第278話:夏祭りの準備が始まる4
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8月19日、日曜日。よく晴れているが、風が強い。今日も雨は降らないようだ。朝のランニングで一緒になった木田は、ファッションショーに出演する侍女の採寸のため、王女様の白鳥宮に行くそうだ。打ち合わせも兼ねて平野と野田も一緒に行くみたい。
今日の朝ご飯はボンゴレビアンコだった。貝のうま味たっぷりの出汁を隠し味的に使われたしょっつるが引き立てて、和風パスタここにありと感動するようなおいしさだった。夢中で食べていると、羽河が立ち上がって話し始めた。
「24日・月曜日にネーデルティア共和国の物産展が中央広場で開かれます。誰でも無料で入場できるそうです。当日、送り迎えの馬車が手配されますので、希望者はラウンジのカウンターで申し込みしてください」
7月30日に開催されたハイランド王国の物産展と同じような催しが王宮正門前の広場で開かれるそうだ。ハイランド王国のが北海道物産展ならば、ネーデルティア共和国のは沖縄・奄美物産展みたいなものだろうか。楽しみ楽しみ。
食後、羽河に呼ばれた。生活向上委員会の臨時会議だそうだ。平井と鷹町が席にいるということは・・・。羽河ではなく利根川が話し始めた。
「夏祭りの花火について変更があるわ。まず、打ち上げ場所が練兵場になりました。やはり王宮前広場から打ち上げるのは安全面で問題があるそうです」
みんなやっぱりかという顔をしていた。初めての試みだし、万が一のことを考えると仕方ないかもしれない。利根川は続けて話した。
「そのため打ち上げ担当として平井さんと鷹町さんに練兵場に行ってもらうことにしました」
花火はプログラムの最後なので、その前の出し物である浅野の歌が始まったら、平井達は練兵場に移動するそうだ。花火隊は利根川をリーダーに一条・夜神・工藤・平井・浅野・鷹町の計七人いるが、各自が作成した花火の魔法は魔法陣化して長さ一メートルほどの筒の中に納め、番号を書いておくそうだ。全部で50本ほど作る予定とのこと。
練兵場にもPAのモニターを置くので、リアルタイムで会場からの合図を元に番号順に筒に魔力を流せば花火が打ち上るとのこと。平井一人で問題ないと思われるが、念のため鷹町も一緒に行くことになった。魔力量の上位が二人いれば大丈夫だろ。
そのため二人は浅野のステージは見られないのだが(伊藤のは見られる)、二人は快く了承してくれた。ありがたいことだ。
今日からミドガルド語の講義が始まった。やっていることは朗読を聞くだけなのだが、目で読む言葉と耳で聞く言葉が頭の中でシンクロしていくようで面白かった。教材もミドガルド王国の歴史の教科書なので、そのまま勉強になる。
お昼ご飯は久々のタコスだった。パリッとした皮に千切りした夏野菜・角切りにしたトマト・そぼろにしたひき肉と卵・チーズを乗せ、香ばしいドレッシングがかかっている。あっさりして幾らでも食べられそうだった。
食後に紅茶を味わっていると、江宮がピアノの足元でごそごそやっている。近寄って声をかけると、フットベースの試作一号ができたとのこと。まだ音は出ないが、構造やサイズに問題が無いか試しているそうだ。
座って確かめていた野田が立ち上がって江宮に細かい注文を出している。江宮が引き出したフットベースは、長いペダルが12本・短いペダルが8本横一列に並んでいた。いつの間にかやって来た浅野が興味深そうに聞いた。
「きれいにできているね。でもどうやって音を出すの?」
俺も疑問に思っていた。この世界にFM音源なんて無いだろ。江宮はこともなげにこたえた。
「まずピアノの音を元に音源を作る。そして今製作中のPA用のスピーカーを元にベースアンプを作る」
一体どうやって音源を作るかまったく分からないが、江宮が出来るというからにはできるんだろうな。PA用のスピーカーはアンプ付き電源付きのスピーカーのようなもの(ちなみに電源の代わりは魔石)なのだそうだ。それならできるな。江宮の言葉を聞いて浅野は目を輝かせた。
「やった!ベースアンプが出来るということは、ギターアンプも作れるよね」
江宮は渋い顔で頷いた。
「出来る。だが、夏祭りには間に合わない」
浅野はがっかりしていたが、馬車や王妃様向けの誕生日プレゼント作りまで抱えている江宮にこれ以上要求することは難しいだろう。
食後はラウンジで志摩と一緒に水野の都市計画作りを手伝った。現状でもすぐにできることから将来の課題まで整理する所から始めた。外野の意見も聞きながら、どうにかこうにか原案はまとまった。あとは水野一人でも大丈夫だろ。
白鳥宮から戻って来た木田に声を掛けられて、夕方になっていたことに気が付いた。後ろに野田・平野・浅野がいる。浅野は出演する侍女の採寸の手伝いにいってたようだ。俺は聞いた。
「どうだった?」
木田は淡々と話した。出来上がった舞台に特に問題はなかったので、舞台袖にピアノを設置して野田に演奏してもらいながら実際にウォーキングして時間を計ってみたそうだ。計った時間に洋服の数を掛ければショーの時間の予想がでるので、それに合わせて野田に選曲してもらうそうだ。
リハーサルというか、木田のお手本を見せた上で出演者にウォーキングしてもらったそうだが、みんな音楽に合わせて歩くという経験がほぼ無いので、個人差が激しかったらしい。まあ練習して慣れるしかないだろうな。
平野は出品する予定のメニューの試作品をもっていったそうだ。ちなみに用意したメニューはパウンドケーキ・蒸しプリン・麦茶の三種類。バニラアイスの出品は見送ったそうだ。試食した商業ギルドの担当者は満面の笑顔で太鼓判を押したそうだ。
肝心のショーの開催日は9月12日で仮決定だそうだ。9月24日に第一回エリザベート杯(囲碁のカップ戦)の決勝を予定しているので、これ位で丁度良いかも。木田・野田・平野のやる気に満ちた顔を見ていると、何とかなりそうな気がする。
今日の晩御飯はミルフィーユステーキだった。肉の薄切りを何層にも重ねたステーキなんだけど、異なる肉や部位の薄切りを重ねている。俺の舌ではオーク・牛・鬼熊の三種類の肉が判別できた。後で平野に聞いたら、ラムともう一種類秘密の肉を使っているらしい。
単に柔らかいだけでなく、肉ごとに異なる噛み応えやうま味がハーモニーとなり、さらに肉と肉の間に挟まれたマスタードや各種ハーブが加わることで美味のオーケストラになっていた。
デザートは意表を突いたあんバタートーストだった。しっかりバターを塗ったトーストにあんこをたっぷり乗せ、軽く表面をあぶって真っ白いホイップクリームをかけている。あんこの黒とホイップクリームの白の対比が鮮やかで、食欲をそそった。食べやすいように四等分しているのが流石の気づかいですな。見た時には重いかな?と思ったが、ホイップクリームのお陰なのか案外あっさり食べることができた。
ステージは伊藤も浅野も休みで、野田のピアノだけだった。曲はオブラデ・オブラダ、クロコダイル・ロック、My Ever Changing Moods、Hallow Goodbyeなど。ファッションショーに使う曲の候補なんだろうな。
部屋に戻って窓枠にお供えを並べる。今日はボンゴレビアンコ、タコス、ミルフィーユステーキ、あんバタートーストの四点だ。手を合わせてファッションショーと夏祭りの成功を祈った。「美味し!」の声とペタン・ペタン・ペタン・ペタンという音が響いた。
短くてすみません。遅れましたが明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。




