第303話:4回目の湖沼地帯1
そういえばそうだった。厨房に戻っていく平野の後ろ姿をぼんやり見ながらお茶を飲んでいると、羽河が立ち上がって王家からの依頼に対する返事と都市計画について皆に報告した。翻訳が終わったので、今日先生経由で献上と回答するそうだ。
王家に献上する都市計画の概要は、交通法規の制定、保健所・交番・消防署・公衆トイレ・たい肥センターの設置、衛士の制定、賃貸アパートの提供だった。
続いて王家からの依頼に対する回答は、以下の通り。
・やります:特産品の開発、暖房器具の開発、肥料の開発(たい肥センター)、軍の行進曲の作曲、軍用嗜好品の開発
・検討します:下水処理場跡の再開発(大ナマズの養殖場)、西門横の工場跡の再開発(団地&遊園地&魔物園)、北の飛び地の訪問(移動手段を確認する質問状を添付)
・困難です(やりません):干ばつの対策、トリヒドの捜索と捕獲、誘拐事件の捜査、国境の砦の慰問
報告に続いて新規プロジェクトのリーダーを募集したところ、暖房器具の開発は江宮、特産品の開発は利根川、軍の行進曲の作曲は野田、軍用嗜好品の開発は平野が手を上げてくれた。利根川が手を上げたのが意外だが、工房の新設を進めたい利根川にしたら渡りに船かもしれないな。
肥料の開発(たい肥センター)については、たい肥の作り方を商業ギルドに公開して一任することにした。また、暖房器具の開発については志摩から意見が出た。
「庶民用の暖房器具とすれば薪しかないと思うが、薪を焼いた後にできる灰の回収プロジェクトも同時に立ち上げた方が良いと思う」
クラスの半分は意味が分からなかったみたいなので、志摩が補足してくれた。
「木や炭を燃やした後に出来る灰は良い肥料になるんだ」
流石は庄屋の家系だな。たい肥の作り方の情報開示と回収プロジェクトも含めて商業ギルドとの交渉は志摩に一任することになった。
俺からもスタジオと楽器庫の新設を検討していることを報告した。勝手ながら工藤をリーダーに指名したことを報告すると、みんな手を叩いて賛成してくれた。一安心だぜ。浅野や野田も喜んでいる。先生も拍手していたので大丈夫だろう。
ご飯を食べてラウンジでのんびりしていると、浅野と木田と野田がやってきた。慌ただしく打ち合わせると浅野と野田は外に出て行った。孤児院に行くみたい。見送った木田によると、本番まで毎日練習に付き合うそうだ。きっと何か企んでいるな。
しばらくすると小山がやってきた。お茶を飲みながら夏祭りで披露する殺陣の話をしていると、冬梅と一条もやってきた。みんな準備OKみたいなので、お弁当を貰いに行こうとしたら、三平と平井を連れて平野がやってきた。
「はい、お弁当と献上品。二人の分も入っているよ」
アイテムボックス経由で渡されるので、握手するだけで終わりなのだけど、水産物の期待みたいなのが手の平から伝わってきた。それにしても二人とも同伴希望?釣りキチの三平は分かるけど、なぜ平井がいるのだろうか?平井はにっこり微笑んだ。
「暇なの。私も連れて行って」
「いいけど、たぶん何もすることが無いと思うぞ」
「いいの。蟹と戯れているわ」
石川啄木の「われ泣きぬれて蟹とたはむる」のことだろうか?平井の場合は「われ笑いながら蟹を虐殺す」の方が正しいと思うのだが、何も言うまい。小山によると殺陣は既に仕上がっており、本番までやることが無いそうだ。俺たちは護衛の馬車一台と共に出発した。
西門から城外に出て西の街道を一時間ほど(地球時間で二時間)進み、大きな川を渡った所で俺たちは馬車を止めた。西に向かって左側、即ち南から湿気を帯びた空気が流れてくる。ここは湖沼地帯の入り口なのだ。
少し早いが、休憩をかねてお昼ご飯を食べることにした。メニューはなんと冷たいうどんだった。それもいつもの博多風の柔らかいうどんではなく、讃岐風の腰が強い麺だった。舌で味わうというよりも、つるつるした麺の噛み応えや喉越しを楽しむ感じ。いわば麺が主役のうどんなのだ。
当然スープは付いておらず、好みの量の醤油をぶっかけて食べるのだが、葱・生姜・大葉・ゴマをはじめとする各種香味野菜、さらにオクラやきのこを細かく刻んだものやとろろが用意されていた。
これだけではたんぱく質が不足するので、細かく刻んだオーク肉を甘辛く煮詰めたものや卵をそぼろにしたものもあった。ギラギラの日差しを遮るターフの下で味わうぶっかけうどんは、まさしく真夏のごちそうだった。
デザートはうどんに合わせたのか、黒豆のジェラートだった。和と洋の中庸のようなデザートが不思議な感じでうまかった。
お茶を飲んで一息入れてから冬梅に河童を召喚して貰う。呼び出された河童は中天に輝く太陽を見て叫んだ。
「真夏の真昼間に河童をよび出して何をさせる気だ?あっという間に皿が渇いて割れてしまう。河童の日干しなんぞうまくないぞ」
俺は首を振って日傘と冷たく冷やしたズッキーニを一本差し出した。
「まずは湖までの案内を頼む。湖に着くまでの辛抱だ」
河童はズッキーニを奪い取ると、あっという間に食べてしまった。デザート代わりに頭頂部の皿に冷たいお茶をかけてやると、気持ちよさそうに目を閉じて言った。
「分かった。しょうがないから特別に付き合ってやるぜ」
俺たちは護衛の騎士六人のうち四人を連れて出発した。むろん先頭は河童だ。日傘をさしているのだが、偶然なのか、日傘の色が薄い緑色!なんかこう河童に似合っている。後ろで「ファンタジーだな」と冬梅がつぶやいた。どうして?それにしても草に隠れた細い水路に出会う度に教えてくれるのは助かるな。水の匂いと音で分かるらしい。
砂浜に着くと、河童は日傘を放り出して湖に突撃した。そのままジャンプして水に飛び込み大喜びで泳いでいる。三平が追っかけるように走って釣りを始めた。気のせいかもしれないが、水が遠くなったというか、砂浜が広がった様な気がする。それとストーンクラブが擬装した岩が全然なかった。マッドクラブも見当たらない。どうしたのだろうか?
俺は日傘を拾うとみんなとターフを張り、冬梅に頼んで河童を呼び戻した。
「お楽しみの所を申し訳ないが、ちょいと使いを頼む」
「なんだ?」
「人魚を通して湖の主を呼んでくれ」
「用件は?」
「お願いがあり献上品を持って参上した、と伝えてくれ」
「分かった」
河童は再び湖に飛び込んだ。かなりの時間待っていると、おなじみの人魚を連れて戻ってきた。その後ろでは小さな島が動いている。西の湖の主ことキングタートルが来てくれたみたい。なんかこう、機嫌悪そうな雰囲気が漂っている。文字通り雷が落ちそうな感じ。まずいかも?
河童はあっけらかんとした顔で報告した。
「昼寝していたのを無理やり起こしたからな。多分、いや絶対に機嫌が悪いぞ。人魚が心配している。あと、浅野がいないか聞いている」
河童の後ろで人魚が頷いている。顔が青ざめているかもしれないが、もともとが青いので良く分からない。
「分かった。ありがとうな。浅野は今日は来ていないと言ってくれ」
人魚たちがあからさまにがっかりしていたが、俺は気にせず献上品、即ち七十度の薬酒七樽とつまみを各種、浜辺に山盛り並べた。そしてキングタートルに向かって叫んだ。
「キングタートル様、お休みのところ申し訳ございません。タニヤマでございます。本日はお願いがございまして参上しました。まずはこちらの品を献上します」
キングタートルは砂浜ぎりぎりまで乗り上げると俺の顔を見た。で、でかい・・・。頭だけで二階建てバスの半分位の大きさがある。気を抜くと突風のような鼻息で草地まで吹き飛ばされそうだ。どうぞと言う暇もなく、濃いピンク色の舌が薬酒の樽に巻き付いた。そのまま樽を口の中に引っ張り込む。口が閉じるとバキッという音が響いた。
砂浜に吐き出された樽の残骸を見て、貧乏人である俺は、樽って結構高いんだよな、もったいないなと考えてしまった。
数秒後キングタートルの顔が緩んだ。そのまま、二本目三本目と続けざまに飲んで、四本目が終わった所で首をもちあげ大きく口を開けた。反射的に耳を手で覆うと地鳴りのような轟音と共に口から特大の真っ青な火炎が噴き出した。白い雲を真っ二つにするような勢いで空を焦がしていく。あ、熱い・・・。
色からすると炎の温度は軽く千度を超えているだろう。平井が目を丸くしていた。射線から外れているし、十分離れているはずなのにまるで溶鉱炉の前に立ったように熱かった。数十秒後、炎がおさまるとキングタートルが吠えた。
「ウオオオオン・・・」
・・・耳が痛いぜ。河童が通訳してくれた。
「久々に青い炎が吐けて満足したそうだ。願い事は何かだってさ」
俺は耳から手を放しながらこたえた。
「この湖に流れ込む川の浚渫をすることを許してほしい」
俺の申し出を聞いて再びキングタートルが吠えた。早速河童に通訳してもらう。
「極上の酒である。吾が酔えるほどの量も素晴らしい。川の掃除はぜひやってくれ。代わりにこの湖につながる川四本での人の安全を保証する、だってさ。知能ある魔物に下知するそうだ」
今後川を安全に使えるのであれば、これは望外の大成功かもしれない。続けて河童は言った。
「前回やった相撲をまた見せて欲しいそうだ」
まあ相撲って日本建国の神話にも出てくる由緒正しい神事なので、やるべきだろう。
久々の遠征です。なのになぜまた相撲?




