第226話:山岳地帯1-21
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次の休憩では浅野の新スキルを披露して貰おうと思ったが、夜神が手を上げた。
「前回付いた闇魔法が使えるようになったんや。試してええかな?」
「まさか呪いとか呪殺じゃないよな」
夜神は大きく手を振って否定した。
「そんなたいそうなものやないで。呪いとかスキルレベルがかなり上がらんと無理やろ」
それなら大丈夫かな。でも、レベルが上がったら出来るんだ。ちょっと怖いかも。
「だったらいいぞ」
「じゃあ被験者はたにやんということでお願いします」
なぜか鷹町から指名されてしまった。
「え?俺なの?ま、まあいいけど」
手を合わせて拝んでいる夜神を見ると断れなかった。
夜神が呪文を唱えだすと俺の回りから人がいなくなった。夜神は静かな低い声で呪文を唱えた。
「私の痛みはあなたの痛み。私の涙はあなたの涙。くたばれ!憂鬱な月曜日」
不穏なキーワードを発した夜神が杖を振ると、俺の腹の中に重く冷たい鉛のような痛みが沸き上がった。チクチクチクチクと無数の針で突き刺されているような感じ。吐き気が胃の底から込み上げてくる。猛烈に気分が悪い。立っていられなくて座り込んでしまう。なんか涙まで出て来た。
夜神は慌てて駆け寄るとヒールをかけてくれた。深呼吸するとようやく立ち上がることができた。夜神は狸顔を歪ませて謝った。
「闇魔法は光魔法の反対でな、相手の足を引っ張る魔法なんや。私結構生理が重くて月曜日と重なると最悪なんやけど、その時の気分を魔法にしてみたんや。こんなに効くとは思わんかった。本当にごめん」
オークに生理があるかどうか分からないが、これは結構きついと思う。夜神はハグすると、「元気が出るおまじない」と言って右の頬にキスしてくれた。結構大胆だな。少しは報われたような気がする。夜神が離れるとなぜか後ろに浅野がいた。
疑問に思っていると、浅野は夜神と同じようにハグしてくれた。そして「あの痛みって本当に独特だよね。男の子なのによく我慢できたね。偉いぞ」と言って左の頬にキスしてくれた。かなり報われたような気がする。楽丸が殺人者の目で俺を見ているが気にしない。
そして浅野の後ろには当然のように洋子がいた。いつも通りニコニコ笑いながら足を蹴ってきた。多少のアクシデントはあったが、旅は快調に進んでいると思う。いや、思いたい。
少し早いけれど、川沿いを走る本道に合流した所で昼食にする。山岳地帯最後のメニューはピザトーストだった。たっぷりピザソースを塗ったパンにベーコン・ソーセージ・玉ねぎ・ピーマン・キノコを乗せ、数種類のチーズがたっぷりかかっている。
焼きたての状態で収納しているので、食べると口が火傷しそうなほど熱くてうまかった。デザートは桃のジェラート。桃の香りが傷ついた心を癒してくれた。食後は新スキルの検証だ。
早速披露して貰おうと浅野に声をかけると、浅野は申し訳なさそうに言った。
「ごめん、誰か実験台になってくれない?」
洋子以外の全員が俺を見た。ひょっとするとさっきのキスは今回のを想定しての前払いみたいな奴?仕方がない。俺は覚悟を決めた。でも一応聞いておこう。
「危なくないよな?」
浅野は首を左右に振って否定した。
「物理的な暴力や攻撃は無いから安心して」
ということは精神的な奴だろう。大丈夫かな、俺。
浅野は呪文を唱えると最後にキーワードを叫んだ。
「誘惑」
浅野が杖を振ると・・・それから先の記憶がない。
気が付いたら俺は洋子から頬っぺたを叩かれていた。気つけにしては力が入りすぎてないか?
「大丈夫?」
浅野は心配そうな顔で聞いてくれた。大丈夫だけど俺に何があったのか?
見ていた奴の話によると、魔法がかかると同時に俺はぼけっと鼻の下を伸ばしながら浅野を見ていたそうだ。
「つまりはどういう魔法なんだ?」
利根川が説明してくれた。
「魅了の魔眼みたいなものね。この魔法にかかると、一定時間意識が無くなるというか、動けなくなってしまうみたい」
ということは・・・。
「じゃあその間に攻撃されると?」
利根川は淡々とこたえた。
「防御も反撃も何も出来ずにやられてしまうでしょうね」
魔法にかかってから洋子が叩き起こすまで十秒ほど要したそうだ。もし叩かなければ意識不明状態はもっと長時間続いたのだろう。どんなに強くても寝ている間は赤ん坊のように無力だ。恐ろしい・・・やはり浅野は恐ろしい子だった。
「これって無敵なんじゃ・・・」
誰かが呟いた。しかし、浅野は首を振ってこたえた。
「でもね、今一回使っただけで魔力が枯渇しちゃったから、燃費最悪だよ。使うタイミング間違えると終わりだね。それと自分より高レベルの人や魔法的な防御をしている人には効かない可能性がある」
威力は抜群だが使いどころが相当に難しい魔法だな。最後の切り札と考えていた方が良さそうだ。生理になったり魂が抜けたりいろいろと大変だったので、出発する前にハーブ入りのニッケ玉を配っていると、伯爵から呼ばれた。糧食品のことで相談だそうだ。
俺は羽河を連れて伯爵の馬車に乗った。伯爵は珍しく真剣な声で聞いた。
「お願いしていた野外合同演習用の携行用の糧食品としてチキンラーメン・炊き込みご飯・ピラフ・ほうれん草と卵のスープ・ニッキ飴・粉ジュースの提案を受けたと考えてよいですかな?」
俺は笑顔で頷いた。
「はい、それで結構です。正確に言うと、チキンラーメン・炊き込みご飯・ピラフ・ほうれん草と卵のスープが糧食品、ニッキ飴・粉ジュースは嗜好品ですね」
伯爵は緊張しているのか硬い声で聞いた。
「ライセンスについてはどのような条件をお考えですかな?」
俺は笑顔でこたえた。
「サブライセンス付きの一括買取方式でレシピをお渡しします。嗜好品も含めた全てを金貨一万枚でいかがでしょうか?」
伯爵は目を剥いた。当然断るだろうと思ったら違った。
「了解しました。契約書は王都に戻り次第手配いたします。ところで・・・」
「ところで何でしょうか?」
「どうやったら回収できるでしょうか?」
俺と羽河はずっこけた。本気で言っているのだろうか?仕方がないのでこたえた。
「俺だったら、ハイランド王国とネーデルティア共和国の軍部に、それぞれの国内での製造販売に限定して同じく金貨一万枚で許諾します」
伯爵は心配そうに聞いた。
「金貨一万枚も出すでしょうか?」
「それぞれの国内でのサブライセンス権を付けたら了承すると思いますよ」
伯爵は大きく頷いた。俺は続けて言った。
「国内については商業ギルドに一個売ったら幾らと言う形でサブライセンスして、長期間に渡って収益を上げるのが良いと思います。ライセンス料はなるべく安くするのが良いでしょう」
伯爵はちぎれそうなほど首を大きく縦に振った。うまくいけば差し引き金貨一万枚が儲かる上に、その後も継続的にライセンス料が入ってくるのだ。優良物件を複数所有する大家さん状態だな。
感激して抱き着こうとした伯爵をかわして馬車を降りた。羽河は感心した顔で褒めてくれた。
「たにやん、流石ね。あっという間に金貨一万枚の契約をまとめるとは恐れ入ったわ」
「金貨一万枚?」
なぜか隣に利根川がいた。こいつは本当に金の匂いに敏感だな。
「おお、軍にライセンスが決まったぞ」
「本当?やったあ!」
なぜか分からないが大喜びしてくれた。とりあえず出発しよう。
川を左手に見ながら馬車はのんびり進む。道路沿いには所々大小の荘園があり、荷馬車とすれ違うこともあった。適当に休憩を入れながら進んでいるが、距離的にはそろそろ半分位は来ていると思う。
次の休憩地点では鷹町の新スキルを試すことになった。もしかの時のレスキュー隊員(一反木綿)がいない(冬梅の魔力がマイナスなので召喚できない)ので止めようとしたが、鷹町が「バリアジャケットがあるから絶対大丈夫」と言い張るので危険なことをしないことを条件にトライすることになったのだ。
みんなで直径三十メートル位の円形に広がって、中心に立つ鷹町を見守った。バリアジャケット姿に変身した鷹町は、ロプロプの飛行魔法を参考にしたという呪文を唱えると、最後のキーワードを叫んだ。
「天まで跳べ(スカイハイ)」
ファンシーな杖を振ると同時に鷹町はふわりと浮き上がった。立ったままの姿勢で一メートルほど浮き上がっている。やった、成功だ。俺は感動して手を叩いた。みんなも口々に喜びの声を上げている。鷹町がにっこり笑った、と思ったら突然姿が消えた。
慌てて上を見上げると、宇宙ロケットのように真上に飛んでいる。どうなるかと心配していると、一瞬きらりと光ったのを最後に見えなくなった。ひょっとするとあのままお空の星になってしまったのだろうか?そんな馬鹿な!
呆然と空を見上げていると、真上でまた小さな光がきらめいた。光は小さな点になり、どんどん大きくなってくる。何かが凄い速度で落ちてきているのだ。逃げなければと思うのだが、足が一歩も動かない。
俺は自分の頬をひっぱたくと、円の中心に走って手を広げた。ギリギリで間に合った。凄い衝撃で左手が折れたっぽいが、おれの腕の中には気絶した鷹町がいた。息はしているし、大きな怪我も無いみたい。俺は安堵のため息を突くと、回りが突然真っ暗になった。
どうやら立ったまま気絶したみたい。気が付くと俺は座り込んでいて洋子に抱きしめられていた。鷹町が泣きながら謝っていた。初音が鬼のような顔で怒っていた。痛みは消えていたので、誰かヒールをかけてくれたのだろう。
鷹町とレイジングハートによると、魔法がうまく行き過ぎて欲を出したのが原因なのだそうだ。最初は浮いたら成功と考えて終了するつもりだったのだが、あまりにも簡単に出来てしまったので、ちょっと飛んでみようかとしたらこれが大失敗。
いきなり三千メートルほど真上に飛んで行ってしまったそうだ。本当にスカイハイだな。慌てて元の位置に戻ろうとしたら、今度は急降下状態になってしまった。歌の通りだな。落下の速度を緩めようとしたが、うまくいかなかったらしい。
元の位置に戻ることが確定していたら、俺が助けに行ったのは意味がなかったかもしれない・・・。それでもライト兄弟も命がけで飛行実験を重ねたのだろうなと考えてしまった。とりあえず鷹町はしばらくは室内で練習してもらうことにしよう。
その後はのんびり馬車の旅は続いた。日差しがだいぶ西に傾いた頃には王都を囲う壁が見えてきた。壁の高さから類推すると、距離にして十キロ位だろうか。どうやら明るいうちにたどり着けそうだ。
休憩していると藤原が叫んだ。
「なんか来る。多分オーク」
見ると、群れを作らず単独で行動するはぐれオークが一匹近寄って来る。
すると青井が変なことを言い出した。
「俺も必殺技的な魔法を考えたんだ。試していいか?」
相手が一匹ならば大丈夫だろう。誰も反対しなかったので、青井は自分から迎え撃った。盾はもちろん、戦斧も持っていない。素手で戦うのか?
青井は大きなストライドで走りながら叫んだ。
「必殺!レイアップシュート!」
オークの手前でジャンプすると両手で頭を掴み、足を払って押し倒す。中腰になるとそのままオークの頭を右手で掴み、頭を真下に突き落とした。
オークの後頭部は地面に激突し、反動で元の位置に戻る。すると右手で額の所を掴んで再び真下に突き落とすのだ。青井はオークの頭をボールに見立てて右手でドリブルを始めた。オークは気絶したみたい。
青井は数回ドリブルすると、ドリブルしながら走り出した。オークの体はいやおうなしに引きずられていく。青井は高くジャンプするとそのまま右手でオークの頭を仮想のリングに落とし込んだ。
もちろん、ジャンプした瞬間にブチッという音と共に頭は胴体からもぎ取られている。シュートの後に残ったのは、後頭部が潰れた頭と倒れてピクピク痙攣している胴体だった。ある意味と言うか、これこそ本当のパワープレイなのかもしれない。魔法でもなんでもないな。しんと静まりかえった中で青井は淡々と言った。
「この技は封印しよう」
みんな静かに頷いた。だって怖すぎるもの。
「幻のゴールだな」
ヒデが意味の分からないことを言った。青井は頷くと、続けて話した。
「木のコートと違って地面がデコボコしていてドリブルが難しい」
そ、そこが問題なのか・・・。レイアップシュートはある意味バスケットボールの基本中の基本だ。それを応用したのは素晴らしいと思うが、何かが根本的に間違っていると思う。俺は黙ってオークの体をアイテムボックスに収納した。みんな無言で馬車に乗り込んだ。
夜神が闇魔法に目覚めました。憂鬱な月曜日って本当に怖いですね。男はこういう苦痛に耐性がゼロなので余計にきついかも。
それ以外では浅野、鷹町、青井が新魔法を披露しました。ただ、青井のは厳密には魔法ではないような気がします。
携行用の糧食品のライセンスが決まりました。金貨一万枚だって。
テンプテーションズ(Temptations)は六十年代に活躍したモータウンを代表するアメリカのコーラスグループです。My Girl、Get Ready、Don't Look Backなどが大ヒットしました。
スカイハイはジミー・ウォング主演の映画「スカイ・ハイ」の主題歌です。歌っているのはジグソー。タイトルやポップで明るい曲調とは真逆の恨みたらたら失恋ソングです。空中殺法を得意にしたルチャリブレの名手、ミル・マスカラスが入場曲にしたことで日本でも大ヒット(オリコン一位)しました。