第257話:洞窟地帯10
胤舜=工藤の十文字鎌槍無双が終わったところで先頭はガーディアンに代わった。ただし一つ問題がある。なぜだか分からないが浅野が一番前にいるのだ。俺は思わず聞いた。
「浅野は回復役だろう?一番後ろにいるべきじゃないのか?」
浅野は首を振ってこたえた。
「守られているばかりは性に合わないし・・・それに」
浅野は俺の顔を見て笑った。
「策が無い訳じゃない」
お目付け役の木田や楽丸も何も言わないので、浅野の笑顔を信じるしかないようだ。言っているそばから早くもオークが五頭現れた。先頭に立つ絶世の美少女が非力な魔法使いであることを看破したのか、涎を垂らしながら早くも一物を怒張させている。
浅野は怒ったのか眉をひそめながら呪文を唱え始めた。するとパーティのメンバーが手分けして全員にあるものを配布した。それは真っ黒なサングラスだった。浅野が呪文を唱え終わると、木田が号令をかけた。
「対閃光防御!ゴーグル装着、目をつぶれ」
なんだか面白そうなのでサングラスをかけて目を瞑った。ほぼ同時に浅野がキーワードを唱えた。
「閃光!」
目を瞑り、サングラスをかけ、手の平で顔を覆い、おまけに光源の後ろにいたのに、強烈な光で視界は真っ白になった。元に戻るまで数秒かかったが、そうでない愚か者がいた。
「目がー、俺の目がー」とヒデが一人叫んでいた。サングラスのデザインが気に入らず、掛けなかったみたい。馬鹿だね。目が回復するまでは一条に手を引いてもらうしかないようだ。
しかし、光を真正面からサングラスなしで直接見たオーク達はヒデよりもっとひどい状態になった。さらに、この薄暗い洞窟に住み、ここの明るさ(というよりは暗さ)に慣れているということは、光に関する感度が普通より高いことになる。
暗い地下室の生活に慣れた人をいきなり昼間の屋外に連れ出したらどうなるだろうか。オーク達はいきなり視覚を奪われ騒ぎ立てたが何もできない。楽丸が丁寧に一匹ずつ仕留めて終わった。
光魔法というと治癒や回復のイメージがあるが、ある意味最も基本というか、シンプルな光魔法の使い方かもしれない。イリアさんが例のごとく叫んだ。
「さすがは浅野様です」
伯爵も感心していた。
「相手の目をくらませてから安全確実に仕留める。見事な連携ですぞ」
満足げな浅野に代わって前に出たのは木田だった。普通魔法使いが先頭に立つのはあり得ないのだが、もう何も言うまい。杖を手に持っているということはすでに呪文は詠唱済みなのだろう。木田から研ぎ澄まされた日本刀のような気配を感じたが、何か絶対間違っていると思う。
丁度支道が左右に開き、直径二十メートルほどの円形の小ホールのようになった空間に出たところで、オークとオーガの混成群が十頭以上出現した。ちょっと数が多いので、後方から援軍を呼ぼうとした俺を木田が止めた。
「何をするんだ?」
俺の質問に木田は静かにこたえた。
「斬り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」
宮本武蔵と並ぶ剣豪として有名な柳生石舟斎宗厳の短歌だったと思う。一条や尾上が言うのならば分かるがなぜ木田が・・・?
唖然とした俺に木田は静かに言った。
「魔法道とは死ぬことと見つけたり」
木田はそのまま一人でオークとオーガの群れに突っ込んだ。
突然のことで止めることができなかった。魔法道ってなんだよ。そんなの勝手に作るんじゃねえよ。オーク達は歓迎の雄たけびを上げると、木田を取り囲んだ。木田の姿が見えなくなったところで、中心から木田の声が聞こえた。
「去ね(ムーブオーバー)!」
ゴゴゴンという強烈な打撃音と共に固まりの中心からオークとオーガが三頭外側に向かってぶっ飛んだ。その後も打撃音と共にオーク達はピンポン玉のように飛ばされていった。みんな白目をむいて気絶している。きれいにノックアウトされたようだ。数秒後、立っていたのは木田とオーガ一頭だけだった。
背丈は約二倍、体重は五倍以上あるオーガだったが、既に目から侮りの色は消えていた。木田を己を超える強者と認識しているようだ。木田から動く気配はない。逃げるなら逃げろ、とでも言いたげな雰囲気だ。
木田の無言の意思を感じたのか、オーガは両手を下ろしてゆっくり後ろを向いた。皆が安堵の息を漏らしたところで千堂が叫んだ。
「終わっとらんで!」
声と同時にオーガはくるりと回転しながら木田に飛びかかった。油断していたのか木田は一歩も動かない。誰かが悲鳴を上げた。オーガの手が木田に触れそうになった瞬間、ゴオンという強烈な音とともにオーガは壁際まで吹っ飛んだ。
千堂は楽丸と一緒に気絶したオークとオーガにとどめを刺して回りながら、上機嫌で言った。
「十センチの爆弾をここで見られるとはな。驚いたで」
木田によると使った技はただのエアハンマーなのだそうだ。ただし、全身の表面から十センチ離れた所にセンサーを張って、そこに接触した瞬間自動的に発動するとのこと。千堂との特訓の成果なのだそうだ。
「エアハンマーの威力って相手との距離に比例して減衰するのよ。だから逆に引き付けるだけ引き付ければエアハンマーでも相当の威力が出ると思ったの。一発ごとの魔力消費は少ないから同時多数攻撃も余裕だし・・・」
しかし、あまりにも敵の距離が近いのはどう考えても危ないと思う。そう思ったのは俺だけではないようで、浅野がこんこんと説教してやむを得ない時以外は使用しないように厳命していた。
しかしこの己の命を顧みない捨て身の作戦は護衛の皆様の心に響いたようだ。まずイリアさんが叫んだ。
「さすがは木田様!浅野様の第一の騎士です」
伯爵も大きく頷いていた。
「死を覚悟して戦ってこそ生を、そして勝利を掴みとることができるということですな。誠に天晴!世界は違えども、戦さに臨む気構えに変わりはないのですな」
護衛の騎士たちも共感と尊敬の目で木田を見ていた。でもやっぱり何か間違っているような気がする。
まだ浅野の説教が続いている木田に代わって先頭に立ったのは千堂だった。
「木田には負けられんで」
なぜか張り切っている。確かに接近戦で闘士が魔法使いに負ける訳にはいかないだろう。
だからオーガが五頭現れた時も明らかに不満そうに舌打ちしていた。物足りないということなのだろうか。オーガ達は無造作に一人で近づく千堂を不思議そうな顔で見ていた。自分たちが負けるとは一ミリも考えていないようだ。
右構えのオーソドックススタイルで迫る千堂の首を狙って、先頭のオーガが右手を突き出した。千堂は右にスリップしてかわすと、大きく飛び上がった。高い!頭がオーガの背より高いところにある。そのまま右手を大きく振りかぶると一気に顔面に向けて振り下ろした。
まさか自分の半分ほどの背しかない人間にチョッピングライトをかまされるとは思わなかったのだろう。ガゴンという音ともに、オーガの頭は背中側に消えていった。首が折れたのではなかろうか。
その後も千堂の無双は続いた。背の高さはリーチの長さに比例するので、背の高いオーガとの格闘戦はどう考えても千堂に不利なのだが、前後左右だけでなく上下にも自由に動き回ることで数にも勝るオーガを圧倒した。
上下に動くのは屈んだり跳んだりするだけではない。まるで空中に透明な足場があるように自在に動けるのだ。真横に回ってテンプルに正面から打ち込んだり、後ろに回って攻撃することも自由自在だ。踏ん張りも効くので、空中にありながら腰の入った重いパンチを打つことができる。
二次元と三次元の戦いは三次元の圧勝で終わった。五頭のオーガが倒れ伏したマットの上で千堂は高々と右手を上げた。思わず拍手してしまったぜ。
「どうやって空中を走れるんだ?」
ようやく目が回復したヒデが聞いた。千堂はニヤリと笑いながらこたえた。
「水面渡りの応用や。数秒だけやけど、自分の欲しい所に足場が作れるんや」
千堂によると、続けて出せるのは三段が限界だそうだ。それでも十分すごいと思う。
ちなみに技としての名前もあるそうだ。「天国への階段」だって。三段しかないけどな(笑)。なお、「続けて出せる」というのは「同時に出せる」という意味で、四段目を出すと一段目は消えてしまうそうだ。
まあ後戻りはしない男なので、これでいいかも。その代わり、足場を置く位置や角度は自由にできるようで、空中三角跳びもOK!対人戦闘的には相当のアドバンテージがあるような気がする。
対閃光防御:もちろんヤマトです。
アイムフラッシュ:I'M FLASH!からとりました。1984年リリースのシーナが入っていないロケッツだけ(ボーカルは全部鮎川誠)のアルバム「ROKKET SIZE」の二曲目です。まこちゃん(鮎川誠)が好きな人にぜひおすすめ。
「斬り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の類歌の中では「真剣白刃の下は地獄なれど その下をくぐれば極楽なり」が好きです。
「魔法道とは死ぬことと見つけたり」は葉隠の「武士道と云うは死ぬことと見つけたり」という最も有名なフレーズから取っています。「武士たるものは主君のために死ぬことも覚悟しなければならない」という教えです。
ムーブオーバー:ロックの女王ジャニス・ジョプリンの代表曲であるMove Overから取りました。日本語に訳すと「消えろ」とか「どっか行け」とか「いなくなれ」が普通だと思うのですが、関西弁の「去ね」がぴったりな気がします。
十センチの爆弾:ボクシング漫画「B・B」の主人公の特技です。ちなみにB・Bは「His blood is burning(奴の血は燃えている)」から取っているそうです。なんかかっこいい!昔のボクシング漫画では「牙拳」も好きでした。作者は「沈黙の艦隊」や「空母いぶき」などのリアルな戦争物で有名なかわぐちかいじです。
天国への階段:Stairway to Heavenは英国の超有名なハードロックバンド=Led Zeppelinの代表曲です。