第213話:山岳地帯1-8
お昼が終わったので、そろそろ作戦を検討しよう。敵は青銅のゴーレム。相手との距離は約百メートル。数は約百体。数からして、なんか勝負をかけて来たという感じ。とりあえず、こっちも正攻法で行くことにした。
先頭は盾役二人と千堂、前衛は槍とバットと剣、その後に攻撃魔法、最後にそれ以外という並びで進軍を開始した。かなりオーソドックスな陣形だ!向こうもきっとそう思っただろう。距離が約半分になったところで、ゴーレムは先頭から順に立ち上がった。
全身を青銅の鎧で覆い、右手に片手剣を、左手には円形の小さな盾を持っている。中世の騎士みたいだ。鎧兜が磨きたてみたいに日光をきらきらと反射していた。道幅いっぱいに広がり、陣形を組んだ。五人が横一列に並び、それが二十列続く形で進軍を開始した。
もしこれが人間だったら、雄たけびや気合、叱咤激励する声を出すと思うのだが、そういうのが一切ない。ガチャガチャと靴音だけで、無言で迫って来る。殺気や闘志の類も一切ないのが逆に不気味だ。ある意味昆虫的というか、キラーアントを連想させる。
しかし、このまま肉弾戦に突入するのは芸が無さ過ぎだろ。あと二十メートルの所で俺は前方に砂をぶちまけた。志摩がすかさず高さ二メートルの防壁を作る。ゴーレムの先頭が壁に激突して、足が止まった。
構わず後方から次々に押し寄せるので、ゴーレム共は五メートル×十メートルほどの広さにぎっしり固まって動かなくなった。これで準備は完成だ。俺は夜神に合図した。夜神はにやりと笑うと黒い鞭を振るった。
「雷雨」
一筋の紫色の光が天に上る。黒い雲が広がると、中から雷の雨が降った。雷交じりの雨ではない。文字通り、雷の雨だ。百本以上の雷がゴーレムの集団の上にまとめて落ちた。
至近距離で爆弾が爆発したような轟音で耳がおかしくなった。手のひらで目を覆っているのに、それを通して真っ白な光が目に突き刺さる。しばらくたってからようやく視力が戻った。志摩が防壁を砂に戻すと、百体のゴーレムは全て青銅のスクラップになっていた。
その体は焼け焦げ、砲撃を受けて爆発したようにばらばらになっている。ゴーレムだけでなく、石畳がめくり上がるほどの衝撃だったようだ。防壁が無かったら、こっちも相応の被害があったかも。
あまりの威力に伯爵やイリアさんも含めてみんな呆然としていた。一人夜神だけがけたけたと笑っていたが、急にばったり倒れそうになった。慌てて支えるとため息をつきながら言った。
「あかん、魔力をほとんど持っていかれた・・・」
マジックポーションを飲ませながら聞いた。
「新しい魔法か?」
「そうや。青い稲妻を改良したんやが、威力をうまいこと制御できんかった。もっと軽めにして、コアを破壊するか一時的に機能停止させようと思ったんやけど・・・」
結果として全力で魔法を放つことになったそうだ。威力は十分だが、これから先しばらくは休むしかない。範囲魔法の使い手である夜神が一回休みになってしまうのは痛いが、夜神以外は誰も怪我も消耗もしなかったので、成功と考えよう。
とりあえず、ゴーレムの残骸は道路脇の一か所にまとめて、石畳のでこぼこは可能な限り修復した。砂ももちろん回収しておく。夜神が歩けるようになったので、出発した。やや急な上り坂を上がっていく。
道は真ん中山に突き当たると山沿いに大きく右にカーブしていく。右側も左側もどっちも急な崖だが、どっちも斜度五十度以上で、右側は下まで百メートル以上ありそう。落ちたら助からないな。
もちろんガードレールなんてないので、端から落ちないように気を付けて歩くしかない。山沿いに左に緩やかに曲がる坂道の左端に寄って二列で前進すると、上から小石がパラパラと落ちてきた。
藤原が叫んだ。
「何か来る!」
俺も叫んだ。
「佐藤、結界を張れ」
数秒後、上から雪崩のように岩が落ちてきた。一回結界に当たってから、道路に落ちていく。一緒に降ってくる大量の土砂のせいであたりは夜のように暗くなった。ビジネスホテルにあるような小型冷蔵庫サイズの岩が落ちてきたが、佐藤の結界はなんとか耐えきった。砂埃も徐々に収まっていく。ホッとする間もなく、前方に灰色の翼を広げた人間サイズの巨大な鳥が現れた。
「人面鳥だ」
誰かが叫んだ。数十匹いるみたい。全員女で美人なんだけど、狂ったように笑いながら弓を射かけてきた。嚙みつきと引っ搔きで攻撃するんじゃなかったの?矢が結界に当たって弾かれていく。
話が違うじゃない、と思いながら木田をみると既に呪文を詠唱していた。
「呼べよ風、吹けよ嵐」
魔法を発動するキーワードと共に杖を振ると、結界の外を暴風が吹き荒れた。砂埃はきれいに吹き飛び、青空が戻った。ハーピーは陣形を維持することが出来ず、ばらばらになった。チャンスだ!
佐藤が結界を解除すると、江宮・藤原・小山は弓、初音・羽河は手裏剣、工藤・楽丸は投げ槍、青井・鷹町・花山は大型手裏剣、ヒデ・尾上・千堂はブーメランでそれぞれの適性距離に合わせて一斉に投擲した。
投げ槍などの直線的な投擲は避けやすいみたいが、ブーメランや大型手裏剣の曲がってくる軌道は慣れてないみたいで、面白いように当たっていた。
攻撃がダブることもあったが、数分の攻撃で人面鳥の約半分を撃墜した(生死不明)ので、対空砲としての効果はあったと思う。反撃されるとは思ってもいなかったのだろうか、人面鳥はばらばらになって逃げていった。崖下に落ちてしまった武器は回収できないが、あきらめよう。
運よく(?)道路の上に二体落下していたので近寄って観察した。背丈は人間と変わらず。一体は首が無かった(切り口から見て多分大型手裏剣)が、もう一体は首を弓で射抜かれていてまだ息があったので、尾上が仕留めた。首から上は人間なのだが、目が大きくて口がでかかった。額には透明な魔石、風の魔石が光っていた。
人面鳥の翼の幅は左右広げて四メートル位、鷲のような翼だった。工藤がつぶやいた。
「こんなので空を飛べるなんてふざけているな。物理に完全に反してやがる」
ヒデがそっけなく言い返した。
「だから魔法なんだろ」
なんだか人の顔をしているのが気持ち悪くて、人面鳥は収納しなかった。ひょっとすると死体だったら人間でも収納できるのかな。俺の頭に新たな職業が浮かんだ。遺体回収業・・・。やめよう、変な想像は。工藤が感心したように呟いた。
「岩を上から落としてそれで潰れるなら良し、回避しても上に注意がいってるところに、がら空きの前から攻める・・・。戦略としてはあってるよな」
「おまけに短弓を使ってきた」
「魔物だけど人間並みの知略はあると考えた方がよさそうだな」
工藤の言葉にみんな頷いた。人面鳥恐るべし。とりあえず道路の上の岩石は全てアイテムボックスに収納した。立つ鳥跡を濁さず、なんてね。鳥じゃないけど。ついでに休憩することにした。人面鳥が見えないようにターフを斜めに張る。砂糖入りの冷たいミントティーと魔物ビスケットを配った。
先頭を炎の剣に代わって出発してしばらくしてから俺は気が付いた。前を歩いている浅野の様子がおかしい。ふらふら崖に寄っていっては落ちる寸前で、楽丸が進路を左に戻している。俺は心配になって行ってみた。
「浅野、どうした?」
「大丈夫、ちょっと調子が悪いだけ」
浅野は少し疲れたような笑顔を見せた。楽丸と木田に浅野の世話を頼んで戻ろうとしたら、次なる敵が現れた。
岩や青銅とはまた異なる黒光りした色のゴーレムだった。鉄ゴーレムだ。身長は約二メートルで姿かたちは青銅のゴーレムと同じだが、存在感がまったく違う。いかにも重く、そして強そう。黒騎士という言葉が頭に浮かんだ。五体が横一列になって迫っている。距離は五十メートル位。
これは花山や青井など、パワー系の戦士に頑張って貰おうかな、と考えていたら想定外の事が起こった。浅野が先頭にきて「僕に任せて」と言ったのだ。
「浅野、頭は大丈夫か?熱があるのか?」
つい言ってしまった。光魔法でどうやってゴーレムと戦うというのだ。しかし浅野は自信満々に言い切った。
「大丈夫。みんな出来るだけ左端に寄って!」
俺たちが半信半疑で言われた通りにすると、浅野は呪文を唱えて杖を振った。
「前へ進め(スーン・フォワード)」
黄金色の光がゴーレムにふりかかった。なぜ・・・!?
あれはパフ、通常は味方にかける支援魔法(強化・回復・解毒など)だ。敵を支援してどうするのだ。ゴーレムの速度が一段上がった。パニックになりかけた俺に浅野は笑いかけた。
「大丈夫!」
ゴーレムは一直線に進んだ。しかし、カーブしている道で一直線に進んだらどうなるだろうか?ゴーレムは俺たちの横を通り過ぎると、右端から順番に崖から落ちていった。最後のゴーレムは首を百八十度回して、俺たちを一心に見つめながら落ちていった。
落下音が収まってから道の端から下を見たが何も動く物はない。江宮によると、ゴーレムの残骸がばらばらになって奥の山との谷底に転がっているそうだ。高低差が二百メートル位あるからこの威力だけど、これは一体どういうことだ?
浅野はにこにこ笑いながら説明してくれた。
「山岳地帯に入ってからずっと登りでさ、とにかくしんどかったんだ。それで足が勝手に動いてくれる魔法が無いかなと思って作ったのがあの魔法。でも、欠点があってさ、まっすぐ前にしか進まないんだよね」
「じゃあ、さっき何度も落ちかけていたのは・・・」
「うん、自分自身にかけて確かめていたんだ」
俺はにこにこ笑っている浅野を見ながら冷や汗を拭った。
それにしても、敵にパフをかけるという発想がありえないと思う。この場合、パフというよりは呪いに近いと思うが。恐ろしい・・・。浅野、恐ろしい子!一当てすることもなく谷底に落とされたゴーレムたちが不憫だった。最後のゴーレムは俺たちに何を言いたかったのだろうか。
青銅のゴーレムを百体、人面鳥を十匹(推定)、鉄のゴーレムを五体撃破しました。夜神さんと浅野君が新しい魔法をリリースしました。にこにこ笑っている浅野君が少し怖いです。
スーン・フォワード(Soon Forward)は映画ロッカーズ(日本のロッカーズとは別です)で真っ白なスーツ姿を披露したレゲエ界きっての伊達男、グレゴリー・アイザックスの名曲です。日本語に直すと「ゆっくり前進」という意味です。1978年発売の同名のアルバムに収録されています。1977年発売の「Mr Isaacs」に収録されている「スレイブ・マスター」も名曲ですが、この曲も良いのでレゲエ好きの方は是非。