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第26話:ハッピーバースデー

 練兵場に行くと、クラブハウスでは伯爵と共に大量の洋服とブーツが待っていた。お直しのために職人たちも控えている。鍛錬の初日に採寸した活動着が出来上がったのだ。部屋の真ん中に仕切りを置いて、男女に分かれて試着した。俺は丁度良かったが、微妙にサイズが合わない奴は職人の所に行って調整してもらう。


 全員OKとなった所で仕切りをとってお披露目だ。俺達野郎どもは武闘組も魔法使い組も基本同じ服だが(魔法使い組が全員ローブを拒否したので)、女の子の魔法使いのローブ姿はちょっと変わっていた。

 ローブの丈を短め(膝と股下の中間位)にして、その下には乗馬服のようなパンツ姿だった。ブーツインできるように、膝から下は細くなっている。


 露出は皆無だが、身を守るためにはこれが良いかもしない。なお、女の子の武闘組は俺たちと一緒だ。つまり、全員露出は皆無という訳で、ビキニアーマーなど夢の世界みたい。


 なぜパンツ姿になったかというと、女の子達から「動きにくい」という圧倒的な意見が出て来たらしい。この世界でも乗馬服は存在しているので、すんなり変更できたようだ。


 伯爵は全員無事に準備できたことを確認すると笑顔で声を上げた。

「いよいよこれで訓練の準備完了ですな。今日から本格的に鍛錬をはじめますぞ」

 俺たちは気持ちを新たにして返事したが・・・。訓練はただひたすら走ることだった。

魔物モンスターを討伐する際にまず必要なことは走力ですぞ。相手から逃げる、相手を追いかける、仲間を助けに行く、全て走ることになりますからな」


 走るだけならいいが、武闘組は得物を持って走らなければならない。剣士や弓士はまだましだが、盾役の二人は本当に大変そうだ。俺も剣を持って走ったが、とにかく走りにくいのよこれ。

 レアスキル持ちのヒデが何も持たずに涼しい顔で走っているのを見ると、羨ましいのを取り越して不公平だと思ってしまった。


 走り方もちょっと変わっていて、全力で一周し、ジョギングで二周、このパターンを三回繰り返したところで一回目の休憩になった。

 皆の様子を見ると、部活でスポーツやっている奴はまだ大丈夫そうだが、それ以外はもう息が上がっているみたい。唯一の例外は小山で、まったく余裕の表情だった。 流石忍者だな。反対に利根川、夜神、鷹町の三人は早々とギブアップしていた。ちなみに野田、三平、平野と羽河は今日は参加していない。


 今日は休憩を挟んで三周×三回を二度繰り返して早めの終了となった。不参加組の服は鷹町が預かった。明日からは前半はランニング、後半は手合わせというメニューになるそうだ。まずは全員で体力づくりということらしい。ちょっと憂鬱。


 宿舎に帰ると風呂に直行。さっぱりと汗を流すとパーティーの準備だ。羽河のお手並み拝見といこうぜ。予定の時間になって食堂に行くとほぼみんな揃っていた。

 六つあるテーブルの配置はこんな感じだ。言うまでもなく、●が先生のテーブルだ。でもテーブルの上はまっさらで何も置かれていない。どうするんだろ。


---入口---

〇 〇 〇

〇 ● 〇


 九時になって先生が入ってくると、全員が立って拍手して迎えた。お、驚いてる驚いてる。

「これはいったい何事でしょうか?」

 花山が青井を従えて先生をお誕生日席にエスコートし、着席してもらう。花山と青井はホスト役としてそのまま先生の左右に残り、対面するテーブルにいた羽河を残して全員着席した。羽河はこの世界風のお辞儀カーテシーをすると、笑顔で挨拶した。


「メアリー先生、お誕生日おめでとうございます。ささやかですが、今日はクラス全員でお祝いさせていただきます」

 風魔法と光魔法を応用したクラッカーが鳴ると、野田の伴奏に合わせて全員で「Happy Birthday to You」を歌った。

 歌い終わるとみんなで拍手して口々にお祝いの言葉をかけた。先生は眼を白黒させていたが、立ち上がってきれいなカーテシーを決めると笑顔でこたえた。


「誕生日を祝ってもらうなど、何年ぶりでしょうか。心より嬉しく思います。本当にありがとうございます」

 全員拍手すると、チェンバロの音が場面転換の効果音風にダダーンと響いた。同時に厨房との境にあるカウンターの所でひげもじゃのおっさんが頭を抱えながら大声を上げた。あれはコック長か?


「どうしよう。祝いの日だってのに寝坊しちまった。料理が何もできてねーよ」

 すると横の席にいた利根川と夜神が立ち上がって話し出した。

「どうしよう、せっかくの祝いの席が料理無しになっちゃう」

「どうしよう、みんなお腹ペコペコだよ」

「そうだ、ゆかりんを呼ぼう」

「そうだね、ゆかりんしかいないよ」


 二人は声を合わせて叫んだ。

『ゆかりーん、助けてー』

 またチェンバロの効果音がガガーンと鳴ると、入口近くのテーブルにいた平井が立ち上がった。紅潮した顔でレイジングハートを掲げ、魔法の呪文を唱える。

「風は空にかえり、星は天にまたたく。輝く光はこの腕に宿り、不屈の心はこの胸にある。魔法少女ゆかりん、セットアップ!」


 レイジングハートの赤い宝石が目もくらむ光を放つと平井は黄金色の光につつまれ、次の瞬間には魔法少女に変身していた。

 頭には大きな赤いリボン、半袖襟付きの白いジャケット、青いスカートにピンクのショートブーツ。スカートが膝丈なのはぎりぎりの選択なのだろう。誰がデザインしたのか知らないが良い仕事してる。名前はどうかと思うけど。


 変身はバリアジャケットの機能だと思うが、なぜ平井が使えるのだろう?鷹町が変身するとどうなるのかな?楽しみだぜ。平井はおっさんの所に駆け寄ると、笑顔で声をかけた。

「大丈夫だよ。私に任せて」


 そしてレイジングハートを構えると再び呪文を唱えた。

「マハリクマヤコン、マハリタマヤコン。ごちそう出てこーい!」

 レイジングハートを一振りすると光のシャワーが六つのテーブルに飛んだ。ローストビーフをはじめとするオードブルの大皿と果物の盛り合わせ、さらにエール・ワイン・ジュースなどの飲み物が現れる。


 結界魔法の認識疎外を使ったな?おおかた佐藤あたりか。タイミングはぴったりだったけど、あの呪文はいただけないな。アッコちゃんとサリーちゃんが混じっているぜ。


 みんなは大喜びで拍手しているが、なんとなくレイジングハートが泣いているように見えたのは気のせいか。笑顔の平井と比べると好対照だな。

「ゆかりん、ありがとう」

「ゆかりん、凄い」


 利根川と夜神が手を叩いて平井を、いや「ゆかりん」をほめそやすと、ゆかりんは手を振りコック長に声をかけた。

「オードブルは用意したからメインはお願いね」

「がってんだ!」

 コック長がこたえると、ゆかりんは笑顔で自分のテーブルに戻った。席に着くと同時に変身を解いている。


「今日は生きの良いアジが山ほどあるんだ。飛び切りうまいムニエルを作ってやるぜ」

 コック長が腕をまくって気勢を上げると、異議を唱える者がいた。平野だ。立ち上がると腕を組んで叫んだ。


「なによ。魚と言えばムニエルなの?アジが泣いているわ。悪いことは言わないから私に任せなさい。本当のアジを食べさせてやるわ」

 コック長が吠えた。

「なんだと?俺よりうまいアジ料理が作れるだと?どこの誰か知らんが、料理勝負だ。どっちがうまいか皆さんに食べてもらって白黒つけようぜ」


「望むところよ。あなたには負けないわ。じっちゃんの包丁にかけて」

 平野は不敵に微笑んむと、右手を上げて凛とした声で叫んだ。

「ア・レ・キュイジーヌ!」

 平井の右手に包丁が現れ、問答無用で料理勝負が始まってしまった。なんかいろいろ言いたいことはあるがもうやめておこう。それでも一つだけ言いたい。じっちゃんの包丁ってなんだよ?そんな設定あったか?


 疑問に思っていると、食堂の明かりが暗くなりカウンターの右端、入口側にスポットライトが当たった。あれは光魔法の応用か?羽河と江宮が立っている。羽河が話し始めた。


「皆様、突然のことで驚きかと思いますが、お手元の料理を召し上がりながら料理勝負をお楽しみください」

「羽河さん、これって余興ですよね」

「江宮さん、はい、余興です。でも真剣勝負でもあります。お二人とも、制限時間ニ刻以内に人数分のアジ料理を作ること、全員に召し上がって頂き、どっちがおいしいか手を上げてもらって決着を付ける、ということでよろしいでしょうか?」


 二人が了承すると、またチェンバロの効果音が入り、演奏が始まった。「A列車で行こう」だ。ぴったりのチョイスだな。みんな笑顔になり、あちこちで乾杯が始まった。

「それでは料理勝負の中継を実況は羽河、解説は江宮でお送りします」

「よろしくお願いします」

 江宮が一礼して実況中継が始まった。サービス満点だな。


<料理勝負の実況中継:はじめ>

羽河:材料のアジは三平さんが今日釣ったばかりのものです。

江宮:釣り上げると同時に締め、マジックボックスに放り込んだそうなので、新鮮ですね。

羽河:お二人とも下ごしらえ中ですね。

江宮:コック長は下働き数人で処理していますが、平野さんは一人でアジを捌いています。一人なのにむしろ早いですね。平野さんは同時に卵を茹でているようです。


羽河:目にもとまらぬ包丁さばきとはこのことでしょうか。

江宮:熟練の技ですね。コック長よりも早く下ごしらえを終わりました。

羽河:コック長が信じられないと言った顔で平野さんを見ています。

江宮:平野さんは油の温度を確かめながら、オーブンからパンを取り出しました。

羽河:パンも焼いていたんですね。何に使うんでしょうか?


江宮:焼きあがったパンを細かく摺り下ろしています。分かりました、パン粉です。パン粉を作っているんですよ。茹で上がった卵もみじん切りにしています。

羽河:コック長も下ごしらえが終わりました。三枚におろしたアジに塩と胡椒とハーブをかけ、さらに小麦粉をふっています。助手Aが温めたフライパンにバターを入れ、助手BとCはサラダを作っています。


江宮:平野さんは先ほどからキャベツの千切りを作っています。ただの千切りじゃありませんよ。糸のように細い見事な千切りです。特筆すべきはその速さです。包丁の動きが目に見えません。キャベツ一玉を約五秒で切っています。コック長がまた信じられないと言った顔をしています。

羽河:気を取り直したのか、コック長はソテーに入りました。


江宮:バターとハーブの良い香りがします。おいしそうですね。

羽河:平野さんも揚げに入りました。衣をつけたアジを油に一つずつ入れていきます。並行してドレッシングを作っているようです。

江宮:いや、ドレッシングではありませんね。材料からするとマヨネーズかな。

羽河:利根川さんが平野さんの手伝いに入ったようです。皿を並べてキャベツの千切りを分けています。コック長も盛り付けに入りました。助手が野菜を並べた皿にムニエルを乗せていきます。


江宮:平野さんも油を切ったアジを皿に載せています。付け合わせのソースはマヨネーズとタルタルソースですね。

羽河:お二人とも料理完成です。平野さんと利根川さんがハイタッチしています。あ、平野さんが傍にいた助手Cともハイタッチしました。助手Cは訳が分からないようですが、嬉しそうです。


江宮:さすが平野さんですね。共に時間内です。お二人ともお見事でした。

羽河:それではインタビューしたいと思います。まずはディフェンディングチャンピオンのコック長からどうぞ。

コック長:俺は全力を尽くした。それだけだ。

羽河:チャレンジャーの平野さんどうぞ。

平野:アジには赤い器のソースを、キャベツには白い器のソースをかけてお召し上がりください。


江宮:平野さんらしいコメントありがとうございます。

羽河:それでは皆様、これより席にアジのムニエルとアジフライをお持ちします。しばらくお待ちください。

<料理勝負の実況中継:おわり>


 せっかくの中継だったが、俺は主賓の席から目が離せなかった。料理開始と同時に先生と花山と青井の三人で飲み比べが始まったのだ。

 例のウイスキーもどきをストレートで、小さ目のコップ一つを順番に回しながら飲んでいる。先生は上機嫌で笑いながらまるで水でも飲むようにコップを開けていた。


 料理が出来上がったころには青井はテーブルに顔を突っ伏していた。先生は満面の笑顔だった。花山はいつものポーカーフェイスだが耳が赤くなっている。テーブルの上には空き瓶が十本程並んでいた。


 司会二人とウンター側にいた数人が席を立って配膳してくれた。俺は配られた皿を、平野が作った皿をまじまじと見つめた。

 こんもり盛り上がった緑の千切りキャベツ、黄金色に輝く魚の切り身、これぞまさしく日本の家庭料理、アジフライだ。ちゃんとタルタルソースとマヨネーズも付いている。


 アジにタルタルソースをたっぷりかけてかぶりついた。パリッとした衣を噛みしめるとジューシーな肉汁が口の中で溢れる。涙が出そうなほどうまかった。

 これだ、俺が求めていたのはこれだったんだよ。この一週間余り、一度も揚げ物がなかったからな。みんなもむさぼるように食べていた。


 付け合わせはアジフライ最強のパートナーである千切りキャベツ。これがただの千切りじゃないんだよ。糸のように細い千切りなのに、ちゃんとキャベツの味がする。切れ味が鋭い証拠だ。おまけにマヨネーズだよ。


 俺はマヨラーではないが、キャベツのベストパートナーはこれだ。アジフライの後に食べたムニエルは美味しかったけれど、何の印象も残らなかった。

 羽河と江宮が司会席に戻った。ピアノの演奏も止まり、二人に注目が集まる。


羽河:皆様、アジのムニエルとアジフライはいかがでしょうか?

江宮;料理勝負、判定の時間です。おいしいと思った方に手を上げてください。

羽河:アジフライの方が美味しかった人!


 チェンバロが低音でドラムのロールのような音を奏でた。一拍おいて、全員が手を上げた。勝負あった。平野の勝ちだ。

 チェンバロの演奏が「歓喜の歌」に変わった。


羽河:今回の料理勝負は平野さんの勝ちです。

江宮:平野さんおめでとうございます。

羽河:それではインタビューしてみましょう。

江宮:平野さん、圧勝でしたね。

平野:時間が全然足りなくって夢中で作ったのでよくわかりません。


江宮:コック長もありがとうございました。

コック長:俺にも言わせてくれ。まったくもって嬢ちゃん、すまねえ、平野様にはまいったぜ。魚の捌き方やキャベツの千切り見てただ者じゃないと思っていたが、油で揚げるなんて考えつかなかったぜ。おまけにあのマヨネーズとタルタルソースのうまいこと、心底参った。頼むから俺を弟子にしてくれ。

平野:嫌でし。


 平野とコック長の押し問答が始まったので、羽河と江宮は先生の席にやってきた。

「先生、いかがでしたか?」

「アジフライ、初めていただきましたが非常に美味でございました。さらに料理勝負という演目も興味深く、楽しませていただきました」


「気に入って頂けたみたいですね。ありがとうございます。それでは最後に各人からプレゼントをお贈りたいと思います。こちらのテーブルの方からどうぞ」

 羽河が指さしたテーブルのメンバーから順番に先生にプレゼントを手渡していった。あらかじめプレゼントを置くためのテーブルを後ろに用意していたのだが、三十人分となるとすぐに一杯になってしまい、慌てて予備のテーブルまで出した。


 無難な所でお花やお菓子、文具やアクセサリーが多かったが、中にはちょっと変わったものもあった。

 額縁に入った日本のお金のセットだ。一円玉、五円玉、十円玉、五十円玉、百円玉、五百円玉、千円札がきれいに並んでいる。誰が送ったか一目でわかるな。先生は、額縁の中の日本円を興味深く眺めると、立ち上がって挨拶した。急性アルコール中毒になりそうな量を飲んだのに、所作に髪の毛一筋ほどの乱れもない。


「皆様、本日は私の誕生日を祝っていただき、誠にありがとうございました。その上、たくさんの心のこもったプレゼントまで頂き、深く御礼申し上げます。皆様の願いが一日も早くかないますよう心よりお祈り申し上げます」


 美しいカーテシーが決まると、全員拍手でこたえた。先生はそのまま花山と青井に礼を言った。青井はなんとか体を引き起こした。


「両手に花とはこのことですわね。最近は飲み比べで私に挑む殿方がおらず、寂しい思いをしていたのです。まるで昔に戻った様な楽しい夜でございました。ありがとうございます」

 さあ、これでお開きかと思ったら違った。


「出来れば少しだけでよいので年寄りの独り言に付き合って頂きたいのです。今から言う方をこのテーブルに集めて頂けませんでしょうか」

 野田が「わが心のジョージア」を静かに奏でる中、皆が三々五々帰っていく。集まったメンバーは、羽河の他には浅野・水野・利根川・志摩・木田の五人と俺だった。なぜ、この面子なのかは分からない。椅子を二つ足して全員座ると、先生は静かに話し始めた。

長くなるので分けます。

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