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第270話:洞窟地帯23

 新しい魔法のテストは全て終了した。あとは2B1まで行くだけだ。出来ればもう魔物には会いたくないのだが、そうは問屋が卸さない。またもやオークが三頭登場した。対するのは砂かけ婆・小豆洗い・子泣き爺の三人(さすがにつるべ火は戦力外)。オークをまじまじと見つめた三人が何か言いたそうな顔をしたので、俺は叫んだ。


「ぬりかべ、頼む」

 俺たちとオーク達の中間の空間が一瞬波打った。結界魔法持ちは何かを感じたようだが、オーク達は構わず前進して、透明な壁にぶつかった。


 怪力をもって知られるオークだが、殴る・蹴る・噛みつく・引っ掻く、果ては体当たりしても透明な壁はびくともしない。俺たちの姿は見えているのに一歩も近づくことができないオーク達は憤怒の叫びをあげた。


「あれはなんだ?」

 佐藤が前に出てきて聞いた。まんざらでもなさそうな利根川の手を離していない所が笑える。

「ぬりかべさ」


 俺のこたえに佐藤は驚いた顔で聞きかえした。

「ぬりかべって四角くてでかい餅みたな妖怪じゃなかったけ?」

 どうやら俺と同じくアニメでの姿を思い描いていたようだ。


 冬梅によると北九州地方の伝承では突然目の前に見えない壁が出現し、前に進むことができない状態を引き起こす妖怪なのだそうだ。横から回り込もうとしてもどこまでも壁が続き、上を飛び越えることもできないとか。


「壁役にぴったりね。重力制御かしら?」

 前に移動してきた平井が感心したように言った。もちろん一条と尾上も付いてきている。

「なんせ名前が『ぬりかべ』だからな」


 俺の軽口に笑いながら平井たちは刀を抜いた。準備ができたようなので、再度声をかける。

「ぬりかべ、よくやった。下がってくれ」


 オーク達の目の前の空気が波打つと同時に平井が飛び込んだ。この辺のタイミングの見極めが平井の最もすごい所だと思う。先頭のオークは手を上げることもなく首を刎ねられた。きっと何が起こったのかすら分からなかっただろう。続いて突っ込んだ一条と尾上が左右それぞれのオークの首を刎ねた。戦闘はほんの数秒で終わった。


 三体のオークをアイテムボックスに収納していると、伯爵が拍手しながらやってきた。

「素晴らしい、素晴らしいですぞ」

 伯爵によると、アタッカーが準備できるまで壁役が頑張れば勝ちが見えてくるそうだ。一般的に魔法の威力と呪文の長さは比例するので、優秀な魔法使いほど優秀な壁役を必要とするのだとか。


 その後もぬりかべは活躍(?)した。グールが現れたら平井たちを下げて浅野・洋子・工藤を前に呼ぶことができる。敵を引き付けるだけ引きつけてから足止めし、こっちのタイミングで攻めることができるので、洞窟という閉鎖された環境ではある意味無敵かもしれない。


 2B1に着いたので、本日の特別ミッションは完了だ。点呼が完了したので羽河に声をかけようとしたら、隣の2B2に誰かがいることに気が付いた。目を凝らしてよく見ると、あのうさん臭い元魔王だった。

 

 元魔王は半透明の姿で話しかけてきた。実は映像だけなのかもしれない。

「お前たちの力の秘密が分かったぞ」

 俺はとりあえずこたえた。

「何だ?」


 元魔王は少しだけ興奮しているようだった。

「お前たちの世界の知識・知恵・伝説・伝承だ。それを魔法に混ぜることで奇想天外で驚くような力を得ている」


 俺は少しだけ感心した。こいつ分かっているな。俺が頷いたのを見て元魔王は続けた。

「我が自由の身であればお前たちのクランに潜りこむのであるがな。さぞかし刺激的な経験になるであろう」


 俺の頭の上でブラックパールが身構えたような気がした。俺も絶対嫌だ。顔色に出たのか、元魔王はにやりと笑った。

「そんな顔をするな。冗談だ」


 俺はため息をつきながらこたえた。

「あやうく鉄砲玉が飛び出すところだったぞ。いろいろ世話になったがこれでさよならだ」

 元魔王は手を振りながら頷いた。

「気が向いたらいつでも遊びに来い。出来ればあの薬酒を持ってきてくれ。歓迎するぞ」


 俺は黙って手を振った。後ろで羽河が呪文を唱えていた。早く帰りたかった。床を突き抜けどこまでも落ちていくと白い光が爆発して、床の文字は1F1に代わっていた。無事に帰ってこれたみたい。


 やっぱりあの男は苦手だ。強い弱いの問題ではなくて人間とは根源的に異なる生物という感じがする。そんなことを考えながら歩いていると外に出た。青い空、白い雲、そよぐ風、何でもない風景にすごくほっとしている自分がいた。程度は違うが皆同じみたい。そんな俺たちをさらになごませてくれる客人が待っていた。


 灰色のモフモフが風のように走ってきて浅野に飛びついた。久々に登場したロボだった。流石は狼、これだけ距離が離れていても匂いで分かるのだろうか。冬梅が妖怪たちを帰そうとしていたので呼び止めた。


「どうしたの?」

「いや、ぬりかべに礼を言ってなかったと思ってな」

 俺は「ぬりかべ、ありがとうな」と言いながら空気を抱くような感じで右手を回した。冗談でやったのだが、なぜか身体の前面にはヒヤリとした感触、右手には石のような重みを感じた。


 砂かけ婆が感心したような顔で俺を見た。

「人でありながらぬりかべが見えるとは珍しい」

 子泣き爺が笑いながら首を振った。

「驚くことはなかろう。蛇や蜘蛛と同衾する男じゃ。我らの仲間みたいなもんじゃ」


 なぜだか冬梅まで頷いているが、無視してぬりかべに話しかけた。

「これはお礼代わりだ。好きなだけ食ってくれ」

 オークを一頭出すとゴキゴキバキバキという音と共にオークの体が見る間に小さくなっていく。食われているのだ。血の一滴も残さずにオークは頭から足まで消えてしまった。


「『腹いっぱい。うまかった』と言っている」

 小豆洗いが通訳してくれた。

「あのぬらりんひょんみたいな奴には油断するでないぞ」

 ぬらりんひょんとは元魔王のことだろう。砂かけ婆の言葉に「分かった」とこたえると、妖怪たちはお土産をもって満足げに帰っていった。


 残留組は皆それぞれ自由に過ごしたようだ。目立ったのは鷹町と夜神だ。鷹町はレイジングハートを手に広場の上を自由自在に飛び回っていた。速度はバイク並み、平均で時速八十キロくらい出ているかもしれない。


 満面の笑顔が楽しそうだった。リトル・ウイングを完全に使いこなしているみたい。重力のくびきから解放され鳥のように軽やかに飛び回る鷹町を見て伯爵が口を開けて放心していた。


 夜神は江宮相手に打ち込みの練習をしていた。木の棒を持ち江宮の頭めがけて力いっぱい振り下ろすのだ。こういうと簡単そうに聞こえるが、人の頭を思いっきり叩くのは文明人には逆に難しいのだ。怪我させたらいけないと無意識にブレーキがかかるから。


 これは必要に応じてブレーキを外すための心理的なトレーニングも兼ねているのだ。もちろん江宮は木の棒の両端を持ってガードしているが、斧術がついた夜神の振りは前と比べて段違いに鋭い。江宮もよくやるな。


 俺は中原の様子を見に行った。あれからずっと寝ずの番で例の卵を抱えているのだ。藤原・三平・水野などが交代で面倒を見ているとのこと。思ったより元気そうだったので安心した。


 全員揃ったので、俺たちは思い思いの形で洞窟に感謝の気持ちを表してから馬車に乗り込んだ。昼前に出発したので、夜までには宿舎にたどり着くだろう。ロボは浅野の乗った馬車の横を並走している。


 野田は江宮に作って欲しいものがあると言って平井たちの馬車に乗り込んだ。フットベース(オルガンやピアノを弾きながらベースのパートを弾くためのペダル式のベース)を作って欲しいそうだ。確かドアーズのレイ・マンザレクやレッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズが使っていたような気がする。


 ベースがいないのでこのままでは野田の負担が大変なのだそうだ。夏祭りで一ステージぶっ通しで頑張ると左手が死んでしまうらしい。今のところ基本的なメンバー構成は浅野:ボーカル、野田:ピアノ&ベース、伊藤:ギターとなるそうだ。ドラムスがいないのは問題だが、楽器がないので仕方ないだろう。

 野田にバンドとしての名前をつけたらどうかと言ったら、「考えてみる」と明るくこたえてくれた。

洞窟地帯の演習は無事完了しました。レベルアップや新魔法だけでなく自分たちの立ち位置を確認する意味でも収穫はあったみたい。ぬりかべを壁役に使えたら便利かも。

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