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第268話:洞窟地帯21

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 8月17日、火曜日、晴れ。憎たらしいほどきれいな青空が広がっていた。洞窟地帯の五日目。本当は今日は馬車で王都に帰るだけなのだが、平野や野田のお願いでもう一度潜ることになったのだ。


 朝のランニングをしていると、佐藤がうつむきながらだらだら走っている。あまりにもやる気がなさそうだったので、思わず声をかけた。

「どうした?お疲れか?」


 佐藤は下を向いたままこたえた。

「そんなんじゃねえよ。ただ・・・」

 俺はせかさずに次の言葉を待った。


 佐藤は顔を上げると吐き出すように叫んだ。

「嫌いなんだよ。地下とか洞窟とか。おまけに鉱山跡なんだろ。どのくらい前か知らないけど、あんな辛気臭い所でコツコツ地面の下を掘ってたなんて信じられねえ」


 佐藤の言いたいことは分かる。この世界には機械や動力はない。魔法があるとはいえ、ほぼ人力で掘ったことは想像がつく。きっと暗くて狭くて夏は暑く冬は寒い地下、落盤の恐怖に怯えながら気の遠くなるような長期間の過酷な労働によって完成したのがあの洞窟なのだ。


 何かは分からないが、ペリカ以外で佐藤のトラウマを刺激するものがあそこにあるのだろう。しかし、利根川が行く以上、行かないという選択肢は佐藤にはないのだ。男はつらいよ、ということか。ウオオオオオと叫びながら全力で走り始めた佐藤の背中に、密かに頑張れとエールを送ったのだった。


 佐藤がダッシュすると、後ろから声をかけられた。

「大丈夫?」

 羽河だった。俺は振り返らずに返事した。

「多分大丈夫」


 羽河は心配そうな声で言った。

「とてもそうは見えないけど・・・。昨日のことで報告よ。工藤君も夜神さんもどっちも要観察になったそうよ」


 俺は後ろを振り替えながら聞いた。

「ということは現状維持ということか?処分は無しだな?」

 羽河は笑顔でこたえた。

「期限を切っていないから、判断を先延ばししたということね」

 よかった。俺は胸をなでおろしたのだった。


 今日の朝ご飯は茶そばだった。色鮮やかな緑色の麺から爽やかなお茶の香りが立ち上っている。ラグビーボールのような形をした揚げ物が付いていた。何かと思って食べたら、半熟のゆで卵を魚の練り物で覆って揚げた卵の天ぷらだった。和風のスコッチエッグみたいなものだろうか。しみじみうまかった。


 朝食の片づけを終えて今日のおまけアタックの参加者が集まるのをのんびり待っていると、冬梅がやってきた。なんだろ?

「どうした?」


 冬梅は少し困った顔をしながら説明した。

「猫娘とつるべ火から話が広まったみたいで、砂かけ婆たちが召喚しろと言ってきかないんだ。俺も参加していいかな?」


 狭くて暗くて湿っぽくて陰気な洞窟は人間には向かないが、妖怪の目で見たらまた違うのかもしれない。特に反対する理由もないのでOKしたら、千堂がやって来た。

「わいも参加するで」


 千堂も新しく付いたスキルを試したいようだ。もちろんOKした。これで参加者は平野・野田・利根川・佐藤・平井・一条・尾上・工藤・浅野・洋子・木田・楽丸・小山・青井・羽河・冬梅&妖怪軍団・千堂となった。


 俺たちだけでも大丈夫と思うのだが、教会の騎士と伯爵が護衛として同行することになった。伯爵以外の騎士とイリアさんは残留組の護衛に残るそうだ。イリアさんは夜神の監視だな。残留組の指揮は志摩にまかせることにして、俺たちは出発した。冬梅は先頭で妖怪組を率いる事になった。


 ちなみに冬梅が召喚した妖怪は、砂かけ婆・小豆あずき洗い・子泣き爺・ぬりかべ・つるべ火だった。一度に五体も召喚できるとは、冬梅の召喚魔法もかなり上達したみたいだ。妖怪組を先頭に持ってきたのは、洞窟観光だけではなくある役割を期待してのことだが、うまくいくだろうか?


 俺は小山と一緒に先頭に入った。最初に新魔法を試す平野が意欲と不安が混じった顔で同行する。平野以外の新魔法お試し組(野田、利根川&佐藤、千堂)は先頭の次に入ってもらった。


 洞窟に入ると妖怪軍団から歓声が上がった。

「冥土に来るのは久しぶりじゃのう」

 砂かけ婆が感極まったように叫んだ。


「何を言っておる。わしらはまだ死んでおらんぞ」

 子泣き爺が嬉しそうに笑った。

「お日様が出ておらんだけで気持ちのええもんじゃのう」

 小豆洗いも機嫌がよさそうだ。


 圧倒的な暗闇の中、つるべ火のゆらゆら揺れる陰気な光を浴びて、妖怪たちは本来の姿を取り戻した。生き生きしているというと語弊があるが、死んだ魚のようなどろりとした大きな目、土気色をした肌、ぼさぼさの髪の毛、ゾンビではないが生者とはまた別の次元に住む恐ろしい存在であることを改めて実感した。そんな妖怪たちを見て伯爵と教会組は青ざめた。


 ちなみにぬりかべは目に見えない。透明なのだそうだ。漫画やアニメのイメージで白い巨大な餅みたいなのを想像していたが、違ったみたい。俺たちはまずは1F1の転移点を目指した。計画としては1F1から1B1に転移して2B1まで討伐しながら行軍し、2B1に着いたら作戦は完了!転移で1F1に戻る予定だ。


 転移点までは特に魔物は現れなかった。妖怪たちは時折出現する水鼠と黒識を意外な素早さで捕まえては頭からぼりぼり音を立ててかじっていた。ワイルドだなあと思って見ていると、唇についた血をぬぐった子泣き爺がおずおずと水鼠を一匹差し出してくれた。せっかくの好意だが、丁重に断った。


 無事に1F1に着いたので転移することを伝えると妖怪たちは目を輝かせた。「移し」の術と言って、相当高位の妖怪でないと使えないそうだ。問題は妖怪を五匹とも転移できるかどうかだが、冬梅の従者枠で何とかなりそうな気がする。


 つるべ火が転移出来たので問題ないと思うが、砂かけ婆が不安そうな顔をしていたので、冬梅が手を握ってやった。こいつ優しいな。一条の目が少し吊り上がっているが、大丈夫だと思うぞ。交差点を渡るおばあちゃんの手を引くのと同じではなかろうか。


 浅野の呪文が始まった。虹色に輝くチューブを通り抜けると、1B1だった。妖怪たちから再び歓声が起こった。彼らから見ても見事な術だったそうだ。しかし喜んでばかりはいられない。小山によると転移点の外にはもうお客さんが、オークが五頭待っているそうだ。


 俺は平野に声をかけようとしてやめた。暗闇の先を見つめながら一心に呪文を唱えている。平野の呪文が完成するのを待ってから俺たちは出発した。小山の予言通り、転移点を出てすぐの所でオークが闇の中から湧いてきた。ひょっとしてこの暗闇の主も平野たちの新魔法を見たがっているのかもしれない。


「IN&OUTインアウト!」

 凛とした叫び声と共に平野の新魔法がさく裂した。さく裂したという言葉は正しくなかったかもしれない。オーク達のいた空間がぐにゃりと歪んだ次の瞬間には、ピンク色をした肉の塊が五個ころがっていたのだ。同時に巻き起こったのは鼻を殴りつけるような強烈な血と排泄物の匂い。


 両端から血のように赤い汁を垂れ流し、芋虫のようにピクピク動く塊を見ながら俺は聞いた。

「あれはなんだ?」

 平野は誇らしげにこたえた。

「オークよ。五個あるでしょう?」


 横から冬梅が聞いた。

「数はあっているけど・・・。何をしたの?」

 平野は微笑みながらこたえた。

「裏返したのよ。口から肛門までを一本のパイプに見立てて裏返したの。今私たちが見ているのは、食道・胃袋・腸などね。でもね、結構無理やりの力技だから肛門は裂けるし、頭蓋骨は砕けるし、なかなかきれいにはいかないわね」


 唖然としながら肉の塊を見ていると、パンパンに張っていた表面の縦に裂け目が走った。同時に聞こえのは皮が裂ける音なのか断末魔の悲鳴なのかは分からない。ひょっとするとあの状態で今まで生きていたのだろうか?裂け目から飛び出したのは色とりどりの臓物だった。


 血の海に浮かぶ大小さまざまな臓物はシュールな現代美術のようだった。題名タイトルはさしずめ「地獄」だろうか。妖怪どもまで顔をしかめるような惨劇を見て何人かは顔や口を手で覆っていた。俺の頭の中の「決して怒らせてはいけない人」のリストに平野の名前が入った。鷹町・利根川に続く三人目だな。


 ちなみにキーワードにも使っていた「IN&OUT」という魔法名は「インをアウトに、アウトをインに」という意味が込められているそうだ。非常に感覚的な英語だと思います。


 平野は誰かに聞かれたわけでも無いのに経緯いきさつを説明してくれた。野菜の皮むきを魔法で行おうとして試行錯誤していた時に偶然できたのがこの魔法なのだそうだ。いわば失敗魔法だったわけね。


 このままでは前に進めないので、オーク五頭分の肉は全部アイテムボックスに収納した。食用として使えるかどうか微妙だったので、そのまま「廃棄」フォルダに入れた。いずれは堆肥の材料だな。血にまみれた地面も洋子に頼んで清爽クリーンの魔法をかけてもらうと、ようやく歩けるようになった。

平野さんがグロい魔法を作りました。こういう死に方は嫌ですね。

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