第249話:洞窟地帯2
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次の休憩ポイントは三叉路になっていた。ここから右に曲がると目的地まで半時間と少しだそうだ。休憩後、馬車に乗って南に進む。目的地は直径百メートルほどの大きさの石畳の広場だった。
広場の一番奥には高さ百メートルほどの岩山がそびえ、広場と隣接した部分には幅五メートル・高さ五メートルほどの蒲鉾型の穴がぽっかりと開いていた。穴の上部がぎざぎざになっているので、牙を剥きだした猛獣の口みたいに見える。
穴の右側にはぼろいテントが数個固まって立っていた。時期によってはこの広場が野営のテントで埋め尽くされるそうだが、本当だろうか?穴の前まで行って馬車を降りた所で、俺は西からの視線に貫かれた。湖沼地帯・黒の森・山岳地帯のそれぞれの初日に感じたあの視線だ。
悪意も無ければ好意も無い、純粋に見ているだけといった意思を感じた。視線は徐々に薄くなり、俺は動けるようになった。なんなんだこれ?俺だけなのだろうか。みんなの様子を伺うが、冷や汗をかいているのは俺だけみたい。気のせいだ、きっと。
伯爵が全員を集めて話し始めた。
「皆様、ここが洞窟地帯の入口でございます。幸い今日は採掘者は少なく広場がすいておりますので、入口の左手にキャンプを設営しますぞ。終わったらここに再度集合をお願いします。転移点の登録を行いますぞ」
俺は一列に並べた馬車と岩山との間に簡易宿舎七棟と仮設トイレ二棟を設置した。簡易宿舎の一棟は伯爵に、一棟は教会に提供した。残りはパーティ毎に一棟ずつだ。真ん中にスペースを開けて焚火台を二台設置した。平野に確認したが問題ないみたいなので、坑道の入り口前に集まった。
伯爵は上機嫌で説明した。
「転移点は坑道の中にございます。私の後についてきてくだされ」
中に入ると、ひんやりとした空気に包まれた。驚いたことに坑道は真っ暗ではなかった。日の光の射しこまない奥の方を見てもぼんやりした深い紺色の光が見えている。
「ここの岩石はごくごく微量ではございますが、ミスリルの成分を含んでおります。その成分がほのかな光を発しているのですな」
確かに壁・床・天井の全てが光っているように見える。
入口から三十メートルほど進んだところで、徐々に壁が左右に大きく膨らんだ。天井も高くなっている。直径約二十メートル・高さ約十メートルの半球形、まるで地下のドームのようだ。伯爵は芝居がかった仕草で説明した。
「ここが最初の転移点でございますぞ」
転移点は通路を挟んだ左右の二か所にあった。どちらも直径十メートル位の円を半分にしたような形をしていた。半円の中心には大きく1F1と1F2と書いてあったが、それだけではなかった。玉ねぎ型の天井の天辺は暗い穴になっていて、ひんやりした空気が流れ込んでいる。
「気がついたようですな」
伯爵は笑顔で説明してくれた。
「各転移点には通風孔が設置されております。鉱山として使用するために設置されたものでしょう。転移点と通風システムが稼働しているお陰で我々は安心して潜ることができるのですな」
転移システムは元々は転移点と転移点との間で物資を運ぶための仕組みであり、人間を移動するためにはユーザー登録が必要になる。俺たちはクライアントとして登録するが、転移システムを稼働できる羽河と浅野はマネージャーとして登録するそうだ。
登録は転移点毎に行うのだが、これが一人ずつしか登録できない。おまけに登録が終わったのは1Fだけなので、現状ではどこにも移動できないという使い勝手の悪さ!管理者には改善を要求したいところだ。
伯爵と護衛の騎士、イリアさんをはじめとする教会組は既に登録済みだそうだ。俺たちの登録だけで相当時間がかかったので、先には進まず戻ることになった。入口から一歩外に出ると、強烈な夕日が左手から差し込み、世界が陰影の無い黄昏色に染まっていた。
俺の一番嫌いな色だ。まるで世界がオレンジ色の死に染まっているように見える。そんな気持ちを見せないように、わざとはしゃぎながら夕食の準備をした。まずはピアノを野田の指定する位置に置く。焚火台に薪と炭をセットし、火を起こす。火が安定したら、焼き場をセットする。もう一つの焚火台は江宮と千堂が手配してくれた。
テーブルとベンチ、飲み物と食器をセットすると、野田が「A列車で行こう」を弾きだした。宴の始まりだ。平野はバーべキューソースにつけた肉からバンバン焼き始めた。今日は串に刺さずに網で焼くみたい。いつも通り、伯爵達と教会組にも声をかける。伯爵が勝手に乾杯の音頭を取った。まあいいか。
オーク、牛、鳥、羊、鬼熊の各部位だけでなく、ソーセージやつくねもバンバン焼いて行く。弱火のエリアでは野菜に火を通していく。最初のピークが終わったら、野田は素早く肉&野菜の串焼きを三十本ほど作って焼くと、大皿に盛って俺に頼んだ。
「外のテントを回ってお裾分けしてくれない?」
こういう所で気を遣うのは平野らしいと思う。俺は笑顔で受け取ると、坑道入口の右側に固まっている三つのテントに行った。
最初のテントに声をかけると、髪も髭も伸ばし放題の原始人のようなおっさんが頭を突き出して機関銃のように文句を垂れ流した。
「うるせえな。こちとら今寝たばかりなんだ。静かにしやがれ」
差し入れを持ってきたことを伝えて串を十本差し出すと、文句はぴたりとやんで気持ちの悪い笑顔で受け取ってくれた。きっと精いっぱいの愛想笑いなんだろう。仲間と三人でミスリル掘りに来たそうだ。男との後ろでは最後の一本をどう分けるかで言い合いが始まっていた。
次のテントに声をかけると予想に反して上半身裸の女が出て来た。隣でのやり取りを聞いていたのか、文句を言わず笑顔で串焼きを十本受け取ってくれた。男二女二のパーティで来ているそうだ。
「坊やの割には気が利くねえ。寄ってくかい?お礼代わりに可愛いがってやろうか?」
「連れがいますんで、遠慮します」
「つれない返事だねえ。女連れかい?」
俺は頷くと、気になっていたことを聞いた。
「どうですか?」
「ミスリル?さっぱりね。今日で十日目だけど、小指の先位の小さなかけらが十二、三個しか取れなかったわ。拳サイズなんて夢の夢ね」
女は気になることを言った。
「明日にはここを立つわ。あまり長居すると神隠しに会うらしいからね」
神隠しか・・・。後で伯爵に確認しよう。
最後のテントに行こうとしたら、後ろから声をかけられた。
「昨日から留守よ。でも、今日は戻ってくると思うわ」
テントは無人だった。仕方がないので皿ごとおいてきた。
キャンプに戻ると、野田の演奏は終わって伊藤がギターをチューニングしていた。俺はエールを片手にご機嫌な伯爵に声をかけた。
「洞窟地帯に長期間滞在すると、神隠しに会うって本当ですか?」
伯爵は飲みかけのエールを飲み干してから答えた。
「洞窟地帯で一人の時に事故にあったり魔物に殺されると、まず死体が見つかることはありません。全て行方不明になってしまいます。くれぐれも単独行動は禁止でお願いしますぞ」
伊藤が夕焼けで赤く染まった岩山をバックに歌いだした。曲は吉田拓郎の「洛陽」。あまりにもぴったりすぎる選曲だった。なんかしらないけど盛り上がった。調子に乗った伊藤が十曲も歌ったので、浅野の出番はなくなった。少し残念。
日はとっくに落ちてしまい、空には月が出ている。少し欠けているが、明日か明後日には満月になるだろう。宴会はみんなで炭坑節を踊ってお開きになった。忘れると大変なので、ピアノはすぐにアイテムボックスにしまった。
今日のお供えは、カツ丼・フィッシュバーガー・メロンのジェラート・バーベキュー・アイスケーキだった。明日からの演習が無事に完了することを祈った。いつも通り、「美味し!」の声に続いて、ペタン・ペタン・ペタン・ペタンという音が響いた。
長くなったので分けます。