第27話:うわばみメアリー
椅子を二つ足して全員座ると、先生は静かに話し始めた。
「今このテーブルには結界をかけました。これからは誰もこのテーブルを見ないし話も聞かないでしょう。これから私が話すことは、年を取った酔っぱらいのたわ言としてお聞きください」
木田が少し焦った声で返事した。
「分かりました。それより先生、あんなに飲んで大丈夫なんですか?」
先生はにっこり笑うと楽しそうに話した。
「私はかってうわばみメアリーと呼ばれておりました。人間同士の飲み比べで負けたことはございませんのよ」
木田はそれでも心配そうに続けた。
「失礼ですが、女性ですしお年も召されているので・・・」
「心配してくださっているのですね。ありがとうございます。でも本当に大丈夫だからご安心なさいませ」
先生の笑顔に一応の納得をすると皆を代表して羽河が低い声で話し始めた。
「ここでのお話は秘密にする、ということは理解しましたが、どういったお話でしょうか?」
先生は悪戯っぽく笑うと質問で返した。
「その質問に応える前に私から質問が一つございます。皆様、この世界に来てから疑問に思っていることはございませんか?」
皆が考え込む中で俺は発言した。
「誰も俺たちの世界のことを聞きません。どういった世界から来たのか関心がないのでしょうか?」
先生は真顔で応えた。
「いえ、もちろん興味があります。どんな世界なのか、誰もが知りたいと思っています。しかし、出来ないのです」
「どうしてですか?」
「王命です。王命により召喚されし者よりかの世界のことを聞き出すことは、固く禁じられているのでございます。
このことは召喚されし者と接触する可能性のある者全てに固く言い渡されております。違反したらおそらく死罪となるでしょう」
「なぜそのような王命を出すんですか?」
「王家に伝わる勇者召喚の秘伝書にそう記されているのでございます」
先生は理解できないといった顔をした俺たちを見回すと続けた。
「その理由は私にもわかりません。そのためにあなたたちの世界のことを話して頂けませんでしょうか?特にこの世界との違いについて」
俺たちはこの世界との違いについて各人が思いつくまま話した。昔は身分制度があったが今は無くなったこと、奴隷制が無いこと、科学が発達していること、電気があること、自由・平等・選挙・民主主義・基本的人権・社会保障・健康保険・失業保険・・・。
先生はいちいち頷きながら静かに聞いた。俺たちが話し終わると、しばらく考え込んでからつぶやいた。
「正直に申し上げて半分も理解できませんでしたが、一つだけ確信したことがございます。私が王であればやはり同様の命を下すことでしょう」
「どうしてですか?」
羽河が聞いた。
「あまりに違いすぎるのです。根本的な考え方が違うのです。特に万民は平等であるという考え方は、貴族制の国にとっては受け入れがたいものがございます」
俺たちはみな黙り込んだ。この世界とどう付き合ったら良いのか改めて突き付けられたような気がした。
先生は俺たちを見渡すと笑いかけた。
「そんなに深刻に考える必要はありませんよ。参考までに、私が知ってる限りの内情をお話ししましょう」
先生は今回の召喚の主体である王家の状況や今回の召喚について説明してくれた。
<王家の状況>
現在の王家には以下の七人の子供がおり、継者者問題を抱えている。
・正室の子供:第一王女、第一王子、第二王女、第三王子
・側室の子供:第二王子、第三王女
正室はハイランド王国から嫁いでおり、ミドガルト王国内の基盤は弱い。反対に側室はミドガルト王国の有力な公爵の娘であり国内の貴族の支持が厚い。後継者は、はじめ第一王子が有力であったが、その地位を確立しようと考え、三年前に独断で軍を動かしハイランド王国に攻めいった。
銀山の確保が目的だったが逆襲にあい、国境の城を一つ失った。王族故に厳罰は免れたが、第一王子は辺境の地に追いやられ、後継者争いから脱落。現在は国内貴族の支持を集めている第二王子が有力と見なされている。
なお、第一王女は既にハイランド王国の王家に嫁いでおり、第二王女も数年後にはネーデルティア共和国の有力国に嫁ぐ可能性が高い。第三王子は聡明と名高いが、まだ幼く後継者候補とはみなされていない。
もちろん第二王女が婿を取って即位し女王となることも可能だが、よほどの功績を上げた上で国内貴族の支持を集める必要がある。
<自分も含めて今回の召喚に携わっている人物>
・王女様:第二王女であり、数年後はネーデルティア共和国の有力国に嫁ぐと目されているが、本人はまったくその気はない。
今回の召喚および魔王討伐で功績を上げ、第三王子を即位させてその摂政となることが目標。
第三王子が独り立ちした後は、婿を取り新たな公爵家を起こして独立することを目論んでいる。今回の召喚の主催を自ら志願した。
・伯爵:元々は伯爵家の五男であったため、本人も家族も伯爵家を継ぐことはまったく考えていなかった。
しかし、長男から四男まで戦争・病気・不祥事・怪我で相次いで亡くなったため、三十を過ぎてから伯爵家を継ぐことになった。それまではAランクの冒険者として自由気ままに暮らしていたため、宮廷活動は疎く、苦労している。
親の力で近衛師団長となったが、部隊を完全に掌握しているとはいいがたい。なにがしかの功績を上げないと将来は危うい。
・神官長:Aランクの冒険者として活躍していたが、ダンジョンで死にかけたことが原因で教会に帰依した。
教皇の気に入られ、教会の討伐部隊に採用。魔物や怪異・異教の信徒や魔族を制圧する討伐部隊では断罪の業火と恐れられる程の功績を上げ、神官長に推挙される。冒険者時代に伯爵とは面識あり。
・侍女長(メアリー先生):男爵家に生まれ魔法学校に進学。優秀な成績を収めたので、魔法大学に進学。魔法大学で教職の免許を取り、魔法学校に就職。
その時代の教え子の一人が伯爵。働きぶりを評価され教頭になり、やがて校長に推挙されるも辞退。退職後、教皇から依頼され、神官長に行儀作法を教え込む。その縁で、教皇からの推薦を受けて第二王女の家庭教師となり、その後王宮の侍女長を拝命する。
王宮の情勢に精通し王女の信頼が厚いだけでなく、長年魔法学校に勤めたことで、国内の貴族全般に詳しい。
<勇者召喚の秘伝書>
王家に代々伝わる秘伝書の一つ。勇者召喚の魔法陣の作成法をはじめ、様々なノウハウをまとめている。
その基本は、勇者は王家の客人としてもてなし、軍と教会で補佐すべし。いくつかのべからず集があり、勇者の世界のことを聞き出すことは固く禁じられている。
とどのつまりは王家の後継者争いと魔王の復活が絡み合った召喚なわけですな。神官長だけでなく伯爵も冒険者上がりとは思わなかった。侍女長を中心にして王女・伯爵・神官長がつながっている訳で、ある意味知り合いで固めたチームだな。
王家(王女)を教会(神官長)と軍(伯爵)が支えている訳で、秘伝書の通りというわけだ。
気になることがあるので、聞いてみよう。
「神官長の、教皇が気に入って養女にした、という所が良く分からないのですが」
先生は少し言いにくそうに応えた。
「イリアは若い時はアイスドールとか氷の妖精と言われるほどの美貌を誇っていました。火魔法が得意なのですが、喜怒哀楽をまったく顔に出さない所を氷にたとえられていたのでしょう。
イリアが教会に駆け込んだ時にたまたま教皇が居合わせたのです。教皇はイリアをいたく気に入りました。しかし、身分差がありすぎて側室にすることも妾にすることもかないません。やむなく養女としたのです」
え?そういうことなの?そんなのあり?
「しかし、イリアの信仰は多分本物です。討伐部隊にいたときは苛烈すぎて、成果が上がるものの現場がついていけなくなり、神官長に移動されました。しかし、光魔法が使えないことで、思ったような評価は得られていないようです」
「イリアさんはなんなのですか?」
思わず聞いてしまった。
「狂信者か狂信者のふりをした狡猾な女、あるいはその両方ですね。残念ながら私はいまだに判別がつきません」
ここで水野が話に加わった。
「一つ分からないことがあるんですが、いいですか?」
「なんなりとどうぞ」
「魔王を討伐するだけならクラス全員の面倒を見る必要は無いと思うんですよ。見込みのある奴だけ残して俺みたいなのは放置すればいい。なぜここまで平等に面倒を見てくれるのでしょうか?」
先生は手を叩いて喜んだ。
「本質を突きましたね。流石は水野様です」
ここで一度言葉を切ると、先生は俺たちを見回してから静かに言った。
「皆様はミドガルト王国をどう思われますか?」
「どういう意味でしょうか?」
羽河が慎重に聞き返した。
「そうですね。ハイランド王国は豊富な地下資源を持っています。ネーデルティア共和国は内在する十八の国が魔法技術や特産品の開発や社会制度の改革で日々切磋琢磨しています。
我が国は端的に言えば麦を作っているだけです。それらの国と比べて将来どうなるのか、と言い換えましょうか」
「私は衰退すると思います」
羽河は、はっきり答えた。
「おっしゃる通りです。輝かしい歴史の上に胡坐をかいているだけでは、先祖の貴重な財産を食いつぶしていくだけになるでしょう。王女様は秘伝書の言葉と我が国の行く末を同時に勘案なさってある考えに至りました」
俺たちは固唾をのんで次の言葉を待った。
「わが王国にだけにあるものは何か。それは即ち勇者召喚の儀式に他なりません。そして、秘伝書の『もてなし』の意味は二通りに解釈できる。すなわち勇者とトラブルを起こすと大きな問題が発生する可能性がある。そして逆にもてなすことで得られるものがあると」
ここまでは予想通り。だとしたらどうする?
「王女様は召喚されし者をその知識ごと、この国に取り込むおつもりです。召喚されし者はこの世界に足りないものを自ら作ろうとするでしょう。それは即ちこの王国を繫栄させることにつながるとお考えなのです」
先生はもう一度俺たちを見渡した後で志摩に話しかけた。
「志摩様、志摩様のお世話係はいかがですか?」
志摩は少し赤くなりながらこたえた。
「はい、いつも優しく世話してくれて有難く思っています」
先生は続けて聞いた。
「浅野様・羽河様・利根川様はいかがですか?」
「僕の場合はちょっと違うけど、きれいで親切だと思います」
「イケメンなのに物腰低くて紳士的で言うことないですね」
「そうそう。タイプは違うけどイケメンという所はみんな共通しているよね。敬意をもって接してくれるし。男子についているお世話係も可愛いくて性格の良い子ばかりじゃない?」
利根川がまとめてくれた。
先生は真顔になるとさらりとこたえた。
「もうお気づきですね。召喚されし者と夫婦となった場合、あるいは子をなした場合には、男子には男爵位と官職が、女子には男爵位と年金が与えられることになっています」
多分そうじゃないかと思っていたがここまではっきり言われるとこたえるな。
「もちろん、全員の家系・親族・家庭環境や性格に素行、身体の調査はしておりますので、結婚しても何の問題も無いと思いますよ。ちなみに男子は子爵から男爵家の三男以下、女子は侯爵から男爵家の二女以下から希望者を募り、その中から選抜しております。行儀作法や応対を学ぶため、男女とも一年前から神殿に預けて修行させておりました」
そこまでやるのか、というのが正直な感想だった。でも、勇者を資源と見なせばそうなるのかもな。皆一様にため息をついた。
「もちろん、一定の規制は設けております。原則としてお世話係からの誘いは一切禁止です。あくまで誠心誠意お世話して、その結果相手方からお誘いを受けた場合のみ、ということになっております」
ここで先生は水野に話しかけた。
「水野様は召喚の日にお世話係のサラ・フォーデリカに婚姻の申し込みをされたそうですが、その理由をお伺いしてよろしいでしょうか?」
またまたびっくりだよ。ひょっとして一目惚れ、というやつか?水野の奴、おとなしくて目立たない地味な奴かと思っていたけど、決断力と行動力ありすぎだよ。
水野は頭をかきながらこたえた。
「個人的なことになりますが、俺は自分の名前に凄く劣等感を持っているんです。だから、初対面で俺の名前を聞いた時に笑ったり怒ったりびっくりしない人がいたら、その人と結婚しようと決めていました。サラさんはぴったり条件に合ったんです。まだ承諾の返事は貰っていないんですが、いつか許してもらえるように頑張ります」
先生は驚くことなく尋ねた。
「先ほどの私の話を聞いても決意は変わりませんか?」
「もちろんです。俺は自分の目を信じます」
先生は柔らかく微笑むと歌うように告げた。
「サラは幸せ者ですね。このような立派な殿方に巡り会うことができて」
先生は続けて浅野に話しかけた。
「浅野様、何か質問はございませんか?」
浅野は木田の顔を一度見ると尋ねた。
「あの、深刻な話の後で恐縮なんですが、今日の席で何が一番面白かったでしょうか?」
先生は少し考えこんだ後にこたえた。
「もちろん、あのアジフライは驚きでした。はじめの合唱にも心が震えました。しかし、私が最も衝撃を受けたのは、平井様のお芝居でした」
「どうしてでしょうか?」
「私が習い、覚え、修行し、使い、教えた魔法は全て戦闘か実用のための魔法でした。あのように、楽しみ事のために使う魔法を初めて見たのです。心の底から素晴らしいと思いました」
ひょっとすると平井の黒歴史になるかもと思っていたが、そうではなかったようだ。ついでだから、最後に聞いておこう。
「すみません。最後に一つ質問を良いですか?」
「谷山様、なんでしょう?」
「魔法学校の校長に推挙された時、どうして辞退されたんですか?」
先生は遠くを見るような顔をすると淡々と答えた。
「あの時は不祥事が重なって適任の後継者がいなかったため、やむなく私の名前が上がったのです。しかし、公爵家や王族の子弟まで預かる魔法学校の校長は、男爵家では爵位が足りないのです。
もし私が校長になったらただのお飾りになってしまい、何か問題があった場合の責任を取るくらいしかやることはなかったでしょう」
話はこれで終った。先生は今まで話したことは全て秘密だと念を押し、再度お礼を述べると、贈り物をマジックボックスに詰めて帰った。
真実を知ったからと言って何かするわけじゃないけど、なんかブルーな気分だぜ。気が付いたら、まだ野田がチェンバロを弾いていた。羽河もまだ飯を食っていなかったので、野田と羽河のご飯を持ってきてから三人でテーブルを囲んだ。
そして二人が食べ終わるまで付き合った。野田が幸せそうな顔でアジフライを食べるのを見ていると、なぜか救われた気分になった。
思いがけない内情暴露でした。お世話係全員ハニートラップとはこれいかに。