第223話:山岳地帯1-18
いつの間にかすっかり日は西に傾いている。急がなければ。道は真ん中山沿いに右に大きく曲がっている。道路の左の草木は消えて荒地に代わってしまった。これで左右ともロックワームの巣だな。うっかり道の外に出ないように気を付けなければ。
合流点(分岐点)の手前では西日を背にして岩ゴーレムの軍団が待っていた。一体だけ道路の真ん中にこっちを向いて仁王立ちになり、残りは道路に沿って左右各一列に並んでいる。この体勢は・・・。
「どうやら一騎打ちを望んでいるようだな」
ヒデが偉そうに言った。俺たちは揉めた。誰が代表に出るべきか。前衛組(刀・剣・バット・槍・拳)の中で激しい口論となったが、なぜか志摩が代表になった。ゴーレムにはゴーレムで戦うべき、という主張が通ったのだ。
おそらく鬼熊との一戦で志摩のゴーレムがまったく相手にならなかったのを見て、すぐに敗退すると思ったのだろう。しかし、志摩は満面の笑みを浮かべながらキーワードを唱えた。
「クリエイト・ゴーレム」
志摩が作り上げたのは銀色に輝くゴーレムだった。身長は一メートル八十センチ位だろうか。青銅のゴーレムによく似た見事な造形をしていた。剣も槍も持っていない。どうやら素手で戦うようだ。
伯爵が驚いて叫んだ。
「シルバーゴーレム!?」
志摩は笑いながらこたえた。
「違います。ステンレス・スチールです。丈夫で錆びません」
銀色に輝くゴーレムは人間のように滑らかな動きで軽やかに走りだした。相手のゴーレムの五メートルほど前で立ち止まると、一礼して構える。岩ゴーレムと銀のゴーレムは真っ赤な夕日に染まりながら向かい合った。夕日の決闘みたい。なぜか尾上が声を上げた。
「はじめ!」
強敵と感じたのだろうか。相手のゴーレムは剣を正眼に構えて動かない。剣先が僅かに上下に動くだけだ。リズムを取っているみたい。銀のゴーレムは左手と左足を前に出したボクシング風の構えだ。細かく左右にステップを刻みながらじりじりと前進する。いつの間にか間合いは三メートルほどに縮んでいた。
「見切った」
平井が短く呟いた。次の瞬間、銀のゴーレムが飛んだ。両足を岩ゴーレムの首に絡めて強引に引き倒す。そのまま剣を持つ右手をとって腕ひしぎ逆十字固めのポジションに移行した。
「凄い・・・」
江宮が感嘆の声を上げた。これが普通の試合ならば問題なく志摩の勝ちだ。しかし、ゴーレムに関節技は効くのか?痛みはあるのか?結論から言おう。ゴーレムには痛みはなく、関節技は効かなかった。ついでに言うとタップして試合終了なんてこともない。どちらかが動けなくなるまで終わりはないのだ。
岩ゴーレムは右腕が壊れることを承知で強引に右手を引き抜くと、左手で顔面にパンチを入れてきた。銀のゴーレムはかろうじて右腕でブロックすると、立ち上がって離れた。岩ゴーレムは左手で剣をつかむと、滅茶苦茶に振り回しながら攻めてきた。
銀のゴーレムも覚悟を決めたのか、右手で剣をブロックすると渾身の左ストレートを核のある胸に叩き込んだ。ボクシングで言えば、ハート・アタックと言うのだろうか。右手が壊れた岩ゴーレムは防御することができない。次の瞬間、岩ゴーレムは動作を停止した。
銀のゴーレムの勝ちだ。右腕は切り落とされたが、それだけ相手が強かったという事だ。見事な勝利を称えて、両側に並んだゴーレム達が左手を三度天に向かって突き上げた。再び尾上が叫んだ。
「銀の勝ち!」
道の両側に並んだゴーレムが拍手で称える中を俺たちは進んだ。志摩は涙を流しながら手を振って喜んでいた。何故だか分からないがみんな感動していた。特に千堂が志摩の背中をバンバン叩いて、我が事のように喜んでいる。徒手空拳で戦うものとして、共感するところがあったのだろう。
俺は思わず志摩に話しかけた。
「やったな、おめでとう」
志摩は涙を拭きながらこたえた。
「ありがとう。やっと勝てた」
どうやら鬼熊に負けたことが相当悔しかったようだ。これまで等身大のゴーレムしか作ったことがなく、あのサイズを作ったのは初めてで、動かすのがやっとだったらしい。等身大のゴーレムは自分の感覚がそのまま応用できるが、自分の倍以上も大きいとなると勝手が違うのだろう。
その後は魔物と会うことも無くベースキャンプを目指して歩いた。俺は志摩とゴーレムを使った戦闘について話しながら歩いた。なぜだか話は脱線し、ロボット物の話で熱く盛り上がったのだった。
志摩が特にこだわったのが、ロケットパンチと合体だった。ここにロボット物の美学があるらしい。ジャイアントゴーレムの登場の仕方が、志摩の琴線に触れたようだ。でも流石にゴーレムでロケットパンチは無理ではなかろうか?
盛り上がったと言えば、工藤を中心に剣&槍のチームも盛り上がっていた。週に一回のお堂の掃除の際に、木刀や練習用の槍を持って行って鍛錬しようということになったようだ。確かに床は板の間だし、広さも手ごろなので、道場代わりにするのはいいかもしれない。胤舜の指導が受けられるなら、武闘組はさらに伸びるかもしれないな。
また魔力がマイナスになってしまった冬梅はがっくりと肩を落としながら歩いていた。横で一条が懸命に励ましているが虚ろな顔で頷くだけだ。仕方ないので話しかけた。
「冬梅、気にするな。多分洞窟地帯では間違いなく強敵が現れる。倒したら一気にレベルアップだ。そしたらお前の魔力も元に戻るぞ」
冬梅は疑わしそうな顔で俺を見た。
「そんなにうまくいくかな?」
「うまくいくに決まっているだろ。なあ、一条」
一条は少し引きつった笑顔で頷いた。
「そうよ、たにやんの言う通りだわ。心配しないで」
これでまあ、なんとかなるだろ。多分・・・。
ベースキャンプに着いた時には既に日は沈みかけていた。急いで晩御飯の準備をする。焚き火台を用意して火を起こす。今日は江宮が手伝ってくれた。何か感じているのだろうか。両端に五徳を置き、真ん中に焼き網をセットする。炭が良い感じになってから焼き始めたのはハンバーグだった。
いつもの肉百パーセントのハンバーグではなく、玉ねぎとパン粉が入ったお馴染みのハンバーグだ。一個三百グラムくらいあるので、ボリュームもある。しかし、それだけではない。
五徳にかけた二つの鍋に入っているのはホワイトソースを使った野菜たっぷりのシチューだ。食器代わりのメスティンにハンバーグを入れ、上からシチューをたっぷりかけてやる。
好みで薄くスライスしたチーズを乗せると、炭火焼ハンバーグ+ホワイトシチューの完成だ。バゲット風のパンをスライスして作ったガーリックトーストを添えているので完璧だろう。
今日が山岳地帯の最後の夜なので、ワインとエールだけでなくウイスキーも出した。課題を無事達成したことや、王都に帰れることもあって、みんな心の底から喜んでいた。ウイスキーの瓶を見て頬を緩ませている伯爵が音頭を取って乾杯した。
みんなうまいうまいと喜んで食べてくれた。平野の作るストロングスタイルのハンバーグではなく、日本で食べ慣れたハンバーグはいつものごちそうという感じがして嬉しかった。炭火で焼くことによって香りもビジュアルも余計においしく感じた。
伯爵&騎士・イリアさん&教会の騎士たちは炭火焼ハンバーグもシチューも初めて食べる上に、それが合体するという驚愕のうまさに言葉も出ないようだった。
ハンバーグだけで食べたいという奴がいたので、予備のハンバーグを焼いてしょっつる・マヨネーズ・ケチャップを添えて出したらこれも大好評だった。炭火で焼いたことが大正解だったみたい。流石は江宮だな。
ハンバーグを焼き終わってもまだ炭が残っていたので、アイテムボックスの中で血抜きと解体が終わった鬼熊のバラ肉を少量(二キロ)出して試しに焼いてみた。味付けはシンプルに塩だけ。
みんな欲しがったので、二切れしか食べられなかったが、今まで食べたことの無いうまさだった。熊だから臭かったり硬かったりするのではないかと思っていたが、すみません、あやまります。本当に極上の肉だった。伯爵が獣肉の王と言った訳が分かった。何より独特の香りと脂の美味さが素晴らしかった。
頃合いを見てデザートのパウンドケーキを配った。中に入っているウイスキー漬けの干し葡萄が大人な感じ。
山岳地帯で討伐したのは三日間だけだが、かなり充実していたと思う。衣食住についても風呂が狭いシャワーだけなのはいただけないが、それ以外は概ね満足できた。みんなはどうだったのだろうか。
ステンレス・スチール製のゴーレムって科学と魔法の融合?