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第30話:王都偵察

 帰りの馬車の話題は一反木綿だった。一反木綿は、皆乗ってみたいと思う反面、同じ位乗りたくないと思っているようだった。俺も同じ気持ちだ。三メートルの高さとはいえ、あれに乗った冬梅はえらいと思う。


 ハングライダーでもグライダーでもあるいはドラゴンでも、何かしら物理的に頼れるもの=翼や胴体があるじゃない?でも一反木綿ってひらひらの布だけだよ。布だけで飛ぶのはまだ分かるけど、どうやって人を乗せることができるの?


 冬梅は魔法のほうきと思って乗ったと笑ったけど、こいつ見かけによらず度胸があるなあ。それとも自分が召喚したから信頼があるのかな?

 宿舎に着くと俺は佐藤と冬梅に声をかけて食堂前の庭に降りた。


「危ないことは無しで」

 冬梅から切り出してきた。こいつ案外鋭いな。

「好奇心はなんとか、って言うからな。でもやめられないんだろ?」

 佐藤はあきらめたような顔で言った。

「すまん、どうしても一度自分の目で見てみたいんだ」


 冬梅は真剣な顔で言った。

「絶対帰ってくるって約束だよ」

「わかった。そんなに心配するなよ。逆に俺が不安になるじゃないか」

 冬梅は呪文を唱えると一反木綿を召喚した。


「念のため、パスをたにやんにつなぎ変えておくからね。一反木綿、大事な友達だから頼んだよ」

「ワカッタ。コイツトモダチ、ダイジョウブ」

 一反木綿の笑顔が怖かった。パスのつなぎ変えが終わったのか、心臓の鼓動が二重に聞こえるような不思議な感覚にとらわれた。でも不快ではない。例えていうならドラムスがエイトビート、ギターは十六ビートで合奏しているような感じ。


「認識疎外の結界をお前達にかけた。もう誰もお前たちを見ない。まあだからこそ回りには気をつけてな」

 佐藤も分かっていたようだ。俺は黙って一反木綿にまたがると、空に飛びあがった。座り心地は悪くない。ピンと張った丈夫な布にまたがったような感じだ。俺は膝の横の布の端を左右それぞれの手でしっかり握りしめた。この手は降りるまで外せそうにないな。


「宿舎の上をぐるぐる回りながら上昇してくれ」

 一反木綿は螺旋状に高度を上げていった。五十メートル位上昇したところで王宮全体を俯瞰した。下界を見下ろしていると昔の記憶がはい出てきそうになったので、慌てて蓋をした。

 正方形をした王宮の隅に宿舎が、隣の隅に練兵場が見えた。真ん中にはドーム状の屋根を持つ白い巨大な建物があった。


 なんだかそっちには近寄ってはならないような嫌なオーラを感じたので、反対側、つまり北側に向かい、先日の王都見学のルートを空から辿ってみた。当然前回は見られなかった所に目が向くのだが、王宮の北側には高い尖塔を持つ建物とパルテノン神殿のような建物が見えた。あれが神殿か。


 南側の城壁近くは日が差さないせいか、西側も東側もスラムになっていた。廃屋と言うか壊れた家というか雨風をしのぐだけの掘っ立て小屋みたいなところに人がうごめいていた。あれを見ると「まるで人が虫けらのようだ」なんて言う輩も出るかもしれないな。


 スライム処理場の裏もスラムになっているのだが、処理場とスラムの間に高い塀を持つ陰気な建物があった。敷地も結構広かったがあれはなんだろ。

 中央の大広場の上あたりで高く(おそらく百メートル以上)上がって全体を俯瞰してみる。強い風と戦いながら、三百六十度を見ると貰った地図の通りだった。


 ただ、王宮が上半分に入っている関係で、北半分の環状線は上の方に引っ張られている。つまり、二重円の内側の円は北に引っ張られているので、上が楕円で下は円のような感じになっているのが分かった。


 そのままさらに上昇すると、王都を取り巻く地形が見えた。遥か北から大きな川が王都に向かって流れてくる。川は王都の手前で東にカーブし、王都を避けるようにぐるりと半円状に回り込む。


 そして南門から南に伸びる街道と交差すると、そのまま西の方向に流れていくのだ。川と街道が交差する手前の西側は森になっていた。川の両岸には木がずっと立っていた。木と木の間隔がほぼ同じなので、明らかに人工的に植えられたものだと分かる。


 川沿いには、ある程度間隔をあけて、大小さまざまな丸い城壁が何個も見えた。あれが多分荘園なんだろうな。

 農耕にしろ牧畜にしろ、とりあえず水は必須だから川に沿って建てられたのだろう。東と西に向かう街道は、はるか遠くの地平線まで続いていた。そろそろ日が傾いてきたので、外側の城壁沿いにぐるっと回ってみた。城壁の外部は全周が幅十メートル位の道路になっていた。


 北の門からはデホイヤ山脈目指して細い街道が伸びており、途中から川と並行して続いていた。西の大門からは立派な街道が地平線まで続いていた。この先には第二の都市タイゼンがあるのだ。地平線に沈んでいく太陽を生まれて初めて見てちょっと感激した。


 南の大門からはこちらもハニカム山脈目指して街道が伸びているのだが、川と交差する所の西側に広がる森に何かの存在感が感じられた。俺はそいつを見て、そいつは俺を見た。距離など関係ない。そんな感じ。川を挟んだ向こう側にも大きな森が広がっていた。


 後ろを振り返ると、王都の城壁がオレンジ色に染まっていた。西側は強く明るく輝いているのに、東側に行くほど薄く暗くなり、東の端はほとんど影になって見えない。なんだか海の上を夕日に向かって走る船のように見えた。


 東の大門から伸びる街道は、王都の作る楕円形の長い影の中から川を渡って地平線まで伸びていた。この先には第三の都市アストラルがある。

 東西南北全ての街道には街路樹が道を挟んでずっと先まで並んでいた。川や街道沿いに木(多分、杉の木)を植えるのがこの世界の流儀なのだろうか?

 また、東西南の門の傍には直径百メートル位の小さな城壁があった。荘園ではなく何かの施設みたい。


 そういえば、森以外に気になったものが一つあった。南門を出て左側、スライム処理場の裏あたりに直径百メートル位の円形のプールみたいなのが三つあった。

 今は使っていないみたいだが何なんだろ。戻ってもう一度見てみたい気持ちをこらえて宿舎に戻った。


 宿舎の上空に来たので、上りと同じで螺旋状に下降するかと思ったら、戦闘機みたいにほぼ垂直に近い角度で一気に降りたので、悲鳴が出そうになった。地面に激突する直前でブレーキがかかって一周くるりと水平に回ったので安心したが、墜落するかと思ったぜ。心臓に悪いな。


 下では律義に佐藤と冬梅が待っていてくれた。佐藤は術をかけた本人だからなのか、俺が見えるみたいで、声をかける前に術を解いてくれた。

「遅いよ、たにやん」

 早速、冬梅に怒られた。


「すまん、すまん。思ったより時間がかかった」

「どうだった?」

 佐藤も心配していたみたいだ。

「特に見つかった気配はないけど、王宮の上空はなんかあるな。レーダーみたいなのを張っているような気がする」


「大丈夫だとは思うけど、これっきりにしてくれ」

「そうだよ、落ちたら助からないよ」

 すみません。冬梅さん、おっしゃる通りでございます。俺は一反木綿に残りのドーナッツをやりながら謝った。

「オマエ、イイヤツ」


 一反木綿は無邪気に喜びながら還っていった。パスが外れると少し寂しい気持ちがしたのはなぜだろうか?

 冬梅には怒られたけど、俺はどうしても自分の目で王都の全景を一度は見たかったのだ。

 その場でポケットに入れていた王都の地図(見学の時にもらったやつ)を取り出して、ボールペン(召喚された時、ポケットに入っていた)で今見た物、スラム街の位置やスライム処理場の裏の気になる建物に王都の外側の様子などを書き足して説明した。


 二人とも興味津々(きょうみしんしん)だったが、ご飯の時間になったので、今日の話は絶対の秘密にするということで、ひとまず終了。食堂に入ろうとしたら、例の地下室の辺りから筒みたいのが屋根に向かって伸びているので、佐藤に聞いた。

「あれはなんだ?」


 佐藤は笑いながらこたえた。

「煙突だ」

 水蒸気や匂いを逃がすために煙突が必要なのだそうだ。ウイスキー製造は順調に進んでいるみたいだな。


 デッキに上がると、洋子が待っていた。

「なんだか凄く胸騒ぎがするからここで待ってたの」

 怖いくらい真剣な顔だった。

「勝手にいなくなったら絶対に許さないんだから」


 改めて自分がいろんな意味で危ないことをしたのだと反省した。でもさ、俺みたいに特技スキルの無い人間にとって情報は命なんだ。すまん。

 洋子に耳を引っ張られたり足を蹴られながら一生懸命謝りました。洋子の機嫌は晩御飯を食べるまで治らなかった。


 晩御飯のメインは白身魚のフライだった。もちろんタルタルソースも付いている。なんとまたまた三平が釣ってきたらしい。先日とは違うポイント、流れが緩やかになっている所で五十センチ位のなまずを大量に釣り上げたそうだ。

 日本ではあまり馴染みがないが、外国では鯰をフライにしたりソテーにしてよく食べるそうだ。なんとなく泥臭いのでは?と思ったが、全然そんなことは無くておいしかった。


 付け合わせはポテトフライ!薄切り(チップス)やフレンチポテトではなく、皮付きのまま串切りにしたのを素揚げして塩をまぶしただけなのに、塩加減が絶妙でうまかった。ケチャップが付いていたので、言うことなし!百点満点!


 さらにさらにデザートはアップルパイだった。甘さと酸味のバランスが絶妙で、リンガの香りも女の子達に超高評価だった。

 今日の野田の演奏はサティだった。優しく落ち着いた音がどこかでまだ興奮している気持ちを静めてくれた。


 食べながら視線を感じたので、視線のもとを見てみるとメアリー先生がいた。隅のテーブルで浅野たちと紅茶を飲んでいる。なんとなくやばい予感がして胃の辺りがズーンと重くなった。食器を戻すついでに平野にドーナッツの礼を言っておく。


「平野、ありがとう。おかげでいろいろ助かった」

「ヒデがまたなんかやらかしたんだって?」

「そうなんだよ。でもあれのお陰で丸く収まった」

「あはは。それじゃあ今度はきび団子でも作ろうか?」

「ぜひ頼む」


 平野はまた笑うと、珍しく頼みごとをしてきた。

「フォークとナイフもいいんだけどさ、やっぱりおはしが欲しい。材料になるものを探してくれない?」

 俺が嫌と言う訳はない。二つ返事でOKした。ついでにあれも頼んでおこう。

「平野、今度は是非ポテトチップスを作ってくれ」

「まかせて!」


 平野はへたくそなウインクで笑わせてくれた。厨房と食堂の下は地下室になっていて、魔法を使った低温かつ定温の貯蔵庫になっているそうだ。

 食材の中にはジャガイモも山積みされているらしい。ハイランド王国ほどではないが、ミドガルト王国もジャガイモが良く取れるんだって。話が終わったので帰ろうとしたら予想通り声をかけられた。

主人公はクラスが無いので苦労しています。

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