第239話:ステージ
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俺たちは扉に一番近いところにいたので最初に出ようとしたら、王妃様からストップがかかった。
「カオル、せっかく訪ねてきたのです。少しの時間で良いので、母の傍に来てくれませんか?」
浅野は笑顔で王妃様の隣に行ったので、俺たちは着席して待つことにした。ジョージさんと伯爵が帰り際に俺の傍に来て、「至急打ち合わせをお願いします」と同じセリフをつぶやいたので、明日の午後でどうですかと応えたら二人とも頷いてくれた。
王妃様と浅野はしばらく話してから連れ立って部屋を出て行った。王妃様が浅野に是非見せたいものがあるそうだ。二人が戻ってくるまで、お茶をお替りしながら待つことになった。
こういう時って何を喋っていいのか分からないんだよね。基本、盗み聞きされていると思うので。いつの間にか小山が消えている。どうしようか考えていると、木田が話しかけてきた。
「ところでステージはどうするの?」
俺は少し考えてからこたえた。
「臨時の舞台を作るしかないな」
「大きさは?」
「少なくても小山の殺陣や、野田のピアノや孤児院の合唱部が乗れるサイズは必要だな」
木田も少し考えてからこたえた。
「花火をどこでやるかも含めて明日打ち合わせようか?」
俺に異論は無かった。なんといっても木田はプロデューサーだしな。
広場のどこにどっち向けで舞台を設置するかみんなと話していると、先生が話しかけてきた。
「タニヤマ様、先ほどの交渉はお見事でしたよ」
「何のことでしょうか?」
「広場や大通りの貸し料でございます」
「あれがどうかしましたか?」
「金貨一万枚の話が出た後、すぐさま上限二万枚を提案なさいましたね」
「そうですが」
「タニヤマ様は王家に対する比類なき敬意を表明されました」
そういうことになるのか・・・。
「それだけではありませんよ。あの言葉がきっかけで商業ギルドから無制限の貸付という言質を引きだしました。いや、すかさず流れに乗ったミハエル氏を褒めるべきかもしれませんが・・・。
何はともあれ、タニヤマ様が王家に対する深い敬意と商業ギルドとの信頼関係を示されたことで、王妃も銅貨一枚という決断を下すことができました。これは王家も夏祭りを全面的に支援するということと同じです。結果として、皆様は商業ギルド・軍・王家の後援を取り付けました。夏祭りの成功は約束されたも同然です」
少し上気した先生の言葉に俺は黙って頷いた。なんだかどんどん大事になっていくのが恐ろしい。木田が何か言いかけた時にノックの音が響いた。浅野と王妃様が戻ってきた。浅野は少し疲れた顔をしていたが、王妃様は太陽のようにピカピカと輝いていた。なんか若返ったように見える。王妃様はにこにこ笑いながら話しかけた。
「お陰様で母娘の交流を深めることができました。皆様のご協力に感謝します。夏祭りについて何か困ったことがあれば、すぐさまお知らせください。我が娘カオルの前途を阻む者があれば私の全権を持って排除いたします」
羽河が少し引きつった顔でお礼を述べると、王妃は俺の顔を見て言った。
「先日はエリザベートを通して極上のワインをたくさん頂きました。此度も極上のお酒と菓子を献じて頂き、誠にありがたく存じます。せっかくお茶会にお招きしたのにろくなもてなしもできず、申し訳ございません」
俺は頭を下げながらこたえた。
「王妃様のご高配に比べればあってなきがごとき些少の品でございます。浅野からのお土産とでもお考え下さいませ」
「わが娘からの贈り物と考えるとなおさら嬉しく思えますわ。特にあの梅酒は口当たりが良いだけでなく香りも素晴らしい逸品です。カオル、ありがとう」
王妃の言葉に浅野が丁寧に返礼して俺たちは青の宮殿を辞した。いつの間にか合流した小山と一緒に馬車に乗ろうとしたら、玄関まで案内してくれた執事さんと小山との間でまた鋭い視線の応酬があった。
馬車の中で小山に聞いてみた。
「何かあったの?」
「浅野が心配で様子を見ていた。向こうも気が付いていたけど、こっちが見ているだけと分かってるので、何もしなかった」
どうやら王妃の護衛との間で鍔迫り合いのようなものがあったようだ。小山は最後に呟いた。
「浅野はキーマン」
小山の気持ちは分かる。女だけどな。
その後、殺陣と梯子登りに要する広さを小山と相談しているうちに、馬車は宿舎に着いた。もう夕方になっている。ラウンジでひとまずお茶を飲んでいると、練兵場組が戻ってきたので、王妃殿の報告を兼ねて生活向上委員会のメンバーで夏祭りの打ち合わせをすることになった。
残りのメンバーを集めて大会議室に集合だ。まず羽河から、広場・道路・歩道が銅貨一枚で借りられること、警備費は無料になったこと、夏祭り実行委員会が王家の承認の元で正式に立ち上がったこと、演目も了承されたこと、金が不足する場合は商業ギルドが無制限で貸してくれることを報告すると、みんな喜んでくれた。特に利根川は奇声を上げて踊り出すほど喜んでくれた。まあ金貨一万一千枚の予定が銅貨一枚になった訳だからな。
明日の午後、商業ギルドのジョージさんと伯爵が来るので、舞台と軽食についてより具体的なプランを考えることにした。喧々諤々(けんけんがくがく)の議論の末に決まったことは以下の通り。
まず舞台は広場の一番奥、王宮の正門前に設置する。広さは幅36メートル、奥行き9メートル、高さ1.8メートル。舞台の一番奥と正門の間は五メートル間隔を開け、ここは舞台袖の上手(向かって右側)と下手(向かって左側)をつなぐ通路の代わりとする。
舞台の左右は高さ2.4メートルの塀を作って袖の目隠しにする。舞台の左右の広場の端に高さ十メートルのタワーを作って、照明を設置する。ピンスポットは無しで、舞台全体を照らし、明るい/濃い青/無しの三段階のみ。舞台の奥には舞台と同じ幅で高さ4.8メートルのバックパネルを設置し、そこには大きく「グラスウールの夏祭り」の文字を入れる。
舞台の前面から五メートル位間を空けて高さ1メートル半ほどの高さの柵を設置し、柵と舞台の間には警備の兵を入れられるようにする。舞台の左右の目隠しの塀の端にはドアを用意して必要に応じて人員を袖から追加できるようにする。
袖には簡易宿舎とトイレを置いて楽屋代わりに使えるようにする。また、花火は袖から打ち上げることにする。左右の袖は共に幅三十二メートル・奥行き十四メートルあるので大丈夫だろう。ちなみに広場と環状線をつなぐ道路が広場の北側の両端にあるそうなので、当日はこの道路から袖に出入りする予定。
軽食については二つ変更があった。まず一番目は露店で提供する軽食の代金を無料にしてしまう事。あちこちで食べまくる輩もいるだろうが、銅貨一枚程度であれば、受け渡しの手間を省いた方が良いのでは・・・ということだ。
次は露店の募集や管理を全て商業ギルドに丸投げしてしまうことだ。この件に関しては代案は無かった。露店の管理運営を全面的に委託することになるのだが、その委託費がいくらになるか、明日交渉することにした。
なお、軽食班は解散となり、平野は当日の出演者やスタッフ向けの仕出し、水野は木田と共に進行を、工藤は志摩と共に舞台をやって貰うことになった。木田はプロデューサーという言葉を嫌がったので、進行に代えた。ついでに俺が江宮をサポートすることになった。
現時点での担当は以下になった。進行を外れた羽河がホッとした顔をしていたのが印象的だった。まあどう考えても進行は大変だからな。
進行:木田・水野
司会:羽河
舞台:志摩・工藤
音響・照明:江宮・谷山
花火:利根川
仕出:平野
なお、花火については利根川をリーダーにして、一条・夜神・工藤・平井・浅野・鷹町が参加することになった。洋子も光魔法持ちだが、救護係に専念したいそうだ。鷹町がどんな魔法を見せてくれるか楽しみだな。
現時点での課題はもう一つある。前後を含めたタイムテーブルだ。これについては明日、講義の後に改めて打ち合わせることにした。
ここで江宮が手を上げた。
「夏祭りのことじゃなくてもいいかな?」
特に誰も反論しなかったので、江宮は続けて話した。
「馬車の改善の要求仕様の概要が出来たんだ。発表するから過不足無いか確認してくれないか」
江宮が提案したのは、位相反転モーターによる魔力アシスト機構・ブレーキ・四輪独立懸架式&板ばねのサスペンション・ソリッドゴムのタイヤ・低車高・引き出し型ステップ・低反発クッション・防弾&スモークガラス・エアコン・冷蔵庫・ヘッドライト・御者との伝声管、だった。
ちなみに位相反転モーターとは水の魔力と火の魔力の反発する力を回転力に変換する仕組みなのだそうだ。ただし、出力的には補助程度の力しか出ない見込み(すなわちモーターだけでは自走できない)で、いわば電動自転車みたいなものを想定しているそうだ。
それでもうまくいけば、馬の負担が大幅に減ることによって速度が上がるだけでなく、航続距離も伸びるそうだ。もし実現できたらこの世界に革命が起きるな。江宮は最後に目標を明らかにした。
「馬車の乗り心地を格段に良くしたうえで、巡航速度を現在の二倍にすることが目標だ」
しんと静まりかえったみんなを代表して俺は言った。
「素晴らしい目標だが、どう考えてもオーバースペックだと思う。四輪独立懸架式か板ばねのどちらか、それと低反発クッションだけでも十分じゃないか?」
江宮は笑顔でこたえた。
「分かった。それを必須にして残りは実現可能なものを追加するという方針で行こう」
これで正式に馬車の改善計画が進むことになった。
打ち合わせが終わったので、帰ろうとする利根川を呼び止めた。
「ウイスキーを貴族街のサロンの目玉にしたいんだ。原酒を一樽作ってくれないか」
経費の見込みが大幅に減ったことで上機嫌の利根川はウインクしてOKしてくれたので、樫の空樽を一つアイテムボックス経由で渡した。
食堂に行こうとしたら志摩から呼び止められた。
「盃と皿が出来たぞ」
早速、向かいの大凧製作委員会に行くと、巨大な盃が二つ、巨大なお皿が三枚床に並べてあった。部屋が狭く見えた。
礼を言うとすぐにアイテムボックスに収納し、即「焼成」を開始した。明日には出来上がるみたい。志摩は嬉しそうに言った。
「ちょっとばかり自信作なんだ。出来たら見せてくれ」
江宮も気になっているみたいなので、出来上がったら一番に見せることを約束して食堂に行った。今日の晩御飯は予想通り、鬼熊のステーキだった。今まで食べた中で一番うまいステーキだった。
肉のうま味というか濃ゆさというかなんかそういうのが圧倒的に凄かった。ナッツ系の香りも素晴らしい。ステーキを食い終わって一息ついていると、羽河が立ち上がってスキルアップポーションについて話し始めた。
「今後馬車の改善に取り組むことになったので、今回のスキルアップポーションは物作りにかかせない土魔法の使い手である志摩君に渡して良いでしょうか?」
みんな拍手で賛成してくれたので、一安心。利根川の鑑定、江宮の投影に続いて志摩の土魔法がレベル8になれば、物作りトリオは盤石ではなかろうか?
次に羽河は「白雪祭り」の説明を始めた。最後に見学希望を募るとほぼ全員手を上げた。みんな娯楽に飢えているんだよな。やっぱり昼間にして良かった。馬車の手配が必要なので、明日伯爵に言っておこう。
デザートは緑茶を使ったケーキだった。深い緑色の生地と紅茶ケーキとはまた異なる香りが良かった。大満足で帰ろうとしたら、厨房から平野と利根川が「こっちこーい」と呼んでいる。行ってみると、問答無用で口の中にアイスを突っ込まれた。これは・・・!
「バニラが出来たのか?」
俺の質問に利根川は飛び切りの笑顔でこたえた。
「原料はお化けカズラだけどね」
そうなのだ。今食べたアイスは間違いなくバニラアイスそっくりだった。いつものミルク風味やはちみつ風味のアイスではなかった。これは売れるぞ。でも・・・。
「悪いけど、商業ギルドと交渉するのは夏祭りの話が落ち着いてからでいいかな?」
利根川は肩をすくめて同意した。
「ファッションショーもあるからね。お菓子作りに欠かせないアイテムだからじっくりやろうか」
確かにバニラエッセンスができたらお菓子の世界は一段レベルアップしそうな気がする。それ位のインパクトはあるはずだ。俺は大きく頷いてから部屋に戻った。そのまま窓に行き、木っくんを外して今日のお供えを並べた。
ラーメン・ミートパイ・鬼熊のステーキ・洋梨のジェラート・緑茶ケーキの五点だ。手を合わせ目を瞑り山岳地帯の演習が無事終わったことを改めて感謝すると、美味し!の声と共にペタン・ペタン・ペタン・ペタンという音が響いた。最後に11日にお伺いしますと念じると、「よかろう」という声が聞こえた。
夏祭りの計画がかなり具体的になってきました。王妃様は強引だけどやり手みたいです。