第203話:打ち合わせの報告
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ラウンジでは既に木田・浅野・工藤を含めた生活向上委員会のメンバーが揃っていた。俺はまずスキルアップポーションを利根川に渡した。利根川はポーションを受け取ると何の迷いもなくすぐさま飲んだ。馬鹿だな、こいつ。反動がきたのかピクピクして目を回しているが、まあ大丈夫だろう。
俺は皆にもう一本のポーションを見せた。
「ビーナス様が神殿復活をたいそうお喜びで、褒美にポーションをもう一本貰ったんだ。どうする?」
話し合いの結果、まずは希望者を募ることにした。今日の晩御飯の時に呼び掛けることにして、ポーションは羽河に預けた。これで俺の話は終了。次は木田と浅野の番だ。
木田と浅野の話をまとめると以下の通り。
1.会場は市民街の環状線沿いで大通りにも近く場所は良い。
2.玄関から入ると広いロビーがあり、右手はトイレ、左手は事務所。
3.奥が会場になっており、幅五十メートル・奥行き七十メートルの広大な板張りの空間。天井は高く(十メートル位)、柱は無く、体育館みたい。天井には巨大なシャンデリアが三つ。部屋の左右は大きな窓があり、奥は控室が二つと厨房がある。
4.Tの字形の舞台とそれを囲むUの字形の個室を設営することに決定。個室の床は舞台と同じ高さにする。個室の数は二十個ほど必要。
5.お得意様は舞台側にカーテン付きの個室で、通常の客は舞台と個室の間のテーブル席で見る。
6.Uの字の底を抜いた形として、そこから客は入場する。
7.厨房の設備も床の強度も問題なかった。
8.舞台の形に合わせて照明の魔道具を設置する。ピアノは舞台の下手の横に設置する。
9.舞台・照明・個室の設営とテーブル&椅子の手配を商業ギルドに依頼済み。
10.舞台の設営やモデルとの顔合わせが終わってから開催時期を決定する。
舞台等の設営が終わったらモデル選びに入るそうだ。それにしてもカーテン付きの個室とか、オペラ座みたいだな。
次は、工藤と志摩が先日の会議を元に娯楽ギルドと打ち合わせた結果を説明してくれた。まずは日程は以下の通り。遊具の製造が順調とのことで一般向けの販売日が繰り上がった。
8月1日:娯楽ギルド開設、一般向け・貴族向け営業開始※、軍に先行販売。
8月13日:サロンの開店、一般向けの販売開始、カップ戦の情報公開
9月13日~18日:第一回のカップ戦の予選
9月24日:第一回のカップ戦の本選(決勝まで)、表彰式
※金持ちや貴族向けにオーダーメイドで碁盤や駒の製作を請け負う。
次にカップ戦は以下の通り。
1.カップ戦のタイトルは「第一回エリザベート杯」、種目は光闇に決定。
2.主催:娯楽ギルド、協力:商業ギルド、後援:王家。優勝カップと賞金は生活向上委員会が用意し、会場の手配と警備は王家が担当する。
3.予選は後述のサロンで行い、各サロンの代表者一名を決める。9月24日に各サロンの代表者を集めて中央広場で本選を行う。巨大な碁盤を設置して、決勝戦はリアルタイムで対局を中継する。中継の司会と解説とアシスタントを手配する。
4.参加費は銀貨一枚で娯楽ギルドが徴収し、賞金はベスト8以上に出す。千人の参加を目標にする。
5.賞金は、優勝:金貨百枚、準優勝:金貨十枚、三位(二人):金貨三枚、四位(四人):金貨一枚、合計で金貨百二十枚。
6.決勝の後、引き続き表彰式を行う。賞金の目録の他に優勝者には優勝カップ、その他には賞状を渡す。優勝カップは王女が手渡す(ここ大事!)。
7.以降も年一回の開催を目指す。
8.戦陣のカップ戦も同様に企画する。11月の開催目標。
9.参加資格、対局の持ち時間、シード権などの細かいルールは今後検討する。
カップ戦については幾つか懸念が出た。一つは告知から開催までの時間があまりにも短いこと、もう一つは軍に先行販売するので、その分有利になりすぎる事だ。しかし、元々が遊戯の普及・宣伝が目標のイベントなので、多少の不平等には目をつむり、このまま進めることにした。
サロンについては以下の通り。
1.サロンの名称は遊戯倶楽部とする。
2.身分に応じて、王都内に複数展開する。貴族街に二つ、市民街に二つ、平民街に四つが目標。各店舗ごとに花の名前を付ける(例:遊戯倶楽部・赤薔薇)。必要に応じて増やす。対局用のテーブル&椅子と光闇(囲碁)と戦陣(将棋)と大逆転の全部の道具一式をサロンごとに必要な数量用意する。
3.会員制とする。入会資格は、貴族:王都内に住居を持ち爵位を持つ者とその家族、市民:王都内に住居を持ち市民税を払っている者とその家族、平民:王都内に住居を持つ者とその家族。
4.入会時に名前・住所・その他必要な情報を登録し、会費を納める(一回だけ)。
5.利用する日ごとに席料を徴収する。提供するサービス・料金は貴族向け・市民向け・平民向けで分ける。
6.席亭(マスター、店長)が管理し、客の強さに応じて対戦相手のマッチングをする。適当な相手がいない場合は、助手が相手する。
7.トラブル防止のため勝敗に関する賭け事は禁止とする。
8.碁盤等の販売も行う。カップ戦等のイベントの告知・宣伝を行う。
9.カップ戦の参加申し込みの受付、サロンごとの代表者を決める予選を行う。
10.サロンの店舗の確保と席亭や助手の手配を早急に行う。
娯楽ギルドの報告も大きな問題は無かったので打ち合わせは終了となった。サロンの店舗や人員の手配が大変だろうな。カップ戦がファッションショーの日程と被らないことを祈ろう。でも、宣伝と普及と販売の拠点ができることは良いことに違いないと思う。
話し合いが終わると同時に、ようやく利根川が復活した。鑑定のレベルが上がることによって物を見るだけで流れ込んでくる情報が劇的に増えて、スキル発動の管理や情報の処理の仕方に慣れるまで時間がかかったそうだ。
利根川が復活したことに安心していると、羽河が養命ワインとジンジャークッキーのレシピと契約書を渡してくれた。平野と利根川に頼んであらかじめ準備していたそうだ。流石だな。
立ち上がろうとしたら、浅野が手を上げた。
「一つお願いというか提案があるんだ。今、孤児院に歌の指導に行っているんだけど、それだけじゃ世の中に出た時の力にならないと思うんだ」
工藤が言った。
「読み書きと算数か?」
浅野は大きく頷いて続けた。
「読み書きはシスター達で教えているみたいだけど、算数は教えるのが難しいみたい」
工藤は聞いた。
「で、どうしたいんだ?」
浅野は毅然として顔でこたえた。
「九九を教えたいと思う」
皆は拍手した。定番だよな。浅野は続けて話した。
「でも、週に一回教えるだけじゃ足りないから、自分たちで覚えられるように九九のボードと、ついでに足し算と引き算のボードを作ったらどうかな?」
工藤が立ち上がって拍手した。その上で発言した。
「凄く良い考えだと思うが、ついでに俺からも提案がある」
工藤は皆の顔を見渡してから宣言した。
「これを機会にアラビア数字を広めるのはどうだろうか?」
志摩が反対した。
「それはこの世界の文化に対する犯罪だ。絶対やめるべきだ」
工藤は反論した。
「この世界の数字では高等数学は絶対に発達しない。この世界の学問が進んでいないのは身分制や魔法の存在の他に数字や数学記号に問題があると思う。俺たちがいる今が切り替えるチャンスなんだ。」
そういえば工藤が昔言っていた。イスラム文化の最大の発明はアラビア数字だって。確かにそうかもしれない。志摩はしばらく考え込んでから言った。
「多数決を取ろう。俺はその結果に従う。みんなもそれでいいか?」
誰も反対しなかったので、羽河の仕切りで多数決を取った。結果は、賛成:6、反対:1、保留:2で可決となった。ひょっとしたらこの世界の将来が少し変わることにしれない。そんなことを考えてしまった。
すると今度は木田が手を上げた。
「九九もいいけど、積み木はどうかな?」
工藤が反対した。
「積み木なんて今でもあるだろ?」
木田は大きく手を振ると説明した。
「ただの積み木じゃなくて、枠を使ったパズルみたいな平べったい積み木にして、枠や積み木の各辺に数字で長さの比率を入れたらどうかな?」
水野が反応した。
「算数積み木か?幾何の勉強みたいだな。面白いぞそれ」
誰も反対しなかった。江宮の顔を見ると、腕をまくって「試作は任せろ」と言ってくれたので、大丈夫だろう。
丁度晩御飯の時間になったので、みんなでそのまま食堂に移動した。ついでに火曜日(今日)をヴィンテージの日に決定して、ロマネコンティもどきの二十年物で乾杯した。今日はいろんなことがたくさん決まったし、休日の前日なので問題ないだろ。
今日のメニューはすき焼きだった。焼き豆腐も白菜もしらたきも無いが、その代わりにキャベツとジャガイモが入っていた。砂糖としょっつるの甘辛い汁と脂ののった牛肉の相性がぴったりで、ワインにもよく合っていた。
皆が揃ったタイミングで羽河が立ち上がった。
「お知らせがあります。先日、ビーナスの神殿を復活させたことに女神様が大変喜んで、スキルアップポーションを一本追加でいただきました。誰かこれを今すぐ使いたいという人はいませんか?」
手を上げたのはヒデと江宮だった。ヒデは黄金バットというユニークスキルを知り、使いこなすためにスキルアップしたいと訴えた。それに対する江宮の説明も説得力があった。
「今の『投影』では構造が単純な物しか作れないが、スキルアップすれば複雑な物を作れそうな気がする。もっともっとみんなの役に立つものを作れると思うので、是非スキルアップしたい。個人的にはいつか腕時計を作りたいと思っている」
投影で腕時計を作れたら凄いな。ヒデがもう一回手を上げた。
「分かった。負けたよ。今回は譲るから、次は俺にしてくれ」
皆拍手して江宮に決定した。ヒデは利根川の作戦を学んだようだ。江宮はポーションを羽河から大事そうに受け取ると、皆に手を振ってありがとうと言った。
デザートはよもぎ饅頭だった。和食で統一したという事なのだろうか。女神様のお供えにしようと平野の所に行ったら、逆に頼まれた。
「一人用のカセットコンロを作ってくれない?」
将来的に鍋物をやりたいらしい。確かに今のテーブルだと広すぎて一つの鍋をみんなで分け合うのは無理だ。
「分かった。少し時間がかかるぞ」
平野は笑顔でこたえた。
「大丈夫。冬までになんとかして」
横から江宮が返事してくれた。
「そこまで時間はかからないと思うぞ」
江宮の言葉を聞いて平野は安心したように笑ってくれた。
部屋に戻ると窓際にお供えを並べた。今日は、蒸しパン・シーフードピザ・イエローベリーのジェラート・すき焼き・よもぎ饅頭だ。目を瞑り手を合わせると、美味し!の言葉と共にペタン・ペタン・ペタン・ペタンという音が響いた。
次はカセットコンロを作るようです。魔王討伐はどこに行ったのでしょうか?