第304話:4回目の湖沼地帯2
相撲大会の参加者は河童、俺、冬梅、騎士四人と小山になった。トーナメントにするために八人必要なのだがどうしようと言ったら、小山が手を上げたのだ。大丈夫かな?もちろんこの世界では女は駄目、という決まりは無いので問題なし。行事は平井に頼んだ。
一回戦の組み合わせは河童×騎士A、俺×騎士B、冬梅×騎士C、小山×騎士Dにした。騎士AとDがすごくやりにくそうなんだけど、優勝者には景品が出すことを提案すると一気にやる気になった。現金だな。
騎士は全員相撲を知っていたので、直径五メートルほどの円を砂浜に描いて土俵代わりにした。前にここで奉納試合をした際(初代横綱:花山)、参加した騎士が近衛兵の中で広めたらしい。
比較的安全に体を鍛えることができるし、気晴らしにもなるということで、上層部も推奨しているそうだ。俺も冬梅も荒事はさっぱりなので、一回戦を勝ち上がったのは、河童、騎士B、騎士C、小山だった。冬梅を応援した一条が残念そうな顔をしているけど仕方ないだろ。
まあ、よく考えると順当だと思う。河童は体は小さいけど、なんせ妖怪だからな。小山は流石忍者というか、変幻自在の動きで相手を翻弄して勝利した。騎士Dは必死になって小山を追いかけまわし、なんとか土俵際まで追い込んだのだが、一瞬で体を入れ替えられ、背中をポンと一押しされて土俵の外に足を踏み出してしまった。騎士Dは勝利を確信していたのに、あっけなく負けたことが信じられないみたいな顔をしていた。
準決勝は河童×騎士B、騎士C×小山だった。河童は純粋に相撲が強いだけでなくその体の小ささが逆に強みになっている。体格が良く背が高い騎士からすると、自分の約半分の背丈しかない河童はとてもとても組みづらいのだ。一回戦と同じく河童は低い体勢から躊躇なく騎士Bの前足を取り、そこで勝負は決まった。
小山も一回戦と同じく、多彩なフェイントとスピードで騎士Cを圧倒し、最後は押し出しで勝った。一回も相手にまともに組ませなかった。流石だな。決勝は河童×小山、つまりは妖怪×忍者という訳の分からない組み合わせになった。
何故か河童に呼ばれたので、冷たいお茶を皿に注いだ。ボクシングのセコンドみたい。河童は大きく息をすると独り言のように呟いた。
「あの女は厄介だ。お天道様を味方にしてやがる」
俺も独り言のように呟いた。
「そこを何とかするのが妖怪魂だろ」
河童は静かに頷いた。自分で言ってなんだが、意味がさっぱり分かりません。
戦いは白熱した。高度なフェイントの応酬の末、一瞬のスキを突いた飛び込み両足タックルが決まって、押し出しで河童の勝ちになった。これって相撲だよね?という微妙な終わり方であるが、平井の軍配(近くに生えていた木の葉っぱ)が上がったので、いいのだ。尻もちをついた格好の小山は残念そうな顔をしていた。
皆の盛大な拍手を受けて河童は誇らしそうな顔をしている。その顔を見ながら「良くやった」という気持ちと同時に「俺は何をやっているのだろう?」という気持ちが湧いても仕方ないと思う。
賞品の日傘と副賞のズッキーニ十本を渡すと河童は大喜びだった。ついでに「三太郎」という名前を付けてやった。日傘に名前を書いてやると涙を流して喜んでくれた。せっかくだから名前の横に「第二代目横綱」と入れておこう。
相撲観劇の間に残り三本の薬酒を飲んだキングタートルが吠えた。河童の通訳によると「天晴である。皆良く頑張った。感動した」そうだ。さらに「前回我の頭に乗った女子がおるが、今回は良いのか?」とのこと。随分ご機嫌のようだ。
平井は当然手を上げたが、小山も手を上げたので、二人とも乗せて貰うことにした。平井と小山は身軽に頭に飛び乗ると、キングタートルは静かに後退した。ある程度深くなったところで回頭し、湖を泳ぎ出した。
酔っているのか、目は充血して真っ赤だ。持ち上げた頭はピンク色にうっすら染まっていた。その上には少女が二人。一人は立って、もう一人は座っている。立っているのは当然平井で、手を前で組んで大きな声で笑っていた。嬉しいみたいだな。
ピンクの亀頭に乗る少女二人はどこにイクのか?なんて下らないことを考えている場合ではない。俺は冬梅に頼んで一反木綿をよび出してもらい、二人を迎えにやった。
一反木綿に乗って戻ってきた平井は上機嫌だった。小山も楽しかったみたいで「大蝦蟇とは全然違う」と話していた。沖でキングタートルがウオオンと叫んだ。河童によると、「今年は雨が少なくて湖の水位が下がり困っている。可能ならば何とかせよ」と言っているらしいが、そんなの無理だよ。それにしても水不足の影響がここにも出ているのか・・・。
キングタートルは酒しか飲まなかったので、大量のつまみが浜辺に放置されている。樽の残骸を収納するために水辺に寄ったら、人魚が話しかけてきた。言霊では翻訳されないので、河童に通訳してもらう。
「そこに残っているご馳走を食べていいか?と聞いている」
「いいぞ」
持って帰るつもりはなかったので即答したら、大歓声と共に百人を超える人魚の集団が押し寄せてきた。静かな湖面から激しい水しぶきと同時に緑色の軍団が突然現れたので、ちょっとびっくりというか、怖かった。
人魚は仲良く分け合いながらガツガツ食っている。どうせなので余った薬酒を一樽出すと、最初の歓声を上回る大喜びだった。流石に七十度を生で飲むのはつらいと思うので、薄めて飲むために女神の森の泉の水を二樽つけてやった。これで大丈夫だろ。霊験明らかな水を飲んで、人魚たちの宴はさらに盛り上がった。なぜだか河童も酒盛りに混じっている。
青い顔が紅潮して紫色になった人魚がやってきた。ワカメみたいにのたうつ髪に血走った目がなんか気色悪い。他の人魚と体格は変わらないが、威厳みたいなのを感じる。ひょっとしてえらい人?河童によるとこの湖の人魚の長なんだって。せっかくなので、通訳してもらう。
「美味なる食事と極上の酒と水のふるまいに深く感謝する」
「明日から黒の森と女神の森の間を流れる川に堆積した砂の採取をする予定なんだ。川の水が一時的に汚れたり、うるさいかもしれないが我慢して欲しい」
「さきほど湖の主から話は聞いた。了解している。お前たちの身の安全は保証しよう」
良かった。トップから現場まで話が通じたということだな。でも、念のためもう一歩詰めておこう。
「人族と人魚の友好のために贈り物を持ってきた」
俺は前に作った十カラットのダイヤの試作品の残りから一番ましな一個を手渡した。ちょっと雑だがちゃんとカットもしてある。
己が手の平に乗せられた太陽の光を封じ込めたようなダイヤモンドの輝きに長は言葉を無くした。そして大きく息を吐くと俺の目を見つめて言った。
「たにやまよ、この世にまたとない貴重な宝物を我らに贈るというのか。分かった。人魚の長として今後我が一族は人族を襲わないことを約束しよう」
長はヘンテコなハンドサインをしてから宴に戻った。
「凄かったね」
俺たちのやり取りを見て感心したのは三平だ。こいつは俺たちが相撲を取っている間、ずっと釣りをしていたそうだ。
「たにやんも平井さんも平野さんからオーダー入っているよ」
俺は貝類、平井はストーンクラブ・マッドクラブ・ジャイアントロブスターだそうだ。早速アイテムボックスを使って辺り一面の砂を収納すると、アサリ・蛤などの貝類と、ストーンクラブ・マッドクラブ・ジャイアントロブスターなどがはじき出された。砂に潜って隠れていたみたい。
蟹やロブスターは平井や一条に任せて、俺は食べられる貝を選んで(小さいのはパスした)強制収納した。これは新しく見つけた機能で、原始的な生物であれば気絶させて仮死状態で収納することができる。動物は駄目みたいだけど、便利だろ?
貝の収穫が終わったので砂を元通りにしてから、平井や一条が仕留めたストーンクラブ・マッドクラブ・ジャイアントロブスターを収納した。全て一撃で倒しているのは流石だな。人魚も河童もおすそ分けを貰ったようで、マッドクラブを殻ごとバリバリ貪り食っていた。ワイルドだな。
そろそろ日が西に傾いてきたので、帰ることにした。河童は日傘とズッキーニに加えジャイアントロブスターまで抱えて、嬉しそうに笑っている。悪いけど、なんか不気味だぜ。
「三太郎、またな」
「おお・・・」
別れはあっさりしたものだ。冬梅の呪文と共に、河童はあっちの世界に帰っていった。人魚たちにも別れの挨拶をしておく。
夕日を背にして馬車はポクポク進む。俺は小山と三平に挟まれていた。これが車だったらきっと居眠りしていただろうな。日常的に馬車に乗っている人は、きっと鉄の尻を持っているのだろう。馬車が遅いのは馬の体力や馬車の耐久力だけでなく、乗り心地の問題(現在の速度が乗り心地面での限界)があることを改めて痛感した。
接待(酒と相撲)のお陰で湖の主から浚渫の許可が出ました。やっぱ現場の根回しって大事だよね。