第298話:女神の森少年少女合唱団2
いよいよ女神の森に着いた。先導する小山に続き、浅野と木田の間に入れたお陰か、子供たちは無事結界に入ることができた。ベルさんも野田と小山の間に挟むことでパスできるのではないかと思ったのだが・・・残念ながらベルさんだけ弾かれてしまった。
一人残されたベルさんに俺は話しかけた。
「やっぱりダメみたいです」
ベルさんは唇を噛みしめると、結界の向こうを見つめて言った。
「私はここでうまくいくことを祈って待ちます」
強いなこの人は・・・俺は感嘆しながら大きく頷き、千堂と一緒に結界に入った。中ではみんな待っていたので、俺が先頭になって進んだ。子供たちは初めて入った女神の森の厳かさに圧倒されているようだ。
そうだ、ここはただの森ではない。もののけ姫の森のような神域なのだ。通常は人間が入れないどころか、見る事すらかなわない、いわば緑の神殿なのだ。しかし、頭上の木々の葉が次第にまばらになり、お日様が所々顔をのぞかせるようになると少し落ち着いてきたみたい。
湖に着いたので、まずは平台を並べて舞台を整えると、野田がピアノをセットするのを待った。浅野は子供たちを横一列に並ばせると、右端に浅野、左端に木田が立った。浅野が俺を見て頷いたので、俺はお供え物をセットし、湖に呼びかけた。
「愛と美の女神・ビーナス様、谷山と『女神の森少年少女合唱団』が参上しました」
今日のお供え物は、七十度の薬酒を一樽、鬼熊かつ・オークかつ・鳥の唐揚げ・魚のフライなどの揚げ物をそれぞれ山盛り、イチゴ・オレンジ・ブルーベリーをはじめとする果物十種類のジェラートをまたまた山盛りで、眷族と妖精さんには樽一杯のフルーツキャンデーを台の両端に置いた。なんかこうボリュームで勝負!という感じ。
口上が終わるなり、湖の水がバブルジェットのように泡立った。水晶のように透明な人形が頭からゆっくりと湖上に出現してくる。もしも足から先に出てきたらシンクロだな。
馬鹿なことを考えているうちにビーナス様の登場だ。人間離れした美貌に完璧なプロポーション(神だけに当然か?)、おまけに真っ裸なのにセクシーではなく神々しさを感じるという不思議さ。これが完璧な美という事なのだろう。
「タニヤマよ、待ちかねたぞ。よく来た」
俺は深呼吸してから話し始めた。
「お待たせしました。まずは献上品からお受け取りください。両端は眷属の皆様と妖精さんたちへの贈り物です」
俺の言葉が終わらないうちに女神様は貪るように食べだした。同時に湖の中から無数の透明な手が左の樽に、蜂の群れのように妖精さんが右の樽に群がった。半分ほど食べ終わった時点で、女神様は薬酒の樽を両手で抱えるとそのままゴクゴクと飲みだした。
いつもながら豪快ですな。真っ裸でかつ手つかみで飲み食いしているのに、粗野に見えるどころか威厳を感じるのはなぜなのだろうか?女神様は半分ほど飲み干したところで樽を置き、俺の顔を見た。
「谷山よ、いつもながら主の献上品は見事である。この酒と氷菓子は前回と同じく我が森の産物を用いておるな」
女神様の表情は一ミリも変わらなかったが、声に喜びが溢れているように聞こえた。俺は恭しくこたえた。
「さようでございます。お褒めの言葉を頂き恐悦至極にございます。料理は平野が、酒は利根川が作りました。それでは女神の森少年少女合唱団の歌を二曲披露させていただきます」
俺が浅野を見ると、浅野は左隣にいたエルザの右手を握った。エルザは何を言わず隣の子の右手を左手で握った。隣の子も同様に次々握っていったので、あっと言う間に浅野から木田まで全員がつながった。浅野がそのままマエノリ君の顔を見ると、マエノリ君は小さく頷いた。森の中に力強いピアノの音が鳴り響いた。
「Sing」も「上を向いて歩こう」も素晴らしかった。今までで一番の出来だったかもしれない。湖の上では透明な手がリズムに合わせて左右に揺れ、妖精さんたちはブンブン羽音を立てて陽気に空を飛び回った。歌い終わると女神様は上機嫌で子供たちに話しかけた。
「我が僕どもよ、真っこと童とは思えぬ堂々とした歌いぶりであった。我が名を冠するに相応しい歌唱であったぞ。褒めて遣わす」
子供たちを代表してエルザがこたえた。
「ビーナス様、ご静聴いただき、誠にありがとうございます。さらにお褒めの言葉を頂き、一同深く感謝感激しております。これからも女神様の名を汚すことのないよう一生懸命歌います」
子供たちはエルザに続いて一礼した。女神は満足そうに頷くと、とんでもないことを言い出した。
「神の御名は誉むべきかな。童どもよ、森羅万象、未来永劫に渡りて我を崇めそして讃えよ。さすれば吾の伝道者として初級の加護を授けよう」
女神様が手を振ると、妖精さんたちが子供たちの頭上をくるりと一周した。きらきら輝く粉のような光が雪のように子供たちに降り注ぐ。女神様が説明してくれた。
「これから先、どのような場所であろうとも臆することなく、合唱団としての勤めを果たすことができるであろう」
加護と言う割にはいささかしょぼいような気もするけど、合唱団としてはこの上なく有効なスキル(?)かもしれない。子供たちは素直に喜んでいるし、夏祭りの成功は約束されたようなものなので、素直に喜ぶべきだろう。これで終わりかと思ったらそうではなかった。
「タニヤマよ、童たちの揃いの装束も斬新であるな。どこから入手した?」
女神の視線が胸のワッペンに注がれているような気がする・・・。俺は心の中で謝りながらこたえた。浅野、許せ・・・。
「衣服は木田が、胸の御印は浅野がデザインしました。なお、歌唱の指導は浅野と野田が行っております」
女神様は嬉しそうな声でこたえた。
「なんとそちらが自ら創作した衣装とは驚きであるぞ。特に胸の意匠が素晴らしい。我を表したものと考えて相違ないか?」
ろくでもない未来が確定された予感を感じたのか浅野はため息をついたが、俺は知らないふりをして回答した。
「さようでございます」
女神は大きく頷くと明るい声で宣った。
「美と豊穣=ビーナス、素晴らしい言説である。これほどまでに世の真理を明らかにした言葉は聞いたことが無い。そしてそれを一目で分かるように表した意匠もまた見事である。浅野よ、よくやった。褒美に新しいスキルを授けよう」
言い終わったときには女神の透明な左手が浅野の頭をがっちりロックしていた。断ることを許さず、瞬きをする暇もない早業だ。浅野は恐怖のあまり限界まで目を大きく見開き、両方の膝はガタガタ震えていた。口も開けているのだが、何も言うこともできない。
透明な指がずぶずぶと浅野の頭の中にゆっくりめり込んでいく。女神様は厳かに告げた。
「浅野よ、そちにはスキル『拡声』を授ける。これからも命ある限り我の名をあまねく世界の果てまで知らしめよ」
女神の指が頭からするりと抜けても浅野はピクリとも動かなかった。目を開けたまま気絶している。これはもはや加護や祝福ではなく呪いではなかろうか。浅野には可哀そうだが、お陰で合唱団は無事認可された。尊い犠牲だったと考えよう。
白目を剥いた浅野を木田と小山にまかせて引き上げようとしたら、きらりと光るものが二つ飛んできた。慌てて両手で掴むとおなじみの小瓶だった。
「スキルアップポーションじゃ。励めよ」
木田と野田の分だろうか?俺たちは深々と頭を下げてから女神の前を辞した。
子供たちが声をかけ続けてくれたおかげか、森を出る頃には浅野は目を覚まして自力で歩けるようになった。結界の外に出ると、心配そうな顔をしたベルさんが待っていた。
「どうでした?」
浅野は無理やりの笑顔でこたえた。
「お陰様でうまくいきました。みんな頑張ってくれました」
ベルさんは飛び上がって喜んだ。同行のシスターたちによると教会ではささやかなお祝いを準備しているとのこと。
俺たちも是非にと招待されたので、野田・浅野・木田・千堂とベルさんはひとまずそっちに行くことになったが、俺は丁重に辞退して小山と一緒に先に物産展に行くことにした。だっていろいろと心配なんだもん。人数分のお弁当とお祝い代わりにフルーツキャンデーの残りを野田に預けてから、伯爵に頼んで中央広場まで送って貰った。
女神様向けのお披露目は無事成功しました。夏祭りもうまくいきそうな予感。




