界の環境を悪化させるもの、負荷をかけるもの、人や生き物に害を与えるものは決して作らない」


 江宮の熱くて力強い宣言に万雷の拍手が降り注いだ。なぜか俺たちだけでなく、先生や給仕や厨房に入っているこの世界の人たちまで力いっぱい拍手していた。何が通じたのかは分からないが、江宮の気持ちは伝わったのだ。江宮が四方にお辞儀して着席してからも、しばらく拍手は続いた。なんかもうヒーローみたい。


 江宮の非核宣言(そんな大層なものだろうか?流石に核物質は作ろうと思っても無理だと思うが・・・)の余波をしみじみ反芻していると、横に野田が座った。

「どうした?」

「相談があるの」

「俺は音楽は3だったけど」

「そんなのどうでもいいから聞いて」

「分かった」

「行進曲もいろいろあるけど、何かぴったりしないんだよね」


 軍の行進曲で悩んでいるみたい。俺は明るい声で言った。

「クラシック以外にも、星条旗よ永遠なれとか聖者の行進とかいろいろあるじゃないか」

 野田は首を振った。

「その辺も一通り弾いてみたんだけど、どれもぴったりしないの・・・」


 しばらく考えてから言った。

「個人的にはサンダーバードのテーマやYMOのライディーンが好きだけど、ここは何でもありのファンタジーの世界だ。だったら一番ふさわしい曲はあれだと思うんだけど」


 野田は大きく目を見開いて手を叩いた。

「そうだね、そっち方面は全然考えていなかった。ありがとう・・・」

 言い終わるなり立ち上がって走っていった。部屋に戻って早速ピアノに向かうのだろう。なんとかなればいいな。


 羽河・江宮・志摩が話していたので、話しかけた。

「昨日と一昨日浚渫して溜まった砂を仕分けしたんだ。砂の見本いるか?」

 志摩はもちろん必要だが、江宮も欲しいそうなので、江宮の工房に行こうとしたら利根川と羽河までついてきた。


 まずはテーブルの上にでかい皿を出してその上に砂を出した。皆が砂を手に取って確認した。

「粒の大きさにばらつきがあるな」

「日本の砂と変わらないわね。さらさらだ・・・」

「もう少しきめ細かいのがいいな」


 志摩といろいろ話して、粒の大きさで大(直径1~2ミリ)・小(直径1ミリ未満)の二種類に分けることにして早速選別を開始した。明日の朝には終わるだろ。俺は続けて言った。

「砂以外にいろいろあってな。こっちはいるか?」


 テーブルの上にサファイア・ルビー・水晶・翡翠ひすい・ガーネットなどの宝石類(数百個)や砂金・砂鉄・ミスリルやその他の鉱石(銀・銅・鉄など)を大小のバケツに分けて出したら、利根川が宝石のバケツを抱えて叫んだ。


「サファイヤ、ルビー、オパール、水晶、アメジスト、エメラルド、ガーネット、ターコイズ、翡翠、琥珀、トパーズ・・・他にもいろいろあるわね。大きさや品質はばらばらだけど、この量は凄いわ。宝石の見本みたい。砂金と合わせて全部頂戴!他は半分でいいわ」


 とりあえず利根川の頭に拳骨を落としてから平等に分けようとしたが、宝石は江宮は水晶・サファイヤ・ルビー・オパール・エメラルド・翡翠・琥珀・ガーネットを各一~三個、志摩は全種類各一個で良いと言ったのでそれぞれ選んでもらい、残りは全部利根川にやった。喜んだ。


「記念に」と言って羽河と先生(遅れてやってきた)にも俺用から好きな宝石を一個ずつ進呈したら喜んでくれた。ちなみに羽河は血のように赤いルビーを、先生は空のように青いサファイアを選んだ。利根川が「何の記念?」といった顔をしていたが、まあいいだろ。


 砂金・砂鉄・ミスリル・各種鉱石は三人で適当に分けて貰った。なお、砂は志摩しか必要ないと思ったのだが、江宮と利根川も欲しがったので、江宮と利根川にも大・小の砂を見本としてそれぞれ数キロ渡した。いったい何に使うのだろうか?


 砂ともろもろの分配が終わったので、羽河に晩餐が会食に変わった理由を聞いたら、先ほど王女様の使いがやってきて、予定変更を伝えたそうだ。理由は不明。江宮が聞いた。

「ジョージさんが来るなら、暖房器具のプレゼンやってもいいかな?」


 羽河は即座にこたえた。

「もちろんいいわ。話の流れ次第で誰でもなんでも自由に提案して頂戴」

 理由なしの突然の変更にご機嫌斜めのようだ。気持ちは分かるが・・・。


 今日の浚渫は東の街道と川の交差する橋のたもとからスタートした。昨日と同じ体制で始めたのだが、徐々に早くなる川の流れに対抗するための大作戦(?)を発動した。何をやったかというと、浚渫する際に一回吸い込んだ水を舟の後ろから噴き出すようにしたのだ。


 要は水を吐き出すポイントを変更しただけなのだが、効果は絶大だった。目に見えて速度が上がった様な気がする。川幅が狭まったので速度を上げても浚渫に問題は無かった。川幅は50メートル位だが、狭い所では30メートル位しかない。で、そういうところにはたいてい左右の岸のどちらかに緑色の小人がいて石を投げてくるのだ。


 そのたびに小山の弓が炸裂するのだが、中には川に飛び込んでくる奴もいる。水に入れば矢も届かないと思ってのことなのだろうけど、そいつらは人魚が始末してくれた。激しい水しぶきやごぼごぼ湧き上がる大きなあぶくを見て、静かに冥福を祈るのであった。

 俺は特に何をすることも無いので、俺用に取っておいた宝石をアイテムボックスの中でカットしたり磨いたりした。何かに使えるだろ。


 太陽が真上に来た頃、適当な岸辺に寄せて休憩した。山岳地帯に行った時に寄った石切り場に繋がる三叉路の近くみたい。河童と人魚に差し入れ用のホットドッグを渡す。平野から名前を考えてくれと言われていたのを思い出した。デザートのしょうゆの香りが絶品のしょうゆのジェラートを食べ終わっても何も思い浮かばなかった。どうしようか?


 人魚達にもジェラートは好評だった。持って帰りたいと言われたが、すぐ溶けるから無理だというと残念そうな顔をした。そのやり取りが聞こえたのか、突然土手の上から声を掛けられた。

ボートがエンジン付き(?)に進化しました。

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