第246話:打ち合わせは続くよどこまでも
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8月12日、月曜日。空は憎たらしい位晴れている。今日は教会・冒険者ギルド・女神の森に用事があるので忙しい一日になりそうだ。忙しいのは俺だけじゃなかったようで、ランニングが終わってラウンジで休んでいると、木工ギルドのテイラーさんがやってきた。早いよー。
「朝早くからすみません。明日から遠征に出られると聞きまして、押し掛けてしまいました。急がば回れと申しますからなあ」
テイラーさんは豪快に笑ったが、ことわざの意味が若干違うような気がする。
とりあえず約束していた見本二個(舞台と長机)を見せた。テイラーさんは長机の見本を手に持ち、足の折り畳みを何度も試してから、感嘆の声を上げた。
「流石は江宮様、ただの見本ではございませんな。ミニチュアの工芸品としての価値がございますぞ。惚れぼれするような出来でございます。
足を折りたたむ仕組みも良く分りました。鍛冶ギルドとの調整もございますが、出来るだけ早期に量産させて頂きます。お代については商業ギルドと話がついておりますので、ご心配なく。それ以外についても全て商業ギルドが買い取る予定でございます」
景気よく金をばら撒く予定だったのに、なぜか金が要らない方向に向かっている。どうして?仕方ない。次は対局時計だ。仕組みを説明したうえで、光闇の試合に使うことを開示すると、テイラーさんは深く頷いた。
「既存の時計の改良であれば、製造可能と思われます。お調べしますので、見本をお預かりさせて頂きます」
「発注数量は百個程度になると思います」
テイラーさんは笑顔で帰っていった。
今日の朝ごはんはラーメン、それも鳥の出汁としょっつるを使ったラーメンだった。しょっつるの奥深い味がするスープに細めの麺がよく絡んでしみじみうまかった。薄切りのチャーシューと青菜の組み合わせも良かった。
食後、緑茶の香りと渋みを楽しんでいると、メアリーさんがやってきた。
「楽器ギルド様がお見えです」
次から次へとお客さんだ。とりあえず会議室に通して貰うようにした。
お茶を最後の一滴まで味わってから会議室に赴いた。ナルエイさんは、まずピアノ(グランドピアノも含む)の契約書の雛形を渡してくれたので、契約に関しては羽河が引き継ぐことを説明して預かった。今度はこっちの番だ。
「実はお見せしたい楽器があります」
俺はアイテムボックスから木琴と鉄琴を取り出した。ナルエイさんは驚いて目を見開いた。
「それは何でしょうか?」
俺はバチを出すと、木琴で「キラキラ星」を引いた。三か所間違えたがまあまあだったと思う。
「これは木琴と申します。木の札を叩いて音を出しますが、木の長さを調整して並べることで、ピアノのように音階を出せるようになっています」
ナルエイさんはため息をつきながら大きく頷いた。
「優しくて柔らかい素晴らしい音色でした。そちらのは色が違いますが、金属製でしょうか?」
「よくお分かりですね」
「もしよろしければ弾かせて頂いても良ろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ」
という訳でナルエイさんの前に鉄琴を置き、バチを渡した。早速ナルエイさんは立ち上がると、低い方から一音ずつ叩いてみた。深く頷いてから弾き始めたのだが、曲は同じキラキラ星だった。会議室に澄んだ音が響いた。多分初めて聞いたのに、完璧だった。俺が間違えた箇所も正しく弾いていた。何故?
弾き終わるとナルエイさんは何度も頷きながら座った。しばらく無言だったが、顔を上げて満面の笑みを見せた。
「木琴とはまた異なる音色ですが、こちらもまた素晴らしい楽器です。恐れ入りますが、両方ともライセンスして頂けませんでしょうか?」
ナルエイさんによると、どちらも恐らく金貨一枚以下で販売できるとのこと。この世界の楽器が貴族や裕福な平民向けの高額な贅沢品であることを考えると、記録的な低価格であるそうだ。
次回ピアノの契約書に添付する覚書の雛形を作って来ることを約束して、ナルエイさんは帰っていった。ナルエイさんを送ってラウンジまで行くと、雑貨ギルドのニエットさんが待っていた。
ニエットさんを連れて会議室に戻ると早速商談だ。娯楽ギルド用に渡すためのウイスキーの詰め替えを頼んだ。
「樽からボトルへの詰め替えですか?」
「そうです。酒樽は本日お渡ししますので、詰め替えをお願いします。ボトルは『女神の森』で、ラベルは『樫-10年』を貼って下さい。出来上がった分全て納品をお願いします。おそらく二百本位できると思います。納品と請求は娯楽ギルド宛でお願いします」
「かしこまりました」
明日の13日は無理だが、15日までに納品してくれるそうだ。見送りがてら、玄関まで行って、ニエットさんの馬車に酒樽を置いた。ラウンジに戻ると、丁度商業ギルドのジョージさんが来たのでそのまま会議室に案内した。念のため、江宮を呼んでくるようにカウンターで頼んだ。
とりあえず、木工ギルドとの打ち合わせはうまくいったことを報告すると、ジョージさんは喜んだ。テイラーさんが言っていたように、今回のイベントで発注する道具類は全て商業ギルドで買い取るそうだ。今後のイベントに活用するらしい。
音響や照明まで含めてイベント用の舞台や道具を一括管理するギルドがあったら便利かもしれないですね、と言ったら真面目な顔で検討しますと言われてしまった。もしかすると、異世界にも○○舞台とか○○音響とか○○照明ができるかもしれない。
次に魔法科学ギルドの展示用の見本について打ち合わせた。業務用の製品を開発するための見本についてはOKだが、展示用の見本は自分で作って欲しいと言うと、あっさり了承した。元々ダメ元でお願いした案件のようで、断られても仕方ないと考えていたみたい。
俺は改まって聞いた。
「魔法科学ギルド用の新作候補の見本があるのですが、ご覧になりますか?」
ジョージさんは眼を輝かせて叫んだ。
「ぜひお願いします!」
丁度江宮が「どこでも水道」を持ってきたので、魔法コンロ・魔法ロースター・食洗器と一緒にプレゼンした。ジョージさんは自分の手で各道具の重さや使い勝手を確認して驚いていた。
「軽いですな。それにこの小ささ。場所を取りませんな。軍や食堂だけでなく、一般家庭でも使えそうです」
野外や家庭用を想定しているが、冷蔵庫もセットして屋台を作ることを考えていることを説明すると、ジョージさんが食いついた。
「素晴らしい。軍の厨房車として使えますぞ」
確かにケータリングにはもってこいだよな。どこでも水道・魔法コンロ・魔法ロースター・食洗器については、是非ライセンスして欲しいそうだ。他の道具と同じ条件で契約することになった。
俺は続けて水あめについて相談した。見本を舐めてもらってから、砂糖の高値対策として代替品として普及させることを提案すると、ジョージさんは感動していた。
「民の事を思いやるそのお気持ち、真の貴族とはこういうことなのでしょうな」
期間三十年で一年ごとに金貨百枚のライセンス料を貰う契約にして、最初の二年間は無料にすることを提案するとジョージさんは拍手で賛成してくれた。原料となる小麦は豊富にあるし、水あめはそのまま食べても良いので、良い名物になるかもしれないと喜んでいた。
最後にジョージさんから面白い話を聞いた。昨日のことが早速噂になっているようだ。浅野はユニコーンの乙女、あるいは鎮めの巫女と呼ばれているそうだ。また、平井はヘルハウンドを馬代わりに使役する女ドワーフとして地獄の天使と呼ばれ恐れられているそうだ。本人には言えないな。
見本はそのままにしてラウンジでジョージさんを見送ると、紅茶を飲んでいた羽河を会議室に連行した。まずはナルエイさんから預かったピアノの契約書の雛形を渡す。
「実は今日木琴と鉄琴のプレゼンをやったんだ。ピアノの契約書に添付する形の覚書を次回持ってくると思うのでよろしく」
羽河は笑顔で頷くと、江宮が作ってくれた魔法道具の見本を見て言った。
「これが新作?」
「そう、この四つと水あめもライセンス希望とのことなので、商業ギルドとの契約よろしくお願い」
「条件は他と一緒でいいの?」
「この前打ち合わせた通り、水あめだけは契約期間三十年間で一年ごとにライセンス料として金貨百枚を貰う形式にして、最初の二年間は使用料を免除する予定」
羽河は笑顔で了承してくれた。
お昼の時間になったので、食堂に行った。工藤がいたので、ウイスキーのボトル詰めを雑貨ギルドに依頼したことを報告しておく。今回用意したものが無くなったら、以降は商業ギルドから仕入れるそうだ。納品が15日になる事ことを説明すると、少し渋い顔をしていた。
今日のお昼ご飯はキッシュだった。ひき肉、ハム、各種野菜をオリーブ油で炒めて卵でとじただけ。味付けも塩胡椒だけと素朴なんだけど、なぜかうまいんだよな。デザートはみかんのジェラートだった。みかんにはみかんの良さ(和風?)があることを再確認。食後、平野から女神様への献上品と教会へのお土産を預かった。
教会およびお堂に行く馬車とは別の馬車に乗った。護衛として小山がついてきた。まずは冒険者ギルドを目指す。途中、王宮の正門前の広場が見えた。ジョージさんによると、前日から翌日まで三日間貸し切るのだそうだ。すごいな。こけたらどうしようか?
俺の心配をよそに馬車はどんどん進む。冒険者ギルドに着いた。裏口に回って、解体場に入る。いつものごとくテーブルに突っ伏しているイントレさんに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
イントレさんはのろのろと顔を上げ俺を見ると、にやりと笑った。
「何とか間に合ったな。この前持ち込んだ武器防具装飾品の見積もりが終わったぞ。全部で金貨千枚でどうだ」
全部で約百点あったうちの半数は、遺族から捜索願が出ていたそうだ。捜索願には懸賞金が付いているので、その七割を俺たちが貰えるそうだ。なお、三割はギルドの取り分と税金になるらしい。捜索願が出ていないものは拾得物扱いでの買取になるそうだ。
もちろん査定に異議は無いので、いつも通り読めない書付を有難く頂いた。そのまま表の入口に回る。玄関のドアを開けると、中にいる人間の視線が一斉に俺たちに突き刺さった。俺は気が付かないふりをしてカウンターに行った。今日もサンドラさんが迎えてくれた。
「今日はこれです」
書付を渡すと、サンドラさんは大きく目を見開いた。
「これだけの武器防具に宝飾品をどうやって手に入れたんだい?」
俺は正直に答えた。
「空の王の寝床を掃除したらゴミの中に入っていました」
サンドラさんはしばらく口を開けていたが、首を振ってこたえた。
「あんたたちのやっていることはあたしにはさっぱり分からないよ。今回も振り込みでいいかい?」
俺が頷くと、サンドラさんは大声を上げた。
「ジョーイ、すかんち共にエールを一杯ずつ、それとテーブルごとに大皿でパンと串焼きを出しな。タニヤマの奢りだよ」
おおおおお・・・という野太い歓声が酒場全体で上がった。どこの誰だか知らない野郎どもに毎回おごるのは納得いかないのだが、伯爵に言わせるとこういうのが大事らしい。嫉妬を薄めることが必要なのだそうだ。今日は小山だけなので、エールは飲まずにそのまま馬車に戻って女神の森を目指した。
水道付きの屋台が出来そうです。便利かも。「すかんち」は反対から読んでください。