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第300話:ネーデルティア共和国物産展

 俺は洋子・ヒデ・初音・一条・冬梅にお世話係のセリアさんと商業ギルドから派遣された若手ダンカンさんと一緒に出発した。集合時間の8時半(日本時間で17時)までは自由時間だ。


 小太り&天然パーマで人の良さそうなダンカンさんはガイド兼荷物持ち(アイテムボックス持ち)でお財布係兼任なのだが、どちらかというと俺たちと直接の取引を狙っている他のギルドや商会との接触を防ぐのが目的なんだろうな。


 貴賓席のテントを出て物産展の会場に入ると色と音と匂いが爆発していた。ネーデルティア共和国の物産展はハイランド王国のとは全然違っていた。まず一軒一軒のお店が小さい(狭い店では間口約一メートル半)代わりに、店舗数が圧倒的に多い。


 業種や商品等によるエリア分けは皆無で、武器屋の横に果物屋が並んでいたりする。商品の並べ方や展示方法も店ごとに異なっていて統一感は皆無。売り子の人間も大きいの小さいの太った奴ガリガリに痩せた奴、肌の色も真っ白から真っ黒まで様々、目や髪は色見本をばらまいたように鮮やかだった。


 とにかく何がどこにあるか全く予想できない、一言で言うなら混沌カオス!お店によっては上から下まで隙間なく壁のように商品を詰め込んでいるので、圧迫感すら感じる。ハイランド王国のがデパートなら、ネーデルティア共和国の物産展は年末の大晦日おおみそかの市場みたいだった。


 活気があるというか、両側の店から次々とかけられる声から「うちの店を見てくれ、買ってくれ!」という熱意がダイレクトに伝わってくる。来場者が多いのか、通路が狭いからか分からないが、通路は人でごった返していた。とりあえずスリ対策で財布を含め皆の貴重品は俺が預かりアイテムボックスに収納した。


 爆発したような色と匂いと音に溢れた東南アジアの市場のようだった。俺とヒデはお祭りごとが好きだし、一条も苦手じゃないみたいだが、洋子と冬梅と初音は苦手みたい。洋子は匂いが、冬梅は人混みが、初音はうるさいのが駄目みたいだ。


 ダンカンさんとセリアさんによると、ハイランド王国との違いは国の成り立ちによる違いなのだそうだ。ハイランド王国は王政による統一国家であるが、ネーデルティア共和国は主権を有する18の国と5つの自治州から構成され、それぞれ気候・民族・歴史・言語・文化・宗教・風土が異なっている。


 共和国の基盤になっているのは相互不可侵の原則と他国からの侵略に対する共同防衛の義務、そして共和国公用の言語・通貨・国旗だけだ。もちろん、それぞれの国ごとの言語・通貨・国旗もあるので、厳密にいうとネーデルティア共和国人は存在しない。彼らは「俺は(ネーデルティア共和国に属する)〇△□国人だ」とれぞれの母国を名乗るのだ。


 ネーデルティア共和国には熱帯から温帯・砂漠・草原・高緯度の山岳地帯まで実質23もの国があり、そこから生まれる多種多様な特産物がこの市場の混沌カオスを生み出しているのだろう。


 店割りも適当なのか、通路は真っすぐではなくぐしゃぐしゃに曲がっていて、まるで迷路のようだった。もし俺達だけで回っていたら開始十分で迷子になったかもしれない。見かけによらず有能なダンカンさんが、ジャンル(食品・果物・菓子・雑貨・装飾品・宝石・衣服・武具・酒・美術品・動植物など)ごとにお勧めの店を順番に案内してくれたので助かった。


 途中、市場の真ん中に設営されたフードコートみたいな広場で飲んだ真っ赤なトロピカルジュース(これもダンカンさんのお勧め)が爽やかかつ濃厚で旨かった。つめたく冷やしてあったので、最高だった。


 洋子も初音も雑貨や装飾品や衣服の店は一条と一緒に夢中で漁って、何に使うのか良く分からない道具(セリアさんのお勧め)・金銀のアクセサリー・アラビア風の白いドレスなどを買っていた。


 ヒデは武器屋にはまって打撃系の武器を入念に選んでいた。最後に選んだのは釘バットのような武器と、長さ二メートル位で断面が八角形になった金棒だった。どちらも大変お似合いでした。お前は武闘派ヤンキーか?それとも鬼か?


 冬梅は終始一条に影のように寄り添っていた。若干顔が青いような気がするのは気のせいだろう。女の買い物に付き合う怖さを思い知れ。「冬梅は我慢を覚えた」と言う文字が浮かんでいるような気がした。一条に対するプレゼント以外に冬梅が購入したのは、古物商みたいなところで見つけた水墨画みたいな絵と短い文章が書いてある巻物だった。妖怪アンテナに反応したそうだ。大丈夫かな?


 いつも面倒を見てくれるお礼にと小さな銀のアクセサリーを買ってセリアさんに贈ったら、大喜びしてくれた。もちろん洋子には別のを買ったので、蹴られることはなかった。自分用にはラム酒みたいな酒と泡盛みたいな酒を各一ダース、お土産用に面白そうな雑貨とアクセサリーを山ほど買った。


 ダンカンさんお勧めのお店を回り終わり、みんな満足したようだったので貴賓席のテントに戻った。全員ではないが、クレイモア・炎の剣・アドベンチャーズご一行が優雅にお茶を飲んでいた。ガーディアンはまだみたい。


 市場の中でどこのパーティとも会わなかったのか不思議に思ったのでダンカンさんに聞いてみたら、パーティ毎にお店や回る順番を細かく変えていたそうだ。どうりで・・・。利根川も魔道具や素材の店で薬草や鉱物・宝石を山ほど仕入れたそうだ。


 出発までまだ時間があるそうなので、俺はダンカンさんの案内でチケット持っている人だけが入れる関係者エリアに行ってみた。

 関係者エリアの中はネーデルティア共和国の大手商会が軒を連ねていた。王侯貴族や大金持ちを対象にした高級品や貴重品と思しき商品が整然と並べられている。さらに奥では高級奴隷や特殊な嗜好品を扱っているそうだが、さすがにそこは遠慮した。


 衣服や装飾品だけでなく、果物や菓子の類も見た目からして立派で、市場のものとは別の種類みたいに見えた。確かにこういうのはあの市場では売れないだろう。色んな意味で。


 展示スペースの裏には商談スペースがあるそうで、こっちの国の商会や貴族の番頭みたいな人が出入りしていた。ネーデルティア共和国の商人も物産展の後に空荷で帰るのももったいないので、逆にミドガルト王国の物資を売り込む場にもなっているようだ。

「全部買うわ!」

 利根川によく似た声が聞こえたような気がするが、きっと気のせいだ。


 一通り回ったのだけれど、貴族様向けのデパートみたいな感じ。特に宝飾品や美術品がすごかった。素人目にも作りが無駄に細かいというか、偏執狂的なこだわりが感じられる。並んでいる商品の質の高さには恐れ入ったが、特に欲しいものが無かったので、花屋と喫茶店を兼ねたような店に入った。


 半円形の店の壁沿いには背の高い観葉植物や色鮮やかなの原色の花の鉢がずらりと並んでいて、南国情緒に溢れていた。奥のテーブルには平野・利根川・江宮・佐藤・水野・工藤と疲れた顔のギルド員が三人座っていた。


 皆に近づいて気が付いた。心が沸き立つような懐かしい匂いがする。俺は皆の前にあるカップに注目した。漆黒の液体が揺れている。これは何だ?利根川がウインクしながら教えてくれた。


「コーヒーよ。驚いた?」

 俺は無言でテーブルに駆け寄った。一番近くにいた平野のコップに顔を寄せたら確かにコーヒーの香りだった。


 給仕に無言で指さして注文してから席に着いた。平野が説明してくれた。

「これも勇者の遺産らしいわ。焙煎した豆を煮だして作っているみたい。とりあえず焙煎する前の豆を売ってくれるだけ全部買い取ったわ」


 江宮が続けて話した。

「豆の種類が幾つかあってな、今飲んでいるのは『青山ブルーマウンテン』というブランドだそうだ。美しくて神秘的な山らしい」


 俺は聞いた。

「焙煎とかミルとかどうするんだ?」

 江宮はにやりと笑いながら答えた。

「大丈夫。必要な道具は全部作るさ。まずはネル式だな。いずれはコーヒーメーカーまで作るかな」

「エスプレッソマシンもお願い」


 平野のリクエストに江宮は笑顔でこたえた。伊達だてに喫茶店でバイトしていなかったということか・・。運ばれてきたコーヒーを口元に持ってきてまずは香りを確かめる。本物の深い香りを胸いっぱい吸い込むと、懐かしさのあまり涙が出そうだった。


 にこにこ笑っている利根川と平野によると、今回はコーヒー以外にも多大な収穫があったそうだ。詳しく聞こうとしたら、今後のお楽しみだって。文句を言おうとしたら、水野が一つだけ教えてくれた。


 王家からの要望に出てきた「北の飛び地」ことトンチンカン湾地方からの出店があったそうだ。ハイランド王国の物産展に混ざるわけにはいかないので、様々な伝手を頼ってこっちの物産展に出店しているとのこと。


 水野によるとトンチンカン湾は雄大な湾の中心に流れ込むオノロフ川の水の匂いを嫌って海生の魔物が寄り付かず、逆に塩分が苦手な淡水生の魔物も来ない。安全に漁ができるので、この大陸きっての漁業の街なのだそうだ。


 肝心の商品だが、もちろん海産物がメインでメザシ・鰹節かつおぶし・干しエビや貝類を含めた各種干物・海塩を買い付けたとのこと。これで出汁だしの問題はほぼ解決したのではなかろうか。


 あっというまに飲んでしまったコーヒーをお代わりしようとしたら、江宮に止められた。お勧めの紅茶があるそうだ。ネーデルティア共和国の高原地帯には特級のお茶の産地があるそうで、王家御用達の逸品が揃っているそうだ。江宮によると品質的には英国の有名ブランドと比べても遜色ないらしい。


 進められるまま注文した紅茶が目の前に置かれた。カップから湧き上がるこの香りは・・・アールグレイ?驚いて江宮を見ると、利根川が説明してくれた。

「フレーバーティよ。これ以外ではダージリンみたいなのとアッサムぽいのがお勧めね」


 俺は給仕に頼んで手軽なサイズの紅茶缶を種類を問わず買えるだけ買った。全部で百個位?なんと一缶銀貨一枚(千ペリカ)だそうだが、問題なし!良い買い物をした、と一人満足していると工藤が話しかけてきた。


「この店、観葉植物や花を並べているだろ。全部売り物だそうだ。お買い上げすると、明日指定の場所に届けてくれるんだって」

 残念ながら俺には花を愛でる趣味はない。黙って首を振った俺に工藤は隅っこの鉢を指さした。なぜだかその鉢だけ鉄柵に囲まれている。


「あれ、トリヒドだそうだ」

 俺は椅子を倒しながら立ち上がると、一気に駆け寄った。いやあ、まさかこんなに早く本物を見れるとは思わなかったぜ。柵に顔を押し付けて見ようとしたら、後ろから強い力で引っ張られた。


「何すんだよ!」

 思わず文句を言った俺の頬を何かが掠めた。横目で見るとハエトリグサの先端みたいなのが、柵の間から十センチ位飛び出していた。


 工藤が淡々と説明してくれた。

「鞭毛に麻痺毒があってな、掠っただけでも動けなくなるそうだ。獲物が倒れたら三本の根を足代わりに獲物の身体の上に移動して養分を吸収するらしい。進化した食虫植物みたいなものかな?植物なのに移動できるというところが魔物そのものだな」


 俺は改めて高さ五十センチ位の緑色のサボテンのような緑色の植物を見た。頭頂部ではハエトリグサの先端みたいなのが数個、所在なさげに揺れていた。工藤は続けて言った。

「桜の木の下には死体が埋まっていると言った作家がいたが、こいつは文字通りだな」


 大声で「違う!」と言いたかったが、声にならなかった。本来は販売禁止だが、勇者特典で買えるらしい。「要るか?」と言われたが、その気になれない。だって怖いんだもの。何より木っくんがいるし。紅茶を飲み干して貴賓席に戻ると、浅野たちが戻って来た。


 今回も楽器屋で野田がミニコンサート状態になって大変だったそうだ。ベルさんまで加わって大騒ぎだったみたい。太鼓とシンバルが充実していたみたいで、大小さまざま三十個くらいまとめ買いしたそうだ。


 上機嫌で騒いでいる野田にベルさんが聞いた。

「ところでどこに置くんですか?」

 野田は口を半分開けて黙った。何も考えていなかったな、こいつ。目がくるくる泳いでいる。かわいそうなので軽い気持ちで助け舟を出した。


「楽器庫を作ったら?ついでにスタジオも」

 野田は目をパチパチさせると勢いよく立ち上がって叫んだ。

「それだ!」


 羽河が静かに聞いた。

「どこに?」

 俺は何も考えずにこたえた。

「宿舎の本棟の下、地下二階に作ったらどうかな?あるいは南棟(男子棟)の地下でどうだろうか?」

 

 当然反対するかと思ったが、羽河は腕組みしながら賛成してくれた。

「帰ったら先生に相談しましょう」

 驚いていると羽河は笑顔で続けた。

「いつまでも野田さんの部屋を借りるわけにもいかないでしょう?」

コーヒー、北の飛び地、トリヒドからスタジオまで話が広がりました。この脈絡のなさが我ながら好きです。

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