第240話:タイムテーブル
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8月9日、風曜日。今日は珍しく薄曇り。淡い水色の空が広がっている。しかし、雨の気配はゼロ。ランニングに出ると、玄関先にはでっかい荷馬車が数台止まっていた。天然パーマのテイラーさんとデカルドさんが立っていた。
「おはようございます。納品に参りましたぞ」
荷馬車の上に乗っていたのは、簡易宿舎×二棟、平たい台×二十個、直方体の台×三十個、簡易宿舎のカーテン×八棟分、梯子×三本だった。
「予定よりも早いですね」
テイラーさんは豪快に笑うと俺の目を見てこたえた。
「タニヤマ様のご注文は最優先で承ることになっております。夏祭りとやら、我がギルドもよろしくお願いしますぞ」
思わず後ろに下がりたくなるほどの圧力を感じた。テイラーさんは続けて話した。
「それと先日ご相談した商品の見本が出来ました。いかがですかな?」
テイラーさんが取り出したのはこの前アドバイスした曲げわっぱだった。円形のものと楕円形のものと二種類あった。きれいな曲線が作れている。見た感じは良さそう。
「良いと思います。後は耐久性ですね。洗う乾かすを繰り返して、歪んだり、ひび割れや隙間が開かなければ大丈夫と思います」
「了解しました。仲間内では木目が美しいと評判になったのですが、耐久性が伴わないといけませんな。ご意見ありがとうございます」
これで終わりかと思ったら違った。建築部のデカルドさんが俺に尋ねた。
「隣の区画にこれから作業所を建てるのですが、勇者様の案件と伺いました。何かご要望はございませんか?」
デカルドさんにはしばらく待って貰って、受け取りにサインし納品物をアイテムボックスに納めると、江宮を探してデカルドさんの所に連れて行った。江宮はしばらく立ち話してから「まずは現地を見て来る」と言って、デカルドさんと連れ立って歩いて行った。
俺はテイラーさんに話しかけた。
「夏祭りの件でいろいろ作って貰うものが出てくると思います。後日相談しますので、よろしくお願いします」
テイラーさんは笑顔で帰っていった。
今日の朝ごはんは、海鮮チャーハンだった。エビ・蟹・貝を惜しげもなく使った朝から贅沢なチャーハンだ。この世界の米はチャーハンに最適みたい。突き合わせの卵スープとの相性もバッチリ!カットフルーツと一緒に美味しくいただきました。
食後、紅茶を飲みながらアイテムボックスを確認すると、盃と皿の焼成・大岩蛇の燻製・ストーンクラブの蒸しが完了していた。江宮と志摩に声をかけて、大凧製作委員会の部屋で盃と皿を披露してみる。取り出した瞬間、感嘆の声が揃った。
真っ白な肌には傷一つなく、つるつるのピカピカに輝いている。光をきれいに反射して眩しい位だ。形もきれいに整っていて、どこにも歪みや傷が無い。江宮チェックでも問題はなかった。
「やったな!」
俺は内心胸を撫でおろしていた。磁器の価値を知っている志摩と江宮は俺以上に喜んでいるみたい。確かに江戸時代、伊万里焼は遠くヨーロッパで宝石のようにもてはやされた。この世界も同じだろう。
念のため、二人に入念に強化をかけてもらった。万が一、欠けたり割れたら目も当てられないからな。このままどこか飾っておきたいところだが、大きすぎて飾る場所も無いので、アイテムボックスに収納した。これで白雪祭りの準備は完了かな。磁器に関する商業ギルドとの交渉は夏祭りの後にしよう。
ついでに江宮に隣の区画の作業所の事を聞いたら、デカルドさんと広さ、天井の高さ、入口の高さと幅など基本的な条件を詰めたそうだ。今週材料を手配して来週から建築を始めるとのこと。出来上がりは今月中?まあ倉庫みたいなものだから早いよな。
今日の講義は洞窟地帯の最大の特徴の説明だった。なんとこの洞窟、転移点があるのだ。転移点は入口を含めて全部で四か所あり、各箇所で登録をすると、登録した地点間での転移ができるそうだ。
テレポーテーションができるって、魔法って科学より凄いな。凄いというよりでたらめだなと改めて感心した。何でもこの鉱山、前王朝時代に採掘されたものらしく、その際にこの転移システムが設置されたそうだ。
洞窟内の転移点は曲がり角毎に設置されている。入口の転移点は1F、次はB1、その次はB2、最後はB3というのだそうだ。まるでエレベーターだな。
ただしこのシステム、相当に高度な魔法技術が使われているらしく、この時代の魔法使いには再現不可能なのだそうだ。いわば失われた技術なのだが、かろうじて使用することだけはできるらしい。
今日の講義はその転移システムを起動するための呪文の習得だったのだが、あまりに長文かつ複雑かつ繊細で羽河と浅野しか習得できなかった。三年三組が誇る天才羽河が出来るのは分かるのだが、なぜ浅野ができるのが分からない。こっそり聞いてみた。
「どうして出来るんだ?」
浅野はにっこり笑ってこたえた。
「呪文じゃなくて歌だと思ったらできちゃった」
できちゃったと言われてもなあ・・・。講義が終わったので、そのまま教室を借りて夏祭りの打ち合わせを行った。いつものメンバーに加えて平野・野田・伊藤・小山・一条・夜神・平井にも参加して貰う。机と椅子を移動すると会議室にチェンジだ。
まずは広場の大まかなタイムスケジュールを確認した。
・前日:舞台等の搬入&組み立て
・当日午前:音響・照明・楽器・道具等の搬入&セッティング
・当日午後:リハーサル⇒本番⇒音響・照明・楽器・道具の撤収
・翌日:舞台等のバラシ&搬出
本番のタイムテーブルも考えた。
・9時:司会挨拶&開催宣言(1/4刻)⇒小山殺陣&梯子登り(1刻)
・9時1刻:伊藤弾き語り(2刻)
・9時半:浅野歌(半時間)※伴奏:野田&伊藤
・10時:花火(1刻)
・10時1刻:司会挨拶&閉会宣言(1/4刻)
各演目の間にも司会が入ることになる。時間は1刻→20分、半時間→1時間と変換して欲しい。日本時間になおせば、18時開始・20時25分終了といえば分かりやすいだろうか。これで叩き台はできたと思ったら、伊藤が手を上げた。
「大体分かったけど、野外だろ?リハが丸見えになるぞ」
いきなり盲点を突かれてしまった。どうしよう?確かにカーテンも何もないぞ。
すると木田が笑顔でこたえた。
「ホールじゃないんだから、緞帳も幕も無くて当然でしょ。簡単よ。魔法を使えばいいじゃない」
すぐに利根川がこたえた。
「結界魔法?確かに認識疎外の魔法を舞台にかければ、見えても見えず的な状態になるわ」
流石は木田、既に考えていたようだ。次は舞台をどう作るかという話になった。志摩のアイディアは、縦横高さ1.8メートルの台を百個作って、縦五個・横二十列に並べるというものだった。あらかじめ作っておき、当日搬入して組み立てるという訳だ。
天板にあたる所だけ板張りにしておけば、並べるだけでステージの基礎は出来上がりだ。後はフェルトのような丈夫な布で天板を覆って固定してしまえば舞台は完成!ちなみに百個は並べる時に隣同士を紐か何かでしっかり縛れば問題ないだろう。
今後も同様の催しがあった場合には使いまわしができるので、ばらした後は商業ギルドに買い取ってもらう事にする。
舞台関係で他に用意するのはピアノや孤児院の合唱部を乗せるひな壇用の平たい台、バックボード、ステージに上がるための階段を二個、舞台の下と両脇の目隠し、ステージの前に置く防御柵だ。防御柵の幅は広場と同じ長さとなる。平たい台は今度の白雪祭りで用意したものをそのまま流用しよう。ニ十個で足りるだろうか。
舞台が一段落したら次は音響と照明の話になった。まず、音響については拡声の魔法を魔道具化したPAを制作することになった。具体的には、マイク・ミキサー・アンプ&スピーカーの三つを作ることにする。
ここでなぜか浅野が乗り出してきた。マイクやスピーカーには歌手としてのこだわりがあるそうだ。細かい話になるので、これについては淺野と江宮で打ち合わせる事になった。
次に照明についても光の魔法を使って専用の魔道具を作ることになった。この世界でパーライトもどきができるのだ。なんか感無量。江宮によると、レンズも反射鏡もカラーフィルターも不要だそうだ。本当かよ?
最後に軽食の話になった。露店の管理は商業ギルドに一任するが、露店の設置や撤収を簡単にするために足が折り畳める長机を提案することになった。
丁度時間になったので、机はそのままにして食堂に行った。今日のお昼ご飯は、フォカッチャのサンドイッチだった。ほんのりオリーブが香る生地にチーズとハム、スモークチキンと野菜が挟んである。青葡萄のジェラートと一緒に美味しく頂きました。
食後、紅茶を飲みながら余韻に浸っていると、セリアさんがやってきた。
「商業ギルドのジョージ様、伯爵、楽器ギルドのジルジャン様、イリア神官長がお見えです」
四人とも早いよ。イリアさんが来るとは聞いてなかったが、オブザーバーとして参加するみたい。とりあえず、楽器ギルドはラウンジでお待ち頂いて、ジョージさんと伯爵とイリアさんは大会議室(教室)に案内してもらうことにした。さっきミーティングした机と椅子がそのまま使えるので助かった。
羽河と一緒に大会議室に行くと、打ち合わせに入る前にジョージさんにジン・シューズドライヤー・消毒薬・水虫薬の署名済みの契約書とレシピ&取説を渡した。ジョージさんは大喜びで受け取ってくれた。
羽河も伯爵にチキンラーメン・炊き込みご飯・ピラフ・ほうれん草と卵のスープ・ニッキ飴・粉ジュースの契約書が問題無かったことを伝えると、笑顔で署名済みの契約書を二部渡してくれた。準備の良いことで・・・。
建築現場で使われている組み立て式の足場などないので、舞台を一から全部作るのは結構大変です。