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第228話:山岳地帯1-23

「すまん、藤原、こいつを回収してくれ」

 猛毒の蜘蛛なので、うっかり手で払うこともできないのだ。

「ごめん、たにやんが気に入ったみたい。可愛がってやって」


 ええええええええええ・・・・・・。藤原の言葉がまったく理解できない。

「そもそもなんで黒いのが四匹もいるんだ」

 藤原が笑顔でこたえた。


「言うのを忘れていたけど、黒いのは全部ピンキーの子供だよ。全部で二十匹いる。建物を含めてお庭全体を三交代で二十四時間警戒している。もちろん、太郎とも連携しているから警備は万全だよ」


 俺は絶句した。叫び出したいのを我慢して聞いた。

「これ以上増えたらどうするんだ?」

 藤原は落ち着いてこたえた。


「縄張りに適正な数になるまで子供を生むみたい。だからこれ以上は増えないと思うよ」

「黒いのは誰が管理しているんだ?」

「全部ピンキーが管理している。だからみんなを襲う事は無いから安心して」


 ブラックスネークとダークスパイダーが二十四時間警備する宿舎・・・。安全であることは間違いないと思うが・・・。俺はため息をついた。

「俺、昆虫飼ったことないよ」

 我ながら間抜けなことを言ったと思う。藤原は笑顔でこたえた。


「大丈夫だよ。水も餌も自分で勝手に取りに行くから何もしなくていいよ」

「で、でも、キラーズが三匹じゃまずいだろ」

「ジュニアから補充するから大丈夫」


 蜘蛛の世界にも某アイドル事務所のような下部組織があるとは知らなかった。浅野が心配そうな顔で聞いた。

「バラシーさん大丈夫かな?もしかすると曲が古すぎた?ピンクスパイダーの方が良かった?」


 そういう問題ではないことを説明してから、俺の頭にダークスパイダーがいることは絶対秘密にするように二人に頼んだ。みんなが待つテーブルに戻ると、平井がまた絡まれている。赤銅色の肌にくすんだ金髪、年は二十歳前後、花山を上回るような巨体の持ち主だった。


「よう、チビ。あんた見かけによらず力持ちらしいな」

 身長は二メートルほど、体重は百キロ以上ありそうだった。それにしてもどうして平井に声をかける奴は、真正面から地雷を踏みに来るのだろうか。


 平井は値踏みするように男を見ると鼻で笑った。

「人聞きの悪い事を言わないで。力持ちなんて自慢したことないわ」

 男は馬鹿にされたと思ったのか、目を細めながら低い声で返した。

「ドワーフのハーフらしいがよっぽど力に自信があるみたいだな。今日ここで俺がお前の鼻っ柱を折ってやるぜ」


 平井はげんなりしたような声でこたえた。

「分かったわ。勝負の方法は何?」

 男はにやりと笑った。よほど自信があるのだろう。

「腕相撲だ」


 腕相撲用の小さなテーブル(なんと専用のテーブルがあった)と平井用の足台が運ばれてきた。専門の審判までついている。この世界ではメジャーな競技みたいだ。後で聞いたらこれも勇者の遺産だそうだ。


 二人は構えて右手を組みあった。体重が倍以上の相手に対しても平井は一切臆することはない。審判が組んだ二人の手を両手で抑えて、合図と共に手を放した。途端にボキッという音と共に男が左手で激しくテーブルを叩いた。降参の合図だ。


「腕がー、腕がー・・・」

 男は涙を浮かべながら叫んだ。組み合った右手が手首と肘の中間できれいに折れていた。平井は鼻を鳴らしながら言った。


「ちょっと力を入れただけで折れるなんて随分と柔な腕ね。そうだ、骨は折れても繋がったら前より強くなるそうよ。今からあんたの全身の骨を折ってあげようか?」

 男は地面に座り込んで泣きながら命乞いした。


「平井さん、それぐらいで許してあげて」

 浅野が二人の間に入ると杖を振るった。

「ヒール!」


 男は泣き止むと右手を動かし、グーとパーを数回繰り返した。

「治っている。俺の手が治っている」

 男は何度も浅野に礼を言うと、ついでのように平井に謝った。

「姉ちゃん、さっきは馬鹿にして悪かった。許してくれ」


 そうなると平井は許すことしかできなくなる。

「分かった。もういいわ。ただ、私はドワーフのハーフじゃないからね」

 男は仲間のテーブルに戻った。「天使」とか「天使と悪魔」とか「女ドワーフ」とか気になるフレーズが聞こえるが、聞こえなかったことにしよう。

 

 俺たちは鍛錬が無事終わったことを祝って乾杯した。まずそうに一口飲んだヒデが呟いた。

「この生ぬるいエールを飲むと、帰ってきたという感じがするんだよな」

 伯爵とイリアさんが大きく頷いた。


 エールを飲み終わったので、帰ることにした。女神様にお願い事があることを思い出したので、伯爵に明日教会に行くついでに女神の森に行くことを話した。ついでに志摩も練兵場に行くことも話しておいた。


 カウンターを見たがサンドラさんはまだ戻っていなかった。今度はどうやって謝ろうか。とりあえず宿舎に戻ることにした。南の大通り経由で戻ることにして娯楽ギルドの様子を見たら、煌々と明かりがついている。忙しそうな感じ。うまくいってるのかな?


 宿舎に着く頃には辺りは薄暗くなっていた。もう晩御飯が始まっているだろう。俺たちは改めて伯爵とイリアさんにお礼を言った。お礼代わりに二人に鬼熊のロースを五キロずつ渡して見送った。


 ラウンジに入ると商業ギルドのジョージさんと娯楽ギルドのフォーン将軍(ギルド長)が工藤と一緒に待っていた。

「遅くなってすみません」


 思わず声をかけると、ジョージさんが笑顔で謝ってくれた。

「約束も無く勝手に押しかけただけでございます。お疲れの所を申しございません。また、山岳地帯の鍛錬は無事に終わられたとのこと、誠におめでとうございます」


 フォーンさんは申し訳なさそうに話した。

「お忙しいところを申し訳ございません。ご報告がございましてお伺いしました」

 ひょっとするとトラブル発生か?


「娯楽ギルドは予定通りに開業することができました。また、遊戯倶楽部(娯楽ギルド傘下のサロン)の開設場所及び人員の手配も終わりました。8月13日の開店を目指して什器・内装・用具等の手配と店員の訓練を行っております」


 フォーンさんは遊戯倶楽部の一覧と地図、遊戯倶楽部の店員のリストを渡してくれた。全員一年間の雇用契約済みだそうだ。八か所で一か所当たり十人前後雇うので、全部で約八十人雇ったことになる。


「よくこれだけの人数をこの短期間で集めることができましたね」

 俺はびっくりしていた。正直、全店同時オープンは無理だろうと思っていたのだ。フォーン将軍は笑顔でこたえた。


「定年になった者や事情があって軍を中途で退役した者に片端から声をかけた結果でございます。噂を聞いた現役の者からの応募もございましたが、流石にそれは断りました」

 ジョージさんが解説してくれた。


「ギルドや商店の創立メンバーに入りその事業が成功したら、後々いろいろなうま味がございますからな。いわば将来を期待しての先行投資のようなものです」

 フォーンさんも横で頷いている。軍がこの事業に加わったり、ギルド長の座に拘ったのはこういうことを想定していたのかもしれない。


 ジョージさんは鞄から書類が入った封筒を出した。

「別件ですが、薬酒・シューズドライヤー・消毒薬・水虫薬の契約書の雛形でございます。ご確認をお願いします」


 有難く頂戴しました。取説やレシピの準備ができたら連絡することにする。ついでに聞いておこう。

「シャンプーとリンスが明後日、発売の予定だったと思いますがうまくいってますか?」


 ジョージさんは笑顔で問題なしと言ってくれたので、仕事はひとまず終了。アイテムボックスからウイスキーを二本出して二人に渡した。

「留守中万事予想以上の成果を上げたことに深く感謝します。どうぞこれで疲れを癒してください」


 さらに鬼熊のロースを一キロずつ渡すと、二人とも大喜びで受け取ってくれた。

「火酒だけでもありがたいのに、このような貴重な品まで頂き望外の幸せでございます」

 ジョージさんによると、鬼熊の肉は一キロで最低金貨一枚するそうだ。松坂牛みたいなものだろうか?


 二人を見送りながら考えた。今のやり取りの中に、今後のサロンの営業に関するヒントがあった様な気がする。しかしまあとりあえずご飯を食べよう。俺は資料をすべて工藤に押し付けた。どうせ半分しか読めないのだ。


 二人が出て行くと、ラウンジにいたセリアさんをはじめとするお傍係の皆さんが口々に「お帰りなさい」と言ってくれたのが嬉しかった。お土産代わりに鬼熊の背ロースの肉を五キロ「みんなで食べてください」と言って渡すと、恐縮しながらも喜んでくれた。


 食堂の扉を開けると、むせ返るような熱気と喧騒、ニンニクとオリーブの匂いに包まれた。なんか、帰ってきたという実感が湧いてくる。羽河がいたので、まずはジン・シューズドライヤー・消毒薬・水虫薬の契約書の雛形を渡して確認を頼んだ。


 羽河は笑顔で受け取ってくれた。

「分かった。後は任せて」

 他の案件についても、交渉が終わったら契約ごとは一括して全部羽河がやってくれるという事なので一安心。次に工藤と一緒に娯楽ギルドについて報告した。


 羽河は興味深そうに聞いた。

「出来たら後で資料を見せて」

 工藤はその場で資料を渡した。


 羽河はパラパラと資料を読みながら言った。

「八十人を一年間雇ったのね。これは結構大きな事だと思うわ」

「どういう意味で大きいんだ?」


 羽河は資料を読みながらこたえた。

「この世界に新規事業が生まれたという意味でも、私たちの評価という意味でも大きいと思う。もし私たちに子孫が生まれたとしたら彼らはきっとこのことを感謝すると思うわ」


 俺と羽河では見ている世界が違う事を改めて感じてしまった。ここまで違うと劣等感を感じることもできない。羽河は資料を工藤に返すと、俺に言った。

「王女様からワインのお礼の手紙が届いたわよ」

ブラックスネークに続きダークスパイダーにも懐かれたようです。たにやんは魔物にもモテモテですね。

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