第219話:山岳地帯1-14
浅野と一緒に下に戻ろうとしたら、ロプロプに呼び止められた。
「いと小さきものよ。マッドクラブの浜蒸しは絶妙の火加減であった。お前の名前も聞いておこう」
「俺は取るに足らぬ人間です。名乗る必要などございません」
ロプロプは上機嫌でこたえた。
「人とは思えぬほど殊勝であるな。褒美を取らせよう。何か望みのものは無いか?」
「それでは一つお願いがございます。我らの仲間をロプロプ様に乗せてやって頂けませんか?」
俺は左手で平井を指さした。平井は大喜びでぴょんぴょん飛び跳ねていたが、もう一人全身でアピールしているのがいた。鷹町だ。なぜ?
「そんなことで良いのか?」
ロプロプは意外そうに聞いたが、俺は一反木綿を迎えに出した。
平井と鷹町は期待と喜びに満ちた顔でやってきた。鷹町に理由を聞こうとしたら「あとで」と先に言われてしまった。仕方がない。二人は一反木綿にまたがったまま俺の横を通り過ぎていった。
一反木綿はそのままロプロプの頭に飛んで二人を降ろした。頭の上で良いのか心配したが、ロプロプは気にしないようだ。
「今日は機嫌が良い。少しばかり飛んでやろう」
ロプロプは羽を広げたまま羽ばたくことなくふわりと浮き上がった。そのまま北を目指して飛んでいく。巨体に似合わないスムースな動きで、止める暇がなかった。慌てて一反木綿が追いかけていく。
無事の帰還を信じて待つしかないだろう。俺は縁をぐるりと回って巣の中を掃除した。ゴミや糞や汚れた枝葉を収納し、堆肥用にとっていた灌木や枝葉を敷き詰めていく。
ロプロプは一刻ほどで戻ってきた。二人とも無事だった。巣にロプロプが着陸してから一反木綿に乗り換えて笑顔で戻って来た。平井は一反木綿から飛び降りた勢いのまま俺の腹に飛び込んできた。体重が軽いので、よろけただけで済んだ。
「どうして鳥さんに乗りたかったことが分かったの?」
腹に当たるおっぱいの感触は昔は無かったものだ。
「俺は平井が望んでいることは大体分かるぞ(分かりやすいから)」
「どうして?」
「それは・・・あれだからだよ」
「あれだから?」
「そう、あれだから」
「あれなのね」
「あれなんだ」
「分かった。ありがとう」
何がどう分かったのかさっぱり分からないが、笑顔で納得してくれたので良しとしよう。平井が離れると今度は鷹町が抱きついてきた。
「たにやん、ありがとう」
鷹町が男子にスキンシップするのは初めて見たのでちょっとびっくり。かなりドキドキしました。たいそう感激しているようです。
「今日までいろんな魔法を見て式や呪文を記録できたんだけど、飛行魔法だけは手がかりすらなかったの。それが今日、浮上から飛行・旋回・上昇・下降・減速・加速・着陸まで一通り体験することができた。全部たにやんのおかげ。本当にありがとう」
鷹町によるとロプロプはほぼ飛行魔法で飛んでいるのだそうだ。羽は補助的にしか使ってないらしい。何はともあれよかったよかった。俺はロプロプに話しかけた。
「ロプロプ様、ありがとうございました。ついでにお家を掃除しておきました」
ロプロプは上機嫌でこたえた。
「お前は気が利くのう。人間とは思えぬ良い心がけじゃ。何か欲しいものは無いか?」
俺はダメ元で聞いた。
「スキルアップできるポーションを探しております」
ロプロプはあっさりと断った。
「あれはこの辺りでは湖の女神にしか作れぬ。代わりにこれをやろう」
ロプロプは胸のあたりに嘴を突っ込むと、何かを咥えて俺に放り投げた。とても手で受け取れそうもなかったので、空中でアイテムボックスに収納した。俺って器用!
「風の魔石じゃ。そのサイズは貴重じゃぞ。湖の女神に献上するが良い。取り計らってくれるじゃろう」
確かにアイテムボックスに収納された透明の魔石はとてつもなく大きかった。重さは百キロを超えているだろう。両手で持てないサイズだった。
俺はついでに聞いた。
「ゴミの中に貴重そうな刀、剣、槍、鎧兜、防具、杖、弓矢、宝石、金貨などがたくさん入っていましたが、このまま貰って良いですか?」
ロプロプはあっさりとこたえた。
「昔我を討伐しようとして馬鹿な人間どもが次々と押しかけてきての、全部返り討ちにしてやったが、その残骸じゃ。我に用は無い。好きにせい」
気になったので、聞いてみた。
「人面鳥が弓矢を使って攻めてきましたが、ロプロプ様の配下なのですか?」
ロプロプはめんどくさそうにこたえた。
「違う。奴らが勝手に名乗っているだけじゃ。まあ確かに弓をくれと言われて与えたのは我ではあるが・・・」
もう一つ聞いてみよう。
「シルバーゴーレムはいないんですか?」
「銀色の人型じゃな。ピカピカ光って目障りなので、潰した」
納得していると、ロプロプは教えてくれた。
「帰りは蛇に気を付けよ。あれは執念深いぞ」
お礼を言って帰ろうとしたら、再度呼び止められた。
「アサノよ、人とは思えぬ見事な術であった。褒美を受け取るが良い」
人面鳥が飛んできて、淺野に銀のバングルを二個うやうやしく渡した。なんか俺と対応が違っていないか?
「風の守りが付いておる」
説明はそれだけだった。何も分らんよ。
再度お礼を言ってから、一つだけ頼みごとをした。
「あそこの大魔神ですが、吹きさらしのままではつらいと思いますので、雨風を凌ぐ社を建てて良いですか?」
「好きにするが良い」
下に降りると洋子が笑顔で迎えてくれた。顔は凄く笑っているんだけど、足をゲシゲシ蹴るのはやめて欲しい。残骸の中で目を付けていたルビーのネックレスに清爽をかけて渡してごまかした。元々は防御の魔法がかかったネックレスなのだろうが、魔法は既に解けているので、単なる宝石だ。女の子達が皆うらやましそうに見ている。
俺はジャイアントゴーレムの残骸をいったんアイテムボックスに収納し、核を外すと、残りの岩を使って、志摩に大魔神を風雨から守る小屋みたいなものを建ててもらった。材料が足りない分はアイテムボックスから岩と土を出した。大魔神は南を向いているので、東・北・西に壁を作り屋根をつけた。江宮が強化をかけたので、当分大丈夫だろう。
最後は皆で無事に帰還できるようお祈りし、エールの小樽と薬酒とマッドクラブをお供えした。どうせ人面鳥に飲み食いされてしまうのだろうけど、まあいいか。引き揚げようとしたら、浅野の足元に何か落ちてきた。勾玉が十個以上連なったネックレスだった。大判振る舞いだな。よっぽど嬉しかったのだろう。
「このネックレスは僕が持つの?」
「そうしてくれ。魔神をコントロールできるのは浅野だけだ」
浅野は渋々受け取った。先に受け取った一個を足している。これで一件落着かと思ったら、浅野は木田を呼んだ。
「何?」
「これ、あげる。ユウナが使った方がいいと思う」
浅野は水のイヤリングと一緒に風のバングルを木田に渡した。
「僕は水魔法も風魔法も持っていないから、せっかくの魔道具が活かせない。だからユウナが使って!僕にはこれがあるから」
浅野はサンゴのネックレスと勾玉のネックレスを自分の首にかけて微笑んだ。木田は満面の笑顔でイヤリングとバングルを受け取った。
「ありがとう。凄く嬉しい」
早速木田はつけてみたが、それぞれ驚くべき性能があったそうだ。
・水のイヤリング:水魔法の力を倍増する。
・風のバングル:風魔法の力を倍増する。
木田は水魔法と風魔法を持っているので、最適な選択だ。皆も盛り上がったが、ゆっくりしている暇はない。階段を降りながらみんなに大岩蛇の事を話した。
「またあいつか・・・」
どんよりとした空気の中で夜神が声を上げた。
「みんなごめん。本当はうちがやらないかんと思うんやが、あの顔を見ると足が一歩も動かんのや」
確かに戦神の斧の破壊力があれば、鱗ごと大岩蛇の頭部を破壊できたと思う。しかし、今の夜神は蛇に睨まれた蛙のようなものだ。一対一の戦闘も爬虫類もどっちも苦手とあれば戦いようがない。
「武道や格闘技の経験がない夜神がいきなり斧振り回して戦うのは無理だろ。効くかどうか分からないけど、雷雨を試したらどうだ?」
俺のアドバイスを聞いて夜神は顔を強張らせたまま頷いた。駄目かもしれん。
平井が話しかけた。
「自分で言うのもなんだけど、あれに刀もって突っ込む方がおかしいと思うから気にしないで。それにしてもあの鱗硬いだけじゃなくて弾力があるからやりにくいのよ。お腹側ならまだなんとかなると思うんだけど」
平井って結構自分を客観視できるんだな。雰囲気を変えようと思って、ニッケ玉を配った。ついでに鷹町にロックバード空の旅のことを聞いてみる。
「羽はほとんど動かさないのに凄く早くて驚いたよ。あっという間にハイランド王国との境の山脈について、そこからUターンして戻ってきた。山の上半分は雪が積もっていてきれいだったな。富士山より高くエベレストより低い感じだった」
高さについては随分大雑把な感想だな。ロックバードの頭の上に乗っかっているだけなので、風が大変ではないかと心配したが、風魔法を頭全体にかけているようで、風もなく寒くもなく静かで快適だったそうだ。ちょっと羨ましいかも。
大魔神がこの世界に移住を決めました。ロックバードから風のバングルを、大魔神から勾玉のネックレスを貰いました。