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第206話:山岳地帯1-1

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 8月1日、日曜日。今日も快晴。空は珍しく曇っている。でも、薄曇りと言う感じで、雨の匂いはしない。大方昼から晴れるんだろうな。日差しは弱く肌を焼かれる感じは少ないが、その分蒸し暑さを感じた。


 朝のランニングが終わってラウンジに入ると目の前を何かが横切った。また初音かと思って横を見ると羽河だった。俺が見つめると羽河は舌を出してあやまった。

「ごめん、ちょっと寺島(初音)さんの真似しちゃった」


 気になる男の子にちょっかいをかける女の子、といった何とか上手な女の子風のからかいはやめて欲しい。

「改良版か?」

「うん、鷹町さんから分けてもらった。志摩君には増産を頼んでいる」


 壁に当たって跳ね返ってきたものを拾うと、確かに「忍」の文字が入った硬貨型の手裏剣だった。「忍」の文字は志摩の遊び心かな?とりあえず改良型は盗賊&忍者組には行き渡ってるみたいだ。


「それぞれ自分の好きな文字やマークを入れてもいいかもな」

 何気なく呟くと羽河の目が輝いた。まさかやる気じゃないよな。


 早めに食堂に行くと、奥のテーブルで先生と平野がレシピの打ち合わせをしていた。毎月20日で締めたレシピを翻訳して月末に送っているそうだが、今回はジンライムを追加することになったので、遅くなったみたい。


 打ち合わせが終わるのを待って平野に声をかけた。今日から五日間、泊まり込みの演習になるので、その間の食事を全部用意して貰ったのだ。細かく言うと、一日目の昼から五日目の昼までの十三食分になる。


 平野のアイテムボックスにはトップに「糧食フォルダ」があった。

「圧縮して保存しているからそのまま移動する」

 平野はフォルダを掴んで俺のアイテムボックスに移動してくれた。


 受け取った糧食フォルダを解凍して開くと、一日目から五日目までの五つのフォルダと、お菓子・果物・飲み物・調味料・食器・その他のフォルダが入っていた。


「一日目から順番に食べてね。伯爵たちの分も含めて四十人分用意しているから」

 どうやって作ったのか聞いてみると、これまでの一か月、野戦食向きと思えるメニューを作るたびに、多めに作って圧縮&保存していたそうだ。


 アイテムボックスの使い方はそれなりに知っているつもりだったが、圧縮できるとは知らなかった。恐れ入ったぜ。基本的に朝食&昼食は手掴みで食べられるもの、晩御飯はお皿で食べるメニューを用意したそうだ。


 羽河と相談して、そのための専門の食器、いわゆるワンプレート用の食器も注文して作ったそうだ。御飯だけでなく、お菓子や果物まで用意しているとは、幾ら感謝しても感謝したりないな。


「食器フォルダにはメスティンが、その他フォルダには携行食以外の試作品も入れているから試してみて」

 携行食はフリーズドライになっていて、お湯を入れて一分半待つだけで食べられる状態になるそうだ。まるでカップ麺みたい。


 今日の朝ごはんは、意表をついて親子丼だった。本当はゲンをかついでカツ丼にしたかったそうだが、朝からでは重すぎるような気がして親子丼にしたそうだ。緑茶に似たハーブティと一緒に美味しく頂きました。


 部屋に戻って木っくんに聞いた。

「ついてくるか?」

 頷いたような気がするので、連れて行くことにした。窓から顔を出して太郎を呼ぶと、木の陰から這い出してきた。待ってたみたい。


「今日から火曜日まで演習に行ってくる。留守番を頼んだぞ」

 ワイルボアの内臓肉を出すと喜んで食べ始めたので、大丈夫だろう。木っくんの鉢をかかえてラウンジに行くと、みんな集まっていた。居残り組もみんな来ている。


 俺はアドベンチャーズのリーダーである平野に改めて留守を頼んだ。平野がそれなりの胸を叩いて「まかせて」と言ってくれた。先生が微笑みながら「安心して励んできなさい」と言ってくれたので少し安心した。


 十時きっかりに迎えの馬車がやってきた。俺たちの馬車四台の他に伯爵を含めた護衛の騎士が乗る馬車が一台と教会の馬車が一台、そして荷馬車が一台だった。荷馬車には食料とテント、その他野営の道具が載っているみたい。人数としては伯爵チームが八人、教会チームが四人だ。


 伯爵が言い訳っぽく説明した。

「タニヤマ様のアイテムボックスが規格外であることは存じておるのですが、最低限の準備だけはしておかないと不安なのでござる」


 俺たちは居残り組やお傍係に見送られながら出発した。馬の関係で半時間ごとに休憩しながら馬車は川沿いの道をのんびり北を目指す。到着は今日の夕方になるそうだ。川沿いの道は所々石造りの荘園が立っていて、農夫が乗った馬車とすれ違うこともあった。


 二回目の休息時にお昼ご飯を食べることにした。いつの間にか雲は消えて、一面の青空になっている。日差しがきついな。馬たちに水をやってから糧食フォルダの一日目フォルダを開くと、昼フォルダと夜フォルダと予備フォルダが入っていた。


 昼フォルダを開くと、ハンバーガーが八十個とイチゴのジェラート四十個入っていた。イチゴのジェラートは手で持って食べられるように、固めのワッフルで作った円形の容器に入れてあった。人数分配って、伯爵とイリアさんにも分けた。


 小麦の香りがするしっかりしたバンズに粗びきの黒胡椒が効いた赤身の肉百パーセントのパテとチーズ・レタス・トマトのスライスを挟み、マスタードとケチャップとマヨネーズで味付けしたハンバーガーは一個で満足するほどボリュームがあった。


 一個で満足した女の子の余りは、花山・青井・ヒデ・千堂・楽丸などが回収していた。いちごのジェラートの組み合わせは定番中の定番といった感じで、新たな冒険の旅立ちの日にぴったりだったような気がする。伯爵やイリアさん達も喜んでくれた。


 お昼休憩から二時間近くたったころ、ようやく今日の目的地である山岳地帯の入口についた。既に川沿いの道とは離れ、細い砂利道になっている。無人の採石場を通り過ぎると、目の前に圧倒的な存在感で山が迫ってきた。


 手前の左右・奥の左右の山は標高差百メートル位でそんな高くないが、中央の山の頂上付近は雲に覆われて良く見えなかった。道は左右の山の中間を通って、中央の山に向かって真っすぐ伸びている。


 採石場から半時間程走り、大きな広場になった所で馬車が止まった。既に日は西に傾いていて、俺たちの影も東に大きく伸びている。休憩等を差し引いた実質の走行時間を地球時間で六時間・馬車の速度を時速八キロメートル(荷馬車を随伴させるのでこれが限界)と考えると、五十キロ位移動したのではなかろうか。


 結論を言えば尻が痛い!これに尽きる。これは俺たち全員の共通した意見だった。少なくても今日はもう何もできない。伯爵やイリアさんをはじめとするこの世界の人が平気な顔をしているのが信じられない。


 江宮が息も絶え絶えに話しかけた。

「たにやん、俺は戻ったら馬車の改良に手を付けるぞ」

 俺も吐き出すように答えた。

「分かった、好きなだけやってくれ」


 これについては誰からも反対意見は出なかった。魔王との最終決戦の前に馬車に負けたら意味がないからな。一日の移動距離五十キロは人間のお尻の限界であると同時に、けん引する馬の体力の限界かもしれない。この点でも改良の必要があるようだ。


 とりあえず野営の準備をしよう。まずは志摩に頼んで約五十メートル四方を平らにならして貰った。次に六台の馬車をコの字型に並べ、馬を入れ、荷馬車で囲う。馬は荷馬車に繋ぐ。その横に簡易宿舎六棟と仮設トイレ二棟を反対向きのコの字型に置いた。上から見ると日の字に見えるだろう。真ん中の横棒が荷馬車になる訳だ。


 ここが今日から五日間、俺たちのベースキャンプとなるのだ。簡易宿舎で囲った真ん中には一メートル×二メートの大きな焚火台を作った。学校の野外活動で行ったキャンプ場を参考にしました。


 簡易宿舎を見て、伯爵とイリアさんは仰天していた。

「何ですか、これは?」

「移動可能な簡易宿舎です。一棟に六人宿泊できます」

 皆も見るのは初めてなので、とりあえず内覧会となった。とはいえ作りは六棟全部同じだが・・・。


 三段ベッドを二列備えた寝室横にミニキッチン・シャワールーム・洗面台・トイレまでついていることにいちいち驚いてくれた。騎士の中には自分が住んでいる所よりも設備が良いと、落ち込んでいる人がいた。まあ、王都は家賃が高いからね。


 宿舎はパーティごとに分けた。男女混合だがまあ大丈夫だろう。とりあえず天井裏の水タンクに水を補給しておく。簡易宿舎は六棟あるので、一棟は伯爵達に、一棟はイリアさん達に貸し出すと言うと、二人は驚いて叫んだ。


「こんな素晴らしい宿舎をお借りして良いのですか?」

「野営となれば王侯貴族であろうとも天幕で寝るのが普通です。このような立派な建物で眠れるのはありえないです」


 伯爵と騎士たちはベッドの数が足りないが、くじ引きで外れた人は床に寝袋で寝るそうだ。木の床とはいえ、石の上に寝袋一枚で寝るのと比べると天と地ほど違うらしい。馬に餌と水をやり、ひづめのチェックをしていると、日は西に落ちていった。


 まずは焚火だな、と考えた時に俺は突然動けなくなった。湖沼地帯や黒の森でも感じたあの視線だ。敵意も好意も何も感じられない透明な視線。時間にしたらほんの数秒なんだろうけど、未来永劫に感じてしまう。視線の先に誰がいるのか考えているうちに、圧迫は煙のように消えてしまった。


 考え込んでも仕方ない。まずは焚火だ。台に乾燥した枝葉を積み上げ、横に乾燥した薪と炭を適当に置いた。後は火魔法持ちにお任せする。糧食フォルダの一日目フォルダから夜フォルダを開くと、バーベキュー用のセットが入っていた。


 平井が気合を入れ過ぎて薪を一瞬で燃やし尽くしてしまったり、いろいろあったが火が安定した所で、四隅に石を積み上げ焚火台と同じ広さの焼き網をセットする。大きなトレイに肉と野菜を交互に差した串とパンを山盛り出した。


 肉はオーク、牛、鶏、キジ、兎の他にソーセージ、ベーコン、肉団子もあって、バリエーション豊かだ。味付けはバーベキューソースと塩胡椒の二種類!焼くのは江宮と千堂の焼き方に託した。


 焼き場を半分に分けて、塩胡椒は江宮が、バーベキューソースは千堂が受け持った。パンは塩胡椒側で焼いてもらう。千堂がやや不満げだが、江宮は師匠として塩胡椒は譲れなかったようだ。どういう価値観なのかは俺には分からない。


 脂がしたたり落ちて焼ける音、立ち上る白い煙、食欲を刺激する香ばしい匂いが漂い始めた。焼き場の回りにテーブルとベンチを適当に置き、食器フォルダから取り皿と小型ジョッキを出して皆に配った。飲み物フォルダの酒フォルダに入っていたのはカベルネ・マルベック・シャルドネのレゼルヴァ、20年物のウイスキー(樫)、薬種一号と二号。


 とりあえずワインだけピッチャーに入れて各テーブルに出した。もちろん飲まない奴のために、オレンジジュースと麦茶もピッチャーで出しておく。まさか酒が出て来るとは思っていなかった大人組(護衛騎士と教会組)がどよめいた。なぜだか分からないが、伯爵が張り切って乾杯の音頭を取り宴会が始まった。

いよいよ山岳地帯の演習が始まりました。でも、まずは宴会からです。なぜ?

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