第289話:私は風5
みんな満足したようなのでおやつタイムは終了だ。ターフと敷物はそのままにして、新しい魔法のテストに入った。まずは木田だ。バケツ一杯のダイヤの粒を渡すと、木田は不敵に微笑んだ。ある意味とっても贅沢な魔法だな。
木田の標的は壁沿いに立っている一本の杭だ。厳かに呪文を唱えると、杖を振りかぶりながらキーワードを唱えた。
「ダイヤモンドストーム」
スリークオーター気味に振り下ろした杖の先に小さな空気の渦が現れた。木田の杖に導かれてバケツに覆いかぶさり、中身を吸い上げると直径一メートルほどの竜巻に成長した。中を大量のダイヤの粒が舞っているせいか、日の光を反射して水晶の柱のように明るく輝いている。
「きれい・・・」
横に立っている洋子が感嘆の声を上げた。光の柱はゆっくりと前進すると杭にぶつかり、ゆっくりと飲み込んでいった。グラインダーで木を削るような轟音と共に火花が激しく飛び散る。光の柱は輝きながら止まることなくそのまま進み、壁近くまで移動したが、杭がどこにも見当たらない。
木田は満足そうに笑うと杖を小さく動かした。光の柱は時計の針を戻したように後退してバケツの上に移動すると、空気に溶け込むように消えてしまった。バケツを見ると、キラキラ光る茶色の砂みたいなのがバケツを中心に山盛りになっていた。俺は聞いた。
「あの杭はどこに行ったんだ」
木田は肩をすくめながらこたえた。
「さあ?バケツの砂の中に入っていると思うわよ。全部粉になってしまったみたい」
どうやらダイヤの粒が空気のおろし金になって、杭を全部すりおろしてしまったようだ。ありえないだろ。とりあえず茶色の砂はアイテムボックスの中にしまった。あとで選り分けよう。
「エクセレント!」
後ろから先生の声が響いた。振り返ると少し上気した顔の先生がいた。
「始動から終了まで終始緻密で完璧な魔力制御でした。加えて魔力量も多すぎず少なすぎず適切でした。もし私が魔法学院の教師であったら、迷わずA判定を出しているでしょう」
なんか知らないが先生がすごく褒めているようなので、皆拍手で祝ってあげた。木田は戸惑いながらもきれいなカーテシーでこたえた。満足げな先生を見て伯爵が驚いていたので、声をかけた。
「そんなに良かったですか?」
伯爵は首を振ってこたえた。
「木田様の魔法は見事なものです。あの杭が自分であったらと思うとぞっとしますな。しかし私が驚いたのはメアリー女史です。彼女が風魔法のことで他人を褒めるなぞめったにないことですぞ」
ちょととうらやましそうな顔をしていたので、聞いてみた。
「随分先生のことを評価しているのですね」
伯爵は頷きながらこたえた。
「女史から見たら私など半人前もいいとこでしょう」
「それは言い過ぎでは?」
伯爵は遠くを見るような目をしながら語ってくれた。
「某が家を継ぐ前に冒険者をやっていた頃、ごく短期間ですがメアリー女史とパーティを組んでいたことがありましてな、加入する前に一度腕試しをしたのです」
なんか面白そう。
「どうなったんですか?」
「ただのエアカッターで自慢の青の巨人を瞬殺されました。関節部分のみ狙った8本もの風の牙で瞬時にバラバラですぞ。今でもはっきり覚えております」
伯爵のトラウマと言うか黒歴史みたいなものだろうか・・・。伯爵は断言した。
「風魔法に関してメアリー女史を超える人物を見た覚えはございません」
俺は聞いた。
「そんな凄い人がどうして木田を褒めてくれたんでしょうか?」
伯爵は少し考えてからこたえた。
「一つは風に研磨剤としてダイヤの粉を混ぜるという独自のアイディア。そして、風のバングルを見事に使いこなしていることでしょうな」
風のバングルに限らず神器は馬鹿みたいに威力があるだけに、魔法に少しの歪やずれみたいなのがあると正常に行使できないそうだ。今回の魔法は高性能なレースカーを一速のみ使ってエンストせずに市街地を走らせるようなものだったのかもしれない。俺は改めて木田を見直した。
次は千堂の番だ。千堂は対戦相手を指名した。花山・青井・野原・楽丸・尾上の五人だ。盾役二人を含め、近接戦闘者を五人同時に相手にするのは無茶だろうと思うのだが、千堂は歯をむいて獰猛に笑った。こういう時の笑顔って威嚇なんだよな。
模擬戦用の木剣を持った五人が十メートルほど離れたところで試合開始だ。審判を務める工藤の合図と共に、千堂は右フックを力強くスイングするとキーワードを唱えた。
「ヘビー・チューン」
敵役の五人の顔が驚愕でよがんだ。千堂は次に右足を軸に左フックをスイングしてキーワードを唱えた。今度は花山を除く四人の腰が落ちた。一歩も動けないみたい。ここで工藤の判定が下った。
「千堂の勝ち」
勝ったのに、千堂は納得いかないような顔をしている。魔法を解くと、五人は一斉に千堂を取り囲んだ。
「お前、何やったんだ?」
千堂は頬を右手で掻きながらこたえた。
「加重の魔法や」
青井が聞いた。
「あれは自分の体重を増やす魔法じゃないのか?」
千堂はさばさばした口調でこたえた。
「その通り。しかし発動させた時、以前子泣き爺を背中に乗せた時の感じに似ているような気がしてな、これを相手にかけたらどうかと考えたんや」
実は凧揚げの時もこっそり使ったそうだ。どうりで・・・。先ほどの距離が発動の限界らしいが、フック一発で1G分の体重を付与できるらしい。五発が限度なので、体重の五倍が上限のようだ。複数の相手を動けなくするという意味では最高の補助魔法と思うが、千堂の顔はさえなかった。
「空振りしただけでダウンとか八百長みたいでなんか納得いかんわ」
その辺は自分で折り合いをつけて欲しい。腕組みして考え込んでいる千堂はほっておいて、浅野の新魔法をテストしよう。
浅野の魔法も対戦相手がいるそうなので、五人がそのまま対峙した。楽丸が困ったような顔をしているが、そんなの無視!浅野は呪文を唱えると、杖を振り下ろした。
「ホワット・ア・フィーリング」
アイム・フラッシュのように光魔法を使ったかと思ったが、派手なエフェクトは皆無!なのになぜか五人が固まった。口をパクパクさせてから目を瞑り、耳を手で覆っている。得意げに笑っている浅野に俺は聞いた。
「何をやった?」
浅野は静かにこたえた。
「みんなにパフをかけただけだよ。聴覚と視覚の感度を十倍にしたんだ」
みんな絶句した。浅野は他人事のように続けた。
「目と耳からの情報が一挙に十倍になるから、脳の処理が追い付かなくて大変かも」
俺は叫んだ。
「今すぐ解除しろ!」
再び浅野が杖を振ると、皆は糸が切れたように倒れこんだ。青井が呟いた。
「死ぬかと思った・・・」
浅野が杖を振るうと同時に目の前が真っ白になり、耳が破れそうな轟音が響き続けたという。当然目は見えない、耳は聞こえない状態になったそうだ。
「恐ろしい子・・・」
誰かのつぶやきにこたえるように浅野は言った。
「触覚十倍や痛覚十倍もあるよ」
多分みんな首を左右に振ったと思う。
しかし、浅野を褒め讃える人がいた。イリアさんが陶然とした顔で叫んだ。
「流石は浅野様です。通常は味方にかけるパフを敵にかけるという逆転の発想。さらに過剰な能力向上によって、かえって敵を戦闘不能にするとは・・・」
この人はブレないな。伯爵も感心したように言った。
「光魔法も使い方や考え方によっては攻撃に使えるということですな。魔法の可能性について改めて考える必要がありますぞ」
俺は痛覚が十倍になった時を想像して体が震えた。平手打ちされたら気絶してしまい、殴られたらショックで死んでしまうかもしれない。過ぎたるは及ばざるがごとし、ということなのだろうか。浅野も「決して怒らせてはいけない人」のリストに入れることにしよう。
ヘビー・チューンはフランスのプログレッシブ・ロックのバンドであるゴングの曲です。ホワット・ア・フィーリングはジェニファー・ビールス主演の映画「フラッシュ・ダンス」の主題歌です。歌っているのはアイリーン・キャラ。