第227話:山岳地帯1-22
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最後の休憩地点で俺は志摩から相談された。
「巨大ゴーレムなんだけど、パーツをあらかじめ作っておいて、それを合体させるというのはどうだろうか?」
俺は当然の疑問を聞いた。
「それはいいけど、どうやってそれを運ぶんだ?」
志摩は微笑んだ。
「お前がいるじゃないか」
なるほど・・・。俺は不承不承頷いた。トランスポーターは俺な訳ね。でもそれでは俺無しではやっていけないぞ。志摩は続けて言った。
「分かっている。いずれは運搬の問題も解決するつもりだ。それまでつきあってくれないか?」
そこまで分かっているなら問題ない。俺は黙って頷いた。志摩は笑顔で懐から白い碁石を出すと少し離れた所にばら撒いた。
「何するんだ?」
志摩はこたえる代わりに呪文を唱えた。
「クリエイト・ゴーレム」
碁石をばら撒いた所から手・足・胴体など体のパーツが出来上がっていく。志摩は得意げに最後の決め台詞を叫んだ。
「合体!」
ゴーレムが足から順番に組み上がっていく。最後は手で頭を自分の肩の上に置いて完成だ。なんかシュールだな。身長は十五メートル位。ジャイアントゴーレムと同じ位だ。顔の向きが前後逆になっているのがご愛敬だが。
志摩は顔の向きを修正すると満足げに頷いたが、ゴーレムは一向に動く気配がない。
「動かさないのか?」
志摩は笑いながらこたえた。
「すまん。まだ無理だ」
合体するだけで精いっぱいみたい。よく見るとデザインも積み木で作ったように武骨そのものだった。
「とりあえず初号機をそのまま収納してくれ。今後練習を重ねて改善する」
俺は気になったことを聞いた。
「最初に投げた碁石は何なんだ?」
「あれは核の代わりだ。パーツごとに核を埋め込み、核同士が連携することによって動かそうと思っている。分散型ネットワークによる自立行動システムだな」
マイコンあるいはAIの制御で動くゴーレムか・・・。これもまた科学と魔法の融合なのかもしれない。
志摩は伯爵に宿舎の近くにゴーレムの練習場を手配するよう頼んだが、即座に断られた。王都の中で高さ十五メートルのゴーレムが自由に動いたら危ないよな。
しかし志摩はあきらめない。粘り強く交渉して、練兵場に初号機を置いて練兵場で訓練することを認めさせた。流石は土魔法使いだな。志摩はさらに交渉して、明後日の日曜日からゴーレムの扱いが得意な魔法使いを教師として派遣して貰うように頼んだ。
伯爵によると軍において土魔法は必須らしい。野戦における塹壕掘りに始まり、城攻めの際のゴーレムによる城壁の破壊など、土魔法無しで戦争はできないそうだ。よって、ゴーレムを扱える土魔法使いは軍にたくさんいるらしい。
伯爵と相談して、いったん宿舎に行ってみんなを降ろした後、俺だけ練兵場に行って初号機を下ろし、さらにそのまま冒険者ギルドに行って今回の冒険で討伐した魔物を買い取って貰うことにした。
初号機の置き場所を決める関係で志摩は同行するが、冒険者ギルドに行くというと、藤原が同行したいと言い出した。なぜか浅野も一緒に行くという。当然、木田と楽丸が同行することになった。
何故だか分からないが、心配だと言って平井とヒデもついてくることになった。まあいいか。また、伯爵だけでなくイリアさんも一緒に来るそうだ。浅野のいる所に必ずイリアさんがついてくるのはなぜだろうか。
ここでみんなを集めて伯爵・イリアさん・騎士たちに山岳地帯の演習の護衛のお礼を述べた。代表で羽河が挨拶した後「ありがとうございました」と言っただけなんだけど、なんか感動しているみたい。
馬車に乗ろうとしたら、羽河が生活向上委員会のメンバーに声をかけた。
「来週から忙しくなると思うので、各々の予定を合わせた方が良いと思うの。移動しながら馬車の中で打ち合わせしない?」
誰も反対しないので、羽河と浅野と木田が乗っている四号車を借りることにした。千堂と花山と楽丸は一~三号車に移動して貰った。俺・志摩・木田・浅野・羽河・利根川・工藤・江宮の八人が揃ったので少し手狭に感じる。
各々思いついた予定を話して羽河がまとめた結果は以下の通り。
1.冒険者ギルド:ロプロプから預かった武器防具等の売却
2.鍛冶ギルド:十文字鎌槍発注(工藤)
3.軍:糧食のライセンスの契約(ニッキ飴・粉ジュース・チキンラーメン・炊き込みご飯・ピラフ・卵とほうれん草のスープ)
4.商業ギルドとの契約(薬酒・シューズドライヤー・消毒薬・水虫薬)
5.楽器ギルドと交渉(ピアノ契約、グランドピアノ開発)
6.大凧に乗る(小山)
7.白蛇に乗る(平井)
8.ファッションショー
9.馬車の改良
10.対局時計
11.展示用の魔道具一式
分担は、1と2と7は俺、3・4・5は俺と羽河、6は俺と江宮、8は木田と浅野(野田と平野がヘルプ)、9・10・11は江宮ということになったが、江宮が手を上げた。
「馬車についてだが、馬車の見本と作業場所が必要だ。用意できるか?」
俺は迷わずこたえた。
「分かった。手配する」
江宮は疑わし気に聞いた。
「大丈夫か?」
俺は自信をもってこたえた。
「何のために王女様にあれこれ献上してきたと思うんだ。まかせろ」
江宮は笑顔で頷いた。
「今週中に馬車の改善点の要求仕様をまとめて提案する」
要求仕様が承認されれば正式なスタートと言う訳だな。馬車と作業場所については先生経由で手配して貰おう。さて問題は6と7だ。まず6だが、万が一のことを考え、冬梅が一反木綿を召喚できるまで見送ることにした。ううう、小山になんて言おうか。
次に7だが今のところ考えているプランの概要を説明した。名付けてプロジェクト「スノーホワイト」だ。
・白蛇に強い酒をたくさん飲ませる。
・美味い飯も食わせる。
・浅野が歌い踊る。
・白蛇が良い気分になったところで平井を頭に乗せてくれと頼む。
・酔っぱらった白蛇がОkする。
・平井が喜ぶ。
利根川が酒は出来上がったことを報告すると、羽河は額を押さえながら言った。
「スノーホワイトの名前についてはもう聞かないわ。それよりヤマタノオロチじゃあるまいし・・・そんなのでうまくいくの?」
俺は笑顔でこたえた。
「たぶん!」
羽河はため息をつくとみんなに聞いた。
「みんなはこれでいいの?」
誰も発言しなかったが、浅野が手を上げた。羽河が笑顔で浅野を指名した。浅野は真面目な顔で言った。
「良いと思う」
羽河は信じられないといった顔で浅野を見た。浅野は構わずに続けた。
「どうせならお祭りっぽくしたいから、和太鼓を用意できない?」
野田のピアノは素晴らしいけど、ビジュアル的にも音的にもインパクトが欲しいそうだ。羽河以外は賛成してくれたので、野田と平野とも相談したうえで企画を進めることになった。太鼓組は希望者を募集しようかな。
羽河はため息をついてから話し始めた。
「そもそもの話だけど、白蛇をどうやって呼び出すの?電話?メール?」
ちょっと怒っているみたい。少し真面目にこたえよう。
「ヘルキャットに仲介を頼むつもりだ」
「ヘルキャット?どこにいるの?」
俺は自分の影に向かって呼びかけた。
「おーい、ツーフェイス!いるか?」
数秒たってから返事があった。
「ナーゴ」
みんな慌てて立ち上がって構えた。まあ普通そうなるよな。
「大丈夫。危険は無いからみんな座ってくれ」
皆が座るのを待ってからもう一度呼びかけた。
「ツーフェイス、悪いけど今すぐこっちに来れないか?みんなに紹介したいんだ」
ツーフェイスは無言で影から飛び出すと、ゴロゴロと喉を鳴らしながら俺の足に体を擦り付けた。
「紹介するよ。ヘルキャットのツーフェイスだ。シングルマザーで絶賛子育て中だ」
時計の針が止まったように、みんな口をあけたまま絶句していた。理解できないみたい。仕方がないので、ツーフェイスに話しかけた。
「黒の森の主の白蛇に会って頼みごとをしたいんだ。酒と肴を用意するから、黒の森の神殿前に来てくれないだろうか。出来れば明日以降に会いたい」
「ナーゴ」
ツーフェイスは体をくねらせると影の中に飛び込んで消えた。
ツーフェイスがいなくなると、ようやく時計の針が動き始めた。
「今のは一体何なの?私は幻を見たの?」
羽河がおかしくなっている。
俺は優しくこたえた。
「いや、幻じゃない。ツーフェイスは影道というスキルを持ってて、影を使ってテレポートできるんだ」
羽河はかぶりを振ってこたえた。
「違うそうじゃない。影道も相当おかしいけど、あなたはなんでヘルキャットと仲良くしているの。どうやってコミュニケーションしているの?」
俺は頭を掻きながらこたえた。
「なんか向こうから押し掛けて来たんだよな。子育てが大変そうだから卵とかやっているうちに仲良くなった感じ」
羽河は頭を振りながら沈黙した。なんとか現実と折り合いをつけようとしている感じ。浅野が感心したように呟いた。
「大きな猫だよねえ。僕、触ってもいいかな?」
当然のように木田が反対して言い合いをしているうちに、足元から「ナーゴ」という鳴き声が聞こえた。ツーフェイスが登場して俺の肩に手をかけ、顔をぺろぺろ舐めた。舌はざらざらしていてかなり痛い。
「うまくいったみたいだな。ありがとうよ」
「ナーゴ」
「こいつはお礼だ。みんなで食ってくれ」
俺はアイテムボックス内の大岩蛇の肉を切って十キロ出した。
「ニャーニャニャー」
ツーフェイスは声を上げて尻尾を大きく振った。
「ついでに頼みがある。浅野に触らせてやってくれ」
ツーフェイスは低い声を出すと床に伏せた。浅野を手招きして背中を触らせる。数回触ると浅野は満足して離れた。
「しっとりなめらか。手触りがいいね。ありがとう、ツーフェイス」
「ナーゴ」
流石は慈愛持ち。大丈夫だったようだ。ツーフェイスは肉を咥えて影の中に消えた。
俺は改めて説明した。
「来週、こっちの都合の良い日に黒の森の神殿に行って呼べば会えるみたいだ」
羽河の脳内運動会は終了したいみたい。心底あきれたような目で俺を見た。
「ティマーでもないのになぜ魔物に好かれるのかさっぱりわからないけど、そういうものだと考えるしかないみたいね。分った。たにやんを信じるわ」
演目の準備や練習が必要なので、プロジェクト「スノーホワイト」は11日・火曜日実施を目標にすることにした。何を歌うか話しているうちに北の門に着いた。既に太陽は地平線の上で最後の輝きを放っている。門の中に入ってから馬車を乗り分けた。宿舎に向かう交差点で二手に分かれ、寄り道組は左折してまずは練兵場を目指す。
倒れたら危ないので、初号機は練兵場の真中に横たわった状態で置いた。これなら大丈夫だろう。次は冒険者ギルドだ。環状線を通って南門の方に移動する。いつも通り裏口から入ると、イントレさんのしわがれた声が迎えてくれた。
「坊主、久しぶりだな。山はどうだったか?」
「お陰様でなんとかなりました」
「ロプロプの姿は見えたか」
「見えました」
「ロプロプが見えたという事は頂上まで行ったという事だな。そいつは大したもんだ。戦果も期待できるってもんだぜ。どれ、出してみな」
まずは火鼠を130匹、岩蛇を77匹出した。火鼠は毛皮と鋭い歯が、岩蛇は石化の毒が売れるそうだ。どっちもこれだけまとまって入荷するのはめったにない事らしく、イントレさんは大喜びだった。ちなみに毒を元に解毒薬を作るとのこと。
次はオークを一匹。ただし内臓は外してある。
「お前らにしては雑な切り口だな。まるで馬鹿力で捥いだような傷跡だ」
その通りなんです。
その次はロックワームを一匹。
「こいつはまた珍しいのを持ってきたな。一太刀で仕留めているのは上等だ。円刃(口の全周に付いた刃)と皮が売れるぞ。肉もまあ珍味として売れるな」
そしてサンドワームだ。流石に三百匹を全部出すわけにはいかないので、とりあえず十匹だけ出してみた。
「水漬けにしたな。肉は駄目だが、円刃と皮が売れるぞ」
最後にテーブルを隅にどかしてから大岩蛇を出した。全長が三十メートル以上あるので、部屋の対角線上に斜めに置くようにして何とか納まった。イントレさんは腰を抜かさんばかりにして驚いた。
「恐れ入ったぜ。本当に坊主たちが仕留めたのか?こいつは正真正銘のA級魔物だぞ。その中でも防御力はピカ一の化け物だ。これだけの大物をどうやって仕留めたんだ?」
「頭に槍を打ち込んで雷を落としました」
イントレさんはしばらく黙り込んでからこたえた。
「理屈はあっている。だがそれをやったのが坊主達と言うのが合点がいかねえ。お前ら、本当に冒険者初めて三か月目の新人なのか?」
伯爵が助け舟を出してくれた。
「新人ですが、同時に勇者様であると、そういうことですぞ」
イントレさんはブツブツ言いながらも納得してくれた。
大岩蛇は、鱗・皮・肉・毒・牙・血液・骨の全てが売れるそうだ。特に鱗は軽くて弾力があって頑丈で魔法の耐性もあるという防具に最適な素材である。この大きさになると一匹で軽く千枚を超える鱗が取れ、一枚当たり銀貨一枚の値が付くとなると・・・。
ここで一つ問題が発生。食用となる肉が約十トンほどあるそうだが、保管庫のスペースの関係で半分しか引き取れないそうだ。仕方が無いので、残りの肉はアイテムボックスに収納した。
鬼熊は持って帰って平野に見せてから買取に出すことにした。イントレさんは頭を掻きむしりながらいつものように読めない文字でメモを書いてくれた。これは一種の暗号だな。俺はイントレさんに声をかけた。
「魔物以外に買い取って貰いたいものがあるんですが」
「なんだ?薬草か?鉱物か?」
「違います。ロプロプから武器防具宝飾品の類をたくさん貰ったんですが、これも買い取ってもらえませんか?」
テーブルごとに種類を分けて品物を全部出した。
「なんでロプロプから貰うんだ?」
「ロプロプ討伐に行った冒険者たちの遺品を貰い受けました」
イントレさんは伯爵を見た。伯爵が大きく頷いたので、ようやく納得してくれた。
「分かった。遺族から捜索依頼がかかっているものもあるかもしれん。これだけあると調べるのにちょいと時間がかかるぞ。一週間ほど待ってくれるか?」
俺は了解してから表に向かった。
表に回り入口の扉を開けると、冒険者の匂い(?)に包まれた。汗と油と埃と金属の混ざったような独特な臭いだ。
中に入るとすぐにサンドラさんに呼ばれた。隣にはバラシーさんの姿があった。復活したのかな?カウンターに行こうとすると、なぜか藤原と浅野がついてきた。なんだろ?
「久しぶりじゃないか。山はどうだった?」
サンドラさんは笑顔で聞いたが、目線は藤原に向いている。バラシーさんも見つめている。
「お陰様で無事に終わりました。ロプロプにも会えましたよ」
「ということは頂上まで行ったという事だね。凄いじゃないか。いくら人数がいるとはいえ、あの数のゴーレムをさばいたとは大したもんだ」
俺がメモを渡すと、サンドラさんは眼を見張って伯爵を見た。伯爵が頷くと大きなため息をついた。さっきと同じパターンだな。
「大岩蛇を討伐するのは十年ぶりなもんでね。疑った訳じゃないけど、ちょいと驚いたのさ。今回は金貨二百五十二枚と銀貨三枚だね。振り込みでいいかい?」
俺が頷くと、サンドラさんは大声を上げた。
「ジョーイ、ぽんこつ共にエールを一杯ずつ、それとテーブルごとに大皿でパンと串焼きを出しな。タニヤマの奢りだよ」
続けて伯爵が叫んだ。
「大岩蛇の討伐祝いですぞ」
ギルド中が歓声に包まれた。現金なものだな。これで金貨一枚か。ちょっと高いような気がするけど、回りとうまくやるための必要経費と考えよう。
テーブル席に行こうとしたら、藤原が元気よく話しかけた。
「バラシーさん、先日は恐がらせてしまってすみません。お詫びに今日は歌と踊りを披露します」
残念ながら藤原を止めることはできなかった。浅野が歌いだすと同時に、カウンターの上にピンクの蜘蛛と黒い蜘蛛が登場した。黒い蜘蛛は四匹いた。なぜかみんな黒い帽子のような物を頭にかぶっている。この黒い蜘蛛は見たことがあるぞ。多分ダークスパイダーだ。
ピンクの蜘蛛が前に、黒い蜘蛛がその後ろに横一列になって浅野の歌に合わせて踊っている。曲はもちろん「恋の季節」だ。後ろの列の四匹は踊りが見事に揃っていた。歌が終わると、五匹は帽子を取ってきれいにお辞儀した。
藤原は笑顔で挨拶した。
「ピンキーとキラーズで『恋の季節』、歌は浅野さんでした。ご静聴ありがとうございました」
バラシーさんは眼を極限まで見開いているが、気絶することも叫ぶことも泣くことも無かった。必死で耐えているみたい。
バラシーさんは藤原の笑顔に虚ろな顔で頷くと顔を両手で覆った。サンドラさんが肩を貸して退場していく。サンドラさんは扉を出る時に振り返って、殺しそうな目で俺を睨んだ。こ、怖い。ピンクの蜘蛛は足を振って藤原の頭に帰っていった。黒い蜘蛛は藤原の服の袖口や胸元から戻っていくが、なぜか一匹だけ俺の頭に飛んできた。
志摩はゴーレム使いを目指すようです。またまたサンドラさんを怒らせてしまいました。ピンキーとキラーズは1968年に「恋の季節」にデビューした五人組のバンドです。女ボーカル+男四人(テレビではコーラスだけですが、ちゃんと楽器も弾けます)という構成です。ビジュアルは黒の山高帽とスーツで統一しており、音楽はラテン(ボサノヴァ)だけど外見はイギリス風なんですね。
このミスマッチ感が宝塚風というか、男装の麗人的な今陽子をなおさらクール&キュートに見せてくれました。デビューシングルが17週連続一位のダブルミリオン達成(売上二百七十万枚)という空前の大ヒット。しかしその後はヒット曲に恵まれず1972年に解散しました。