第209話:山岳地帯1-4
俺たちは出発した。山岳地帯の攻略がついに始まったのだ。灰色の石畳の道幅は五メートル位。左右はごつごつした岩場が広がっている。所々、萎れかけた灌木が風に揺れているだけの荒野だ。伯爵から絶対に道の外に出るなと厳命された。
隊列は月に向かって撃て→クレイモア→炎の剣→ガーディアンの順番だ。ベースキャンプを守る四人の騎士には、二日目の昼食&デザートを渡しておく。ついでに、その他フォルダの中から試作品を四個渡した。
伯爵が試作品に気がついたみたいで、出発後すぐに聞いてきた。
「あれは何ですかな?」
俺は歩きながらその他フォルダから一個取りだすと伯爵に渡した。
「お菓子です。かまずに舐めてください」
目ざとくイリアさんが寄ってきたのでイリアさんにも渡した。恐る恐る口に入れた二人はほぼ同時に叫んだ。
「甘い!」
二人に渡したのは黒の森で発見したニッケ(肉桂)を応用した新しいお菓子、ニッケ玉だ。麦芽を元に麦芽糖から水あめを作り、それに砂糖を加えて加熱溶解し、冷却&成型すると出来上がり。製造工程のどこかでニッケの成分を入れるらしい。
本来であればニッケは木の根っこから抽出するので、樹皮から抽出するのはシナモンと呼ぶべきなのだが、俺が伐採した樹皮はシナモンよりは辛みが強く、味を基準にしてニッケと呼ぶことにしたそうだ。
ニッケ玉は大好評だった。
「甘いだけでなくピリッとした辛みがあるのが良いですな。行軍や労役などの後の疲れを癒すのにぴったりですぞ。これも是非ライセンスしてくだされ」
長時間に渡る軍事行動中の士気を維持するためには、ご飯だけでなく嗜好品も大事なのだそうだ。チキンラーメンよりも熱心なような気がするので、商業ギルドにもサブライセンスすることを条件に認めることにした。条件等は帰ってからということにする。騒ぎを横で聞いていた連中が期待を込めて見つめるので、ニッケ玉を全員に配った。
みんな凄く喜んでくれた。元の世界だったらニッケ玉なんて見向きもしなかったかもしれないのに、口々に「おいしい」とか「懐かしい」とか言って嬉しそうに舐めているのが面白かった。騎士たちは感激しているみたい。
一条は冬梅の告白を受け入れたみたいで、既に手をつないで歩いている。他のパーティの女子が感づいてひそひそ噂しているが、肝心の尾上は何も気がついてないようだ。いつか自分が失ったものの大きさに気がついて愕然とするんだろうな。可哀想だがしかたないよ。今まであれだけアプローチされていたのに、全部無視していたんだもの。
平井がいつの間にか俺の横にいた。小声で話しかけてくる。
「あんたが仕組んだんでしょ?」
「何のことだ?」
「一条と冬梅よ」
「・・・・」
俺は無言になったが、平井はあきらめたように言った。
「まあいいわ」
「いいのか?」
「時々一条が可哀想になることがあってね・・・。尾上は良い奴だし、友達だけど、人の気持ちに鈍感すぎると思う。まあ自業自得よね」
平井はそれだけ言うと自分のパーティに戻った。
道は目で確認できるほどの勾配がつき、右の岩場は手前右側の、左の岩場は手前左側の山の裾野に繋がっている。いよいよ敵地に侵入だ。十歩も歩かないうちに初音が叫んだ。
「左、火鼠。右、岩蛇」
いよいよ山岳地帯での戦闘開始だ。
左を見ると、百メートルほど先から赤い火の玉が十個以上ジグザグに斜面を駆け下りて来る。右を見ると同じく紐みたいなのがしゅるしゅると這ってくるのが見えた。こっちの数は良く分らない。羽河が叫んだ。
「左は弓と手裏剣で、右は剣士と槍で対応して。抜かれたら鞭で仕留めて」
左は初音・江宮・鷹町・藤原・小山、右は一条・ヒデ・平井・尾上・工藤・楽丸が前に出て、左の後詰めは夜神、右の後詰めには花山が入った。
右の人数が多いのは敵の数が分からないからだ。まずは弓部隊から攻撃開始だ。江宮と藤原の弓が次々と赤い火の玉を射抜いていく。五十メートル地点までにあらかた殲滅したかと思ったら、そこで突然火の玉がニ十個以上出現した。
二段階攻撃というべきだろうか、弓で対応しきれなくなる距離まで発火をセーブした部隊がいたということだろう。小山と初音と鷹町の手裏剣が糸を引くように何本も飛び、江宮と藤原は三十メートル付近までは弓で、以降は江宮は槍に持ち替え、藤原は後ろに下がった。手裏剣を掻い潜ったものは江宮と夜神がきれいに仕留めてくれた。
右は一条と平井と尾上は剣で、工藤と楽丸は槍で、ヒデは黄金バットで戦った。岩蛇は噛みつく前にジャンプするので一回首を上げるのだが、その隙を逃さず剣士は首を跳ね、槍士は頭の下を突き、ヒデは頭をボールに見立ててフルスイングしていた。バットが当たった頭はホームランのように飛んでいった。運よく前衛を潜り抜けてきた岩蛇は、花山の鞭が無慈悲に叩き潰していた。
時間にするとたったの五分ほどの攻防だったと思う。各自の自己申告数を合計すると、火鼠が三十六匹、岩蛇が十七匹いたみたいだ。こっちの損害はゼロなので、大勝利ではなかろうか。気を良くした俺が獲物を回収しに歩き出したら、佐藤が叫んだ。
「止まれ!なんかいるぞ」
後ろを振り返ると羽河・初音・鷹町が頷いていた。佐藤をはじめとする探査持ちが言うからには何かいるのだろう。小山が叫んだ。
「試しに火鼠を投げて」
俺は言われた通り、アイテムボックスの中から火鼠を三匹出すと、前方十メートルほどに適当に投げた。二匹は無事だったが、一匹は地面に落ちるなりすぐ横から巨大なワームが飛び出して一口で飲まれてしまった。伯爵が言っていたのはこのことか。
ロックワームはその名の通り、巨大な虫というかミミズだが、直径五十センチ位の筒状の胴体の先が大きな円形の口になっている。口には鋭い歯が付いていて、噛まれたら命は無いだろう。
俺は火鼠がジグザグに走ってきた理由が分かった。この岩場はロックワームの巣なのだ。利根川が叫んだ。
「あれ欲しい。体液が欲しい。なんか使えそう」
ぶれないな、こいつは。
仕方がないので、一匹捕獲することにした。作戦は単純だ。さっきの二匹の火鼠を回収して、一匹をワームの巣の入口の横に放り投げる。振動を感知したロックワームが飛び出したところを、待機していた工藤と楽丸の槍が十字型に貫ぬいた。
ロックワームは驚いて穴の中に引っ込もうとするが頭の下を射抜いた槍が邪魔になって戻れない。槍が刺さった上を一条の剣が水平に降りぬいた。哀れロックワームの頭と胴体は泣き別れになってしまった。どさりと倒れた頭のピンク色の断面から透明な液体が勢いよく噴き出した。まだピクピク動いている。
ロックワームの胴体は尋常ではなく重かったので、強力持ちの青井と花山に引き上げてもらった。体長は何と五メートル、体重は一トンあるのではなかろうか。胴体は蛇腹のようになっていて伸び縮みできるようだ。地下生活がメインだからか、色は生白かった。
頭の先端の口のところはイソギンチャクのような円形になっていて、全周ぐるりと鋭い歯が内側に向かってびっしり、しかも二重に生えていた。まるでピラニアみたい。岩をもくりぬく口だ。噛みつかれると、人間ならケーキみたいにすっぱり切断されてしまいそうな感じ。まさしくモンスターだな。
頭はそのまま利根川に渡して胴体は俺のアイテムボックスに入れた。後でジュースを絞って渡してやろう。仕留めた火鼠と岩蛇は小山達に回収してもらった。合計で、火鼠が三十八匹、岩蛇が十九匹(二匹は頭無し)となった。
火鼠と岩蛇の回収が終わった所でいったん休憩することになった。利根川が浮かない顔をしていたので、聞いてみると頭の部分には利根川が使えるものが無かったそうだ。胴体から絞った体液をアイテムボックス経由で渡し、頭を受け取った。にこにこ上機嫌で喜んでくれたが何に使うのだろうか?
休憩後、先頭はクレイモアに代わり、俺たちは最後尾に回った。特に襲撃も無く、真ん中山の正面、左右の分岐点に着いた。伯爵の顔を見る。
「左回りでも右回りでもどちらでも行けますぞ。どちらをいってもずっと緩やかな上り坂になっております」
左を選ぶと、左の手前と奥の山の中間を通って奥の山を回り込み、真ん中山の後ろから登頂するのだそうだ。右を選ぶと右の手前と奥の山の中間を通って奥の山を回り込み、真ん中山の後ろから登る道に出るとのこと。要するに左右対称なんだな。
俺は迷わず決めた。
「左で」
誰も反対しなかったので、左に進むことになった。緩やかに左に曲がる道を歩いていると、道の両脇に石像が二メートルおきに並んでいる。高さ二メートル位でいずれもたくましい男姿だった。石像は全部で五十体。なんだかお地蔵さんみたいで、どうみても明らかに怪しい。
「これってあれじゃないか?」
ヒデが呟いた。
「多分そうだろ」
俺の返事を聞いて冬梅が抗議した。
「でも、これであれだったらあまりにも安直すぎるよ」
しかし、現実は非情だった。俺達、すなわち列の最後尾が最初の石像の横を通り過ぎると、一斉に石像が動き出した。これが岩ゴーレムか・・・。
岩ゴーレムはいったん距離を取ると、円陣を作って俺たちを取り囲んだ。突撃してくるのか・・・。緊張しながら待っていると、岩ゴーレムたちは突然踊りだした。あの踊りは・・・。
「なんで?なんでオクラホマミキサーなの!?」
木田が悲鳴のような声を上げた。
山岳地帯の最初の戦闘が終わりました。大勝利です。オクラホマミキサーを踊るゴーレム・・・。なぜ?