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第25話:スピークイージー

 今日は六月七日。天気は曇り。異世界に召喚されて一週間が経過したことになる。日曜日なので、一週間の始まりの日だ。朝のラン&スイープを終えて食堂で朝ごはんを食べていると、話題のカップルこと佐藤と利根川が入ってきた。二人の密着具合に一線を越えた男女の匂いを感じた。なんちゃって。


 いつもより遅い時間の登場に「昨夜はお楽しみでしたね」なんて言いたくなるが、遅くなったのは別の用件だったようだ。利根川がメアリー先生に会議室の許可の申請をして、却下された代わりに地下室の使用許可が出たらしい。何をするんだろう?利根川が席を外した隙に佐藤に聞くと、昨日の鎧武者を使って何かをやるそうだ。何をするか分かったら教えてくれるように頼んでとりあえず終了。


 今日の授業は何をするのかと思っていたら、メアリー先生から提案があった。

「昨日、王都を見学されていろいろな疑問や感想があるかと思います。今日はまずそこからはじめましょう」

 全員何かしら思う所はあったみたいで、順番に発表していた。俺が面白いと思った意見は以下の二つだ。


1.住宅から推測すると、奴隷を除いて王都の住人は以下の五層に分かれる。「:」の右側は先生の補足込み。

・王族(王宮):王様とその家族

・貴族(邸宅):貴族とその家族

・市民(一戸建て):平民の金持ち(資産家・事業主・高レベル冒険者・高給取り)とその家族

・平民(アパート、長屋):普通の人達。定職あり

・貧民(スラム街):ホームレス。何らかの事情で家を失った人たち。定職無し


 地理的には東西の大通りから北が1~3、南が4と5になる。東西の大通りが余裕を持って暮らせるかどうかの境界線になっているのではないか。


2.スライム処理場で明らかなように、この世界はインフラを含めて魔物モンスターと共存している。魔物モンスターは倒すべき敵だが、いなくなると困ってしまうのでは。


上二つについては皆頷いていた。その他面白かった質問としては以下の五つだ。


3.荘園って何ですか?

⇒貴族あるいはギルドの管轄下にある農業・工業・牧畜などの施設。この世界では魔物が野外に普通に存在している世界なので、最低限オークの襲撃を防ぐために、高さ五メートル・厚さ一メートルの城壁が必要。

 領民や農奴が生活しながら働いており、大きな所は人口千人規模の町になっている。最大規模の荘園は直径一キロくらいの広さがあるとのこと。


4.冒険者はどうやって稼いでいるんですか?

⇒冒険者ギルドを介して受注したクエストの対価や、魔物を倒して素材として売ったり、薬草や鉱石を採取して売ることで生活している。

 クエストの種類は魔物狩りが多いが、商隊や旅行の護衛も多い。戦時は傭兵として活動することもある。

 高レベルの冒険者になると貴族並みの生活ができるが、ほんの一握り。保険も年金も無く、全てが自己責任、怪我したら終わりの4K産業だが、貧民が一発逆転を狙うならこれしかない。


5.なぜ貧民になるのか。

⇒まず、貧民の子供は例外なく貧民になる。また、平民として生まれても、成人すると高額な人頭税を毎年納めなければならない。

 回避するためには、農民となって収穫した農産物の三~四割を納めるか、職人または商人になって売上税(売り上げの一割)を納めるか、誰かに雇われて給料の一割を納めなければならない(これは雇い主が行う)。

 しかし、平民の給料は基本的に日払いで、安定しない。しょちゅうつぶれる。その度に転職するのが日常なのだが、次の職が決まらず手持ちの現金が無くなれば転落まっしぐら。


6.貴族は左うちわなのか?

⇒治める領地の規模に応じた税金、あるいは特産品を国に治めなければならない。租税権があるので、領民から税金を取れるが、取りすぎると領民が逃げ出して、かえって税収が減ることがある。

 また、領地の防衛やインフラ整備の費用は全て領主持ちとなるだけでなく、貴族同士の付き合いや行事ごとに費用が発生する。

 交際費を節約しすぎると貴族らしくないと噂になり、評価が下がる。評価が下がると、不祥事が発生した際に爵位を維持することが難しくなる。逆に爵位が上がると、より大きな利権が回って来る。


7.先ほどの王族から貧民までの人口はどの位?

⇒王族と貴族が一万人未満、市民&平民が三十万人未満。貧民に関してはカウントしていなので不明だが、数万人以上いることは確か。


 その他にもいろいろな質問があったが、忘れてしまった。ごめん。

 質疑応答が終わった後でなんとなくこの世界のイメージが出来上がってきた。まず平民は日々生きていくだけで精一杯。ちょっと運が悪ければすぐ貧民に没落し、一度没落すると二度と戻れない。


 貴族は貴族で下の者は一つでも上の爵位を目指し、上の者は現在の爵位を維持するのに懸命だ。競争社会だからと言えばそれまでだが、過酷すぎないだろうか。

 五つの階層の中では、ひょっとすると、市民(金持ちの平民)が一番楽なのかもしれない。それにしても、この状況で誰が貧民を救えるのだろうか?


 講義の最後に先生からお知らせがあった。

「明日からは魔法について本格的な講義を開始します。魔法を使わない方も、魔法対策は必要ですので、ぜひ参加をお願いします」

 帰りかけた先生に羽河が声をかけた。


「おととい、ラウンジの方を通してお願いしていたのですが、この世界のことをもっと知りたいので、親睦のために本日の夕食を共にしていただけませんでしょうか?」

 先生は微笑みながら頷いた。

「ちゃんと聞いておりますよ。もちろん喜んでお伺いしますので、よろしくお願いします」


 喜んでくれるだろうか?ちょっと不安になる俺だった。

 お昼を食べ終わっていつも通りデッキに行こうとしたら、佐藤がやってきた。今朝頼んだ件みたい。廊下に出て、佐藤が食堂と洗面所の間にあるドアを開けると、下に降りる階段になっていた。


「ここはいつもは鍵がかかっているんだが、今日は特別に開けてもらったんだ」

 一緒についてきた洋子やヒデ・初音たちと下に降りると、横二十メートル・縦十メートル位のがらんとした部屋だった。南北の壁沿いの一番上は明り取りの窓になっているので、地下室でも暗くはない。換気もされているようで湿っぽくも無かった。

 そして部屋の真ん中に鎮座していたのは、あの騎馬武者だった。騎馬武者の後ろから出てきた利根川が説明してくれた。


「この世界にもウイスキーがあるのは知っているでしょう?」

「あの度数は高いけど臭くてまずいやつか?」

 ヒデが顔をしかめながらこたえた。召喚された夜、伯爵が南棟(男子部屋)のミーティングスペースで飲んだ奴だ。

 俺も後でちょっと飲んでみたが、エールより度数は高いけど、それだけで香りは無いし、むしろ変な臭いはするしで二度と飲んでいない。


「それそれ。あれでもハイランド王国からの輸入品で、小さなコップ一杯で銀貨一枚する超高級品なんだって」

 幾らなんでもそれは高すぎるんじゃないかと思ったが、魚と同じで輸入するしかないとしたら、相場の十倍以上してもおかしくはないか。


「それとこの騎馬武者がどう関係あるんだ?」

 利根川はにっこり笑うと騎馬武者に右手を置いて応えた。

「これはね、見かけは騎馬武者なんだけど、中に蒸留器が隠されているの」

俺は驚いた。


「本当か?」

 利根川は大きく頷くとこたえた。

「レミにも見てもらったから間違いないわ。この騎馬武者は飾りよ。飾りにしては無駄に大きくて凝りすぎているけどね」

「いくら何でもでかすぎるだろ」

「多分、作っていることを絶対の秘密にする必要があったのね。それと本人の趣味かしら」


 ここでヒデが割り込んだ。

「すまん、蒸留器ってなんだ?」

 俺と利根川は顔を見合わせた。洋子と初音も分かっていないみたいなので、俺から説明した。


「要するに蒸留酒を作るための機械だ。簡単に言うと、麦やビールを元にしたらウイスキー、葡萄やワインを元にしたらブランデーができる」

 利根川が補足した。


「ウイスキーを作る技術はハイランド王国が秘匿していて、認可したギルド以外では製造禁止になっているみたい。生産量も少ないから値段も高いし、なによりまずい。 この騎馬武者を作った人は、密造酒として摘発される危険があっても、おいしいお酒を飲みたかったんじゃないかしら」


 ここで初音が口を出した。

「でも、機械だけあっても、マニュアルが無いと使い方が分からないんじゃないの?」

 利根川はにっこり笑うと懐からノートみたいなのを取り出した。


「これを見てみて」

 近寄って見ると表紙に「KB-14 取扱説明書」と書いてある。

「レミが見つけた隠しポケットに入っていたの。器具の説明だけでなく、材料の選び方から出来上がったお酒の保管方法まで詳しく書いてあるわ。流石日本人ね。ちなみにKBは騎馬武者の略だって」


 どうでも良い豆知識をありがとう。ちなみに表題の下には年号(なぜか昭和)と名前が書いてあった。

 洋子ものってきた。

「ウイスキーが作れるならブランデーも作れる?」

「もちろんよ。ワインがあれば大丈夫」


 俺は一番気になっていることを聞いた。

「なあ、利根川。お前それほど酒呑みじゃないだろ。酒屋でも始める気か?」

 利根川は笑いながらこたえた。

「それも悪くないけど、ちょっと違うな。まずはこれでウイスキーやブランデーを作るノウハウを研究し、まとまったらそれを商業ギルドに売るのよ。きっと良い金になるわ。そしたら」


「そしたら?」

「後のお楽しみ!」

 何度も聞いたけど笑って答えてくれなかった。何考えているんだろ。まあ大体見当はつくけどさ。とりあえずこの部屋はウイスキー製造の研究施設として当面貸し切りにしてもらい、鍵は利根川と佐藤が管理するそうだ。

スピークイージーはアルカポネの時代の言葉です。

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