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第252話:洞窟地帯5

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 休憩後も散発的に現れるゴブリンやコボルトを平野が討伐しながら進んでいくと、また頭がチクチクする。新たな敵のお出ましだ。場所的には上下左右とも大きく広がり小ホールみたいになっている。


 よく見ると、壁と天井の隙間にずらりと黒い影と赤い目が覗いている。あいつらか?ギャアギャアという耳障りな鳴き声と共に、何匹か俺たちの頭すれすれのとこを滑空してくる。通称ブラッドバット、いわゆる吸血蝙蝠こうもりだ。光が無い環境でも音を頼りに自由に空を飛び、攻撃してくる。


 試しに初音が手裏剣を投げたり、工藤が槍を振っても素早く回避する。敏捷性が高いだけでなく、アクロバティックな動きも得意みたい。

 羽を広げると一メートル位あるだろうか。鋭い爪と牙を持ち、個体での攻撃力は少ないが、集団で襲ってくると厄介な敵だ。


 すると今度は伊藤が隣に来た。

「俺に任せろ」

 なんだか平井が期待を込めて見ているので任せることにした。「マクロ〇・・・」とか呟つぶやいている。


 既に詠唱は終わっているみたい。伊藤は皆に耳を塞げと言うと、大きく息を吸いこみキーワードを呟きながら手を振った。よく見ると親指と人差し指でピックをつまんでいる。


「サイコキラー」

 耳では一切何も聞こえなかったが、耳を塞いでいても気絶するのではないかと思うほど気分が悪くなった。


 気が付くと天井からブラッドバッドがぼとぼと大量に落ちてきている。みんな気絶しているようだ。伊藤に聞くと、超高音域で不協和音をスキル「拡声」を使ってフルボリュームで発生させたそうだ。


 中音域の音しか聞こえない俺たちですら気分が悪くなったのだから、この音域をメインで活用する蝙蝠には拷問に近いコンサートだったのだろう。そのまましておくと回復するので、総出で止めを刺して回った。二百匹以上始末したと思う。全部アイテムボックスに収納した。


 平井があからさまにがっかりしていた。きっと伊藤がギターを持ってヘビメタを歌いながらビームを出すのを想像していたのだろう。それはむしろ宴会芸に近いのでは?残念だったな平井。伊藤はどちらかというと小林旭兄貴の「ギターを持った渡り鳥」なのではないかと思う。古いか?


 興味があったので、ピックを見せてもらった。形はおにぎり型で大きさは普通のピックの倍くらい、色は銀色でピカピカ光っている。伊藤は頭を掻きながら話してくれた。

「今更杖を持つのもなんか違うなあと思ってさ。俺にとって一番馴染みのある道具がピックだったから、江宮に頼んで作って貰ったんだ。ミスリルを使っているんだぜ」


 確かに伊藤が使うのにはピッタリな気がする。逆に言うと野田は杖がピッタリだな。だってクラシックのコンサートで指揮者が振るっているのは指揮棒、つまりタクトだから。


 蝙蝠の間を抜けて数十メートル歩くと第二の転移点に着いた。玉ねぎの上半分のようなドーム状の真中を通る通路の左右に転移点が並んでいる。それぞれ1B1と1B2と書いてあった。真上には通風孔が開いている。今日の目的地に到着だ。


 転移点でユーザー登録する。やり方に慣れてきたので、前回の三分の二くらいの時間で完了した。でもここからが問題だ。全員を転移点に集めて羽河が呪文を唱え始めた。顔を見ると珍しく緊張しているみたい。キーワードを唱えると同時に、俺の体がぐらりと揺れた。床に立っているのに、体重を感じない。


 まるでどこまでも自由落下しているような感じ。次には、この世界に転移した時のような三百六十度ジェットコースターが始まるかと思ったら、突然目の前で白い光が爆発した。光が収まると足元の文字は1F1に代わっていた。転移成功だ。羽河は珍しくバンザイして喜んでいた。


 伯爵とイリアさんが驚いていた。転移の魔術は超難しくて、一回目で成功することはありえないそうだ。長い長い呪文を百パーセント完全かつ正確に唱えないと稼働しないので、普通は呪文を唱えても反応しないそうだ。


 間違えても反応しないだけなので、ある意味安全と言えば安全な魔法だが、とにかく一回目で成功した羽河は天才の部類に入るらしい。もし魔法学院に入学するならば特待生扱いは間違いないそうだ。


 洞窟の外に出ると、日は西に傾いていたがまだ明るかった。思ったより修練は順調に進んだみたい。晩御飯まで少し時間があるので、各々遊んだり練習したりして過ごした。俺もピアノのセットと焚火の火起こしが終わると、ヒデに付き合った。


 平野は尾上に捕まって、斬撃の練習をしていた。それだけではなく勝手に「風刃ふうじん」と名前を付けられていた。イメージとしては包丁をそのまま投げる、という感じだそうだ。

「一度に五発出せるようになった」と喜んでいたので良かったと思う。


 それに技として名前を付けるのは、包丁を杖代わりに使うことを明らかにする点で、意味があるような気がする。まあ、俺の勝手な思い込みかもしれないが。晩御飯の準備に入った平野の横顔を見て考えてしまったのだ。


 野田が「ソウルトレインのテーマ」を弾き出して宴が始まった。今日の晩御飯は寄せ鍋だった。魚やエビ、カニ、貝だけでなく、赤身の肉・かしわ・つくねも入っているのでボリュームたっぷり。もちろん、葉物を中心に野菜と茸もどっさり入っている。


 しょっつるベースの出汁と一緒に最後はうどんで締めておいしく頂きました。夜となれば冷え込んでくる野外にピッタリなメニューだった。


 伯爵や騎士・イリアさん達はこんなうまいご飯はレストランでも食べたことが無いと言って幸せそうに食っている。


 デザートは無花果いちじくのアイスクリームだった。添えられたウエハースがまた上品でおいしかった。ウエハースだけでデザートになるんじゃないかな。デザートが終わると、恒例の浅野コールが起こった。


 浅野は野田と打ち合わせると静かに一礼して喋り始めた。

「討伐の一日目が無事終わって安心しました。平野さんをはじめとするアドベンチャーズが凄くてびっくりしました。また、超難しい転移魔法を羽河さんが一発で決めたのも素晴らしかったと思います。明日からもうまくいくことを祈って一曲歌います」


 浅野が歌ったのはニック・ロウの「恋する二人」だった。70年代後半にパンク&ニューウェイブブームの火付け役になったイギリスのStiffレーベルの看板アーティストの一人だ。この時代はパワーポップなんて呼んでいたっけ。


 歌い終わった浅野に冷たいジュースを渡しながら聞いた。

「なんで70年代が好きなんだ?」

 浅野は少し考えてから返事した。


「単純にStiffが好きというのもあるけど、あの頃デビューしたバンドやアーティストってパンクもニューウェイブもみんな明るいというか、夢があるというか、未来に向けて楽観的なんだよね。古くてかび臭いロックやポップスなんか取っ払って、これからは俺たちの音楽をやっていこうぜ、みたいな。なんか凄い前向きな気持ちを感じるんだ」


 いきなり饒舌になった浅野に驚いてしまったが、続けて話してくれた。

「例えばさ、ビートルズの解散後、ポール・マッカートニーがウィングスを結成したじゃない?バンド・オン・ザ・ランというアルバムを聞くと、ビートルズの呪いから解放されたポールの喜び=好きなようにバンド(音楽)ができるという喜びに溢れているように聞こえるんだよね。なんかそれに近いような気がする」


 浅野は照れた顔で追加した。

「僕だけそう思っているかもしれないけど、あの時代の音楽って魔法がかかったみたいにキラキラしているように感じるんだ。グラハム・パーカーのWaiting for the UFOとか。レックレス・エリックのやんちゃとかニック・ロウの優しさとかイアン・デュリーのどうしようもなさとか、アーティストごとの個性もあるし。

 結果的に本当に新しい音楽を作り出せたかどうかはわからないけど、みんなその気でいたし、世界中から期待を込めて注目されていたと思うんだよね」


 浅野が単なる懐古趣味ではないことが分かったが、木田と楽丸に連れ去られてしまったので、話はここで終わってしまった。


 片づけが終わってから宿舎に戻ると、窓枠に沿って今日のお供えを並べた。冷やし中華・ホットドッグwithナポリタン・焼き林檎・寄せ鍋・無花果のアイスクリーム&ウェハース。目を瞑って手を合わせると、「美味し!」の声に続いて、ペタン・ペタン・ペタン・ペタンという音が響いた。

伊藤君も見事な技を決めてくれました。サイコキラーはかってNYのCBGBで活動していたポストパンクの雄、鬼才デビッド・バーン率いるトーキング・ヘッズの初期の代表曲です。浅野君が70年代ロックについて熱く語ってくれました。

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