第242話:浅野のこだわり
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8月10日、水曜日。今日はギラギラと燃えるような太陽が空にどっしり腰を下ろしていた。夕方まできびしい暑さが続きそう。朝のランニングに行くと、ラウンジで呼び止められた。
「本日の午前鍛冶ギルド様が、夕方は木工ギルド様がお見えになるそうです」
鍛冶ギルドが来るということは、あれが出来たのかな?楽しみ楽しみ。
今日の朝ごはんは、ざるうどんだった。もちろん薬味がたっぷり添えられたつゆが付いている。副菜はエビ入りの卵焼き・ササミの天ぷら・野菜の煮物など盛り沢山。カットフルーツと一緒に美味しく頂きました。
志摩に木工ギルドが夕方、打ち合わせに来ることを伝えると、不安とやる気がまざったような緊張した顔をしていた。
ラウンジで紅茶を飲んでいると予想通り鍛冶ギルドのバーニンさんがやってきた。長さ三メートルほどの細長い袋を担いでいる。
「タニヤマ様、お待たせしました。先日ご依頼の槍ができましたぞ」
見本として渡した槍と寸分も変わらぬ槍ができていた。念のため、そのままラウンジで待って貰って江宮と工藤を呼んでくる。二人に見てもらったが、どっちからも合格点を頂いた。
特に胤舜(勝手に出て来た)は大喜びで、完成品を持ったまま庭に行ってしまった。バーニンさんはにやりと笑うと契約書の雛形を差し出した。
「知り合いの冒険者に見せるとたいそう気に入りましてな。これでまた稼がせていただきますぞ」
契約書の締結は羽河にまかせていることを伝えた上で、見本はそのまま預けることにした。あまり関係ないかもしれないけど、一応バーニンさんにも伝えておこう。
「今月末に大きな催しごとをやることになりました。どこかでお世話になるかもしれませんが、よろしくお願いします」
バーニンさんは笑顔でこたえた。
「夏祭りのことですな。王宮前広場で開催されるとか。流石はタニヤマ様、王家ともうまくやっておられるのですな」
バーニンさんは上機嫌で帰っていった。
工藤は講義のぎりぎり前に帰ってきた。精魂尽き果てたような顔をしている。胤舜が相当張り切ったようだ。契約書の雛形は講義の前に羽河に渡した。
今日の講義は、洞窟内での戦い方だった。
先生曰く、閉鎖空間では使用する魔法を厳選し、威力も細かく加減する必要があるそうだ。特に地形や空気に影響する魔法はよく考えてから使用すべきとのこと。その意味では火魔法はなかなか使い方が難しそうだ。全力でドカンと一発なんて絶対ダメということなのだろう。
それ以外では暗闇に近い環境での行動になるので、偵察や気配感知の重要性が大事になるとのこと。言われてみればもっともだな。盗賊や忍者に頑張って貰おう。
紅茶を貰ってラウンジのテーブルに座ると、平野がやってきた。小さな籠をカウンターにいたメリーさんに渡すと、籠の中身を小皿に少し移して俺の所に持って来てくれた。
「試作品を配っているの。食べる?」
「もちろん」
ラスクだった。サクサクの軽い食感で、味付けは砂糖だけ。素朴だけど紅茶と合うんだよな。
「ありがとう。うまいな」
平野はポケットから小さな瓶を取り出すと俺に渡した。
「何これ?」
「水あめ」
「どうするの?」
平野は少し考えてから話した。
「今後レシピを公開すると、お菓子の材料、特に砂糖が値上がりすると思う。もちろん、さとう大根の栽培も始まるんだろうけど、多分追いつかない。だから・・・」
「だから?」
「代替品として水あめを広めたらどうかな、と思って」
俺はまじまじと平野を見つめた。
「な、なによ。一体・・・」
平野は顔を少し赤くしていった。
「いや、ちゃんと考えているんだと思ってさ」
平野は突然立ち上がると「それ見本」とだけ言って、逃げるように帰っていった。砂糖の高値対策と考えると、ライセンスの仕方が難しいな。無料で公開する?
見本をもてあそびながら契約の事を考えていると、江宮と浅野がやってきた。江宮が大事そうに持っているのは、鉄琴と木琴!
「できたのか?」
江宮は満足そうに頷いた。浅野が「きらきら星」を実演してくれた。良い音色だった。
「やっと野田のOKが出たぞ。こいつを見本にしてくれ」
俺はバチと一緒に二つの楽器を預かった。早速楽器ギルドを呼んで見せてみよう。演奏してみせた方がいいかな?練習しようかな?
あれこれ考え始めた俺に江宮が話しかけた。
「音響について浅野と打ち合わせるんだが、たにやんにも参加して欲しいんだ。今いいか?」
浅野が一緒に来たのはそういう訳か。もちろん俺に異議は無い。江宮に促されて浅野が話した希望は以下の二つだった。
・スピーカーはJBLの60(ろくまる)と同じにして欲しい。
・マイクはShureの565(ごーろくご)と同じにして欲しい。
俺は絶句した。そして驚きの余りつい早口で聞いてしまった。
「なんでJBLのそれも60なんだ?他にもスピーカーは山ほどあるぞ。マイクもそうだ。565が歴史的な名作であることは認めるけど、より新しい58(ごっぱ)で良いんじゃないか?」
スピーカーといいつつ拡声の魔法を使うので、一定以上の大きさがあれば箱はなんでもいい。でも、60はいくら何でも古すぎるのだろ。マイクだって、拡声の魔法を使うから形は何でもいいはずだが、浅野は頑固だった。
まずスピーカーは50(ごーまる)でも良いが、スタイル的に60が好きなのだそうだ。マイクの問題も同じだった。70年代大好き少年としてはマイクは565が最高らしい。森進一が「おふくろさん」でレコード大賞を取った時代のマイクだそうだ。まあ、こういうのは気分の問題だから、浅野が最も好きなものでまとめるべきだろう。
俺は江宮と顔を見合わせて頷いた。
「分かった。浅野のいう通りにしよう。ただしマイクはSM81の方が良くないか?」
浅野は不思議そうな顔でこたえた。
「SM81?あれは楽器用だよ」
ううむ知っていたか残念。あのマイクは細くてカッコ良くて浅野に似合いそうなんだけどな。ついでにマイクスタンドも作ることになった。マイクスタンドの足は折り畳み式の三本足ではなく、円盤型にすることになった。細かいなあ。まあこっちの方が簡単でいいけど。本数的には十本位あれば十分かな。
江宮と浅野は拡声の魔法の魔法陣化について野田と先生と相談すると言って、打ち合わせはお開きとなった。俺はカウンターに行って楽器ギルドに訪問の依頼を出すようにお願いした。鉄琴と木琴のことを相談しよう。
今日のお昼ご飯は、オークまんだった。ただし、中身が違った。ひき肉を使った餡ではなく、チャーシューとネギをしょっつると砂糖で煮込んだものが入っていた。チャーシューには適度な噛み応えがあって、最高にうまかった。デザートはブラックチェリーのジェラートだった。渋みを内包した甘さが良い。
今日は来客の予定が無かったので、俺も練兵場について行った。一番目立っていたのは小山の梯子登りチームだった。なんと梯子を二本持って来ている。五メートルほど離れて二本並べていた。
志摩が作ってくれたベースがしっかり機能したおかげで、梯子一本につき二人で支えるだけで十分なのだそうだ。花山・青井・千堂の三人にヒデを新たにリクルートした四人で文字通り梯子を支えるそうだ。
スキル的にもヒデを除く三人は強力持ちだし、ヒデは頑健持ちなので、十分かもしれない。組み合わせ的には、花山+ヒデ、青井+千堂で組むみたい。梯子登りの目玉としては、梯子から梯子へ飛び乗りを考えているそうだ。それはもうすでにサーカスの曲芸ではなかろうか?
次に俺が注目したのは志摩だ。人間サイズのゴーレムを複数使役するトレーニングに励んでいたが、今日習っているのはアポーツ、即ち引き寄せの魔法だった。指導教官によるとゴーレムを土や砂に戻した後、残った核を手で拾って歩くのはカッコ悪いというか、魔法使いの美学に反するらしい。この手の魔法が苦手な志摩は悪戦苦闘していた。
夜神も斧の素振りに汗みずくになって取り組んでいた。見る限り腕というより背中の筋肉が明らかに足りないようだ。ものになるまで時間がかかるかもしれないな。
宿舎に戻ると、ラウンジでは木工ギルドのテイラーさんが待っていた。俺は、志摩・工藤と一緒に大会議室に案内した。まずは夏祭りの概要と、舞台・会場・露店用の造作が必要になったことを説明した。テイラーさんは腕まくりしながらメモを取り出した。
今回注文するものは以下の通り。
・平たい台×二十個
・舞台×百十個(縦横高さ1.8メートル)※十個は予備
・舞台用の地絣(横三十七メートル×縦十メートルの布)
・舞台下用の目隠し(幅三十六メートル)
・舞台袖用の目隠し(幅三十二メートル)×二個
・バックボード(横三十六メートル×縦4.8メートル)
・階段×二個
・仕切り用の柵(幅百メートル×高さ1.5メートル)
・照明用の台(高さ十メートル)×二個
・折り畳み式の長机×四百個
・長椅子×八百個
八人掛けのテーブルを想定して長机一個に長椅子二個でワンセットと考えている。長机と長椅子を見込みの倍発注したのは多すぎるかもしれないが、露店以外でも使えることは確実なので、問題ないと判断した。なお、舞台と長机に関しては模型で見本を作って渡すことになった。江宮に頼もう。
舞台用の地絣については丈夫で水を吸収するもの、色は灰色をオーダーした。また、バックボードには「グラスウールの夏祭り」という文字を入れるように頼んだ。背景色を聞かれたので、夏をイメージする色として青を頼んだ。良かったかな?
唯一心配なのは納期だが、大量にある杉の木の在庫を一気に捌くチャンスという訳で、テイラーさんは張り切っていた。絶対に間に合わせるそうだ。大丈夫かな?ここでテイラーさんから質問があった。
「平たい台や舞台のサイズなのですが、どうしてメートル単位になっていないのでしょうか?」
テイラーさん、鋭い!俺は志摩と顔を見合わせてからこたえた。
「実はわが国には古来、尺という単位がありまして、舞台や建築の分野では三十センチが一つの単位になっているんです」
テイラーさんは大きく頷いた。
「単位の問題は難しいですな」
この世界でも単位が統一されるまでは紆余曲折あったそうだ。見本が出来たら連絡しますと言って、打ち合わせは終了となった。
風呂に入ってから食堂に行くと、ピアノの横で淺野と野田が話していた。呼ばれたので、行ってみると孤児院の子供たちの相談だった。
「あくまで出演をОkしてくれたらの話だけど、その時は合唱団としての名前があった方が良いと思うんだ」
もちろん俺に異議は無い。
「当然だな」
浅野は言った。
「何がいいと思う?」
俺は即答した。
「女神の森少年少女合唱団!」
野田は不満げな声を出した。
「えー?まるでウィーンの森じゃない!」
俺は駄目押しの説明をした。
「将来、合唱団が単独で活動するときはカッコイイ名前の方が有利だと思うぞ」
野田はそれでも嫌がったが、浅野が賛成してくれたので、教会にはひとまずこれで提案することになった。女神様の了解を貰ったら嫌とは言わないだろ。
今日の晩御飯はキラーフィッシュの唐揚げのトマトソースがけだった。鯛に似た上品な白身のキラーフィッシュを皮のままパリッと唐揚げにして、バジルとニンニクが微かに香るトマトソースで上品に仕上げている。
トマトの酸味がさっぱり感を倍増してうまかった。デザートは黒あんがかかったお団子で、ちゃんと串に刺してあるのが食べやすくて良かった。
今日のお供えは、ざるうどん・オークまん・キラーフィッシュの唐揚げ・ブラックチェリーのジェラート・あんこ団子の五点だ。手を合わせ目を瞑ると、美味し!の声と共にペタン・ペタン・ペタン・ペタンという音が響いた。最後に11日訪問の予定が12日に変更になったことをお詫びすると、「よかろう」という声が聞こえた。
60の正式な型番は4560。フロントローディングホーンの付いたバスレフ型のスピーカーです。38センチウーファーが一発入っています。大きさは縦横高さいずれも約一メートル。二人で余裕で持てます。
50の正式な型番は4550。フロントローディングホーンの付いた密閉型あるいはバスレフ型のスピーカーです。38センチウーファーが二発入っています。60の約二倍の大きさです。四人で抱えても結構重いです。
大昔のジャズ喫茶には60と40(正式な型番は2440。中域から高域を担うドライバーです)という組み合わせで、アンプはアキュフェーズなんて店もありました。
諸般の事情により、来週から当面(一か月ほど)更新の頻度が週一~二回になると思います。申し訳ありません。