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第279話:ほの暗き地下室で10

 同じく8月19日の深夜、王宮の地下では、秘密の会合が開かれていた。出席者は、エリザベート・ファー・オードリー王女、レボルバー・ダン・ラスカル侯爵(宰相)、ラルフ・エル・ローエン伯爵(近衛師団長)、イリア・ペンネローブ神官長、メアリー・ナイ・スイープ侍女長の五人。いずれも勇者召喚に深く関わる人物ばかりである。


 今回も王女からの情報開示で始まるようだ。

「皆の者、勇者様達のレベルが全員60に上がったぞ」

 宰相が悲鳴を上げた。

「ありえない!早すぎる」


 王女は静かにこたえた。

「確かに。レベルアップのスピードでいえば歴代一位であろう」

 伯爵は大きく頷いた。

「仰せの通りでございます。一つのパーティに絞って特別に強化した場合でも、レベル60に達するには最低でも半年を要します」


 王女は伯爵に聞いた。

「今回討伐した主な魔物は何じゃ」

 伯爵は笑顔でこたえた。

「ゾンビドラゴンですな。それも死人や怪我人なしの勝利ですぞ。ミノタウロスとも戦いましたが、引き分けでございました。オークやオーガも討伐しておりますが、今回のレベルアップはゾンビドラゴン討伐によるものと考えてよろしいかと」


 宰相は悲鳴のような声を上げた。

「ミノタウロスと引き分けた上に、ゾンビとはいえドラゴンを討伐したというのですか?それなら今回のレベルアップも納得ですが・・・。S級の魔物、それもドラゴンを死人どころか怪我人も無しで討伐するとかありえませんぞ!」


 王女は笑顔で告げた。

「それだけではないぞ。これを見よ」

 王女が右手を自分の後ろに回すと、背後のディスプレイに「勇者管理システム」が立ち上がった。


「また新しいスキルが付いたのですか?」

 宰相が少し投げやりな口調で尋ねた。

「そうじゃ。六人に新しいスキルが付いておる」


 王女が白い指先でディスプレイを弾くと、ピンク色の文字が画面の中で輝いた。

「夜神様に斧術、志摩様に風魔法、鷹町様に杖術、羽河様に体術、千堂様に加重が付いた。浅野様にも何か新しいスキルが付いたと思われる」


 浅野の所のピンク色の文字は「*******」と記載されていた。王女はイリアに尋ねた。

「これはなんじゃ?」

 イリアは明るい声でこたえた。

「新しいスキルと思われますが、不明です。スキルは付いたけれど、顕現けんげんしていないので表示されていないかと思われます。あるいは・・・」


 王女は聞いた。

「あるいは・・・?」

 イリアは静かにこたえた。

「スキルではない可能性もあるかと存じます」


 王女は一呼吸おいてから聞いた。

「スキルでなかったらなんじゃ?」

「例えば・・・精霊または神の加護でございます」


「馬鹿な!」

 突然宰相が立ち上がった。よほど驚いたのか椅子が大きな音を立てて後ろに倒れたが、構わず叫んだ。

「加護ですと?ありえません。おとぎ話の世界ではありませんぞ」


 王女はわずかに顔をしかめ、宰相に座るように手で命じると、相好を崩した。

「良いではないか。少なくても新規スキルが付くのであろう。加護であればなお結構。顕現する日を待とうではないか」


 宰相はまだ何か言いたそうだが、黙って椅子を起こして着席した。王女は続けて話した。

「他は分かるが、千堂様の『加重』とはどういうスキルなのじゃ?」

 王女の視線を受けた侍女長は落ち着いてこたえた。

「自身の体重を増やす効果のあるスキルだそうです。千堂様の戦闘術に有益なのだとか・・・」


 王女は首をひねった。

せぬ・・・。自分の体重を増やしたら動きにくくなるだけではないのか?」

 侍女長は静かに微笑んだ。

「まだ詳細は分かりませんが、自身は増えた重さを感じることなく、攻撃力や防御力を高める効果があるそうです」


 王女は笑顔で頷くと、顔を引き締めた。

「問題なしということだな。よかろう。さて、今回の修練ではレベル上げやスキル付与以外に重要な案件が発生したと聞いた。報告せよ」


 伯爵はかしこまると話し始めた。

「報告は二つございます。一つ目はゾンビドラゴンを討伐する際に起こりました。なんと中原様が黒龍バハムートを召喚したのでございます」


 王女と宰相は驚愕した。宰相は座ったまま、口を開け目を見開いたままで一切の動きを止めた。気絶したようだ。王女は耐えた。一呼吸おいてからかすれた声で尋ねた。

「黒龍の力でゾンビドラゴンを倒したのだな」


 伯爵は笑顔でこたえた。

「さようでございます。黒龍のブレスによりゾンビドラゴンを討伐することができました」

 王女は強張っていた肩の力を抜いてから聞いた。

「そもそもなぜゾンビドラゴンが現れたのじゃ?」


 伯爵は少し顔を歪めながらこたえた。

「洞窟最奥の地底湖の最深部に封印されていたゾンビドラゴンを三平様が釣り上げたことで覚醒したのでございます」


 王女は首を大きく左右に振って、大声で叫びたい気持ちをこらえた。

「三平様のことは別にして、中原様は犬猫など愛玩用の動物の召喚が得意ではなかったのか?」

「さようでございますが、絶体絶命の緊急時とあって知らずに最も信頼できる者の名を呼んだそうでございます」


「それが黒龍であったということか?」

「さようでございます」

「ゾンビドラゴンを倒したのち、黒龍はどうなったのだ?」

「御身全てを聖なる光に変えてゾンビドラゴンの腐った体を浄化されました」


 伯爵の返事を聞いて王女は感嘆の声を上げた。

「なんと、ゾンビドラゴンを倒しただけでなく、自身を犠牲にしてゾンビドラゴンの死体を浄化したというのか・・・」


「さようでございます」

「今回の討伐の第一の功労者は中原様で決まりだな」

 額の汗をぬぐっている王女にイリアが声をかけた。


「まだ油断はできませぬ」

「なんだ?まだ何かあるのか?」

 イリアは大きく頷いた。

「バハムートの召喚が解けた後、大きな卵が残されておりました」


「何ですとー」

 いつの間にか復活していた宰相が立ち上がって叫んだ。

「そそそそその卵は何の卵なのだ。まさかまさかまさかまさか・・・」


 イリアは王女に顔を向けたまま笑顔でこたえた。

「そのまさかでございます。アレの卵の可能性がございます」

「アレとはアレのことか?」

「アレでございます」


 宰相が横から割り込んできた。

「本当にアレなのか?」

 イリアはそっけなくこたえた。

「本当にアレです」

「バ」

 続きを言いかけた所で、宰相の口を伯爵が塞いだ。王女はしかめっ面で諭した。


「言うな!フラグになってしまうぞ」

 氷のように冷静な王女の言葉を聞いて宰相の抵抗が止まった。伯爵の手が離れると、宰相は椅子に座りながら震える声で聞いた。

「そんな馬鹿なと言いたいところだが、卵をどうした?封印したか?」


 イリアは再び笑顔でこたえた。

「中原様が宿舎に持ち帰られました。今この時も中原様が抱いて温めておられます。時期は不明ですが、いずれ孵化ふかするでしょう」


 宰相は再び気絶した。椅子から滑り落ちた宰相を横目で見ながら王女は聞いた。

「今王都には孵化を待つアレかもしれない卵があるのだな。恐れ入ったぞ」

 伯爵とイリアは黙って頭を下げた。


 王女は切り替えが早かった。そして楽観的であった。

「まあよい。何とかなるであろう。ゾンビドラゴン討伐後に大きな卵を回収したとのみ記録せよ」

「御意」

 返事と共に頭を下げた二人に王女は聞いた。

「二つ目の報告を聞こう」


 伯爵がこたえた。

「ゾンビドラゴン討伐後に転移点で元魔王と名乗る男に全員拉致されました。地下にあると思われる城に連れ込まれた後、男は魔王討伐後は勇者に対するサポートがほぼなくなることを暴露しました。魔王討伐後は勇者はこの世界に不要の存在であることを明言したのです」


「何ですとー」

 再び復活していた宰相が床の上で叫んだ。王女は宰相の叫びを無視して聞いた。

「秘伝の書の極秘事項を知っておるとは、そやつは本当に元魔王だったのか?」


 伯爵は大きく頷いた。

「おそらく先々々々々々々々々々々々々々々々々代の魔王ではないかと思われます。城の廊下には複数の勇者の首がトロフィー代わりに並べられておりました。魔王討伐後もこの世界に残って無理な改変を試みようとした勇者を成敗した記念だそうです」


 王女は興味深そうな顔で尋ねた。

「言うことを聞かねばこうなるという脅しか・・・。どうやって特定したのか、そもそもどうやって討伐を免れたのかは聞くまい。拉致の目的はなんだ?」


 伯爵に代わってイリアがこたえた。

「元魔王は勇者様に三つのお願いをしました。速やかに魔王を倒すこと、速やかに帰還すること、そして出来ればこの世界を現在の治世のまま大きく発展させることです」


 王女は正直に聞いた。

「最初の二つは分かる。だが三つめはなんじゃ?」

 伯爵は少し迷ったのちにこたえた。

「私も完全に理解したわけではありませんが、まず勇者召喚こそ魔王誕生の原因であるそうです。そして勇者召喚は人が自らの利を得るために行うものであると。つまりこの世が大きく発展すれば勇者を召喚する必要がなくなり、結果として魔王を誕生させる必要もなくなるそうです」


 王女は首を左右に振ってこたえた。

「吾にもさっぱり分からぬわ。勇者様たちはどうであったか?」

 伯爵は明るい声でこたえた。

「勇者様は元魔王の依頼を完全に理解されておりました。そして三つの願いを全て受諾なさいました」


 王女は真剣な顔で聞いた。

「三つ目の願いであるが、『現在の治世のまま』については理解されておられるのか?」

 伯爵は大きく頷いた。

「もちろんでございます。現在まで勇者様達から王政に対する不満や批判は一切ございません。彼らは自分たちの境遇を完全に理解されていると思いますぞ」


 王女は体を椅子の背に預けると大きく息を吐いた。

「安堵したぞ。過去の勇者様の中には四民平等とか人権とか民主主義とかこの世界とまったく相いれぬことを平然と主張される方もいたからな。革命などだれも望んでおらぬわ。吾に対する信頼も無くなっておらぬのであれば、勇者様たちにはいくら感謝しても足りぬ。魔王討伐後もこれまで通りぬかりなくサポートすると改めてお伝えせよ」

「御意」


 伯爵は王女に固い声で告げた。

「元魔王に関してもう一つ報告がございます」

「なんじゃ?」

今生こんじょうの魔王が既に何度か魔物を鍛錬の場に送り込んでいると申しておりました」


 王女は驚いて叫んだ。

まことか?そちはどう思う?」

 伯爵は深刻な顔で頷いた。

「湖沼地帯のキングスライム、山岳地帯のジャイアントゴーレム、此度のミノタウロスなどが該当するかと・・・。魔王の配下に転移魔法にけた者がおるそうでございます」


 王女は大きく息を吐くと感に堪えたように呟いた。

「魔王との戦いは既に始まっておるのだな・・・」

 伯爵はイリアと顔を見合わせると真剣な顔で続けた。

「それを踏まえて今後の勇者様達の鍛錬について提言がございます」


 王女は姿勢を戻すと伯爵の顔を見た。

「申せ」

 伯爵は一度咳払いすると話し始めた。

「今回の鍛錬で確信したのですが、通常のレベル上げはもう不要と思われます。というよりも、クランとしての戦闘力で考えた場合、勇者様達は既に魔王を討伐できる戦闘力を有しているように思えるのです」


 王女は首を傾げながら聞いた。

「ゾンビドラゴンを討伐した功績は認めよう。だが、魔王は別ではないのか?過度な評価は道を誤るぞ」


 伯爵は譲らなかった。

「ゾンビドラゴンだけではございません。これまで何度も訪れた死地を勇者様たちはそのたびに我らが思いもつかない方法で乗り越えてこられました。現時点で魔王にぶつかってもなんとかなるのではないかと愚考します」


 王女も譲らなかった。

「根拠を具体的に申してみよ。戦うのは魔王だけではないぞ。数万にもなる魔王軍とも戦うのだぞ」


 伯爵は大きく頷くとこたえた。

「仰る通りでございます。しかし勇者様には範囲魔法の使い手が数人おられます。木田様のパーフェクトストーム、夜神様の雷雨サンダーレイン、利根川様のホワイトルーム、志摩様の地風火アースウインドアンドファイヤーなどですな。いずれも雑兵どもを蹴散らし、敗走させるには十分過ぎる戦力です。


 もちろん魔王と側近は残るでしょうが、冬梅様の裏月ダークサイドムーン、佐藤様のサンシャイン・オブ・ユア・ラブ、野田様のサウンド・オブ・サイレンスなどの初見殺しとなりうる強力な魔法や平井様をはじめとする神器持ちが総力でかかれば後れを取ることはないと確信しております」


 自信満々の伯爵に対して王女は冷静にこたえた。

「平井様の活躍は吾も知っておるが、我々が最も頼りにすべき勇者、野原様の覚醒はまだか?」

 王女の鋭い質問を受けても伯爵はひるまなかった。

「仰る通りまだです。そこで覚醒を促すために通常の魔物の討伐による鍛錬では無く、王国が抱えている難題の解決を勇者様たちに依頼してはいかがでしょうか?」


 王女はいぶかし気に尋ねた。

「通常の討伐やダンジョンの攻略では覚醒の引き金にならぬか?」

 伯爵は力強く頷いた。

「さようでございます。魔王の攻撃をかわしながらレベルアップするだけでなく、我々が手をこまねいていた難題を解決できれば一石三鳥の妙策と思われます。魔王討伐は野原様の覚醒後に行えばよろしいかと」


 王女はしばらく考えてからこたえた。

「良かろう。そちらの提言を採用しよう。依頼するのは元魔王の願いにあった『この世界を現在の治世のまま大きく発展させること』に適うものがよかろう。至急、案件の候補をリストアップせよ」

 伯爵・イリア・侍女長・宰相の声がそろった。

「御意」

 四人が同時に頭を下げて本日の会議は終了となった。

どうやら魔王討伐の前に何でも屋になるようです。いいのか?

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