第235話:スノーホワイト
ブックマークの登録ありがとうございます。
プロジェクト・スノーホワイトについて淺野&木田のコンビと打ち合わせた。なぜか江宮が残っていた。お供え物のメニュー(蛇の燻製と蒸し蟹)を発表すると、淺野は太鼓組のメンバーを教えてくれた。千堂・青井・小山の三人だそうだ。花山が入っていないことが少し意外だった。似合いそうなんだけどな。
なお、演目は当日まで秘密だそうだ。太鼓が入るのは三曲だけらしい。ここまでは良かったのだが、開始時刻で揉めた。
雰囲気を重視して夕方開始にしたい木田と、安全第一で昼間開催を主張する俺が激突したのだ。だって、夜の黒の森ってどう考えても危ないだろ。結局、羽河と浅野が間に入って、俺の意見が通った。
宿舎を七時半に出て八時から開始、九時には終了して撤収することにした。これで一安心と思っていたら、江宮が変なことを言い出した。
「白蛇はどうやって酒を飲むんだ?」
「日本酒の樽酒と同じ要領で良いんじゃないの?蓋をパカッと割ってさ」
「でも、樽の作り方が違うぞ」
江宮に言われて気が付いた。白蛇用の小皿あるいは盃が必要だ。
「どの位の大きさが必要かな?」
「どの位の大きさが必要か分からないが、そこらの店じゃ売っていないことは確かだな。それにお供え物用の皿もいるんじゃないの」
俺は頭を抱えた。盃は洗濯用のたらいでも足りないような気がする。江宮は笑いながら言った。
「無いなら作るしかないな」
とりあえず明日まで考えることにした。
江宮はまだ言いたいことがあるようだ。
「プロジェクト・スノーホワイトって無駄にカッコよくて意味が分からないぞ。白雪祭りで良いんじゃないか?」
「夏なのに?」
「夏だからだよ」
木田と浅野も賛成したので、今後は白雪祭りで統一することにした。ということはあの大蛇の名前は白雪で決定だな。講義の時間になったので教室に行った。
一週間ぶりの先生の講義は来週、演習に行く洞窟地帯のレクチャーだった。場所は王都から東に約四十キロ位。山岳地帯と同じく、四泊五日の演習となる。今度は非戦闘職ばかりのアドベンチャーズも一緒なんだけど、どうなるのだろうか?
王都のはるか東にある入らずの森に向かう街道を四十キロほど移動し、そこから南に五キロ位行った所に南北に伸びる小さな山がある。昔ミスリルの鉱山があったそうだが、その廃坑に闇系統のモンスターが住み着いて魔窟のような場所になっているそうだ。正式には廃坑あるいは鉱山跡と呼ぶべきなんだろうけど、洞窟地帯と呼んでいるそうだ。
鉱山なので、中の坑道は無数に枝分かれして迷路のようになっており、うっかりすると出られなくなるらしい。ダンジョンではないので、ボス部屋や宝箱などは無いが、ダンジョン以外で闇系統の魔物を討伐するとなると王都付近ではここしかないそうだ。
ミスリルは非常に高価なので、拳一個サイズでも一財産になる。鉱山の掘り残しを狙って今でも一獲千金を狙う冒険者がチャレンジしているらしい。もちろん俺たちが挑むのは本道だけで、ミスリル目当てに支道に入ることはない。
山岳地帯と同じく、初日と最終日は移動だけ。坑道の入口にベースキャンプを設けて、三日続けてアタックし、最深部に到着すればミッション完了となるそうだ。闇系統の魔物が相手という事で、光魔法使いが俺たちの出番と張り切っているが、どうなるのだろうか。
休憩を挟んでこれも久しぶりのミドガルド語の講義だ。相変わらず音読での読み聞かせなんだけど、これが一番体に馴染んでいるような気がする。週に一回しかないのが残念なくらいだ。
講義が終わってラウンジで紅茶を飲んでいると、商業ギルドのジョージさんがやってきた。なんかしらないけど顔が強張っている。そういえば今日はシャンプーとリンスの発売日だったけど、何かあったかな。
俺は羽河を呼んで小会議室に行った。席に着くとジョージさんは鞄からシャンプーとリンスの瓶を取り出した。
「まずは本日発売のシャンプーとリンスの見本です。どうぞお納めください」
指定した通りの外装で特に問題なさそう。羽河は笑顔で受け取ったが、ジョージさんの顔の強張りは取れていない。
「次にご報告がございます。Slitsビルの所在地が決まりました。南大通り沿いの五階建てのビルとなります。場所的には商業ギルドと冒険者ギルドの中間位となります。通りの西側でございます。魔法科学ギルドはこの一階に入る予定です。少々手狭ですが、立ち上げたばかりのギルドとしては十分かと存じます」
五階建てのビルを一フロアまるごと借りて手狭というのは良く分らないが、ジョージさんの頭の中では既にレイアウトの目算はついているようだ。
「後日、階ごとの配置についてご相談したくよろしくお願いします」
俺と羽河は黙って頷いた。なんかどんどん大事になっていくようで少し怖い。ジョージさんは無理やりの笑顔を作ると話しかけた。
「さて、今日の本題でございます。王妃様から商業ギルドに直々に命が下りました。夏祭りに全面的に協力せよとのお達しです。恐れ入りますが、夏祭りなるものの詳細を教えていただけませんか?」
俺と羽河は交互に夏祭りについて説明した。この世界でもお祭りはあるが、平民向けの祭りと言えば行事にかこつけて臨時に開かれる市がメインで、露店に集まる人出を見込んだ大道芸や吟遊詩人などが賑やかしになる程度なのだそうだ。
浅野の歌をメインに、来場者に安価で軽食を振舞うという趣旨は理解して貰ったが、花火に関しては想像もできないようでうまく説明できなかった。でもまあ花火は基本見るだけなので、何とかなるだろ。
関係者を集めて一度打ち合わせを行うことを提案すると、「ぜひお願いします」と強く言われてしまった。王妃様のお声がけもあり、市を上げてのイベントになるそうだ。大丈夫かな、俺達。
最後に羽河が先日預かった契約書に問題は無かったことを伝えると、笑顔で署名入りの契約書を各二部渡された。予め用意していたんだな。羽河は驚くことなく受け取ると、署名して各一部を次回に渡すことを約束した。ジョージさんは笑顔で帰っていった。
丁度良い時間になったので、食堂に行った。今日のお昼はフレンチトースト・厚切りベーコンのソテー・フライドポテト・サラダだった。フレンチトーストの甘さと厚切りベーコンのしょっぱさが丁度良いバランスでおいしかった。デザートはクランベリーのジェラート。爽やかな酸味で甘すぎないのが大人な感じ。先生はベーコンとポテトをつまみにエールで楽しんでいる。
午後は自由行動だ。工藤は娯楽ギルドへ、利根川と佐藤、志摩とヒデを含めた武闘組は練兵場へ出かけるみたい。水野は平野と打ち合わせ、野田と浅野は太鼓組と稽古するそうだ。みんな忙しいな。
俺は部屋に戻って白蛇用の食器作りにトライした。実は、山岳地帯の帰り際に拾った岩石、白地に赤の筋が入っている岩がなぜか気になるのだ。試しに漬物石程度の岩を粉砕する。砂粒より小さく、粉状になるまですり潰す。
白い粉になってから水を少しづつ混ぜながらこねる。なんかこの水加減が難しい。十回以上試行錯誤していると、やっと粘土状になったぞ。そのまま三十センチ四方の板状にする。一度乾燥させてからフォルダを右クリックすると新しく出てきたメニューは、ずばり「焼成」。
もちろんこれを選び、時間はオートにする。一回ラウンジに行って紅茶を飲んでいると、出来上がったみたい。アイテムボックスから取り出すと、真っ白い皿が出来ていた。この世界に来てから真っ白な陶磁器は見たことが無いのでちょっと嬉しかった。そう、俺が作ったのは磁器だ。あの石は磁器の材料となる石、即ち陶石だったのだ。
自慢しようと思って食堂に行ってみる。平野と水野の打ち合わせは丁度終わったみたい。二人に見せると驚いていた。
「凄い!真っ白だ。まさか作ったの?」
「まな板皿か・・・?高台が付いてないからただの板だな」
平野は指で皿を弾いて音を聞き、大きく頷いた。
「いいよ、これ。ちゃんと焼けてる。音も良いけど、色が良いね。本当の白だ」
土を捏ねて形を作って焼く陶器と違い、石を原料にする磁器はその白さが最大の魅力だ。白さゆえに模様を入れても色彩がより鮮やかに映えるのだ。これでなんとなるかもしれない。記念に平野にプレゼントした。スキップしながら部屋に戻ろうとしたら、ラウンジで羽河に呼び止められた。
「どうしたの?何か良いことあった?」
「そうなんだ。白蛇用の盃が出来るかもしれない」
「それは良かったわね。ご機嫌な所悪いけど、王妃様からお手紙が届いたわ。明日七時半に、王妃殿でお茶会のお誘いよ」
「俺も?」
「浅野君、私、そしてたにやんをご指名よ。お付きは先生を別に三名までって」
「夏祭りの話?」
「多分そうね。みんなには私から伝えるわ」
「それにしても何で三名までなんだ?」
「前回、小山さんが隠形して侵入していたことがばれていたかもね。まあいいわ。今回は堂々と参加して貰いましょ」
浮かれていた気分が一気に急降下した。二度と会いたくないと思っていたのに・・・。俺はとぼとぼと部屋に帰ると暗い気持ちで磁器作りを始めた。やってみて分かったことが一つある。俺には造形のセンスがない・・・。
いやね、作れることは作れるのだが、どこか歪んでしまうのだ。これが陶器だったら、手作りですから!みたいな言い訳ができるのだが、お上品な白磁ではただの失敗作に見えてしまう。
仕方がない。あきらめることも大事だ。俺は江宮の第二の工房と化しつつある大凧製作委員会のドアを叩いた。返事を聞かずに中に入ると、江宮はバットで素振りしていた。思わず聞いた。
「もう出来たのか?」
江宮は素振りを止めてこたえた。
「ああ、バットは家にもあったからな。野田が忙しそうで木琴と鉄琴の聞き取りができないからこっちから先に作った」
結構スイングが様になっていたので聞いた。
「もしかして経験者?」
江宮は頭を掻きながらこたえた。
「草野球をちょっとだけ。でも素振りは好きでよくやってたからな。実は巨人にいた川相のファンなんだ」
俺は江宮をみつめた。
「言っちゃ悪いけど変わってるな。なんで川相が好きなの?普通、イチローとかしょうへいとか答えるんじゃないの?」
江宮は笑顔でこたえた。
「足が速く、守備がうまく、バッティングも堅実で、バントの成功率は九割。史上最高の二番打者だ。俺にとっては川相こそ理想の野球選手なのさ。ノーアウトで一番が塁に出て川相が打席に立つと、相手チームは自動的にワンアウト二塁を想定したシュミレーションを始める。凄いと思わないか?」
俺は大きく頷いた。江宮がかなりコアな野球ファンであることは分かった。俺もバットを振ってみたが、問題なさそう。予備として作ったものを合わせ三本を預かった。
次に俺は盃の失敗作を見せた。江宮は驚いて見つめたが、すぐに笑いだした。
「本当に盃を作るとは、やっぱりたにやん最高だよ」
俺が江宮に頼んだのは盃と皿の見本作りだ。大きさは実物の十分の一スケールで頼んだ。見本と陶石の粉を志摩に預けたら後はなんとかしてくれるはずだ。多分。模様を入れなければ問題ないだろ。
ラウンジに行くと工藤が戻っていた。娯楽ギルドの打ち合わせはうまくいったみたい。女神の森は売り物の一つになるかもしれないので、是非欲しいということだった。遊戯倶楽部を数か所回ったそうだが、予想よりはるかに大掛かりで驚いたそうだ。
工藤と話していると、練兵場組も戻ってきた。火魔法を使って花火を再現する可能性について利根川は明言しなかった。一条の血花や夜神の閃光を足掛かりにしようとしているみたい。
志摩は先生の元で、土魔法の戦い方の基本を教わったそうだ。基本はゴーレムを使うかどうか。そしてゴーレムを使う場合は、大きいのを使うか人間サイズを使うか。
基本的に大きなゴーレムは城攻めか大きな魔物相手にしか使えないそうだ。使用頻度というか使い勝手でいえば、人間サイズのゴーレムを複数使いこなす方がお勧めだそうだ。
また、ゴーレムを使わない戦い方とは、攻めるよりは守りに適しているようで、空堀や土塁、泥濘地、塹壕などを短時間で大量に作れるようにすべきとのこと。戦争においてはこっちの方が大事だそうだ。まあ俺たちは戦争はしないけど。
なお、俺が渡した人造ダイヤを見て先生は驚いたそうだ。驚きのあまり金貨百枚で売ってくれと口走ったらしい。志摩が動じることなく断ると、仕方ないとあっさりあきらめたそうだ。あとで聞いたら少なくても金貨で千枚以上の価値があると思ったらしい。
盗難されても他の人が使えないようなロックの掛け方を教えてくれたそうだ。なお、人間サイズのゴーレムも核があったら使いやすいので、これよりもっともっと小さいサイズで良いから核を作った方が良いとのこと。後で作ってやろう。
武闘組はいつも通りの感じだったが、ヒデの顔が冴えなかった。確かにスキルレベルは8になったが、何も進化を感じなかったそうだ。具体的に言うと必殺技的な物は出なかったらしい。
女神様に言われたこと、即ち発現の条件次第ですぐには顕現しない可能性を伝え、江宮が作ってくれた木製バットを三本渡した。少しは元気になったみたい。
今日の晩御飯はウォーターシャークのフライだった。淡水のサメとは思えない程脂がのっていてうまかった。オレンジの香りがするタルタルソースで美味しく頂きました。デザートはスイートポテト。濃厚な甘みと香ばしさが最高でした。
ステージでは伊藤がギターの弾き語りを披露した。夏祭りについては浅野の前座で良いから是非出演したいと熱望したそうだ。いいかもしれない。
席を立ったら平野が呼んでいる。保管庫の整理が終わったので、鬼熊の肉を渡して欲しいそうだ。地下に行って指定された場所に置いてきた。明日は鬼熊のステーキかな?
部屋に戻ってから、志摩用に小粒のダイヤを三十個作った。ちょっと多すぎるような気もするが、多い分には困らないだろう。
諸々片付けてからお供えを窓枠に並べた。今日は、ハヤシライス・フレンチトースト・クランベリーのジェラート・ウォーターシャークのフライ・スイートポテトだ。目を瞑って手を合わせると、「美味し!」の声と共に、ペタン・ペタン・ペタン・ペタンという音が響いた。さらに「クリア」という声も聞こえた。
洞窟地帯のレクチャーが始まりました。どんな魔物が出るんでしょうね。またまたスキルアップポーションが貰えるようです。