第269話:洞窟地帯22
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思ったより使えると手ごたえを感じたのだろうか、平野は満足げに後ろに下がった。代わって前に来たのは野田だった。野田は言った。
「なんか歌が聞こえる」
耳を澄ますと確かに歌らしきものが聞こえる。誰かと思って回りを見ると小豆洗いだった。道の端の水路で小豆を洗いながら小豆の数を数えていた。気分よさそうにしていたのでそのまま置いていこうとしたら、洗いながらついてきた。器用だな。
次に現れたのはオーガだった。三頭いる。日が当たらないせいか、魚の腹のような白い肌に浮き出た赤や青の血管が不気味だ。野田は臆することなく素早く呪文を唱えると、キーワードを叫んだ。
「温め三十秒!」
タクトのような杖を振ると同時にオーガ達のいる前後五メートルほどの壁・床・天井全面がバチバチ音を立てた。青白い火花を吹きだしながら、まぶしく輝いている。なんだこりゃ?オーガ達も驚いて走りだそうとしたみたいだが、足が止まった。目がくるりと回って崩れ落ちる。
しばらくするとチーンという音が響いた。火花は止まってムワッとした肉の匂いが押し寄せた。気が付かなかったけど結界を張っていて、それを解除したようだ。よく見るとオーガの耳や口から白い湯気が上がっている。
野田を見つめると、笑顔で説明してくれた。
「冷めた紅茶を温めるときに電子レンジがあると便利だなと思ってさ、それで作ったんだ。電磁波を反射する結界を作るのが大変だったけど、なんとかなったよ」
洞窟の場合は温める(?)物の前後に結界を張るだけで良いので簡単だそうだ。火花が上がったのはミスリルが電磁波に反応したのかもしれない。なんにせよ魔法で電磁波を作ってしまったのは凄いとしか言いようがない。
伯爵が説明を求めたので「生きたまま蒸し焼きにする魔法」と説明すると絶句していた。ちなみに野田が一番凝ったのは「チーン」という終了音だそうだ。最近は「ピー」という電子音が一般的だが、分かりやすさを考えて敢えて昔ながらの終了音にしたそうだ。
魔法名については「電子レンジ」で決まりだそうだ。安直すぎるかもしれないけど、分かりやすいのは良いと思う。相手や数によってキーワードで秒数を変更するのだろうな。
温め時間についてはオートの設定はできないので、勘で設定しているそうだ。一頭を味見した(肝臓と腎臓と脳みそは取り合いになった)妖怪たちによると「生煮え」で「まずい」とのこと。とりあえず食べ残しは廃棄フォルダに、残り二頭はアイテムボックスに収納した。
妖怪たちの訴えを聞いた平野が「生煮えは良くない。お腹を壊す」と強硬に主張するので、引き続きテストして調整することになった。俺たちがやっているのは討伐であって料理ではないのだが、平野があまりに真剣なので誰も反対できなかった。
二回目の被検体はオーク四頭だった。野田のキーワードが洞窟に響く。
「温め一分!」
今回は長めに設定したようだ。開始十秒でオーク達は倒れた。やがて頭から水蒸気みたいなのが噴き出し・・・最後に爆発した。結界の中は血と肉片で赤く染まった。グロを通り越してスプラッタになってしまった。
キーワードで予想していたのか、二回目で慣れたのか誰も吐かなかった。伯爵たちが真っ青になっていたので、「時間をかけすぎると爆発することがあります」と説明した。魔石だけ回収して残りは廃棄フォルダに入れた。
三回目の被検体はオーガ五頭だった。再び野田のキーワードが洞窟に響く。
「温めオート!」
今度は爆発しなかった。味見した妖怪たちもOKサインを出している。丁度良い火加減(?)だったようだ。
野田が誇らしげに説明した。
「結界を張るのと同時に対象の体重を計って、必要な秒数を自動で計算しているんだ」
平野も笑顔で頷いたのでこれで完成だろう。
こうして俺の頭の中の「決して怒らせてはいけない人」リストの四番目には野田が入ることになった。それにしても生きたまま電子レンジで温められたらどんな感じがするのだろうか?都市伝説で濡れた猫を乾かすために電子レンジに入れてチンした女の話を聞いたことがあるが、まさか実写版を見られるとは思わなかったぜ。
野田に代わって先頭に来たのは利根川と佐藤だ。やる気満々の利根川に比べ、佐藤はしかめっ面で利根川の左手を右手で握りしめていた。妖怪たちを引き連れて利根川は先頭を進む。「早く出てこい池の鯉~」と歌っていなければまるで魔女だな。
小山が合図する前から佐藤は左手で杖を振った。佐藤の張った結界の中でコボルトが五頭右往左往している。利根川が右手で杖を振りながら静かに呪文を唱え、キーワードを告げた。
「ホワイトルーム」
結界の中は突然白い煙で満たされた。文字通り白い部屋だ。危険が高まったことを感じたのかコボルト達が吠えながら走り回っている。結界に体当たりしたり、爪で引っ掻いたりするが全て無駄に終わった。
「点火!」
利根川の無情な声が終わりを告げた。一瞬赤い光が結界の中で走ると同時に白い部屋は深紅の炎で満たされた。ドカンという轟音と共に後ろの結界は崩壊し、爆風が後方に一気に流れた。
佐藤が前の結界を解除すると、焦げた匂いとばらばらになったコボルトの死体が残っていた。今日はスプラッタばかりだな。魔石だけ回収して残りの肉片は廃棄フォルダに入れた。伯爵はまたもや絶句していた。
「粉塵爆発の応用よ」
自慢げに言った利根川に聞いた。
「もしかするとあの小麦粉を使ったのか?」
利根川は大きく頷いた。以前厨房で小麦粉の大量の在庫が見つかった際に利根川も平野から貰ったらしい。
「小麦粉を均一な微粒子にすることと、爆発に最適な濃度を見つけるのに苦労したわ」
魔法としては佐藤が獲物の前後に結界を張り、その中に利根川がアイテムボックスに保管している小麦粉を送り込んで、火魔法で点火させているそうだ。
伯爵に粉塵爆発の原理を説明し、原料は小麦粉だけであることを伝えると驚愕していた。
「空中を漂う埃が一定の濃度に達すると爆発の危険があるということですか?」
俺が頷くと伯爵は大きなため息をついた。
「実はわが国でもまれに鉱山で原因不明の爆発事故が起こっておるのです。火の気がない所で発生しているので、魔物や他国のスパイの仕業と思われていたのですが、この事象のせいかもしれませんな」
ぶつぶつ独り言を言い始めた伯爵をほっておいて佐藤に聞いた。
「今回はたまたま後ろの結界が先に壊れたから良かったけど、前後が同時に、あるいは前の結界が先に壊れたら危ないんじゃないか?」
佐藤に代わって利根川が答えた。
「もちろん私たちから遠い方の結界を少しだけ薄く作っているのよ。近い安全にはちゃんと配慮しているわ」
残念ながら「ホワイトルーム」は伯爵から洞窟内での使用禁止を言い渡された。爆発の規模が大きかったらしい。利根川は不満そうだが、坑道が崩落する危険があると言われたらどうしようもないな。
利根川・佐藤組に代わって先頭に来たのは千堂だ。
「待ちくたびれたで」
言葉は不満そうだが、目にはやる気が漲っている。
前回見たときは「天国への階段」を使って自分の倍以上重いオーガを圧倒した千堂だが、新しいスキル「加重」はどんなスキルなのだろうか。期待と不安が混ざった空気の中で現れたのはオーガが三頭。
千堂は臆することなく前に出ると全力で咆哮を上げた。真正面から咆哮を浴びせられ血が上ったのか、先頭の一頭が突っ込んできた。ハンドボールほどありそうな右の拳を丸めて正面から殴りかかってくる。千堂は余裕でかわ・・・さなかった。馬鹿正直に左腕と左肩でブロックする。
教科書通りの防御だが「それはアカンやろ」という暇もなかった。オーガのフックが風を巻いて千堂の顔をめがけ振り下ろされた。ドカンという音と共に千堂は吹っ飛ば・・・されなかった。
千堂は大地に根を張ったかのように両足を開いたまましっかり立っていた。常識的にはありえない光景だ。おそらくオーガの体重は千堂の約三倍以上ある。端的に言えばバンタム級の選手がヘビー級のパンチに耐えたということになるのだ。
千堂は小さく息を吐くと呟いた。
「頑健に強力、加重を足して何とかということやな。今度はこっちの番やで」
ガードの下から覗く虎のように獰猛な目を見て恐れを感じたのか、オーガが一瞬後ろに身を引いた瞬間、千堂の右手がスイングした。
斜め下から突き上げるような軌道で放たれたパンチ、いわゆるスマッシュはオーガのがら空きの左わき腹に突き刺さった。オーガは体を半分に折るようにして天井までぶっ飛ばされた。二頭目は左のフック、三頭目は右のストレート、それぞれ一発で仕留めた千堂は、右手を高く上げてくるりと一回転した。なぜか知らないがみんな拍手で祝福したのだった。
俺は満面の笑顔を見せた千堂に聞いた。
「加重ってなんのスキルなんだ?」
千堂は機嫌よさそうにこたえた。
「手っ取り早く言えば体重を増やすスキルやな」
俺は首を振って聞いた。
「どういう意味か良く分からん」
千堂は右腕で力こぶを作りながらこたえた。
「オーガと戦っている時、ワイの体重は三百キロあったんや。スキル加重で最大の五倍を選択したからな」
やっと理解できた。
「補正がかかったということか!」
俺の言葉に千堂は笑顔で肯定した。
「その通りや。わいが防御・攻撃をした時、自動的に体重が五倍あるものとして計算される」
体重は格闘技においては非常に重要だ。ボクシングやレスリングが厳格な体重制を守っているのは、勝負において体重が決定的な要素であることを示している。もっと分かりやすく言うと、軽乗用車と10トントラックが相対速度百キロで真正面から衝突した場合を想定したら良い。
軽乗用車はぶっ飛ばされて無残にも鉄の塊と化すだろうが、10トントラックはバンパーがへこんだ程度で終わるかもしれないのだ。千堂は「天国への階段」で体格のハンディを克服したが、「加重」によって体重のハンディを乗り越えたようだ。
野田さんもえぐい魔法を作りました。洞窟型電子レンジとでもいうのでしょうか。電磁波は目に見えないだけに怖いですね。「ホワイトルーム」はギターの神様=エリック・クラプトンがメンバーだったことで知られるハードロックの元祖にして究極のスリーピースバンド(ベース&ボーカル:ジャック・ブルース、ドラムス:ジンジャー・ベイカー)であるクリームの代表曲です。同時代に活躍したのはジミ・ヘンドリックスです。クリームはフリーインプロビゼーション、所謂即興を大胆に取り入れたことでも有名です。