第230話:新しい朝が来た
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8月6日、月曜日。自分の部屋という安心感のせいか、昨晩はぐっすりと眠ることができた。疲れが抜けたような気がする。今日は、教会→女神の森→冒険者ギルドに行かなきゃならない。忙しいな。
朝のランニングに行こうとすると、ラウンジで先生と会った。丁度外から戻ってきた所みたい。
「昨日の竜田揚げにはまた驚かされました。から揚げと似ていますが、香りが異なるだけでなく、風味が違うというか油ものなのに軽く感じました。平野様の料理には底が無いことを改めて思い知らされました」
遠征中、食堂では軍にライセンス予定の糧食品を昼食に出してくれたそうだ。
「正直言って軍用にするにはもったいないと思いますが、兵の士気にかかわることなので致し方ないのでしょう。チキンラーメンがラウンジで間食用に提供されるようになったので、皆喜んでおります」
チキンラーメンは、お湯をかけて食べるだけでなく、そのままでつまみになる所が気に入ったのだそうだ。ついでにあのことをお願いしよう。
「先生、お願いがあります」
「何でしょうか?」
「次の課題として馬車の乗り心地を改善したいと思います。宿舎の近くに作業場と標準的な馬車を二台手配して頂けませんか?」
先生は笑顔で頷いた。
「王女様に打診しましょう。馬車の乗り心地は長年研究と改善を重ねていますが、なかなか解決しておりません。皆様の助力を頂くことに反対する者はだれもおらぬでしょう。少し時間を頂きますが、期待してお待ちください」
お礼を言って外に出ると、小山が立っていた。
「すまん」
反射的にあやまると、小山は不思議そうな顔をした。
「どうして謝る?」
大凧の試験飛行が先延ばしになったことを伝えると、小山は小さく笑った。
「もう聞いた。私の安全を心配して予定を延ばしたことは分かってる。楽しみが少し先になっただけ」
安心して息を吐くと小山は軽く小突いた。
「そこまで子供じゃない」
「すまんすまん」
「また謝る・・・」
不満そうに少し膨れた小山を笑ってから走り出した。ひと汗かいてからラウンジに戻るとカウンターに行って、セリアさんに木工ギルドへの発注を頼んだ。
「簡易宿舎を二棟ですね?」
「うん、それと窓のカーテンを八棟分追加でお願い」
「納期は?」
「今週末、出来れば火曜日まで」
納期が厳しいと思うがなんとかして欲しい。洞窟地帯の遠征にアドベンチャーズが参加するので、追加が必要なのだ。ちなみに一棟は予備。ついでにチキンラーメンの事を聞いてみよう。おいしいかどうか聞いてみると、セリアさんは目を輝かせてこたえた。
「簡単でおいしくて最高です。忙しくて賄いを食べ損なった時に助かっています」
セリアさんは続けて話した。
「先日頂いたお肉、みんなで焼いて食べたんですが、ものすごーくおいしかったです。頬っぺたが落ちそうでした。あれ、鬼熊の肉だったんですね。納得です。でも、食べずに売れば良かったかも、とも思いました」
セリアさんと一緒に笑っていると声をかけられた。鍛冶ギルドのバーニンさんだった。そういえば訪問するよう頼んでいたけど、明日の予定じゃなかったっけ。
「朝早くからすみません。新しい武具となりますと気が高ぶりましてな。一日早く来てしまいました。善は急げと言いますからな」
バーニンさんは豪快に笑ったが、スキンヘッドにサングラスの強面兄さんが高ぶるとちょいと怖い感じ。とりあえず、昨日の十文字槍を出して見せた。バーニンさんは槍を受け取るとあちこち見定めてから聞いた。
「銘も紋章も入っておりませんが、立派な業物ですな。これと同じものを作ればよろしいので?」
俺は江宮から預かった十文字鎌槍の穂先の見本を出した。
「おお、これはまた刃先に一工夫ありますな。三日月形になった部分も両刃になっております」
「この見本を元に穂先を作り直してくれませんか」
「承知しました」
「出来れば穂先が木製になった練習用の槍も作ってください」
「合点です」
「費用は王家に請求してください」
「了解ですが、こちらもライセンスしていただけませんか?」
「売れますか?」
「一言で言って売れます。武器は見栄えも大事ですからなあ。強そうに見えることはとても大事なことですぞ」
十文字鎌槍は異世界でも人気になるかもしれない。バーニンさんは刃先に持ってきたズタ袋を被せてロープでぐるぐる巻きにすると上機嫌で帰っていった。何だか知らないが朝から一杯仕事をしたような気がする。お腹がすいたので、ご飯を食べに行こう。
食堂に行くとうちのパーティは全員揃っていた。冬梅も大分顔色がよくなっていた。昨夜一条が頑張ったのだろう。手を上げてからカウンターに向かうと、他のテーブルで浅野と平井と野田が話していた。プロジェクト・スノーホワイトは着々と進んでいるようだ。
今日の朝ごはんはなんとざるそばだった。夏はざるそばだよね。ああ日本、と言う感じがする。山葵と海苔が無いのが残念だがそれは贅沢すぎるだろ。ちゃんと天ぷら(エビ&野菜)と卵焼きが付いている。普通のざるそばの二枚分くらいあったが、あっという間に食べ終わってしまった。
先生がそばをうまくすすれなくて苦労しているが、そのうち慣れるだろ。食べ終わってお茶をしみじみ味わっていると、ヒデが話しかけた。
「そういえば、利根川が工房に来てくれと言ってたぞ」
何の用か分からないが、行ってみよう。食堂を出て地下室のドアをノックする。
「合言葉を言え、ピー」
「パピイ」
扉はあいた。あてずっぽうで言ったが、正解だったようだ。
階段を下りてドアを開けると利根川が感心した声で話しかけた。
「良く知ってたわね」
「まあな」
本当はカンです。すみません。
しかし、俺からは利根川の姿は全く見えない。なぜなら空間が全て樽で埋め尽くされていたから。
「用事はこれか?」
「そうよ、なんとかして」
エールの空き樽を三十個以上、ジンの完成品を十樽収納した。
「すごいな、十樽できたんだ」
「ある程度自動化したからね」
「ありがとう。これだけあればなんとかなりそうだ」
割水をする前の原酒だからアルコール度数は七十度あるだろう。確かに白蛇はでかいが、度数七十度の酒を十樽も飲めば少しは酔うだろう。俺は佐藤にも礼を言ってから、食堂に戻った。工藤を探す。思い出したことがあるのだ。
工藤は珍しくエールやワインではなく紅茶を飲んでいた。今日はお堂の掃除&胤舜先生の稽古(予定)の日なので、柄にもなく緊張しているみたい。俺は利根川との会話で思い出したことを伝えた。
「遊戯倶楽部の貴族向けのサロンなんだけど、会員に提供する酒の中に女神の森を入れたらどうかな?」
工藤は手を叩いて喜んだ。
「いいな、それ。価格設定次第では酒目当てで入会する奴も出そうだな」
「女神の森の宣伝にもなるぞ」
二人で盛り上がっていると平野がやってきた。
「今日のお弁当とお供え物、できたわよ。教会で指導する人達の分は要らないのよね」
「うん。お昼が出るから」
笑顔の平野を見るとつい、言ってしまった。
「いつもすまねえなあ」
「お父っあん、それは言わない約束よ」
冗談はこれ位にして、あのことを相談しておこう。
「白蛇のお供えどうしようか?」
「相当の量が必要よね」
「大岩蛇の肉が五トンあるけど・・・」
「五トン・・・それだけの量を厨房で一度に調理するのは難しいよ。それよりさ、蛇に蛇肉を出して大丈夫なの?」
「いや、あそこまでいくと蛇だけど蛇じゃないから。むしろ精霊みたいなものだと思う」
俺は大岩蛇の肉が入ったフォルダを右クリックした。するとメニューの中に「燻製」があることを発見した。これでいけるかも。
「アイテムボックスで燻製出来るみたい。ちょっと試してみようか」
十キロ切って別フォルダに分け、右クリックメニューから「燻製」を選んだ。流石にすぐにはできないので、後で確認することにする。とりあえず、今日のお弁当・お土産・お供えを預かった。志摩と工藤たちの分は別にしてアイテムボックスで渡してくれた。
ピアノを収納しようと思ってベルさんと打ち合わせしている野田に話しかけると、ベルさんがおずおずと手紙を差し出した。
「楽器ギルドからの手紙を預かってきました。野田様のピアノが出来たので九日・風曜日に納品に来たいということと、合わせてピアノの製造と販売に関してお話したいとのことです」
野田は特に予定が無かったので、了承して手紙を預かった。ピアノを収納してラウンジに行くと、一条・ヒデ・平井・江宮・鷹町・尾上・楽丸が集まっていた。尾上をはじめとする剣士や槍持ちなどの武闘派が集まっているんだけど、なぞここに鷹町がいるのだろうか?
教会に行くのは俺・浅野・木田・小山・千堂・野田・ベルさんの七人だが、ピアノを降ろしたら俺は女神の森と冒険者ギルドに行く予定だ。小山が護衛としてついてきてくれることになった。
志摩は俺たちの馬車に乗っていくことになった。練兵場に寄って志摩を降ろしてから教会を目指すことになる。工藤たちは二台の馬車に分かれて先にお堂を目指すのだ。帰りも俺達が練兵場に寄って志摩を回収することになった。
「ピー・パピイ」は遊星少年パピイ(テレビ放送は1965~1966年)の主人公パピイが変身するときの台詞です。