第248話:洞窟地帯1
更新が遅くなってすみません。風邪をこじらせて五日ほど寝込んでいました。ブックマークの登録ありがとうございます。当面、週一または週二の更新の予定です。
8月13日、日曜日。昨日の晴天と一転して、今日は朝から空に暗い雲が立ち込めている。風も強く、なんか肌寒い。それでも雨の匂いはしなかった。今日の天気が俺たちの運命とリンクしていないことを祈るだけだ。
朝のランニングの途中で志摩に会ったので、昨日夜なべして作った人工ダイヤ二百個を納品した。一度に十個ずつ作ったので、直径は五ミリ前後のほぼ球形、色もほぼ透明といった感じ。研磨もしてないし宝石としては二級品もいいところだが、志摩は大喜びしていた。質より量が大事みたい。
昨日アイテムボックスの整理をした時に七十度の薬酒がまだ二樽残っていたので、一樽を玄関先に置いた。ついでに、王蛇に使った盃一杯と皿二枚も置いておく。盃と皿は一枚づつ残っているので何かの時にはそれを使おう。ラウンジで王女様に樽と磁器に手紙を付けて送るように頼んだ。手紙の内容は、以下の通り。
「王蛇と和解するために使った秘蔵の酒を送ります。通称ドワーフ殺しの薬草酒です。度数が普通の火酒の倍ありますので、飲むときは果実水で割って飲んでください。一緒に送った盃と皿は王蛇が使用したものです。記念に献上します」
今日の朝ごはんは、カツ丼だった。今回の遠征も勝つぞ、という験担ぎなのだろう。これはひょっとすると平野の個人的な思いも入ってるかもしれない。なんせ使っている肉がオークではなく鬼熊なのだ。思わず「おかわり!」と言いたくなるほどうまかった。
ご飯が終わったら、各パーティのリーダー(ヒデ・平井・工藤・羽河・平野)を集めて今回の遠征のやり方を打ち合わせた。俺と先生はオブザーバーとして参加した。もちろん議題は初めて加わるアドベンチャーズがどのように参加するか、という事だった。既にアドベンチャーズのリーダーである平野はメンバーと打ち合わせ済みとのこと。
なんせ非戦闘職の集団だから、メンバーを一人または二人ずつ、四つのパーティにゲストとして参加させることを想定していたのだが、平野の発言は予想に反していた。
「アドベンチャーズも一つのパーティとして行動します。もちろん先頭に立って討伐も行います」
「大丈夫なのか?」
ヒデが思わず叫んでいた。
「大丈夫!」
平野は自信を込めて言い返した。そこには思い上がりも虚勢もなく、地味な計算を積み重ねた揺るがぬ自信みたいなのがあった。
意表を突かれ静まりかえる中で先生が微笑みながら拍手した。
「平野様、見事です。そこまで言い切る覚悟があれば、私は止めません。ただ、想定外の事があればすぐさま撤退することを進言します」
これで話は決まってしまったが、羽河が注文を付けた。
「それほど自信があるならば、パーティの順番は一番目でお願いできませんか?」
多分これは入口近くであれば、それほど強い魔物は出ないので、いきなり全滅なんてことは避けられるだろうという読みだ。
「了解!謹んで先陣を承ります」
分かっているのだろうか、平野は明るい笑顔でこたえた。今回の先頭の順番は、アドベンチャーズ→月に向かって撃て→クレイモア→炎の剣→ガーディアンに決まった。
打ち合わせが終わり皆がそれぞれの準備に戻る中で、俺は今回の遠征に持って行く物資の搬入作業にかかった。平野の指示を受けて食料・飲料・食器・その他をアイテムボックスに収納していく。野田に頼まれていたので、ピアノも収納した。
作業しながら俺は平野に聞いた。
「本当に大丈夫なのか?」
平野はウインクしながらこたえた。
「皆それぞれスキルがあるからね。もし、そんなに心配なら、最初だけでも横にいてくれる?」
俺は頷くことしかできなかった。
部屋に戻って前回同様木っくんに聞いた。
「ついてくるか?」
明快にノーの返事が来たのでラウンジに預けることにした。日の射さない地下世界は相性が悪いみたい。窓を開けると目の前に太郎の顔かあった。
「明日から洞窟地帯に行ってくる。しばらく留守番を頼んだぞ」
顔を舌で舐め回したので、大岩蛇の燻製肉を百キロ出してやった。喜んで食べ始めたので、いいだろう。
五時になると伯爵を先頭に迎えの馬車が来た。編成は前回と同じく伯爵・教会・荷馬車が一台ずつだが、俺たちの馬車が一台増えて五台になっている。まるで大名行列だな。先生とお傍係のみなさんが見送る中を出発した。俺はセリアさんが抱えている木っくんに向けて手を振った。
環状線を下ると東の大通りを左に曲がって東に向かって進む。東の大門を抜けて街道に出ると、いつの間にか空は晴れ明るい日差しに覆われた。たったそれだけの事なのだが、心に刺さった小さな棘が抜けたみたいで嬉しかった。
馬車の中ではいつもはおとなしい冬梅が上機嫌ではしゃいでいた。今日は戦闘の予定は無いので、猫娘と砂かけ婆を召喚したのだが一条が加わって変なガールズトーク(?)を繰り広げていた。
猫娘と砂かけ婆の俺を見る目が冷たくなっていくのを感じるが、知らない振りを通すことにした。半時間ごとに休憩を取りながら馬車は杉並木の街道をのんびり進む。三回目の休憩でお昼ご飯にすることにした。魔物の気配も無いので、ターフを張ってシートを広げる。
今日のメニューは大なまずをつかったフィッシュバーガーだった。ハーブとピクルスを刻んだタルタルソースがさっぱりして美味かった。デザートはメロンのジェラートだった。濃厚な甘みと独特の香りが最高。
食後のんびりアイスティーを飲んでいると、志摩がやってきた。
「砂を五十キロほど出してくれないか。試したいことがあるんだ」
面白いものが見られそうなので黙って出すと、志摩は呪文を唱えながら砂の上に何かばらまいた。あれは今朝渡した小粒のダイヤ?
「メイクゴーレム」
最後にキーワードを唱えると、砂の上に散らばったダイヤがきらりと光り、砂をまとって人形になった。身長三十センチ位の小型のゴーレムが十個以上出来ている。ゴーレムは志摩の指示通り、二列の隊列を組んで行進し、駆け足まで見せてくれた。
よく見ると腰には刃渡り十センチ位の剣を下げている。敵に対してはこれで攻撃する訳だ。俺は思わず聞いた。
「志摩、これって・・・」
志摩は手で俺の言葉を遮ると説明だ。
「そうだ。俺は昆虫が苦手なんだ。だから考えたんだ。昆虫には昆虫をって・・・」
実は俺が言いたかったのはそこではない。志摩の作ったゴーレムは全て二頭身だった。おまけに鎧兜までつけているので、まるでSDガン○ムだった。
午前中で既に二十個の核のナンバー付けと術式インストールが終わったそうだ。今日中に全部終わらせるらしい。俺は二百体のSDG(GはゴーレムのG)が押し寄せる様を想像してげんなりした。志摩のSDGは「可愛い」と女の子に人気だったが、伯爵は微妙な顔をしていた。多分、青の巨人の美学には合わないのだろう。
俺たちは馬車で出発した。涼しそうな木陰があったので、馬車を止めて休憩に入ろうとしたら、頭がチクチクする。頭の上のブラックパールがアラートを出しているようだ。初音に聞いたら近くに魔物、多分オークがいるみたい。休憩する前に一仕事しなければならないようだ。
馬車を降りて羽河に確認すると、五十メートルほど先の藪にオークが三匹潜んでいるそうだ。ヒデをはじめとする腕自慢が獲物を取り出そうとすると、鷹町が待ったをかけた。
「あたしにまかせて!試したいことがあるの」
既にレイジングハートを構えてやる気満々な鷹町に先鋒を任せることにした。後ろについて行くのは、ヒデ・工藤・江宮・千堂の四人。これだけいれば大丈夫だろう。あまりにもファンシーすぎるレイジングハートを見て侮ったのか、オークが三頭藪から飛び出した。鼻息荒く何か叫んでいる。鷹町まで距離僅か十数メートル。
しかし、鷹町は落ち着いていた。既に呪文は詠唱済みだったのだろう。最後のキーワードだけ唱えると杖を振った。
「天まで跳べ(スカイハイ)!」
俺は悲鳴を上げそうになった。あれは言ってはならない呪文では・・・?しかし、鷹町は飛ばなかった。代わりにオーク三匹が叫び声だけ残して消えた。慌てて上を見ると、ロケットのように空高く飛んでいる。見る間に豆粒のようになり消えてしまった。哀れお空の星になったのか?
確かに、自分ではなくて相手を飛ばせばよいのだ。俺は深く感心した。しばらくすると、激突音と共に地面が三回激しく揺れた。オークたちは出発地点から数メートル離れた所に変わり果てた姿で戻ってきていた。
土ぼこりが収まってから近くによって見てみると直径五メートル・深さ一メートルほどのクレーターが三か所出来ている。クレーターの中は肉片と赤い血が土砂と混ざっていた。鷹町によると大体高度千メートル位に打ち上げているそうだ。宇宙ロケット?
高度千メートルから自由落下した場合の地表付近での速度は時速にして約五百キロだそうだ。時速五百キロで地面とキスするとこういうことになるのだろう。俺の中で「決して怒らせてはいけない人」の枠に鷹町が移動した。
伯爵とイリアさんも顔が青くなっていた。だって、この魔法、空を飛ぶ以外に防御する方法がないんだもの。地上千メートルから落っこちて受け身なんか取れないからね。
スカイハイ・・・鷹町さんがどえらい魔法を完成させました。空中高く放り上げてあとは重力と地面で始末する訳ですな。志摩君のSDGも対処しにくい魔法みたいです。