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第272話:洞窟地帯25

 手早く矢を回収した鷹町は俺に言った。

「魔王討伐が終わった後、この世界に残ることがあったらやりたい仕事があるの」

 俺が黙って頷くと、鷹町は笑顔で続けた。

「魔女の宅配便!」


 宅急便ではなく宅配便だった。予想に近い答えだったが、これだけは言っておかなければ。

「鷹町、魔女の宅配便をやるためにあと一つだけ必要なものがある」

 おそらく自分でも分っているのだろうが、鷹町は真剣な顔で聞いた。

「何?」


 俺も真面目にこたえた。

「魔女と言えば使い魔が必要だ。マスコットみたいなもんだな。出来れば黒猫が望ましい」

 原作に対するオマージュとして当然だろう。鷹町は深く頷いた。

「分かった。まずはミケをスカウトしてみる」


 レイナさんの説得に成功したら三毛猫が宅配便のトレードマークになってしまうかもしれないが、それはそれで面白いかもしれない。利根川がついでのように聞いた。

「菜花ちゃんは白光白熱ホワイトライト・ホワイトヒートもスカイハイもあるのになんで弓を使うの?」


 鷹町の答えはシンプルだった。

「どっちも魔力の消費が無駄に多いんだよね。オークやオーガ相手に気軽に使える攻撃手段が欲しかったの。それになんといっても弓は魔力が無くても使えるし」


 鷹町にとってオークやオーガは既に雑魚キャラでしかないようだ。空中を高速で移動しながら自由自在に攻撃できる弓士。平面でしか動けずリーチの短い武器しかない歩兵に対するヘリコプターのような存在だ。敵にとっては死神のような存在だろうな。


 口を開けたまま呆けている伯爵をしり目に平井が目をキラキラさせながらやってきた。

「菜花、乗せてー」

 鷹町は二つ返事でOKすると、魔法少女ゆかりんに変身した平井を後ろに乗せて飛んでみせた。もちろん絶対領域を死守するプログラムは発動済みみたい。体重が軽ければ二人乗りもOKのようだ。平井は鷹町の腰に手を回して大喜びしていた。


 これで終わりかと思ったら、地上に戻った平井は一人で乗りたいと言い出した。当然断るかと思ったら鷹町はあっさりOKした。平井は既にフレンド設定が終わっており、飛行の管制もほぼレイジングハートが行っているので問題ないらしい。飛ぶだけなら、命令は「飛べ」と「着陸」の二つだけで良いそうだ。あとはレイジングハートがよろしくやってくれるらしい。


 一人で空を飛び回りながら手を叩いて大喜びしている平井を見て江宮がつぶやいた。

「リトルウイングを魔法陣化することができたら空飛ぶ箒を実用化できそうだな」

 ここではない別の世界の話のような気がするが、気にしたら負けだ。


 もしそんなのができたら、大剣を振り回しながらの三次元機動で対格差をものとしない平井無双が始まるかもしれない。伯爵が鷹町にリトルウイングを王都では絶対に使わないようくどいほど念を押していた。


 次の休憩ポイントで新しいオリジナル魔法に挑戦したのは志摩だった。なんでも複数の魔法を混ぜたかなり実験的な魔法だそうだ。今回の被験者はゴブリンだった。近くに巣があったので、羽河に頼んでこっちに誘導してもらったのだ。


 志摩の詠唱が終わった後しばらく待っていると、羽河が右手を上げて戻ってきた。指を全部立てていたので、五匹いるみたい。羽河の後を追ってわめきながら走ってくるゴブリン達を見て、志摩はキーワードを告げた。


「アース・ウインド&ファイヤー」

 次の瞬間地震が起こった。震源地はゴブリン達の真下だった。どうしてわかったかって?答えはゴブリン達の足元に長さ二十メートルほどの地割れができたから。逃げ出そうとしたゴブリン達をつむじ風のような突風が地割れの中に叩きこんだ。


 緑色の小人たちは悲鳴だけ残して地割れの中に飲み込まれてしまった。これで終わりかと思ったら違った。山火事のような赤い炎が地割れから一気に噴き出した。赤いカーテンのように風にたなびいている。緑の大地にはためく赤い炎は大地の舌のように見えた。ゴブリン達の悲鳴はすぐに消えた。


 炎が消えると同時にまたも地震が発生して、地割れはきれいに元に戻った。生きながら焼かれ土葬にされたゴブリン達は地面の下だ。志摩が俺に謝った。

「魔石の回収はあきらめてくれ」


 ゴブリン達は少なくても地下十メートルでおねんねしているそうだ。あきらめるしかないが、そういうことはどうでもよい。俺は感動していた。

「凄いじゃないか。魔法の三重奏だ」


 そうだ。パーフェクトストーム(水魔法+風魔法)のように異なる二つの魔法のかけ合わせはあったが、三種類の魔法の同時行使に成功したのは志摩が初めてだ。こいつもいわゆる一つの天才なのかもしれない。


 志摩は笑顔で自分の右の足首を指さした。

「こいつのお陰だよ。大地のアンクレットがうまいことバランスやタイミングを調整してくれるんだ」


 土魔法をメインに風魔法と火魔法を組み合わせた志摩の魔法は、佐藤の新魔法と同じく魔力が増えスキルレベルが上がると威力も上がるそうだ。伯爵はまたも絶句していた。


 その後は特に問題なく旅は続き、日が落ちるころには王都にたどり着いた。門の前でロボにサヨナラしてから宿舎に戻った。玄関では先生やお世話係をはじめみんなが迎えてくれた。予定より到着が遅れたので心配していたようだ。みんなで伯爵やイリアさんに同行のお礼を言ってから門をくぐった。


 俺は先生に挨拶してからそのまま食堂に行った。あとは羽河がやってくれるだろう。食堂の隅にピアノを置くと庭に出て太郎にお土産(廃棄フォルダ内のオークの半身)を渡す。頭を撫でてやると嬉しそうに体を巻き付けて締め上げてきた。蛇なりの愛情表現かもしれないが苦しいな。


 太郎を振りほどいてからラウンジに戻ると、隅のテーブルで羽河・利根川・工藤・水野が先生と話し込んでいた。サイレントの魔法をかけているようで声は聞こえない。洞窟地帯の報告と相談かな。羽河の視線に気づかないふりをしてカウンターに行った。木っ君を受け取り部屋に戻る。窓際に鉢を置いて外を見るともう暗い。明かりもつけずにベッドに腰かけてぼんやりしていると、ヒデが扉を開けて入って来た。


「何してんだ。風呂に行くぞ」

 どうやら俺が帰ってくるのを待っていたみたいだ。支度して部屋の外に出ると冬梅が立っていた。そのまま三人で大浴場に行った。


 五日ぶりの風呂は最高に気持ち良かった。三人並んで湯船につかり壁の富士山を眺めていると、しみじみ「帰って来た」事を実感したのだった。なんだか平井の悲鳴が聞こえたような気がしたが、空耳だろう。


 風呂から上がって食堂に行く途中、ラウンジを通ると羽河につかまった。

「どうした?」

 羽河は疲れた顔でつぶやいた。

「元魔王と会ったことが問題みたい。王女様がじきじきに来るそうよ」


 俺は思わず叫んだ。

「いつ?」

 羽河は感情の無い声でこたえた。

「今日、今から。打ち上げが晩さん会になっちゃったわ」


 王女様は既にこっちに向かっているそうだ。俺は黙って天を仰いだ。全部あのすっとぼけた元魔王のせいだ、きっと。ふつふつと沸きあがる怒りを押し殺しながら歩いていると、食道の入り口で平井に会った。いつもより顔が赤かったので、つい声をかけてしまった。


「どうした?また風呂でおぼれたか?」

 平井は真っ赤になりながら叫んだ。

「な、なによ。ちょっとむせただけよ」

 しかし一緒にいた一条・小山・鷹町の反応は違った。みんな犯人を追い詰める刑事のような鋭い目で俺を見ている。


 一条が低い声で言った。

「前も同じことがあった」

 鷹町が懐に手を入れながら言った。多分レイジングハートを握っている。

「覗き?」

 小山が首をかしげながら言った。

「気配はなかったけど・・・怪しい」


 俺を助けてくれたのはヒデと冬梅だった。

「たった今まで一緒に風呂に入っていたんだぜ。覗きなんかする暇はねえよ」

「そうだ。僕も一緒だったから間違いないよ」


 二人が証言してくれたお陰で俺の疑いは晴れたが、一条は「俺と冬梅が一緒に風呂に入った」ことが気に入らなかったみたいで、冬梅に小声で文句を言っていた。食堂に入るとテーブルの配置は既に王女様シフトに代わっていた。いつも通り献上品の手配を平野に頼んでからラウンジに戻ってお客様の到着を待つとしよう。

アース・ウインド&ファイヤー(Earth, Wind & Fire)はグラミー賞を6回も受賞した70年代を代表するポップバンドです。ツインボーカルにホーンセクションを加えた9人組(後に10人になる)の大バンドです。R&B、ソウル、ジャズ、ファンクを融合した独自の音楽はディスコで大人気でした。バンド名の由来ですが、占星術によると中心メンバーであるモーリス・ホワイトの星図に土と空気と火の3つの要素があることから、Earth, Wind & Fireと名づけたそうです。スピリチャルですね。

またまた王女様の来訪です。元とはいえ魔王との接触は一大事件なのですね。

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