第216話:山岳地帯1-11
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8月4日、水曜日。山岳地帯の四日目。明日はおそらく移動するだけになるので、ここで活動するのは今日が最後だと思う。昨日の夜、何かあったみたいで洋子はぐっすり眠ったままだ。窓から差し込む朝日の中で木っくんが嬉しそうに笑っていた。
焚火台に行って朝ごはんの支度をする。今日は眠そうな目をした佐藤が火起こしを手伝ってくれた。結界魔法を応用して空気の摩擦熱から火を起こしていた。こいつ何気に器用だな。アイテムボックス持ちだからキャンプとかサバイバルに向いているかも。
「どうした?」
悩んでいるみたいだったので、単刀直入に聞いた。佐藤は驚いたようにこたえた。
「分かった?実は昨日から悩んでいることがあって・・・」
「言ってみてくれ」
「昨日落石あっただろ」
「お前のお陰で助かったよ」
「あの時は夢中で気が付かなかったけど、あれが多分俺の目いっぱいだ。あれ以上の重さや衝撃がかかると結界がもたない」
佐藤は夜中に結界が壊れたらどうしようと考え始めて眠れなくなったそうだ。こいつも意外と真面目だな。俺は静かに言った。
「だったら、やり方を変えたらいい。落下エネルギーを正面から受け止めなければいいんだ」
「具体的にどうしたらいいんだ?」
「世界に既にある物を参考にしたらどうだ?剣と盾の関係とか近いと思うぞ」
「剣と盾?」
佐藤はぶつぶつ口の中で呟きながらどこか行ってしまった。昨日と同じくでっかいヤカンでお湯を大量に沸かす。メスティンを並べて四日目→朝フォルダから取り出したのは、牛めしの具と炊き立てのご飯だ。
具の素材はシンプルに、牛肉と玉ねぎだけ。秘伝の出汁にしょっつる・砂糖・酒を加えた汁で煮込んだ牛肉と玉ねぎを炊き立てのご飯に乗っけるだけだ。
大量のお湯を使ったのは、ほうれん草がたっぷり入った卵スープだ。三センチ角のサイコロ状になったスープの素をジョッキに入れ、適量のお湯を入れてかき回したらスープの出来上がりだ。伯爵とイリアさんがまたまた驚いていた。
「このスープとパンがあったら立派な朝食になりますぞ」
「暖かくて栄養があり彩りも良くてさらに美味です」
「この軽さ、この小ささ、軍の糧食として最高ですぞ」
「具材を追加したら、晩餐にも使えそうです」
みんなうまいうまいと食べてくれた。卵スープも大好評だった。食べながら気になったことがある。洋子と羽河以外の女子全員から同情の目を向けられているような気がするのだ。ひょっとすると昨日の一条との話のせいか?
「違うんだ!」と否定したかったが、それをやると余計に悪化しそうな気がするので、我慢するしかなかった。誰か、どうにかしてくれ!冬梅が何も気が付かないのが、唯一の救いだった。
食後、俺達=月に向かって撃てを先頭にして出発した。昨日を上回る速度で行進は進む。散発的な火鼠と岩蛇の襲撃はあったが問題は無い。岩ゴーレム→砂地→岩ゴーレムも特に何もなかった。
青銅のゴーレムの所で何かあるのでは無いかと心配したが、ゴーレムたちは十段のピラミッドを道の左側に、九段のピラミッドを右側に作って待っていた。何の意味があるか分からないが、攻撃する気配は無かったので、二つのピラミッドの間をゆっくりと通過した。
俺たちが通過すると、笛の合図とともにピラミッドは一斉に潰れた。凄い音がした。一体何の意味があるのか誰か教えて欲しい。真ん中山に入ると手ごろな休憩場所が無いので、山に入る前に一回休憩した。昨日と同じく斜めに張ったターフを佐藤が見つめていた。何が珍しいのだろうか。
そのまま真ん中山の頂上を目指す。鉄ゴーレムは散発的に襲ってくるが、その度に浅野によってお空の星になっていった。なお、昨日ほったらかしにした五体はいなくなっていた。岩に鉄をごりごりと擦り付けた跡と道路に残った鉄粉が、彼らの空しい努力を物語っていた。恐らく回収されてしまったのだろう。
山を半周回った所でお昼休憩した。昨日の折り返し地点だ。山を背にして正面を見ると王都が見える。四日目→昼フォルダに入っていたのは、フィッシュバーガーだった。
具は魚のフライとチーズと糸のように細いキャベツの千切りで、味付けは潰したゆで卵とマスタード入りのタルタルソースとケチャップだ。文句なしにうまい。魚は鯰だ。さっぱりした白身とタルタルソースがよく合っていた。マスタードの鼻に抜ける香りと辛みが最高。デザートはリンゴとハチミツのジェラートだった。
あと半周すれば頂上が見えるとのことなので、そろそろ出発しようとしたら、ターフの屋根に小さな石ころが落ちてきた。昨日のお客様がまたお見えになるようだ。俺が叫ぶ前に佐藤が杖を振った。数秒の間をあけて、ゴオンというという地鳴りのような音がした。地震のように地面がぶるぶると震えた。
落石が始まったが、その規模は昨日の比では無かった。大量の岩と土砂が雪崩のように落ちてくる。夜の女王がカーテンを下ろしたようにあたりが一気に暗くなった。
岩は結界に当たると道路で一回弾んでから崖下に消えていく。最大で両開きの冷蔵庫サイズの岩が落ちてくるが、佐藤の顔は落ち着いていた。強固な結界は百トンを超える崖崩れを見事に防いでいた。
落石の弾かれ方が昨日と明らかに違っている。恐らく結界を斜めに張ることで、落下エネルギーをうまく受け流したのだ。雪崩が終わったので、路上の岩と土砂を収納した。俺は佐藤にマジックポーションを渡しながら声をかけた。
「やったな、佐藤。流石だぜ」
ほっとしたのか、佐藤は顔を緩ませてこたえた。
「ターフを斜めに張っているのを見て気が付いたんだ」
「角度は何度に設定したんだ」と言おうとしてやめた。藤原が崖下を指さした。
手裏剣隊が右に向かって身構えている。同様に弓班も弓を構えていた。何をしているのか聞こうとしたら、右側の崖下から何かが風船のように浮かんできた。両手のかぎ爪を四本のナイフのように広げた人面鳥の群れだった。落石による被害を覚悟のうえで崖下に貼りついて待っていたのだろう。土ぼこりを全身に浴びていた。
「いらっしゃいませ!」
初音の場違いに明るい声が響いた。あらかじめ出現位置を予想していた初音たちの攻撃は素早く的確だった。手裏剣と弓、続けて投げ槍とブーメランと鞭の攻撃によって人面鳥は近寄ることも出来ず、見る間に数を減らし最後はばらばらになって逃げていった。
「あんた達が岩崩れとセットになっているのはお見通しよ」
勝ち誇った初音の声が追いかけていった。
俺は思わず聞いた。
「良く分ったな」
初音は自慢げにこたえた。
「昨日、落石の後で前から攻めて来たでしょう。凄く違和感があってさ・・。羽河さんと相談して、今度同じことがあったら横に注意しようと話していたの」
つまり昨日の攻撃は今日の攻撃の伏線にもなっていたと・・・。それは思いつかなかったな。仕留めた人面鳥も投擲した武器も全て崖の下、回収不能だが仕方ない。俺たちは山頂を目指した。
先頭をクレイモアに代わって俺たちは出発した。残り半周を上る間に出て来たのは鉄ゴーレムが一回だけだった。身体慣らしを兼ねて江宮・青井・尾上・花山・楽丸が対応した。
江宮はテクニシャンらしく槍を相手の足の間に入れてひっかけ、倒れた所を背中から仕留めた。背中の方が装甲が薄いそうだ。青井は戦斧で頭から真っ二つに割り、尾上も袈裟切りで斜めに切り落とした。
花山は鞭で絡めとると崖下に投げ捨て、楽丸は槍が相手の体を突き抜ける会心の一撃で倒した。誰も危なげなかったが、尾上が普段の調子を取り戻したのが良かったと思う。そろそろ山の北側、登り口の真上の傍に来たところで藤原が叫んだ。
「なんか大きいのが来る!」
身構える間もなくそいつは左側の崖から姿を表わした。大岩蛇だった。頭の横幅が三メートルあった。体長は三十メートル以上ありそう。体重は何トン?目と魔石がお揃いの赤でした。体の色は風景に溶け込む砂色です。大きさに似合わないしなやかな身のこなしで、殆ど音を立てないのが不気味だった。
なんかもう見るだけで硬くて重くて頑丈そうで、風・火・水の魔法は全部相性が悪そう。かといって戦士では大きさや重さが違いすぎて手に負えないだろう。前に出たのは平井だった。
「まかせて」
俺は冬梅に頼んで一反木綿を召喚して貰った。平井の超人的な運動神経でも、落下する可能性があると思ったのだ。万が一の時にはレスキュー隊が必要だ。ロックバードが心配だがこれぐらいなら許してくれるのではないか?
道路に降りた大岩蛇は軽く開いた口の間から赤い舌をチロチロ動かしながら俺たちを見渡した。砂色の頭の中でギラギラと光を放つような赤い目が不気味だ。誰から食ってやろうか、なんて考えてるみたい。しかし、大岩蛇の考えなどお構いなしに平井は大剣を振りかぶった。
「あんたには何の恨みも無いけれどここで死んでもらうわ。私の前に立ったのがあんたの罪よ」
髪の毛が真っ赤に変化し、炎のように舞い上がる。
「焼き尽くせ!燃えよ剣!」
炎を噴き上げた剣を振り上げ、平井は風のように突っ込んだ。
大剣は文字通り炎の剣となって大岩蛇の顔面にめり込んだ。岩をバターのように断ち切る炎の剣だが、大岩蛇の鱗は硬かった。剣が当たった場所が加熱され、銑鉄のような赤に染まっていくが断ち切れない。俺は叫んだ。
「平井、退け。木田、水をぶっかけろ」
平井は文句も言わず飛び下がった。遅れて木田もウォーターボールをぶつけた。ジュワッという音と共に、白煙のように水蒸気が噴き上がる。熱した岩に水をかけるとどうなるだろうか。
バキーンという爆発音とともに大岩蛇の顔が爆発した。石の鱗が何枚も吹っ飛び、黒みがかった赤い液体があたりに飛び散った。グギャアと聞くに堪えない悲鳴を上げ、血をまき散らしながら大岩蛇は右の崖下に落ちていく。落下音が収まったので崖から覗くと、遥か下にいた。ピクリとも動かないようだ。
「仕留めそこなったわね」
平井が落ち着いた顔で話した。死んでないらしい。木田が興奮した声でこたえた。
「でも、今の攻撃良かったね。そうだ、ファイヤー&ウォーターでどう?」
「いいんじゃない」
ファイヤー&ウォーター・・・。見たまんまだな。あまりに捻りが無さすぎて、アンディとポールが泣くぞ、きっと。
ファイヤー&ウォーターはハードロックの祖とされるイギリスの伝説のロックバンドFreeの代表曲です。なんかこう真っすぐなバンドというイメージがあります。この曲は1970年リリースの三枚目の同名のアルバムに収録されてるんですが、この時ベーシストにしてソングライターのアンディ・フレザーはまだ十八才。若いよね。天才だよね。解散後再結成した後期Freeには日本人のベーシスト山内テツが参加していました。