第266話:洞窟地帯19
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皆が焚火を囲んで宴会ムードで盛り上がっている頃、誰もいない馬車に少女が一人乗り込んだ。馬車の中には自分以外には誰もいないのに、少女は自分の目の前の席を指さした。まるで誰かにそこに座れと言っているようだ。少女は光と闇の魔法使いこと夜神光だった。夜神は誰もいない空間に向かって低い声で話しかけた。
「ルークス、あんたよくもやってくれたなあ。もう少しで魔王と間違われるところやったで。大体その恰好はなんや?」
夜神の目には己の従者にして死神と名乗るルークスが古代ギリシアの白い貫衣のような服を纏っているように見えた。
ルークスはいつものように飄々(ひょうひょう)とこたえた。
「この世界の男子の古式ゆかしい正装の一つらしいぞ。宗教的あるいは伝統的な行事で着るらしいな」
夜神は目を吊り上げて小声で叫んだ。
「何が古式ゆかしい正装や。大体あんたの陰気臭くてイカれた顔にはそんなの合わんで!」
感情が爆発したみたいだが、大声を出さないところはさすがである。
「随分と失礼な言い方だな。個人の容貌や趣味に口を出すとパワハラと言われるぞ。まあそれはいい。やったのはグール共だ。俺は何もしとらん。お前の横に立っていただけだ。あいつらが勝手に勘違いしただけにすぎん」
夜神は面白くなさそうに頷いたが、くぎを刺すことは忘れなかった。
「リインフォースのお陰でなんとか挽回できたが、闇系の魔物に拝まれるのはどうにも申し開きできんで。立ち位置を少し工夫してくれんか?」
「分かった」
素直に了解したルークスに夜神は聞いた。
「それにしてもあの元魔王は信用できるんか?」
ルークスは即座に答えた。
「今のところは信用できる」
「なんでや」
「ほとんど嘘を言っていないからだ。俺の死神の能力で嘘はすぐに分かる。あの男の喋った言葉に嘘はほとんどなかった」
夜神は首を振った。
「相手は魔族や。まるっと全部嘘かもしれんで」
ルークスはにやにや笑いながらこたえた。
「嘘をつくときには嘘と本当を程よくブレンドする必要がある。嘘だけで話をまとめるのは逆に難しいのだ。しかし嘘と本当をブレンドすると必ず継ぎ目が現れる。あの男の話に継ぎ目はなかった」
しかし夜神は納得しなかった。
「継ぎ目か・・・。なんかピンとこんな。もっと分かりやすく説明してんか」
ルークスは珍しく真面目な顔でこたえた。
「たとえて言うならば、言葉の重さだな。騙そうという作為の分だけ、嘘は言葉が重くなるのだ」
夜神は反論した。
「仮に本当のことだけを言っているにしても、肝心の所を抜かして継ぎはぎすることで騙そうとしている可能性もあるで」
ルークスは落ち着いてこたえた。
「情報を間引きすることで部分的な隠ぺいは可能だが、全体像を書き換えることは逆に困難だ」
「イリアさんは全否定したで」
夜神の指摘に死神は落ち着いてこたえた。
「一つの山でも見る者の立つ場所によって見え方が全く異なることがある。事実は一つでも真実は無数にあるのだ。元魔王もイリアもどちらも正しい可能性がある」
夜神は納得したように頷いたが、まだ確認したいことがあるようだ。
「あんたさっき、ほとんど嘘はない、と言ったな」
「その通りだ」
「じゃあどこに嘘があったんや?」
ルークスは真面目な顔になると答えた。
「菓子だ。菓子が大好きと言ったがあれは真っ赤な嘘だ」
夜神は首を会げながら聞いた。
「菓子?本当は嫌いなんか?でも仮に嫌いだとしても、そこで嘘をついてどういう意味があるんや?」
ルークスは断言した。
「分からん」
夜神はずっこけた。ルークスは続けて説明した。
「なぜあのような嘘をついたのかは不明だ。将来に向けての伏線かもしれんが、どういう絵図面を書いているのかは分からなかった」
夜神は即断した。
「分かった。情報が少なすぎて考えるだけ無駄やな。元魔王の言い分が正しいのであれば、今後の王家や教会との付き合い方はどうしたらええやろか?」
ルークスは一呼吸開けてからこたえた。
「何も変える必要はない。現状のままで何も問題はない。お前たちの使命は魔王を倒し、元の世界に帰還する。それだけだ。最終的にお前たちは日常に戻り、俺は死神の仲間にお土産を自慢する。それでよかろう?」
夜神は大きく頷いた。主従の打ち合わせは無事終わったようだ。
元魔王はほぼ嘘はついていないようです。