第238話:夏祭り実行委員会
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お昼を食べた後、先に出発した練兵場組を見送ってからラウンジでぼんやりしていると、小山がやってきた。
「早速だけど、鳶用の梯子を用意して欲しい」
「分かった。高さはどうする?」
「五メートルは欲しい」
「分かった」
「それと梯子は人力で支えて欲しい」
「人力で?」
「花山君、青井君、千堂君がいれば十分だと思う」
メンバー集めは小山に任せることにして、俺はカウンターに行って梯子を発注した。予備と練習用も兼ねて三個頼んだ。明日持って来てくれるみたい。発注を終えて振り向くと、王妃殿に行くメンバーが集まってきた。
羽河、浅野、木田、楽丸、小山の五人と先生だ。羽河ですら緊張気味に見えるのに、先生は落ち着いた顔で微笑んでいる。流石だな。
七時にお迎えの馬車が来た。見えない圧力を感じているのか、のろのろと立ち上がる俺たちを見て羽河が声を出した。
「高校生で一万人規模のイベントを仕切れるなんてめったに出来る事じゃないわ。みんな、楽しんでいきましょう」
俺たちは顔を見合わせてから大声で笑った。
「なんだよお前、さっきまでひどい顔をしていたぞ」
「お前こそ」
羽河のお陰でみんなの緊張が解けた。そうだ、たとえ失敗しても俺たちに失うものは無いし、駄目で元々なのだ。利根川が献上品として梅酒と養命ワインを各六本、同じく平野が焼き菓子のセットを持って来てくれた。生活向上委員会のみんなも見送りに来てくれた。
馬車の中では小山の考えたアイディア=殺陣&梯子登りの話題で盛り上がった。既に殺陣チーム(平井、尾上、一条)と梯子チーム(花山、青井、千堂)には声をかけて参加する約束をもらったそうだ。
羽河によると利根川の花火チームも一条と夜神に参加を要請してOKを貰ったそうなので、一条はダブルで出ることになるが、花火は魔法だけ、殺陣は剣術だけなので大丈夫だろう。殺陣の台本が出来次第、殺陣チームは練兵場で練習するそうだ。脚本は木田が考えるみたい。
話しているうちに王妃殿、通称青の宮殿に着いた。前回は内輪のお茶会という事で横の通用口から入ったが、今回は正式なお誘いという事で正面玄関から入った。前回と同じく執事さんが迎えてくれた。
馬車から降りる時に、執事さんは顔を上げ小山を見た。交錯する視線に一瞬だけ殺気が乗った様な気がしたのは気のせいだと思う。
玄関の中に入ると通用口とは別世界のあまりの豪華さに皆驚き、ある意味あきれていた。王妃殿でこれなら王殿はもっと凄いんだろうな。
特に凄いのが直径三メートルはある巨大なシャンデリア。大きさもあるが、まるで太陽のように眩い黄金色の光を放っていた。そのまま待合室のような部屋に通されたのだが、青と金と木目で統一された家具調度内装の全てがハイグレード!俺はようやく理解した。この豪華さはただの趣味や自己顕示欲などではない。
豪華さは力の誇示であり、来訪者の心をくじき、恐れを抱かせることが目的なのだ。だから待合室を不必要に豪華にするのも、その中で一定時間待たせるのにも意味があるのだ。よし、弱い心には負けないぞ。
案内してくれた執事さんにお招きにあずかった事のお礼を述べてから、王妃様への献上品を預けた。
一刻程待ってから執事さんが迎えに来た。板張りなのになぜか足音や衝撃をすべて吸収してしまう廊下を通って応接室と思しき部屋に案内された。恭しく右手で「どうぞお入りください」と案内されているのだけれど、あまりにもキラキラしすぎて中に入るのをためらうような部屋だった。
唯一の救いは知り合いが何人かいたことだろうか。ロの字の形をした四角いテーブルの奥に王妃様、右側に久しぶりに見た宰相様と役人風の男達、左側に伯爵とジョージさんとミハエルさん(商業ギルド長)とイリアさんが座っていた。俺たちの席は王妃様の正面、即ち入口側だった。
羽河が代表して挨拶すると、白いドレスを着た王妃様はにこやかにこたえた。胸が明らかに大きくなっているように見える。
「羽河様、カオル、そしてタニヤマ様、お久しぶりでございます。山岳地帯の演習も無事終了し、多大な成果も収められたとのこと。誠におめでとうございます。皆様の労苦を癒すため、勇者召喚に縁ある者たちを集めてささやかな茶会を催しました。どうぞお座りください」
一礼して着席すると、王妃様は続けて話した。
「早速ですが、勇者様が孤児院の子供たちに喜びを与えるため八月末にお祭りを催し、我が娘カオルが歌を披露するとお聞きしました。王女が民のために尽くすのであれば、それに相応しい場が必要です。宰相殿、王都の中で最も適した場所はどこですか?」
宰相は感情の無い声でこたえた。
「王宮前広場が妥当かと存じます」
王妃様は微笑みながらこたえた。
「皆の者はいかが思うかえ?」
全員一致で場所は王宮前広場に決定した。
王妃は笑顔で確認した。
「お祭りの期日は八月三十日、場所は王宮前広場で決まりですね。羽河様、主催はどこになるでしょうか?」
羽河は落ち着いて応えた。
「我ら生活向上委員会が主催でも良いのですが、何分私達だけでは力不足でございます。この世界の皆様のお力もお借りするために、一回限りの機関として夏祭り実行委員会を結成し、そこが主催する形を取らせて頂きたく存じます」
王妃様は笑顔で聞いた。
「現実的で素晴らしいお考えです。この場に集まった皆様をそのまま実行委員会とすることにしましょう。よろしいですね?」
誰も反対しなかった。宰相が物凄く何か言いたそうだったが、何も言わなかった。王妃様は続けて聞いた。
「軽食の手配や警備の都合もございます。集客の予想をお聞かせください」
羽河は気負わずにこたえた。
「王都の一割の人間が集まると考え、約三万人と予想しております」
テーブルの右側と左側の一団は驚愕していたが、王妃は笑顔で聞いた。
「その根拠は?」
羽河も慌てずに答えた。
「無料で見物できること、軽食を安価で提供する事、民は娯楽に飢えていること、以上となります」
王妃は感心したように頷くと、さらに質問した。
「夏祭りの具体的な演目ですが、カオルの歌以外で予定していることをお伺いできますか?」
羽河が一通り説明した。演目に関しては特に大きな問題は無かったが、軽食の価格(銅貨一枚)と提供方法は驚きだったようだ。特にお祭りの時間帯に合わせて大通りの馬車や荷車の通行を禁止し、歩道に露店を出し、そこで軽食を提供するというアイディアは画期的だったらしい。
警備の大変さを考えたのか、青ざめた伯爵と対照的に、商業ギルドのミハエルさんが上気した顔で「素晴らしい」と何度も絶賛していた。最後に羽河が広場・大通り・歩道の使用に関して金貨一万枚、警備に金貨千枚の提供を申し出ると、王妃様は笑顔で尋ねた。
「露店を出す商人達への費用や舞台の設営等に関する費用とは別に、金貨一万一千枚を皆様が負担すると仰るのですね」
「さようでございます」
俺は発言を求めて手を上げた。
「タニヤマ様、どうぞ」
「もし一万枚で足りないとあれば、二万枚まで用意いたします」
テーブルの右側と左側の全員が驚愕していた。王妃は右側(俺たちからすると左側)を見て尋ねた。
「ミハエル殿、今の発言についてどう思われますか?」
ミハエルさんは笑顔でこたえた。
「勇者様の口座には現在金貨二万枚以上の残高がございます。もし不足がございましたら、この商業ギルドが無制限で貸付いたします」
場がどよめいた。金貨二万枚以上の残高の額もあるが、商業ギルドが資金面で全面的に支援すると約束したことが大きかったみたい。
王妃様は満足げに頷くと再び右側を見て聞いた。
「ローエン伯爵、警備についてどう考えますか?」
伯爵は緊張した声でこたえた。
「このお祭りは民を慰労するだけでなく、王政の安定を図り、我が国の繁栄につながるものと確信しております。そのような重要な行事の警備を任されることは我らにとってこの上ない名誉であり、軍が自ら行うべき重大な任務でございます。よって警備費等は一切必要ございません」
王妃は満足そうに頷くと今度は左側(俺たちからすると右側)を見て聞いた。
「宰相殿、広場・道路・歩道の使用料についてはどう考えるべきでしょうか?」
宰相は伯爵を睨みつけながらこたえた。
「国を上げての行事ごととなれば費用の発生はございませんが、今回は王家もしくは市の主催ではございません。夏祭り実行員会なるものが主催するという事であれば、法律上無料で貸し出すことは致しかねます」
王妃様は困った顔をしながら問いかけた。
「法の守護者たる王家自らが違反する訳にはまいりません。そちの言い分は理にかなっております。それでは貸出料は幾らに設定するのが適正でしょうか?」
宰相は苦虫を噛みつぶしたような顔でこたえた。
「前例のない事ゆえ、すぐさま判定することは困難でございます」
王妃は軽く頷くとこたえた。
「あい分かりました。この国一の智謀の主と言われるそなたでも即答できぬという事は誰に聞いても同じでしょう。よって私が判断致します」
皆、無言で同意した。王妃は満足げに頷くと判定を下した。
「此度の夏祭りに関して王宮前広場・大通り・大通りに隣接する歩道の貸し料は銅貨一枚とします。また、警備は軍が任務として行うものとします」
またしても場がどよめいた。俺は羽河と顔を見合わせた。警備は軍が任務として行うということは、つまり無料という事だよね。広場等の貸し料は銅貨一枚、警備費は無料になってしまった。
ありがたい、非常にありがたい決定だが、景気よく金を使い切ってしまうという目論見は見事に外れてしまった。どうしようか?まあ広場だけでなく、大通りと歩道が借りられることになったので、良しとしよう。
王妃は抜け目なく「夏祭り実行委員会」の誓約書を用意していた。期日・場所だけでなく、委員として参加し成功させるために努力する旨が明記されている。王妃様は見届け人として記載されていた。参加者全員が署名したところでお茶会はお開きとなったが、王妃様からリクエストがかかった。
「夏祭りの目玉はカオルの歌と聞いております。皆を安心させるため、この場でそちの歌声を披露してくれませんか?」
「喜んで」
浅野は臆さずに立ち上がり一礼すると、堂々と歌い始めた。曲は「ふるさと」。伴奏も無いアカペラでの独唱だったが、その分心に染みるようだった。歌い終わると応接室は暖かい拍手で包まれた。宰相様まで拍手していた。中には涙ぐんでいる人もいた。王妃様は拍手を止めると話し始めた。
「そなたの歌を聴いていると、頭の中に我が故郷の懐かしい風景が次々と浮かんでまいりました。そして私は夏祭りの成功を確信致しました。その思いはこの場にいる全員が同じくしていると思います。皆の者、よろしくお願いします」
王妃の言葉に全員起立一礼して会は無事終了となった。
夏祭り実行委員会が正式に立ち上がりました。広場・道路・歩道の使用料は銅貨一枚で、警備費は無料となりました。道路と歩道の使用許可も出たので、大成功ではないのでしょうか?