第258話:洞窟地帯11
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少し進むと新しい転移点についた。玉ねぎ型のドームの足元には左に3B1、右に3B2と書いてある。登録も無事完了したので、そのまま昼食をとることにした。転移点は魔物除けの結界がついているので、セーフポイントにもなるのだ。
今日のお昼ご飯はオークまんだった。アツアツの饅頭を手で二つに割ると湯気が立ち上る。蒸したてが食べられるのはアイテムボックスならではだな。デザートの焼きプリンと一緒においしくいただきました。
後は地底湖を見るだけだ。ここまでくれば誰でも「終わった・・・」と思うだろ。歩きはじめてから数分、頭がチクチクしだした。そして「もう少しで・・」と伯爵が話し始めたところで、奥の暗闇が動いた。
現れたのは洞窟の闇をそのまま纏ったような牛頭の魔物、ミノタウロスだった。背はオーガとほぼ同じ三メートルくらい、体重は数百キロはあるだろうか。燃え盛る石炭のように赤く光る眼、頭には天に向かってそそり立つ太くて鋭くとがった二本の角、一目見ただけで強敵であることが分かった。おそらくAランク!
イリアさんが叫んだ。
「どうしてこんな所にミノタウロスが?」
伯爵は絶句していた。
ギリシア神話によるとミノタウロスはクレタ島の領主であるミノス王の妃=パーシパエーと海王ポセイドンがミノス王に与えた神牛の間に生まれた子供なのだそうだ。人と牛のハーフ?
元はといえば生贄として捧げることを条件にポセイドンから賜った白い牛に惚れ込み、他の牛を生贄に捧げて白い牛を自分のものにしたミノス王が悪いのです。一方的に約束を破られたポセイドンは怒り、ミノス王の妻のパーシパエーに呪いをかけました。
その呪いがひどいというか、えぐい。パーシパエーは白い牛に恋をさせられました。それも性的な。しかし人と牛ではいろいろと問題があります。パーシパエーは悩んだ末に名工ダイダロスに命じ、雌牛の実物大の模型を作らせました。
あとは簡単です。がらんどうになった模型の中に裸で入り、白い牛を連れてこさせるだけ。パーシパエーは無事に(?)想いを遂げることができました。これで終わるならばまだよかったのですが、パーシパエーは妊娠しました。さすがは神牛!種の違いなど関係なかったのですね。
無事に(?)に生まれた子供の牛頭を見てミノス王はポセイドンの怒りの深さを思い知らされたでしょう。いやあ神様の呪いってすごいや。というかギリシア神話の神様って感情の赴くまま普通に呪いをかけます。いいのか?それにしても本人じゃなくて嫁さんにかけるなんて、手が込んでいるね。怨念というかなんとも言えない底意地の悪さを感じる。
ミノタウロスは成長するに従って乱暴者になり、手が付けられなくなりました。不倫の末に生まれた事が明らかな上に頭が牛!これはグレても仕方ないと思います。ミノちゃんがまだ子供の頃、母子でこういう会話があったかもしれません。
「お母さん、どうして僕の頭は牛なの?」
「・・・・・・・・・(泣)」
ちなみにミノタウロスは「ミノス王の牛」という意味です。人ですらないのね。仕方ないかもしれないけど。ミノス王はダイダロスに命じて迷宮を作らせ、ミノタウロスを閉じ込めました。面倒ごとがあるたびに命令されるダイダロス、大変そう。
迷宮の内部は複雑な迷路になっており、入ることはできても出ることはできません。ブラックホールみたい。食料はどうしたかって?影響下にあったアテネから九年毎に七人の少年と少女を調達して迷宮に送り込んでいたそうです。逆にそれで足りるのか?とも思うけど。
生贄に紛れて潜り込んだアテネの勇者テーセウスによって哀れミノタウロスは討伐されました。不義の子として生まれ、父母から疎まれ、差別され、迷宮に閉じ込められ、最後は見ず知らずの英雄に殺されてしまう。悲惨な人生としか言えないと思う。
この世界のミノタウロスがどういう背景や伝承を持っているかは知らないが、この狭い洞窟でいきなり派手な勝負を挑むわけにはいかない。俺は前に出ようとした平井を止めて、声を上げた。
「花山・青木、頼む」
三年三組のパワーファイターである二人は大盾を掲げ、恐れることなくミノタウロスの前に立ちふさがった。いかにスキル「頑健」と「強力」持ちといえど、相手は神の血を引くもの。二人じゃ足りないな。
「ヒデ・千堂・楽丸、後から支えてくれ」
スキル「頑健」を持った三人はすぐに前衛の二人の後ろについた。五人でスクラムを組んだような形だ。しかしこれでもまだ足りない。
「夜神・浅野、頼む」
夜神と浅野は返事代わりに呪文を唱え始めた。
一頭と五人は正面からぶつかった。鉄に大岩をぶつけたようなゴオンという音と共に地響きで洞窟が揺れた。ミノタウロス一頭に対し、パワーファイター五人でさらに魔法の援護付きで抑えにかかったのだが・・・押されている?
ヒデが歯を食いしばりながら叫んだ。
「このままじゃ持たんぞ」
夜神が焦った顔で叫んだ。
「牛にデパフが効かん。全部はじかれてしまう。なんでや?」
浅野が悲痛な声で叫んだ。
「みんなにパフをかけてるのにどこか吸い取られてしまう」
さすがは神の血を引くものということなのか。ミノタウロスはパワーだけでなく、魔法に対する耐性や干渉も万全なようだ。俺は後ろを見た。目を瞑って呪文を唱えていた冬梅が、目を開けて杖を振った。
冬梅が召喚したのは牛鬼だった。牛鬼というと頭は牛で胴体は蜘蛛という姿絵が有名(別名は土蜘蛛)だけど、冬梅が召喚した妖怪は頭は牛だが胴体はオーガのようだった。
全身真っ黒なギリシア神話の怪物と赤銅色に輝く日本の妖怪、それも同じ牛首の魔物の対決だ。牛鬼を見たミノタウロスは強敵と見たのか、立ち止まって鼻息を荒げた。
俺は叫んだ。
「下がれ!」
花山たちは左右に分かれて素早く後退した。次の瞬間、バチンという音と共に東西の魔物が手四つで組み合った。プロレスみたいだ。
体重はミノタウロスが重そうだが、上背は牛鬼に分があった。牛鬼は背の高さを生かして上から圧力をかけた。押し込まれたミノタウロスは膝をつきそうになったが、唸り声を上げながら盛大に鼻から息を噴き上げると、牛鬼を押し返した。
そのまま牛鬼を倒そうとしたミノタウロスの力を利用して、牛鬼は上手投げをかけた。ミノタウロスはきれいに一回転して背中から床に落ちた。ドシンという地響きと共に、俺たちの体が床から浮き上がる。
「相撲だったらこれで勝負ありなのにな」
志摩がつぶやいた。
「柔道でも一本勝ちだ」
水野がこたえた。お前らそういう問題じゃないだろ。
ミノタウロスは右拳を地面に叩きつけて悔しがると、ゆっくり立ち上がると見せかけていきなり低い姿勢で牛鬼の足元に突っ込んだ。超低空の高速タックルだ。しかし、牛鬼はミノタウロスの動きを読んでいた。軽くジャンプすると、跳び箱の要領でミノタウロスの背中に手をつき、きれいに飛び越した。
背中を上から押されたミノタウロスは、牛鬼の右足を刈ろうとした両手をクロスしたまま地面にダイブした。二度も無様に地面に転がされたミノタウロスは憤怒の形相で立ち上がった。目が三角形に吊り上がっている。本当に怒ったみたい。
その後もミノタウロスと牛鬼の手に汗握る攻防は続いた。パワーとスタミナのミノタウロスに対してテクニックと先読みで抗する牛鬼。力任せで強引に迫るミノタウロスを牛鬼は経験でさばいていく。相撲対レスリングは相撲の勝ちみたい。
組み合いでは勝てないと悟ったミノタウロスは殴り合いに勝機を求めた。一発でもクリーンヒットしたら岩をも砕きそうな重いパンチを左右から繰り出していく。防御を無視し攻撃に百パーセント注力した文字通りのブルファイターだ。
対する牛鬼は巧みなフットワークを軸にスリッピング・パーリング・ウィービング・スウェーバックなど華麗なディフェンス技術でパンチをかすらせることさえない。それどころか、ミノタウロスの打ち終わりのタイミングでカウンター気味のショートパンチを的確にかぶせていく。
ミノタウロスと牛鬼のクリーンなファイトは熱血と冷静、例えるならば火と水の戦いにも見えた。それにしてもグローブをつけず裸の拳で殴っているので、当たるたびにゴキとかバキとか血肉が潰れる音がするのがなんともリアルだ。
これが普通のボクシングの試合であれば、ミノタウロスは時間がたつほどスタミナを消耗し、カウンターを食らうたびにダメージが蓄積していく。数ラウンド後には試合終了となるのだが、ミノタウロスは無限のスタミナと回復能力を有していた。反則じゃないか?牛鬼もそうかもしれないけど。
結論から言うと勝負がつかない。本当は牛鬼にミノタウロスをまかせて転移点に戻り帰還すれば良かったのに、勝負の決着が見たくて離れることができなかった。互角の戦いは見ごたえがあったが、意外な形で決着した。冬梅の魔力が尽きたのだ。
少しづつ透明化していく牛鬼に対し、ミノタウロスはつぶやいた。
「オマエツヨイ。ツギケッチャクツケル」
牛鬼は頷きながら空気に溶けるように消えていった。なぜか笑っていたように見えた。強敵と書いて「とも」と読む、そんな感じだろうか?
次どうしようかと青ざめている俺たちにミノタウロスは目を向けた。牛鬼とあれだけ激しく戦ったのにまったく疲れたそぶりもない。これが半神の力なのか。いよいよ平井の出番かと覚悟を決めたら、ミノタウロスは静かに言った。
「ハラヘッタ。メシクッテクル」
ミノタウロスはそのまま近くにあった支道に飛び込んでいった。どうやら見逃してくれたようだ。牛鬼との戦いで何か感じるものがあったのだろうか?助かったぜ。
千堂と花山ががなぜかがっかりしていた。こいつらやる気だったのか?どう考えても体格的に無理だろ?引き返そうとした俺に反対する奴がいた。三平だ。
「せっかくここまで来たんだから、地底湖に行こうよ」
三平の釣り師の本能が大物を予感しているそうだ。仕方がない。俺たちはそのまま地底湖に進んだ。同時に頭のチクチクが始まった。その痛さからすると、ミノタウロス以上のトラブルが待っているみたい。
歩いて一分もたたないうちに道は急な下り坂になり、小山のような身体能力に優れた奴や千堂のような特殊能力持ち以外はロープを使って降りていく。帰りは難儀しそうだな。
三十メートルほど降りると、俺たちの目の前には直径が百メートル以上、奥が見えないほど巨大なドーム型のホールが出現した。ホールの中心には青く輝く湖が広がっている。水の音が聞こえるのは、壁のそこかしこに開いた穴から静かに水が流れ落ちているからだろう。
俺は通路の両端を流れている水路を思い出した。湧き出した地下水が溜まるのがこの地底湖なのだろう。壁から天井までびっしりと月苔が生えているからだろうか、ドームは神秘的な青い光に染まっていた。カラーテートの色番号でいうと84番だろうか。
おそらく壁や天井から降り注ぐ青い光を湖面が反射しているのだろう。神や精霊の存在を信じたくなるような静謐で厳かな空間だった。伯爵が自慢そうに言った。
「ここは、青の宮殿とも呼ばれておりまする」
地底湖には何がいるのでしょうか?