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第211話:山岳地帯1-6

感想、評価、ブックマークの登録ありがとうございます。

 俺たちの現在の位置は、ハートの中心の窪んだ所、真ん中山の真北となる。あとは真っすぐ山に向かってに進むだけだ。ずっと上り坂と言うのがつらそうだが。


 しかし、俺は気が付いた。合流地点の少し先で青銅色の何かが陣形を構えて待っている。江宮が前にやってきて言った。

「多分青銅のゴーレムだな。みんな膝まづいている。全部で百体いるぞ」


 ここで伯爵が声を上げた。

「今日はここまで。さあ、引き上げますぞ」

 確かにそろそろ日が傾いている。敵の姿が見えているので一当てしたい気持ちはあるが、ここは抑えるべきだ。


 羽河が血気にはやる戦士達をなだめてくれたので、引き返すことになった。帰り道はどうということはなかった。岩ゴーレムはまだ復活しておらず、サンドワームも再生していなかったので、砂地も歩いて踏破出来た。火鼠と岩蛇の襲撃は何度かあったが、問題なく殲滅した。在庫は、砂鼠が七十匹、岩蛇が四十匹になった。


 ベースキャンプに着いた時にはお日様は西の地平線にかかり、夕暮れ時になっていた。特に問題は無かったそうなので、晩御飯の準備をする。今日は工藤と楽丸が火を起こしてくれた。


 炎を見つめながら、工藤は静かに呟いた。

「俺もまだまだだな」

「どうした?今日の事か?」

「心のどこかで己惚れていた。スキルの力を自分の力と思って過信していたんだな」


 俺は黙って工藤の背中を叩いた。楽丸が声をかけた。

「スキルを使いこなすのも、スキルに使われるのもそいつ次第だろ。これから精進すればいい」


 工藤は大きく頷いて応えた。

「まったくだ。仏道と同じだな」

 ちょっと感動的なシーンになった所で、空気を読まないヒデが「腹減った!飯まだ?」と乱入してきた。仕方ない、準備しよう。


 糧食フォルダの二日目→夜フォルダを開く。中に入っていたのは大きな鍋が二つ。鍋に合わせた大きな五徳を両端にセットして、火にかけた。鍋と鍋の中間には焼網をかけておく。今日は鍋の中でも万人向けと言われる水炊きだ。鍋はそれぞれ二十人前の具材とスープが入っている。肉は鳥の他に、肉団子ときじの肉が入っていた。


 テーブルと椅子を適当に出し、テーブルの上に取り皿代わりのメスティンとジョッキを並べる。箸とフォーク、飲み物のピッチャーを用意した所でみんなを呼んだ。

「鍋は味付けしているからそのままで食べられるけど、薄いと思ったらこれを足してくれ」


 俺はカボスを使ったポン酢を出した。何故か知らないが、みんな拍手してくれた。ついでにおにぎりを出して、真ん中の網の端で焼き始めた。

「焼きおにぎりもある。最後に取り皿に入れて雑炊みたいにしてもうまいぞ」

 歓声が上がった。喜び過ぎだろ。なぜか江宮がしょっつるを持って来て、焼き加減を調整し始めたので、後は任せよう。


 水炊きと言えば冬のイメージだが、味付けがさっぱりしているので夏のキャンプにもお勧めのメニューだ。色の濃いキジの肉が少し硬いけどうまかった。みんなは先を争うように食べた。欠食児童のようなヒデは焼き上がる前におにぎりを食べようとして江宮に説教されていた。


 伯爵とイリアさん達も感激しながら食べていた。

「うまいですなこれは。さっぱりしているから幾らでも食べられますぞ」

「野外の演習で普段よりもごちそうが食べられるとは、幸福なのでしょうか?不幸なのでしょうか?」


 最後のとどめとして真ん中の網に鳥のもも肉と手羽先を並べた。江宮は刮目すると、おにぎりを千堂に任せて塩と胡椒を手に取った。いよいよ本気を出すみたいだ。腹ペコ&お肉大好き軍団の目が輝き、よだれが落ちた。


 宴会は今日も盛り上がった。水炊き四十人前と鶏のもも肉三十本&手羽先三十本、焼きおにぎり八十個は見る間に無くなっていく。気持ちいい位の食べっぷりだ。冬梅と一条は仲良く並んで食べている。少し落ち着いた所で、昨日と同じく「アサノ」コールが起こった。


 浅野は笑顔で立ち上がると、昨日と同じく「一曲だけだよ」と断ってから歌いだした。今日は星にちなんだ歌だったが、また誰も予想もしない歌だった。


 浅野が歌ったのは、菊池章子の「星の流れに」だった。1947年にテイチクから発売されたこの曲は、第二次世界大戦後間もないアメリカ占領下の日本で娼婦として生きることしかできない女の「こんな女に誰がした」という嘆きが芯になっている。


 戦争への怒りや、やるせない感情がベースとなったこの曲は、歌謡曲でありながら反戦歌でもあるのだ。題名タイトルも原題は「こんな女に誰がした」だったが、GHQから「日本人の反米感情を煽るおそれがある」といちゃもんがついて、「星の流れに」と変更されたそうだ。


 浅野の場合「こんな女に誰がした」には別の意味で万感の思いが込められているような気がする。満天の星空の下、焚火の炎に照らされながら淡々と歌う浅野の内面の悩み・苦しみ・怒り・悔しさ・やるせなさが伝わってくるようで、歌い終わった後には拍手と一緒にすすり泣きのような声も聞こえた。


 隣でイリアさんが呟いた。

「浅野様はあんなにお若いのに、どうして心の奥深くまで染み入るような歌が歌えるのでしょうか?」


 俺は前を向いたままこたえた。

「もしそう聞こえるのであればそれだけの経験をしてきたから、としか言えません」

 イリアさんはかすかに頷くとふらふらと歩いて行った。


 なんとなく静かになってしまったので、デザートを配った。今日は大福だ。もちろん濃い目のハーブティーも忘れない。甘い物好きが大喜びしていた。とりあえず雰囲気が戻ってきたので、良しとしよう。


 皆はまだ食後のお茶を楽しんでいるが、俺は食器類を片付けると、宿舎に戻った。やることがあるのだ。窓枠の木っくんを外し、最下段の左右のベッドの間に板を一枚渡してお供え物を並べていく。


 親子丼・バーベキュー・チキンラーメン・水炊き・鳥のもも焼き・焼きマシュマロ・大福・ニッケ玉・ワインのジン割り(文字通りワインをジンで割ったもの。ジンの方が度数が高いので、ジンのワイン割りの方が正しいかも)と盛りだくさんだ。


 昨日うっかりお供えを忘れてしまったことをお詫びしながら手を合わせ目をつむった。途端に俺は女神様から怒られた。

「このバカちんが!心配するではないか!」


 どうやらこのお供えは俺の生存確認の合図になっているようだ。俺は素直にあやまった。

「すみません。昨日はいろいろあってお供えできませんでした。二日分お供えしますので、許してください」

「フン、女とちちくりあうのが我より大事か?」

「申し訳ありません」


 俺は謝ることしかできない。女神は鼻を鳴らすと告げた。

「良かろう。これまでのそちの働きに免じて許す」

「ありがとうございます」


 許してくれた。俺はほっとしながらお礼を言った。いつも通り「美味し!」の声と共に、ペタン・ペタン・ペタン・ペタン・ペタン・ペタンという音が聞こえた。女神は一転して笑顔になると気になることを言った。

「明日、明後日とも試練が訪れるであろう。ゆめゆめ油断するな」


 再度頭を下げ上げすると、お供えはきれいに無くなっていた。安堵の息を漏らしながら振り返って俺はびっくりした。冬梅がいた。

「ど、どうした?何かあった?」


 俺の問いかけに冬梅は手を振って否定した。

「な、何もないよ。お茶も飲まずに宿舎に戻ったから気になってついて来ただけ」

「心配かけてすまん。でも、何もないぞ」


 冬梅は首を振っていった。

「でも、僕見たんだ。言葉は聞こえなかったけど、女神様が鬼のように怖い顔をしていた」

 俺はびっくりした。

「冬梅にも見えるんだ。でも、妖怪とアクセスできるお前なら当然か・・」


「そのあとは笑顔になったけど、大丈夫?」

「大丈夫、許してくれた。昨日お供えを忘れたことを怒られたんだ。二日分お供えして許してもらった」

「なんか神棚のお守りみただね」


 俺は冬梅と一緒に笑った。なんかおかしかったのだ。焚火の所に戻って片付けはじめると、一条がそそくさと隣に来た。

「ねえ、タカアキと変な事してないよね?」


 タカアキって誰だ?もしかすると・・・もう名前呼び?早いよ。

「冬梅のことか?いやいやないない、そんなことありえない」

 ひょっとするとBLボーイス・ラブ的なことを疑われた?やめてくれ!


「そういうの、絶対にダメだからね!」

 目を吊り上げて迫って来るので、つい言ってしまった。

「自分はやってたくせに」


 一条は怒りをにじませながら言った。

「初音とは成り行きでああなっただけだし、タカアキが告白する前だから良いの!とにかく今後は絶対ダメだからね。分った?!」


 一条はそのまま冬梅の所に行ってしまった。俺の一言が変なスイッチを入れてしまったかもしれない。許せ冬梅。俺は心の中で謝罪した。


 残念ながら俺の心配は当たってしまった。寝る時に、窓に向かって左の上段はヒデ&初音、右の中段は一条、左の中段は冬梅、左の下段は俺と洋子の四か所に分かれたけど、右の中段からの声が全部聞こえてくるのだ。


「タカアキ、ちょっとこっちに来ない?」から始まり、「さっき飲んだから大丈夫」「静かにすれば」「もう少し下」「もうちょい上」「そうそこ」「ゆっくりいれて」「あせらないで」「今度は私が上になる」まで冬梅の童貞卒業(あるいは喪失)の実況中継を最後まで聞くことになってしまった。


 映画で言えば、剣道少女と内気な少年の不器用な恋愛を想像していたのに、「お姉さんが教えてあげる」的なストーリーだったという感じ。まあこっちもやることやってるからいいけどさ。


演歌は怨歌とも書きます。うらみは個人的なものから世の中や国家など自分ではどうすることもできない事に対するものまでいろいろあるでしょう。今は個人の思いを吐き出す手段としてインターネットがありますが、昔はそういうのは一切ありませんでした。せいぜい飲み屋でお酒を飲んで愚痴を言うぐらいしかできなかったんですね。「星の流れに」はそういった時代の歌だと思います。

「お姉さんが教えてあげる」的なストーリーといえば、「個人授業」という映画もありました。ナタリー・ドロンが出演した名作「個人教授」とは別です。どっちも最後は分かれてしまうんですよね。現実問題として年頃の女性と高校生の恋愛って普通は続かないよね。

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