第28話:ランニングマン
6月8日、土曜日。朝のランニングに出て驚いた。魔法使い組も含めてクラスのほぼ全員が、走っている。距離は様々だけど、皆真剣に走っている。うちのクラスってまじめだな。やっぱ走る方向を決めていてよかったみたい。
意外なことに小山も出て来たのだが、その姿を見てもう一度驚いた。腰まで届きそうな長い髪をバッサリ切って肩までのショートカットになっている。
「小山、どうしたんだ!」
「昨日切った。似合う?」
「うん、よく似合ってる。じゃない!どうして髪切ったの?」
「天井走りの邪魔になるから」
すみません。また意味不明のお言葉をいただきました。俺の頭の中でエイリアンが天井に張り付いて高速で移動するイメージが沸いたので、慌てて頭を振って追い払った。これは大事だ。黒髪三姫(一条、平井、小山)の一角が崩れてしまった。黒髪党はどうなるのだろうか(どうもならないけど)。
切った髪は大事に保管しているそうだ。捨てようとしたら平井や利根川から「もったいないから捨てちゃダメ」と言われたらしい。なんでも杖の素材として使えるとのこと。針ーポッターみたいだな。
食堂に行ってさらに驚いた。平野が厨房の真ん中に立って「親方」と呼ばれている。白いコックコートが決まっていた。昨日はコック長が勝ったみたいだな。試合に負けて勝負に勝った、ということだろうか。うーん、自分でも意味が分からない。
朝ごはんのおかずは卵焼きとコロッケだった。付け合わせはキャベツの千切りとトマト。もちろんマヨネーズ付き。卵焼きはちょっと甘めの家庭的な味付けで、コロッケにはデミグラスぽいソースがかかっていた。
みんな幸せそうな顔で食っている。平野、ありがとう。俺は心から感謝した。お前なら、いずれ醤油とウスターソースも作ってくれるだろう。期待しているぜ。
今日のお勉強だが、講義が始まる前に先生から改めて昨日のお誕生会のお礼があった。二日酔いの影などみじんも見えない、いつも通りの凛とした立ち姿に感心させられた。
先生は続けて明日からの講義の予定について説明した。なんでも、クラスのほぼ全員がミドガルト語の講義を希望したので、予定を早めて来週から始めるとのこと。前半を魔法学、中休みを挟んだ後半をミドガルト語の講義に充てるそうだ。
今日の講義は魔法の基礎だった。以前、魔法には三種類あると聞いた。詠唱魔法、魔法陣を使った魔法、儀式魔法の三つだ。先生によると詠唱魔法も目に見えない魔法陣を使っているのだそうだ。
「魔力ある者が正しく詠唱することによって一回限りの魔法陣が空中に描がかれます。そこに魔力を流すことで魔法を発動しているのです。魔法の種類・系統・レベル・規模によって魔法陣の形や大きさは異なります。
通常、詠唱によって描かれた魔法陣を見ることはできませんが、膨大な魔力が込められた場合には発光して目で見えるようになります。魔法陣に魔力を流して魔法が発動すると魔法陣は消失しますが、目に見えない痕跡が残ります。
特殊な鑑定能力を持つ者にかかれば、どのような魔法をいつ行ったか分かりますし、魔法陣は一人一人微妙に癖のようなものがあるので、個人を特定することも可能です」
先生の説明は分かりやすかった。個人を特定できるなんて、指紋みたいだな。
「たとえ魔法陣を見ることが出来なくても、魔法陣を意識することによって、魔法の威力を高めたり、正確性を増すことができます」
先生は小さな紙を俺たちに配った。紙には直径八センチ位の円形の迷路のような、電気の回路図のような赤い模様が描かれていた。なんだろ?でも、どこかで見たことあるぞこれ。
「これは、『ライト』の魔法陣です。実はこれと同じものが皆様のお部屋にもあります。何かわかりますか」
数人が手を上げた。先生は鷹町を指名した。
「ランプです」
「鷹町様、お見事。正解です。これはライトの魔法陣です。ランプに使用されています」
先生は教室を見渡してから続けた。
「中にはランプを分解されて中身を見た方もいらっしゃるようですが、うかつに触ると魔力が暴走する可能性がございますので、今後はご注意くださいませ。何かあると、他の方を巻き込むこともございますので」
俺は背中に冷や汗をかいた。いやだって気になるだろ。電気もローソクも無いのに明るいんだもん。それにしても既視感があって当然か。魔法陣の色は違うし、大きさも小さかったけどさ。
「ランプについている魔法陣は、魔石から魔力を一定量で継続的に取り出す仕組みやスイッチと連動する仕組みが組み込まれているので、これより少し複雑になっています。大きさはこの四分の一位になっているかと思います」
先生は黒板に石ころみたいなのと魔法陣を描き、石ころから魔法陣に向かって矢印を描き、魔法陣から光が出る様子を描いた。
「皆様お分かりかと思いますが、魔道具と呼ばれるものは基本的に魔法陣と魔石、それらを納める外装でできています。もちろん、魔石は簡単に交換できるようになっています」
まあ要するに、魔石は乾電池みたいな感じだろうか。ここで利根川の手が上がった。
「使用する魔石は何でも良いのでしょうか?」
先生はこたえた。
「利根川様、良い質問です。魔石ごとに適する魔法が異なります。例えば水の魔石は水を生み出すのに最も適していますが、反対に火を生み出そうとすると効率が極端に悪くなります。すぐに消耗してしまうのです。その逆も同様です」
「それでは水の魔石で光を照らすのはどうですか?」
「光の魔石や火の魔石ほど効率は良くないですが、土の魔石や闇の魔石ほど悪くはないという感じでしょうか」
先生は皆に問いかけた。
「魔法陣を手に持ったまま、ライトの魔法を詠唱してみてください。魔法陣が詠唱に反応するのが感じられるかと思います」
俺もやってみたが、確かに魔法陣の配線が言葉に応じて反応(かすかに光ったり、振動したり、暖かくなったり)するのが分かるような気がする。
「もし何かを感じ取れたらその感覚を覚えていてください」
詠唱が図形として目に見えるって何か凄い不思議な感じがした。コンピューターのプログラムみたいなものだろうか。
「魔法陣を手で描くことは難しく、錬金術の遣い手など限られた者が数年修行することによってはじめて使い物になると言われています」
となるとこの紙切れも結構大事なものかもしれないな。その後も詠唱の言葉によって図形の反応する部分が違うことや、魔力の流れの方向があることを確認したり、幾つかの発見をしながら講義は終了した。
天井走りってなんでしょうか。